[台本]絵の具の如く弾けても
※私作「絵が描けない絵描き」を読んでいただくと、より理解がしやすいかもしれません。
登場人物
・竜胆 ユウ(りんどう ゆう)
男性、26歳、回想24歳
右手首が無い青年。
絵を描くのが好きだったが、様々な出来事がきっかけで絵を描くのが嫌いになった。
……が、絵は、美術は、経験は、彼を離してはくれなかった。
本来はとても優しく、温厚な性格。
・梅重 彩(うめがさね あや)
女性、19歳、回想17歳
絵を描くのが好きだが、色々あり芸術系の大学に進学できなかった。
とても芯のある女性。
※名前のみ登場
・御召御納戸 いろは(おめしおなんど いろは)
男性、現在20歳、当時16歳
かつてのユウの教え子。
ユウの事を慕っていたが、ユウに傷付けられ絵が描けなくなった。
・竜胆 ユウ♂:
・梅重 彩♀:
↓これより下が台本本編です。
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ユウ:『……俺の絵は素晴らしい?俺は“ただ”壁にぶつかってるだけ??
乗り越えれば良い???大丈夫????嫌いなんかじゃない?????
俺は凄い??????
なんでそんな事お前に分かるんだよッ!!』
ユウ:「ッ!?」
(ユウ、目を覚ます。)
ユウ:「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」(かなり荒い呼吸で)
ユウ:かつて、俺が自分の教え子に放った言葉が脳裏で叫び続ける。
そう……脳裏で……脳裏にこびりついた彼の……彼の恐怖した顔と共に、
視覚と聴覚が自動的に反芻(はんすう)する。
ユウ:『…………いろは……お前もじきにこうなる……
お前と俺はよく似ているからな……』
ユウ:彼の名は、いろは……御召御納戸(おめしおなんど) いろは……
俺が投げつけた彼を苛む言葉の数々が、叩きつけられた絵の具の様に弾ける。
ユウ:『じきに自分の才能の無さに気付き、周りを妬み、孤立し、潰れる。』
ユウ:「…………あ゛あ゛……!
俺は……彼に、なんてことを゛……!」
(彩が部屋に入ってくる。)
彩:「竜胆(りんどう)先生!?
先生!先生!!大丈夫ですか!?」
ユウ:「ぐっ……!!!!あ゛あ゛!!あ゛あ゛ッ!!!
すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない!!
許してくれェ!!!!!!!!!!」
彩:「先生!先生ッ!!!」
ユウ:「ッは──!」
(ユウ、我に帰る。)
彩:「……落ち着きましたか……?」
ユウ:「はぁ……はぁ……彩(あや)……くん………………こ、ここは……」
彩:「絵画教室の、休憩室です……。」
ユウ:「…………あ、ああ……そうか…………仮眠を…………とってたのか…………」
彩:「……これからリンドウ先生の時間ですけど、今日はおやすみしておきますか?
私が……教えるのは…………無理でしょうけど、見ておくだけなら……」
ユウ:「いや、大丈夫だ……すまない、心配をかけちゃったね。」
彩:「いえ……大丈夫です……。」
ユウ:「……。」
ユウ:4年前、絵を描くのが嫌いになり、嫌いになり過ぎて自暴自棄で自分の右手を切り落とした。
絵との関わりも、切り捨てる為に……
けれど──
ユウ:「お待たせしました。
では皆さん、今日も楽しく絵を描きましょう。」
ユウ:──絵は、俺を離してくれなかった。
ユウ:「…………。」
ユウ:当然なのかもしれない。
俺は20年以上、芸術と、絵と一緒に過ごし、育ってきた。
何をするにしても憑いて回ってくる。
そして何よりも、俺は絵を描く事しかやってこなかったから、何も出来ないんだ。
ユウ:「……カオルちゃん、今日も素敵な色使いだね。
その色、好き?」
彩:「…………。」
彩:リンドウ先生は生徒たちと目線を合わせ、優しく笑いかける。
話しかけられた子供たちも、嬉しそうに先生に言葉を返す。
……凄く、良い先生だと思う。
ユウ:「……そうか……良いね。
ん?この色と仲の良い色?
う~~~ん……じゃあ……この色とこの色……は、どうかな。
もしかしたら、カオルちゃんも好きになるかもしれないよ。」
彩:先生は、常に苦しそうだ。
彩:「…………。
ん?どうしたのカナデくん?
