[台本]折れた絵筆の様に
・衝羽根 煌子(つくばね こうこ)
22歳、女性
色々あり芸術系の大学に進学できず、何も上手く行かない女性。
かつて祖父に言われた言葉が頭から離れず、常にイライラしているが、表に出さないように努めていた。
プライドが高く、自分を良く見られたい性格で、優雅でカッコイイ自分を演じている。
・蕣 英美(あさがお えいみ)
22歳、女性
煌子と小中高大と一緒の女性。
煌子の事をとても好いており、創作活動(主に映像)を続けているのも
煌子と話を合わせる為で、本当は辞めたいと思っている。
優しい、というよりは気が弱く流されやすい。
・梅重 彩(うめがさね あや)
21歳、女性
絵を描くのが好きだが、
色々あり芸術系の大学に進学できなかったが、その道の職に就くことは諦めていない、
諦めていなかったが故に、道が開けた。
“情報”というモノに重きを置いており、とても芯のある女性。
ナレーションと兼任。
・ナレーション
不問、不問
衝羽根 煌子♀:
蕣 英美♀:
梅重 彩/ナレーション♀:
↓これより下が台本本編です。
───────────────────────────────────────
〜煌子の自室〜
N:これは、彼女、衝羽根 煌子(つくばね こうこ)が、諦める話。
煌子:最初から、そうしていれば良かったのに、しなかったのは、できなかったのは、
ひとえに、"僕のプライド"の所為だとは思わない。思っていなかった。
じゃあ、何故なのか。
煌子:「……。」
(キャンバスに向かい合い、絵筆で夜空を描く。)
煌子:「……星。」
煌子:そう、星。星だ。星の所為なのだ。
僕が昔、祖父に言われた言葉。
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「ッ!!!!!!」
(ふと力んでしまい、小さく輝く星になる筈の赤が、潰れたトマトの様に弾ける。)
N:あの祖父の言葉に悪意は無い。
ただ、事実なだけなのだ。
彼女の半生、主に高校三年生までの18年間を見てきた祖父が、
慈悲として、諦めさせる為に言った言葉だった。
煌子:「くっ!!あああッ!!!ああああああッ!!!!!!」
(立ち上がりキャンバスを乱暴に手に取り壁に叩き付ける。)
煌子:「ハァハァ……ハァハァ……」
N:だが、だからと言って、許せる訳が無かった。
煌子:「許せる訳が無いだろ……許せる訳が無いだろッ!!!」
煌子:だからこの時はがむしゃらに色々やっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
N:朝、大学の食堂にて
煌子:「……ふぅーーー…………」
英美:「おはよう、コウコちゃん。」
煌子:「ああ、おはよう蕣(あさがお)。」
英美:「……今日も絵を描いてたの?」
煌子:「おや、気づかれてしまったかい。
いやはや、相変わらずアサガオは良い鼻を持っているね。」
英美:「ん〜〜〜〜〜〜あんまり嬉しくない……
それで、何を描いてたの?」
煌子:「……昨日はあまりにも夜空が綺麗だったから、星を描いていたよ。」
英美:「…………そう、なんだ。」
煌子:「なんだね、歯切れの悪い返事をして。」
英美:「え、だって、昨日曇り空だったじゃん。」
煌子:「…………。」
(彩が食堂に入ってくる。)
煌子:「……あ、梅重(うめがさね)くん!」
(煌子、立ち上がり、彩の元に駆け寄る。)
英美:「ちょ、コウコちゃん!」
煌子:「ウメガサネくん!」
彩:「あ、ツクバネ先輩、おはようございます。」
英美:「…………。」
煌子:「やあウメガサネくん!
見たよ!この間の”輝く星の絵画、御召御納戸(おめしおなんど)大賞展”!
見事入賞、佳作になっていたね!」
彩:「ああ、ありがとうございます。
今回は、頑張ったんで……私も、嬉しいです。」
煌子:「うんうん!うんうん!
いやはや正に君こそ”輝く星”だね!」
彩:「そんな……大袈裟な。
それに、これまで以上に頑張らないとですので、
気を引き締めないとです。」
煌子:「はっはっはっはっ!素晴らしいよウメガサネくん!