え?私に絵を描いて欲しいの?
うん、分かった。じゃあ、一緒に絵、描こっか。」
彩:けど、それでもリンドウ先生は、良い先生だ。
ユウ:嗚呼、無い右手が、絵を描かせろと幻影肢(げんえいし)の如く疼く……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユウ:「……フゥーーー……」
彩:「お疲れ様です。先生。」
ユウ:「ああ、お疲れ様、アヤくん。
君には助けられっぱなしだよ、本当に。」
彩:「いえいえ、こちらこそ。
冬休み中だけとは言え、この絵画教室で働かせて下さり有難い限りですよ。」
ユウ:「はっはは、冬休み中だけとは言わず、これからもいてくれても良いんだよ。」
彩:「っ!それは、かなり魅力的な話……!……一考しておきます。」
ユウ:「ふふふ、良い返事を期待しているよ。
…………。
……どうだい、作品作りは。」
彩:「まあ、順調、とは言い難いですが、上々ですよ。」
ユウ:「そうか。うん。それは良いね。」
彩:「…………これも、リンドウ先生のおかげです。
私が、絵を描いていられるのは。」
ユウ:「…………。」
ユウ:『じきに自分の才能の無さに気付き、周りを妬み、孤立し、潰れる。』
ユウ:「……ッ」
彩:「──っ、先生っ」
ユウ:「大丈夫ッ!
…………大丈夫だから……」
彩:「……。」
ユウ:「……何はともあれ、君が絵を描くのを諦めないといけない事にならなくて良かったよ。」
彩:「…………はい、ありがとうございます。」
彩:私は、絵を描き続ける事を、両親に反対されていた。
理由は単純、“金が掛かるから、どうせ仕事にしないから、金にならないから”。
ぐうの音も出ない程、当時の私にはどうしようも無かった。
その時はまだ……いや今も、親の庇護下にいるから。
けど、リンドウ先生は──
ユウ:『この子を……殺さないであげてください。』
彩:…………先生は、私の為に本気で怒ってくれた。
だから、今の私がある。
彩:「…………。」
彩:「先生。」
ユウ:「ん、どうした?」
彩:「何か、困ってる事があったら、言ってください。
私に出来る事があれば、力になりますから……!」
ユウ:「ッ!!」
ユウ:重なる。この子と、いろはが……
嗚呼、罪悪の感情が、更に降り積もる……。
ユウ:「…………、あ……ああ、ありがとう、アヤくん……。
あ!そういえば、もう週末か。
……。
はい、アヤくん、今週の給料。」
彩:「あ、そういえば、そうでした。
ありがとうございます。」
ユウ:「いやー……危ない危ない、お金関係はちゃんとしておかないと。
色々なところで行く行くは首が絞まってしまうからね。」
彩:「ははは……
…………ねえ、リンドウ先生。
ついでに、というワケではありませんが、今私が作ってる作品、見てもらえませんか?」
ユウ:「え…………あ、うん……いいよ……。」
彩:「ありがとうございます。
じゃあ、絵画教室が終わる頃にまた来ますね。」
ユウ:「ああ……分かった。
気をつけて帰るんだぞ。」
彩:「はい、ではまた後で。」
(彩、去る。)
間。
ユウ:「………………。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユウ:梅重 彩(うめがさね あや)。
経済大に通う大学一年生。
彼女が絵を描き始めた理由、それは、“先輩に憧れて”。
そんなアヤくんと俺が知り合ったのは、二年前、彼女が高校二年生の時だった。
~二年前~
(彩、当時17歳。ユウの絵画教室の扉を開ける。)
彩:「こんにちは。」
ユウ:「こんにちは、どうしたのかな?」
彩:「…………ここの……絵画教室の体験見学に来たのですが……」
ユウ:そう言って、彼女は手に持っていたチラシを見せてきた。
ユウ:「体験……ああ~!はい、分かりました。
では、こちらに……」
(ユウ、無い右手で見学者記入用のノートを取ろうとする。)
ユウ:「……あ……。
……こちらに、お名前と電話番号を記入お願い致します。」
彩:「はい。
……。
書きました。」
ユウ:「……ウメガサネ アヤ……はい、ありがとうございます。
では、俺はこの絵画教室で先生をやっている竜胆(りんどう) ユウです。
よろしく。」
彩:「はい、よろしくお願いします。」
ユウ:「…………とは言ったものの……
実は今日は休みというワケではないのだけど、
どの時間も人がいなくてねー……うーん……
ウメガサネさん、早速何か描いてみますか?」
彩:「……!はい……!」
ユウ:「分かりました。
では何をやりましょうか。」
彩:「使っても良い画材は、どれでしょうか。」
ユウ:「ん?