けども、君は見事、正しく”絵描きになる切符”を手にしたんだ。
それはいままでの、そう”これまで”が成就した証さ。
”これから”の為にも一旦肩の力を抜いてあげなさい。」
彩:「…………そうですね。ありがとうございます。先輩。」
煌子:「ふふふ、僕も負けていられないな。
そうだろう?アサガオ。」
英美:「え、あっ、え……?」
煌子:「彼女は僕たちに”これまで”の結果を示した。
次は僕たちの番、そうだろう?
僕たちは未だに何も成せていない。」
英美:「……ッ。」
彩:「……。」
煌子:「このままでは駄目だ、そう駄目だと僕は思うよ……!
なあ、アサガオ、悔しいじゃないか。悔しいだろう?
君は映像を、僕は絵を……!
もっと精進しようじゃないか……ッ!」
(煌子、英美に顔を寄せる。声こそ明るかったが、その顔は笑っていない。)
英美:「あぅ……こ、コウコちゃん……かっ……顔が怖い……よ……」
彩:「……。」
煌子:「………………。」
(煌子、我に返り、息を整える。)
煌子:「コホン、失礼。つい、興奮してしまったようだ。
さ、僕はこれから講義があるから、これで。
じゃあね、ウメガサネくん。」
彩:「はい。」
煌子:「ふふ。」
(煌子、英美を一切目もくれずに去る。)
英美:「コウコちゃん……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~講義中~
煌子:「…………。」
煌子:”輝く星の絵画、御召御納戸(おめしおなんど)大賞展”……。
僕も、応募した。
応募したんだ。
煌子:「……………………梅重 彩(うめがさね あや)……。」
煌子:……嗚呼、恨めしい……あの才能が……あの輝きが……
一度ならず二度までも……
N:”輝く星の絵画、御召御納戸(おめしおなんど)大賞展”
次世代を担うであろう若手作家の為に創設された公募展。
毎年約1000点出品され、その中から入選するのは50点弱という、非常に高い倍率の賞。
国内最大級の公募展。
煌子:「それに彼女は…………
…………。」
(煌子、講義中に立ち上がり講義室から出る。)
N:衝羽根 煌子(つくばね こうこ)は足早に自宅へ向かう。
そして、件(くだん)の賞に出され、佳作を取ったという作品の模写をしたキャンバスに向かい合う。
煌子:「作品名は確か……そう――……」
彩:”不屈の星、いろは”
煌子:「………………。
ハ……ッ!
……砕かれ中身から星空が溢れる石膏が佳作ゥ……??
戯(ざ)れやがってッ!!
あんな低俗なクソったれの何が良いッ!!!」
N:キャンバスを乱暴に掴み取り、壁に投げつける。
彼女の目は血走っていた。
嫉妬。そうかもしれない。
それよりも、大きかったのは――
煌子:「星……ッ!!星ィ……ッ!!また星だ……ッ!!星が僕を阻むッ!!!
クソ……!クソ!クソッ!クソッ!!クソォオオッ!!!(キャンバスを踏み付ける。)」
N:星だ。
煌子:「何が”輝く星の絵画”だ……!!
何が”不屈の星”だ!!」
N:一心不乱にキャンバスを破壊する。
木屑が飛び散り彼女を刺そうとも、そんなモノには一切気を止めずに、怒りをぶつける。
煌子:「ああ!!ああ!!!ああああああああッ!!!!!!!!!」
間。
(外は赤くなっており、煌子は壁にもたれかかり、座り込んでいる。)
煌子:「…………………………。」
N:虚無。
ひとしきり暴れた彼女に残ったモノはなんなのか、そう、何も無い。
しかし、何も無いからこそ出来る事がある。
煌子:「………………そろそろか……。」
(英美、ノックをして煌子の部屋に入る。)
英美:「コウコちゃん?学校にいなかったからあせ…………(部屋に入り、中の惨状に言葉を失う。)」
煌子:「やあ、アサガオ。
撮影だろ?
さ、やろう。」
英美:「う……うん……
あ……コウコちゃん、怪我してるよ……。」
煌子:「怪我……?