この棚にあるものなら、なんだって良いですよ。」
彩:「……。
じゃあ、水彩絵の具、使って良いですか?」
ユウ:「いいですよ。」
彩:「ありがとうございます。」
ユウ:彼女が初心者じゃないのは、筆の持ち方で分かった。
初心者じゃない、なんてものじゃない。
間違いなく、“才能のある人間の筆運び”。
色彩感覚も、画面の構成感覚も……きっとこの子は、目も良く、賢い子なんだろう。
ユウ:「……ッ」
ユウ:…………彼女にいろはが、重なって仕方が無かった。
彩:「──。」(集中して筆を動かす。)
ユウ:「…………ねえ、ウメガサネさんは、絵……初めてじゃないですよね。」
彩:「……はい。中学の頃から、描いてます。
…………私のセンパイの作品に、触発されて……始めました。」(筆を動かしながら)
ユウ:「……なるほど。」
ユウ:思い出す。
いろはも、そうだった。俺の絵に触発された、と。
嗚呼、本当にこの子はいろはに似ているな……。
彩:「あの……」
ユウ:「ん?どうしました?」
彩:「その、失礼を承知で聞くのですが……その手、どうしたんですか?」
ユウ:「……ああ、右手ね。
気になりますよね、右手無いの。」
彩:「……すいません。」
ユウ:「いえ、お気になさらず。
けど、すいません。この手に関しては……」
彩:「……はい、嫌な事聞いちゃってすいません。」
ユウ:「いえいえ。
……それにしても、ウメガサネさん、本当にお上手ですね。
何故わざわざここに?」
彩:「……………………………………。(筆が止まる。)
画材を…………捨てられたんです……家族に……。」
ユウ:「…………え……」
彩:「もう絵を描くのはやめろ、と言われたんです。
……。(再び筆を動かす。)
もう受験生になるんだからって、どうせ仕事になんかしないでしょって……
…………。
否定はしませんし、否定は出来ません。
……けど、私は、絵を、描いていたい…………。」
ユウ:「…………。」
ユウ:重なる。
ユウ:「……。」
ユウ:重ねる。
ユウ:「──ッ」
ユウ:いろはとウメガサネ アヤを、重ねてしまった。
だから──
ユウ:「ねえ、ウメガサネさん。」
彩:「……なんでしょうか。」
ユウ:「二ヶ月後、大きなコンクールがあります。
それに向けて作品を制作して、応募してみませんか。」
彩:「……?
急に、どうしたんですか……?」
ユウ:「俺は……ウメガサネさんにはとてつもない才能があると思っています。
だから、それを腐らせるべきでは無い。
……だから……ここで賞を獲ってウメガサネさんの家族を、実力で黙らせましょう……!」
彩:「──っ!」
ユウ:「……っと、俺は考えましたが………………どうでしょう……?」
彩:「……。
それ……凄く私好みです……!
私、応募します!よろしくお願いします、リンドウ先生……!」
ユウ:俺は彼女の両親に“絵を描く事を辞めさせない為の勝負”を持ちかけた。
条件は彼女が“賞を獲得する事”。
それに両親は承諾した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~現在~
ユウ:「…………あれから、二年が経ったのか。」
(彩、絵画教室に入る。)
彩:「しつれーいしまーす。」
ユウ:「はーい。」
彩:「作品、持ってきました。
先生、よろしくお願いします。」
ユウ:「はい。
……って、今回は絵じゃないんだね。」
彩:「はい、たまには他の素材も使おうと思って、
これはそのミニチュア版みたいな感じです。」
ユウ:「ふむ……。
確か、今回のコンクールのお題は──」
彩:「『花と空と色』です。」
ユウ:「…………今年は厭(いや)に抽象的なのに制限的だね……。」
彩:「私もそう思います。
どうやら、今回の賞を支援なさってる会長さん、クモハタさんの息子さんからの無茶ぶりらしいです。」
ユウ:「…………なんだそれ……
……でもまあ、このお題なら平面に拘る必要は無いね。」
彩:「はい。
そして、これは他の応募者の人たちが考えそうな言葉、
“風林火山”や“花鳥風月”に対して上を取れる手法だと思ったんです。」
ユウ:「なるほど、この賞は毎年、立体作品があまり出品されない傾向がある。
それ故に平面作品が多い事は容易に想定できる。
……しかし、何故わざわざ他の応募者と被せるんだ?俺はあまり良いと思わないけど。」
彩:「一つは私もそういった題材を使いたかったからですね。
もう一つは、審査員です。
今回の審査員は三年前とほとんど同じ方々なんですけど、
そのうちの二人、シオミズ先生とアダギリさんはコンペティション的な要素に
目を向けやすいので“あ、また似たようなのだ”と印象に残る可能性があると思うんです。」
ユウ:「たしかに、シオミズくんはそういうところあるけど……
もしかしたら今回はそういう部分を見ないかもしれないよ。」
彩:「その時はその時です。
先生的に言うのであれば、今回は“情報戦に負けた”ということで割り切りますよ。」
ユウ:「………………アヤくん……その言葉好きだね……」
彩:「ええ、かっこいいので。」
ユウ:「そ……そう……
ん゛ん゛(咳払い)
……それで、この模型、マケットは……俺たちの町……?」
彩:「はい。
町そのものをキャンバスにした作品とプレゼンする予定です。
……する予定なんですが……良いんでしょうかね?」
ユウ:「え?ああ、全然良いと思うよ。
何か問題が?」
彩:「現実的、とは到底言い難いですし、これって……作品扱いで良いんでしょうか……」
ユウ:「ああ、そういうことか。
問題ないよ。これは謂わば“企画”という分類の作品だからね。
ちゃんと企画内容がしっかりとしていて、面白かったり、
審査員の意図から外れていなければなんら問題は無いさ。」
彩:「ほっ……
それは良かったです……」
ユウ:「どうしても心配だったらコンセプトアートとして一枚絵をー…………
……え!?!?!?!?町をキャンバスに!?!??!?!??!?!?!?!?」
間。(彩、ユウの突然の大声にびっくりして声が一瞬でない。)
彩:「な……なんですか……時間差でびっくりされるなんて……びっくりした……
そ、そうですよ……町そのものをキャンバスにしようと思ってます……
やっぱり……問題ありましたか……?」
ユウ:「…………い、いや……スケールが大きくて、びっくりした……だけ……
……。(マケットを見る。)
……うん、良いと思う。
なるほど、確かにこれなら『花と空と色』をクリア出来るし、審査員の目にもよく留まるだろうね。」
彩:「っ!ありがとうございます!」
ユウ:「本当に……君は……」
彩:「?」
ユウ:「…………。」
ユウ:──天才だ。
どこでその発想力、着眼点を身に付けてきたのか。
このマケットや彼女の作成した企画書も…………凄い熱量だ。
そんなところも、いろはにそっくりだ……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユウ:二年前もそうだった。
彼女は両親を説得する為に二ヶ月で大作を仕上げてみせた。
そして、最優秀賞を……とは行かなかったが、優秀賞に見事入選した。
ユウ:──が……
彩:「……え……?“でも、一番じゃない”……?」
ユウ:「…………は……?」
ユウ:……アヤくんの両親は約束を反故(ほご)した。
“入選はしたが、一番じゃなかったから”という理由。
あまりにも、あまりにも稚拙(ちせつ)で大人気ない、卑怯な下衆(げす)な理由。
彩:「“どうせ仕事にしない”って……そんなの、分かんないじゃん!
別に、お金稼げなくたって、別に、仕事にしなくっても……!!
なんで二人は絵を描くのを辞めさせようとするの!?」
ユウ:嗚呼、なんで親ってのは皆こんなんなんだろうか。
俺の親も、彼女の親も、俺たちを縛るために簡単に裏切ってくる。
彩:「お金が掛かるって……画材だって私がバイトして用意してるじゃない!!
……っ!
“駄々を捏ねるな”……?“絵くらい”……?」
ユウ:「──ッ!!」
(ユウ、彩の父親が彩の賞状を破ろうとするのを止める為に右手を掴む。)
彩:「せ、先生……!」
ユウ:「……!お父さん……!何をやろうとしてるんですか……」
間。
ユウ:「“言うことを聞かないから破ろうとしただけ”?
この子が獲得した賞状を???