…………。(割れた鏡で自分を見る。)
これはいけない。アサガオの撮影に支障をきたしてしまう。
ちょっと待っててね、化粧で隠してくるよ。」
英美:「ううん、待って…………そのままで、そのままで良いよ。」
間。
煌子:「…………。
アサガオ、君のその目好きだよ。」
英美:「んぇ?」
煌子:「嗚呼……何か良いインスピレーションを得たんだね。
良かったよ。」
英美:「……う、うん。」
煌子:「倫理や道徳を度外視したその“閃(ひらめ)き”を隠そうともしない悪辣(あくらつ)なその瞳。
……良い。」
英美:「こ、コウコちゃん……。」
煌子:「さ、始めようか、アサガオ。」
英美:「……。うん。」
間。
(煌子、英美、二人ぴったりとくっついて壁にもたれかかり、座って英美のカメラを眺める。)
煌子:「どうだい。良いモノは撮れたかい。」
英美:「うん。凄く良いのが出来る気がする。
理開橋(りかいばし)ショートムービークリエイティブアワードに出そうと思ってるのだけど、
うん、十分通用するモノが出来る。」
煌子:「……。
そうかい。それは良かったよ。」
英美:「ありがとね、コウコちゃん。」
煌子:「何、気にする事は無いよ、アサガオ。
怪我の手当までしてもらったし、僕の方も感謝するよ。」
英美:「ふふふ、どういたしまして。」
煌子:「そうだ、珈琲を入れるよ。」
英美:「うん……ありがと……」
(煌子、英美から離れる。)
英美:「あ……」
(煌子、振り向かずに離れていく。)
英美:「こ…………、……。(呼び止めようとするがやめて、静かに立ち上がり、)
(煌子の元へ足を進める。)
………………コウコちゃん……」
(英美、煌子に後ろから抱きつく。)
煌子:「………………。
どうしたんだい、アサガオ。」(囁くように)
英美:「………………分からない……
けど…………コウコちゃんから、離れたくない……。」
煌子:「…………そう。」
(煌子、英美に向き合い、手を英美の背中に回す。)
煌子:「ああ、僕もだ。」
N:心にも無い言葉。
英美:「…………あはは、懐かしいね。
小学生の時もアタシが寂しくなって愚図っていたら、
こんな風に優しく抱きしめてくれてさ。」
煌子:「そうだっけ、忘れちゃったや。」
英美:「もぅ、コウコちゃんいけずだなー……」
間。
英美:「ありがとね、コウコちゃん……。」
煌子:「ははは、何度も言わなくても……」
英美:「そうじゃないの。そうじゃなくてね。」
煌子:「……?」
英美:「アタシが今も映像制作を……創作活動をやってるのは、コウコちゃんのおかげだから。」
煌子:「……。」
英美:「コウコちゃん、アタシの手を引いてくれてありがとう。
小学生の時、コウコちゃんだけがアタシを馬鹿にしないでいてくれた……」
煌子:「……君は、才能がある子だったからね。」
英美:「えへへ……うれしっ」
間。
煌子:「アサガオ……。」
英美:「コウコちゃん……。」
煌子:「…………。」
煌子:馬鹿な女。
間。
N:翌日、早朝。
英美:「じゃあ、またね、コウコちゃん。
完成したら、真っ先に見せに行くね。」
煌子:「ああ、撮影の手伝いならまた言っておくれ。
いつだって僕が力になるから。」
英美:「……っ!うん!」(嬉しそうに)
(英美、部屋を出る。)
煌子:「…………。」
煌子:「本っ当に……馬鹿な女だ。
……。
さ、ロスした時間分、頑張らないと。
賞はあのクソったれだけじゃないんだ……。」
N:黙々と木枠を組み、布を貼る。
F100(えふひゃく)、自分の身長と同等の大きさのキャンバスを造る。
煌子:「この一品に、賭けよう。」
N:過る(よぎる)。
煌子:「……。」
N:過る(よぎる)。
煌子:「……ッ」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「ッ!!!!!!」
N:何かに取り憑かれたかの様に、また顔が変わる。
煌子:「上等だクソがッ!!!