正気ですか????彼女の努力を、彼女の覚悟を、彼女の才能を無下にする気ですか!!!」
彩:「……っ!」
ユウ:久々に声を荒らげた。
嗚呼──過る(よぎる)。
いろはに当り散らした自分を。
ユウ:『なんでそんな事お前に分かるんだよッ!!』
ユウ:「──ッ!!」
ユウ:吐きそうだ。
だが、ここで引くわけにはいけない……
ユウ:「この子を……殺さないであげてください。
…………は……?……大袈裟?」
ユウ:目の前の男は、かつての俺と同じだ。
一人の絵描きを、殺そうとする殺人鬼、一人の希望を、奪おうとする簒奪者(さんだつしゃ)だ。
無い右手が震えるのを感じた気がした。
ユウ:「…………ウメガサネさん、貴方方の娘さんは、絵を描くのが好きなんですよ?
何故この子の“好き”を奪おうとするんですか???
金が掛かるから???金にならないから???どうせ仕事にならないから???
何故親であるアンタ達が子の希望を砕こうとするんだ!!」
ユウ:既に一人の絵かきを殺した俺に、彼女の父親を責める権利は一切無いだろう。
だが、だからといって、希望が奪われるのを見て見ぬ振りは出来ない……!!!
(ユウ、右腕を振り上げる。)
彩:「先生……ッ!」
(彩、ユウを止める様に後ろから抱きつく。)
ユウ:「…………ッ!!
…………………アヤ……くん……」
彩:「…………。
……ありがとうございます……リンドウ先生……
私のために、怒ってくれて……
もう……大丈夫です……」
ユウ:「…………。」
彩:「……安心してください、先生。
私は、絶対に絵を描くの、辞めませんから……。
私、頑張って両親を絶対に説得します。」
ユウ:「……!
…………。
……そうか……分かった……分かったよ……。」
彩:「本当に……ありがとうございます……!」
ユウ:彼女は、言った通り、今も絵を書き続けている。
本当に、彼女は強い。
…………本当に……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユウ:──だからきっと、今回の賞も勝ち獲るだろう。
彩:「──という感じです。
どうでしょうか。コンセプトアートも追加して、
残り二ヶ月、完成させられるでしょうか。」
ユウ:「…………アヤくんになら出来なくもない。」
彩:「っ!」(嬉しそうに笑顔がはじけ、そうになる。)
ユウ:「──が、」
彩:「──っ」
ユウ:「それは万全であれば、の話だ。
万全の状態でギリギリ。」
彩:「…………。だから“出来なくもない”ですか。」
ユウ:「そうだ。
お題にもマッチしている、モチーフも分かった、展示方法も面白い。
が、テーマが煩雑。
残り二ヶ月であれば、テーマをもうすこしシンプルにするか展示方法をシンプルにするかだ。」
間。(彩、少し考える。)
彩:「私は、このやり方でやりたいです。」
ユウ:「そう言うと思った。であれば自ずとテーマの方になるね。」
彩:「はい、そうなりますね。」
ユウ:「今回は初めての展示方法、素材だから、
どうしても分かんない、上手く行かない事が、たくさんあると思う。
君は要領が良くて賢いから様々思いつくし、色々出来る手を待ってる。
けど、君の身体は一つだけだ。時間に対して使える手札はどうしても少ない。」
彩:「……。」
ユウ:「だから、沢山考えて、沢山試して、より良い情報を取捨選択し、モノにするんだよ。」
彩:「はい……!」
ユウ:「…………こんなもんかな。」
彩:「はい、ありがとうございます!」
ユウ:「アヤくんは情報収集が上手いし見識が広いから一見綺麗に収めるタイプだと思ってたけど、
その実、性格が割と攻め攻めだから作品作りの途中が猪突猛進なのが玉に瑕だよなー」
彩:「あはは……」
ユウ:「…………。」
ユウ:嗚呼、いろはがいれば、もっと的確で、為になるアドバイスが出来たんだろうな。
…………夢でいろはの事を思い出したからか、いつにも増して彼の顔が過る(よぎる)……。
ユウ:「ぐっ……お゛こ゛ぉ゛……」(吐きそうなのを耐える。)
彩:「ッ!先生!」
(彩、倒れるユウの背中を摩る。)
彩:「大丈夫ですか先生!?先生!先生!!」
ユウ:「ああ……!ああ……!!ああ……!!!」(頭を抱えて苦しむ。)
彩:彼の頭の中がかつての教え子、いろはに放った暴言で溢れる。
ユウ:「ああ……!」
彩:……俺の絵は素晴らしい?俺は“ただ”壁にぶつかってるだけ?
乗り越えれば良い?大丈夫?嫌いなんかじゃない?
俺は凄い?
なんでそんな事お前に分かるんだよ。
ユウ:「ああ!!」
彩:俺は、世界に評価されなかった人間なんだ。
なんだ?お前に評価されれば世界に評価されるのか?違うだろ?
そんな俺の絵が素晴らしい?俺が凄い?
ふざけるな、そんなワケが無いだろ。
ユウ:「すまない……!!」
ユウ:『じきに自分の才能の無さに気付き、周りを妬み、孤立し、潰れる。』
ユウ:「すまない……!!いろは……!!!」
彩:「え……?」
ユウ:「ぐっあッ……!!」
(彩、ユウの胸ぐらを掴む。)
ユウ:「な……あ…………アヤ……くん……?」(びっくりして正気に戻る。)
彩:「…………先生……センパイを、いろはセンパイを……御召御納戸(おめしおなんど) いろはセンパイを知ってるんですか。」(強めな口調で)
ユウ:「……え?」
彩:「どうなんですか。」
ユウ:「……し、知ってる……俺の……昔の俺の教え子だった……」
彩:「──ッ!!
なんでその教え子に謝ってるんですか。」(何かを堪えるように、ゆっくりと問う)
ユウ:「ッ!!
それは……」
間。
ユウ:「……俺のせいで、いろはは絵を描けなくなったからだ……
俺が……いろはに当たり散らして、目の前で右手を切り落として見せて、
トラウマを植え付けてしまったから……アイツは……」
彩:「んんッ!!!」(彩、ユウを殴る。)
ユウ:「ぐあッ!!!」(彩に殴られる)
彩:「先生の……お前の……お前のせいでセンパイはァ!!!」
ユウ:「ぐっがッ!ああッ!!」
彩:「センパイは今も苦しんでる!!!!!お前のせいで!!!!!!!!!」
(彩、ユウに馬乗りになり殴り続ける。)
ユウ:まさか、いろはと彩が顔見知りだったとは……
嗚呼……ついに罰が下ったんだ……
彼にそっくりな彼女に、殴られている。
……頼む、そのまま俺を殴り殺してくれ。
彩:「あんなに素敵な絵を描く人だったのに!!!
あんなに絵の事が大好きな人だったのに!!!
それをお前が!!!!」
ユウ:「ぐっ!!」
彩:「嫌いだ!!嫌いだ!!!大っ嫌いだ!!!!
お前なんか大っ嫌いだぁああああああ!!!!!!!!!」
ユウ:「──ッ!!」
彩:「お前のせいで……!お前のせいで!!お前のせいでッ!!!!
お前のせいでぇええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ユウ:「く……ッ!!!」
(彩の手が止まる。)
間。
ユウ:「…………?」
間。
ユウ:「……アヤ……くん……?」
彩:「ぅっぐ……うっぐ……」(泣いてる。)
ユウ:「……アヤ──」
彩:「センパイは……」(泣きながら続ける。)
ユウ:「…………。」
彩:「センパイはっ、先生に憧れたから……っ!
今の……絵が好きで……好きで好きで仕方がないセンパイがあるんだ……っ!」
ユウ:「ッ」
彩:「あああ……!
こんなにこの人が大っ嫌いなのに……っ!!
どうして……!どうして私は先生の事が好きなのっ!?大好きなのっ!?」
ユウ:「……。」
彩:「嫌いって言葉に出したのに……っ、怒りをいっぱい込めて殴ったのに……っ!
何も変わらないじゃない……!!」
ユウ:「アヤ、くん……」
彩:「ううう……ううう……!!