絶対に成果を出してやるッ!!!今度こそッ!!!!」
N:彼女の中から溢れる赤黒く醜い感情を元に筆を激盪(げきとう)させる。
激しく。激しく。激しく。
その力強さに筆が折れる。何度も。だが彼女は気にも留めない。
煌子:「……ッ!!(手元に使える筆が無くなった事に気付く。)
ふ゛ぁ゛あ゛ッ゛!!」
N:使える筆が無いと分かると自分の手を塗料バケツに突っ込み、キャンバスに手を叩きつける。
そうやって、一時間、二時間、三時間……
彼女が描く手を止めたのは、制作を始めてから翌日の昼、
力が尽き、倒れた。
間。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~翌日、学校~
煌子:「うぅ……集中し過ぎた……あったまいってぇ……」
英美:「コウコちゃん……大丈夫?」
煌子:「ああ、問題ない。
ちょっと……打ち込みすぎただけだから。」
英美:「もぅ……気を付けてね?
昨日の講義も休んじゃって……コウコちゃん、忘れてるかもしれないけれど、
アタシたちは美大生じゃなくて、ただの経済を学ぶ大学三年生だよ?」
煌子:「…………。」
英美:「ちゃんと講義受けて、単位取って、
卒業しないと大変なん……(煌子の険しく敵意剥き出しの顔に言葉を止める。)」
煌子:「…………。」
英美:「こ……コウコちゃん……?」
煌子:「お前と……僕を……一緒にするな…………」
英美:「ぇ、え……?」
煌子:「お前みたいな才能の無いグズと僕を一緒にしないでくれるかな???
確かに?僕は美大生なんかじゃない。僕の本業は絵を描く事じゃない。
だからなんだよ?
それは才能の無いグズや消費するしか能がない出来損ない共の生き方だろ???」
英美:「……っ」
煌子:「僕は違う……僕は才能がある……!!
そう!僕には才能があるんだ……!!!
お前なんかと一緒にするな!!!」
英美:「……ッ(泣きそうになる。)」
彩:「何が違うって言うんですか。」
英美:「っ!」
煌子:「ッ!!」
(彩、煌子と英美の間に割って入る。)
煌子:「な……ッ、ウメ、ガサネ……くん……」
彩:「…………。」
煌子:「き、君には関係ないよ。」
彩:「話を逸らさないでください。
ツクバネ先輩とアサガオ先輩、何が違うんですか。」
煌子:「……ッ!!
何もかも違うだろッ!!
コイツは才能が無くてグズで消費するしか出来ないヤツでッ!僕は、違う!!」
彩:「先輩は消費する側じゃない、と言えるんですか。」
煌子:「は、はぁ……??
僕は作る側だ!!断じて消費する側なんかじゃない!!」
彩:「…………先輩、その手、どうしたんですか。」
煌子:「ああ……?」
(煌子、自分の手を見る。)
彩:「爪には乾いた絵の具が付着してて、打撲によって所々黒ずんだ肌、刺さっている木片。」
煌子:「……ッ!!」
彩:「今回はいつもと違って手で描いてらっしゃるのですね。
ですが、その木片はなんなんでしょうか。」
英美:「…………。」
彩:「絵筆……ですよね。先輩。」
煌子:「ッ!!」
彩:「この感じは筆一本や二本じゃない。
一体、何本壊したんですか。作業用の筆が全て折れたから、手で描いてたんじゃないんですか。」
煌子:「……ッ、だッ、だからどうした……ッ!!
これはッ、作品を完成させる為には必要な――」
彩:「筆を無駄に壊すのが必要なんですか。」(煌子の台詞に被せる様に。)
煌子:「……ッ!!」
彩:「ツクバネ先輩、貴女が言う、”消費するしか能がない”はご自分も該当するんじゃなんですか。
貴女が思うそれは、貴女が絵筆に対して行った事となんら違いは無いのではないですか。」
煌子:「うッ……うるさいッ!!!
お前に何が分かるッ!!お前の様な才も運も環境も揃ってる様なヤツに!!」
彩:「私は自分に才能があると感じたことは一度たりともありません。
私はただ――」
煌子:「”情報戦に勝っているだけ”だろ??
君がこの間取った賞のインタビューの際にもそんな事を言っていたね!!
戯(ざ)れるな!!それこそが才能だろうがッ!!!
自分が当たり前に出来る事が他人にも出来ると思うなよクソが!!」
彩:「では先輩は”自分には才能が無い”って言うんですね。」
煌子:「ッ!?」
彩:「アサガオ先輩を才能が無いと罵って、アサガオ先輩とは違い自分は才能がある、と言ったのに。」
煌子:「……ッ」
彩:「支離滅裂ですね、先輩。」
煌子:「だ……黙れよッ!!!!」
(煌子、彩の顔面を殴る。)
彩:「ッ」
英美:「……っ!」
煌子:「……ッ、あ……ッ!」
彩:「………………。
殴って、何か変わりましたか。」
煌子:「ッ!!」
(煌子、逃げるようにその場を去る。)
英美:「コウコちゃん!!どこ行くの!!」
(英美、煌子を追いかける。)
彩:「…………。」
間。
彩:「……………………はぁ……
中々、センパイ相手みたいには出来ませんね……
本当、ユウくんの言う通りだなぁー……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(煌子、自分の家まで走り続けて息切れをしている。)
煌子:「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
彩:『では先輩は”自分には才能が無い”って言うんですね。』
煌子:「………………ぁぁ……」
彩:『アサガオ先輩を才能が無いと罵って、アサガオ先輩とは違い自分は才能がある、と言ったのに。』
煌子:「あああ……」
彩:『貴女が言う、”消費するしか能がない”はご自分も該当するんじゃなんですか。』
煌子:「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(煌子、膝をつき頭を抱える。)
N:星が、星が否定してくる。
煌子:「あああああああああああ!!!!ああああああああああああああ!!!!!!!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
(煌子、床に頭を叩きつけ続ける)
N:輝きが、輝きがなじってくる。
煌子:「やめろ!やめろ!!やめろ!!!!やめてくれ!!!!」
(煌子、耳を塞ぎ蹲る。)
N:憧れが、憧れが囁(ささや)いてくる。
煌子:「ううううッ!!うううううう……ッ!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「おじいさま……」
間。
(煌子、膝を抱え座り込んでいる。)
煌子:「………………。」
N:虚無の空間、その中にスマホの呼び出し音が鳴り響く。
煌子:「…………。」
間。
煌子:「……はい、ツクバネです。
……。
ああ、お世話になっております。
……。
……!本当ですか……?
はい……はい……!
あはは、ありがとうございます……!
そ、そういえば今制作中の作品があるのですが、
是非、先生に見てもらいたいのですが……!
はい、はい!ありがとうございます……!
では今すぐそちらに……!
はい、はい!また後ほど、失礼します!」
(煌子、徐々に元気を取り戻し、立ち上がる。)
煌子:「……。
ククク……あっはっはっはっはっは!!
やっと僕に”ツキ”が回って来たッ!!!
ははは!はははははははははははははははは!!!
はは、いやいや、笑っている場合じゃないじゃないか僕、
さっさと作品を持って行かなければ!
先生をお待たせしては申し訳ない!!」
(煌子、描きかけの作品を抱えて外へ出る。)
N:電話の主は、”輝く星の絵画、御召御納戸(おめしおなんど)大賞展”にて審査員をしていた一人だった。
彼女の作品を最後の最後に悔やみながらも選ばず、落選させたものの、
君は私が出会った中で一番の才能を持っている、
捨て置くのは勿体無い、君と話をしたい、という旨の内容だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(煌子、駆ける。)
煌子:「ハァハァ……!!ハァハァ!!」
英美:「……コウコ、ちゃん……?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(煌子、駆ける。)
煌子:「クソっ、重い……!
だが……これが僕の”これまで”の結晶だ……!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「──ッ!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「ハァハァ!うるさいうるさい!
ほざいてろクソじじい!
僕はもう、違うッ!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「ハァハァ……!ハハ……ハハハハハハハ……!!
そうか……!そうかそうか!そうだったのか……!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「僕が成功するのがそんなに悔しいか……!恨めしいか……!!
そうだ……!僕はアンタとは違うんだ……!!
アンタみたいに夢を諦めたりしない……!!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「きひひっ、キァハハハハハハハハッ!!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「──チッ、さっさと変われよ信号……!!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「早く……早く……!早くっ!」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「…………あ?」
煌子:瞬間、僕は誰かに押されたように二歩、三歩、前へ押し出される。
理解が追い付かない。
N:右から、クラクションが絶叫する。
煌子:「はぁ……?」
煌子:車が、迫ってくる。
咄嗟に後ろに逃げようと後ろを向く。
煌子:「──あ?……お前なんで……?」
N:衝羽根 煌子(つくばね こうこ)は撥ねられ、宙を舞っていた。
煌子:は……?は?は??はぁ??