なんで先生は……もっと最低で最悪な悪党じゃないんですか……!!」
ユウ:「……。」
間。
ユウ:「すまない……君の大切な先輩と……君の手を沢山傷つけてしまった……。
俺の事は許さなくて良い……いや、許さないでくれ……。
……だから、自分自身を傷付けるのは……もうやめてくれアヤくん……。」
彩:「殴ったのに……っ、いっぱいいっぱい殴ったのに……っ、
どうしてそんなに優しい顔するんですかっ!!」
ユウ:「……それは……俺も、アヤくんの事が好きだから……なのかな……」
彩:「っ!!」
ユウ:「……白状するよ。
二年前、君と会って、いろはを重ねていた。
俺が壊した、いろはにだ。」
彩:「……ぐすっ。」
ユウ:「俺はずっと後悔していた。
俺の身勝手で彼を傷付けた事を、絵描きとしての彼を殺したことを……
だから、君を捨て置けなかったんだ……。」
彩:「……。」
ユウ:「それから続けた……続いた日々の中で、君の事が好きになった……。
君の直向(ひたむ)きさ、情熱……時折抜けている所が、堪らなく愛おしく感じる様になったんだ……。」
彩:「う……うぅ……」
彩:「うあ゙ぁあ …… あ゙ぁあぁ゙ああぁぁうあ゙ぁあ゙ぁぁ……!!」(大泣き)
ユウ:「…………すまない……。」
(泣きじゃくる彩を宥めるように抱きしめる。)
ユウ:「…………。」
ユウ:俺に彼女を抱きしめて、宥める資格は無い。
けれど、泣きじゃくる彼女を、放っておく事は出来なかった。
……嗚呼──
ユウ:「右手があれば、もっと強く彼女を抱きしめられたのに……」
ユウ:後悔ばかりだ。
チューブが弾けて溢れ出した絵の具の様に漏れ続ける彼女の涙。
俺はそれを止める方法を知らないから、ただただ彼女を抱きしめていた。
間。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユウ:「落ち着いたかい。」
彩:「…………はい。」
ユウ:「……それにしても、そうか……
アヤくんはいろはと先輩後輩の関係だったか……
…………本当に、すまない……。」
彩:「絶対に許しません。」
ユウ:「……うん、そうだよね。」
彩:「だってセンパイは死んでませんもん。」
ユウ:「……え?」
彩:「絵描きとしてセンパイは、先生なんかに殺されてません。
センパイは強くて、凄い人ですから。」
ユウ:「…………。」(呆気にとられる。)
(彩、ジェスチャーも交えてちょっと必死というか馬鹿っぽくセンパイを持ち上げる。)
彩:「え、あ、えっと……!
先生が教えてた高校生の頃のセンパイを想像されたら、
確かに、ひょろっとしてましたし、覇気が無くて頼りない感じがするかもですが……!
今のセンパイは石膏とか、彫刻とか、やってて、腕が、こう……ムキッ!としてて……」
ユウ:「……っ!」
彩:「“散歩行く”とか言い出したと思ったら三日くらい山に篭って土弄りしてましたし……!」
ユウ:「……はははっ──」
彩:「ぁえっ?」
(ユウ、無い右腕を左手で抱えて泣く。)
ユウ:「そうか……ぐずっ……そうかそうか……
良かった……本当に……本当に良かった……
いろはは……ちゃんと、生きてるんだね……ああー……本当に……良かった……」
彩:「…………。
そうですよ。センパイは、生きてます。
あの人、凄くしぶといし……多分、まだ貴方の事を尊敬しています……。
……本当に……強い人です……。」
ユウ:「きっと、君のおかげだ……。
彼には、君が必要なんだ……きっと……。」(涙声で)
彩:「…………いいえ。
センパイに必要なのは、私のような紛い物じゃありませんよ。」
ユウ:「紛い物……?」
彩:「ええ、紛い物です。私は……センパイに必要な人間になろうと頑張っていました。
ですが、私ではどんなに頑張っても紛い物止まりでした。」
ユウ:「……。」
彩:「センパイに必要なのは……そうですね……
もっと強引で、自分勝手で、もうどうしようもなく眩(まばゆ)く、煌(きらめ)く星の様な人なんだと思います。」
ユウ:「…………ふふ、そうか。」
彩:「そして……私には……リンドウ先生……いいえ──」
ユウ:「?」
彩:「──ユウくん。
私の手助け、お願いしますね。
先生の言う通り、どうにも猪突猛進気味なので。」
(彩、手を差し伸べる。)
ユウ:「……ああ、俺に出来る事があるなら、なんだってするさ。
梅重 彩(うめがさね あや)、君の為なら。なんだって。」
(ユウ、彩の手を強く握り締める。)
ユウ:俺は絵から逃げる為に、自分の右手ごと切り捨て、弾けた。
それでも俺は、今も絵に取り憑かれ、絵を見て、絵を描いている。
ユウ:──彼と、彼女の為に。
───────────────────────────────────────
END