なんだこれ?なんだよこれ??なんで僕が──お前に──……
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:うる、せぇ────……
間。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~大病院の一室~
煌子:「…………。……?」
彩:「ツクバネ先輩……!」
煌子:「…………ウメガサネ……くん……」
N:彼女が目を覚ましたのは三日後の事だった。
煌子:「…………僕は……一体……が……ぁ……いった……い……」
彩:「先輩、車に轢かれたんですよ。
……もう……本当に心配しました……」
煌子:「…………。」
煌子:身体が痛い、身体が動かない。
よく見ると、僕が傷だらけで、包帯で巻かれて、ベッドに横たわっているのが見える。
看護師が目を開けた僕を見て、慌てて病室から出て行った。
遠くから“先生!ツクバネさんが起きました!”だの“奇跡だ!”などの声が聞こえる。
煌子:「…………ひかれ……た……」
間。
煌子:「…………アサガオ……」
英美:「コウコちゃん……!!」
(英美、病室に入ってくる。)
煌子:「…………。(呆気に取られている。)」
英美:「良かった……!良かった……!
もう目覚まさないかと思ったよぉ……!」
煌子:なんで──────
彩:「とりあえずこれで一息つけますね。」
英美:「うんうん……!
アヤちゃん、ありがとね……!」
彩:「いえ、正直、私、あの時言い過ぎてしまったと思ってて……
ツクバネ先輩……あの時は酷いこと言って本当にすいませんでした……」
煌子:なんで、お前が──────
英美:「もう、コウコちゃん、これからは気を付け──」
煌子:「うあああああああああああああああああああああッ!!!!!(英美の台詞に被せる様に。)」
英美:「きゃあっ!!」
(煌子、固定されていた身体を無理やり動かし英美を壁に叩きつける様に押し、首を絞める。)
彩:「ツクバネ先輩!?」
煌子:「う゛ぅ゛ー!!う゛ぅ゛ー!!」(手の力を強める。)
英美:「があ……あ……あぁ……!!!」
彩:「先輩!!何をしてるんですか!!!」
彩:「やめてください!!先輩!!!」
(彩、煌子を剥がそうとするが、力が凄く苦戦する。)
煌子:なんでお前がここにいる??
どの面下げて僕の前にいる???
だって、僕がこんな目にあったのは────
煌子:「ア……サ……ガ、オォ……!!!」(憎悪を剥き出しにして絞め殺そうとする。)
英美:「ああ……!!くキっ……ああ……!!!」
煌子:コイツが僕をあの時突き飛ばしたからじゃないかッ!!
彩:「アサガオ先輩はツクバネ先輩を助けてくれたんですよッ!!!」
煌子:…………は?
彩:「轢かれた先輩見て、救急車呼んでくれたのはアサガオ先輩なんです!!
なのに……!どうして……!!」
煌子:「…………ぁ……?……ぁ……??」
(煌子、英美を離す。)
英美:「うっ!……けほっ……けほっ……」
煌子:は……?
コイツ……なんでそんな事を……?
え……?分からない……え……?え……?
……なにコイツ……怖い……気持ち悪い……
英美:「けほっけほっ……コウコ、ちゃん……」
煌子:医者や看護師が慌てて駆けつけてくる。
僕は拘束された。
けど、恐怖と気持ち悪さで、どうでも良かった。
そして、興奮が冷め、次第に身体中の痛みを自覚し、
それに脳が耐え切れず、僕は気絶した。
間。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~煌子の病室~
煌子:僕は厳重に拘束された。
それは良い。是非もない。
そんなことより、だ。
英美:「…………。」
煌子:「なんで、お前が、ここに居る、んだよ。」
煌子:この女と二人きり、どうやって────
英美:「謝りたくて。」
煌子:「は……?」
英美:「突き飛ばして、ごめんなさい。」
煌子:「はぁ……?」
英美:「なんだか。
遠くに行っちゃいそうな気がして。」
煌子:「は……?はぁ……?」
英美:「コウコちゃん、シオミズ先生の所行こうとしてたでしょ?
……御召御納戸(おめしおなんど)大賞の審査員だった。」
煌子:「な……なんで、知って……」
英美:「あんなヤツの所、行かない方が良いよ。」(煌子の台詞を待たずに。)
煌子:「…………。」
煌子:震えている。身体も声も。
そうだ、この女はこういう女だ。
何も考えてない。僕を突き飛ばしたのも、映像を作り続けているのも。
英美:「アタシは……アイツのせいで……」
間。
英美:「……ああ……コウコちゃんにおんなじ目にあって欲しくない……」
間。
煌子:ああ……コイツはどこまで言っても──
英美:「だから、コウコちゃんを止める為に、仕方なく──」
煌子:「言い訳に僕を使うなよ。」(被せるように。)
英美:「───っ」
煌子:「諦めたいなら一人で諦めてくれよ。
僕を巻き込むな。」
英美:「けど、アタシ、コウコちゃんと、一緒に居たいから……」
煌子:「僕はお前とさっさと離れたかった。」
英美:「…………えっ?」
煌子:「アサガオ、お前はグズで才能が無いからシオミズに弄ばれたんだよ。
ははは……けど僕は違う……
腕が治ったら直ぐに新しい作品を作って……今度こそ……!」
英美:「コウコちゃん……アタシは、コウコちゃんが好きだよ……大好きだよ……
お願い……アタシを見て……?」
煌子:「僕はお前の事、昔から嫌いだったよ。」
間。
煌子:「小学生の時、コウコちゃんだけがアタシを馬鹿にしないでいてくれた”ァ??(馬鹿にするように)“
ただの気まぐれで、同調してやっただけなのに、おめでたいやつだ。」
英美:「……こ、コウコちゃん……?」
煌子:「これまでは、小学校の同級生の好(よしみ)で相手してやってただけさ。
けどなァ……グズで才能の無い馬鹿でキチガイに興味なんか無い。
お前との傷の舐め合いごっこにも、恋人未満ごっこにも飽きた。
二度と僕の前に顔を出すな。
気持ち悪い。」
間。
(英美、何も言わずに出て行く。)
煌子:「……………………ふぅ……消えたか。
……待っててくださいね……シオミズ先生……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
N:だが、数日後。
煌子:「………………はぁ……??」
N:病室で偶々テレビを付けたら、そこには──
煌子:「シオミズ先生と……アサガオ……?」
N:テロップには”理開橋(りかいばし)ショートムービークリエイティブアワード”と書かれている。
映像や動画のコンペティション、御召御納戸(おめしおなんど)大賞に相当する賞。
蕣 英美(あさがお えいみ)がそれの最優秀賞を受賞した、という内容だった。
煌子:「…………どういう……こと……?」
N:テレビの中のエイミが語る。
英美:『ありがとうございます。
こちらの映像は、アタシの……アタシの愛する人が、撮影に協力してくれたんです。』
煌子:「……この間の……僕を撮ったやつ……」
N:審査員だったと思われるシオミズが口を開く。
”エイミ君は私が出会った中で一番の才能を持っている、彼女は新世代を担う、輝く星だ。”
と、自信満々といった様子で語る。
英美:『ありがとうございます。
けど……アタシが成功出来たのは、彼女のおかげです。』
煌子:「………………。」
英美:『…………きっと、彼女はアタシの事を……この“映像”を見ていないと思います。』
煌子:「…………。」
英美:『でも、良いんです。
それでも、アタシがここにいるのは、彼女のおかげですから。』
間。
煌子:「……ハハハ」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「ハハハハハハハハハハハ……」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「アハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハ……」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「はははははははははははははははははははははははははははははははは……」
N:支離滅裂ですね、先輩。
煌子:「本当に……そうだ……支離滅裂だ……」
N:お前みたいな才能の無いグズと僕を一緒にしないでくれるかな。
煌子:「才能が無いグズは僕だ……」
彩:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「……。」
英美:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「……。」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"
煌子:「…………ああ──……」
煌子:「違うよ……おじいさま……
……違ったよ、おじいさま……」
煌子:「僕は、どんなに努力しても、自業自得で、大成出来なかった……
星の所為じゃなくて、僕の所為だった。」
N:"お前はどんなに努力しても大成出来ない星のもとに生まれている。"(優しく、諭すように)
煌子:「ああー……もう……分かったってば……
……。
…………ありがとう、おじいさま。」
煌子:「……………………ごめんね、綺麗な綺麗な星たち……。」
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END