[台本]歌に歓びを、星に煌きを
○弓納持 天斗(ゆみなもち たかと)
21歳、男性
超難関音大の指揮科で二人しかいない特待生の一人。
何者も寄せ付けない圧倒的な才能を持つが、
非常に神経質で人間嫌いな為、自分の先生に指揮者に向いていないと言われ悩んでいる。
主人公。
※きらきら星をハミングします。
○シエル
16歳?、女性
天斗の前に現れた少女。
笑顔が可愛く、優しく明るいその姿は皆の心を照らす。
彼女の素性の多くは謎に包まれているが、今回は関係無い。
※きらきら星をハミング、歌います。
○蜘旗 天使(くもはた てんし)
16歳、女性
超難関音大の指揮科で二人しかいない特待生の一人で飛び級少女。
ほぼほぼ無表情で言葉に抑揚が無いが決して無感情ではなく、
淡々とユーモアに富んだ発言をする。
天才少女を自称しており、その才は自称通り、天才そのもの。
※歓喜の歌ときらきら星をハミングします。
○凛優院 太陽(りゆういん たいよう)
「20を超えてからは数えてないわ……」、男性
個性の強い筋肉隆々のオネエさん。
普段はカフェ”ビー・ストジェビュー”の店長で、天斗が憧れるマエストロ。
○喜佐平 常之進(きさだいら ときのしん)
??才、男性
天斗の指揮の担当教諭。
天斗が指揮者として向いてないと感じていつつも、
頑張って欲しいと思っているので色々と策を弄する。
○紫久(ゆかりひさ)
二十代、男性
クラリネット奏者。
凛優院 太陽が兼任。
○碧延(へきえん)
二十代、女性。
トロンボーン奏者。
シエルが兼任。
───────────────────────────────────────
名前のみ登場
○徒霧 響太郎(あだぎり きょうたろう)
25歳、男性
おだやがな青年。
元々、太陽のカフェで働いていたが、今は別のところで働いている。
天使の思い人。
〇理開橋 栗花落(りかいばし つゆり)
23歳、女性
普通の女性。
太陽と同じカフェで働いてるバイト。
マイペースで「~っス」という口調が特徴的。
天使曰く、「お胸が大きくてふかふか」
───────────────────────────────────────
弓納持 天斗♂:
♥シエル/碧延♀:
蜘旗 天使♀:
喜佐平 常之進♂:
♠凛優院 太陽/紫久♂:
※こちらの台本をやる前に事前に
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第6番
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『きらきら星変奏曲』
を聞く事をおすすめします。
↓これより下が台本本編です。
───────────────────────────────────────
~講義室~
(天斗、講義室から窓の外を眺めている。)
天斗:天才はいる。
天使:「♪ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふふ~」(歓喜の歌)
(天使、学校の庭を歩きながらハミングしている。)
天斗:「オレには才能がある。」
間。
天斗:──けど、
(天斗、天使を見る。)
天使:「ふ~♪……ふー?」
(天使、天斗に気付く。)
天斗:「……。」
間。
天斗:「……フン。」
天使:「……。」
天斗:「オレは、天才じゃない。悔しいけれど。」(ボソッと言う。)
天斗:そう、オレは天才じゃない、だから──
~音大のホール~
(天斗、客席で顎に手を当て、オケの演奏を、目を瞑り聴いている。)
天斗:「…………。」
天斗:サックス、うん、良い響きだ。
天斗:「…………。」
天斗:……クラリネット、ミス。
天斗:「……。」
天斗:セカンドヴァイオリン、ピッチがズレ始めてる。
天斗:「…………。」
天斗:「はぁー……」
天斗:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲、交響曲6番ヘ長調『田園』。
第五楽章からなる曲で、全体的に明るく、自然を……いや自然の中で生きる人々の心を描いたものだと言われる。
6番の前、つまり交響曲5番『運命』の激しさとは対照的に穏やかに進行する。
天斗:「……。」
天斗:オレが………………いや、オレの先生、喜佐平(きさだいら)先生が集め、
オレが指揮を振ることになった“ユミナモチオーケストラ”。
その通称“ユミオケ”が一ヶ月後の定例演奏会で演奏する。
……キサダイラ先生のオケの前座、というところか……。
間。
天斗:……『田園』はベートーヴェンの音楽と自然、そして人への愛が詰まった……愛の音……
天斗:「はぁー……」
間。
天斗:違う。違う違う違う……
このような音ではない……
天斗:「ストーップ!!」
(演奏が止まる。)
天斗:「……。」(壇上に上がる。)
(オケの全員が唾を飲む。)
天斗:「なんで止めたか分かるか?」
間。
天斗:「クラリネット!紫久(ゆかりひさ)!!お前だよ!!」
♠紫久:「ひっ!!」
天斗:「おいお前、何回間違えた。」
♠紫久:「えっ、えっとっ、さ、さんか──」
天斗:「17回だ!!ちゃんと読譜したのか!?」
♠紫久:「ごっ!ごめんなさい!!」
天斗:「謝罪を聞きたいんじゃない。楽譜を読んだのかと聞いている。
この楽譜は一ヶ月前に渡したモノのハズだが??」
♠紫久:「あっ、えっとっ、その──」
天斗:「……。」
♠紫久:「かっ、課題が……いっ、忙しくて……」
天斗:「あ?」
♠紫久:「ごっ!ごめんなさいっ!」
♥碧延:「ふふふ……」
天斗:「笑ってる場合か!トロンボーンの碧延(へきえん)!!!」
♥碧延:「うっ!!」
天斗:「お前ずっとテンポズレてんだよ。」
♥碧延:「え……。」
天斗:「なんだ?分かんなかったのか?
じゃあなんでズレてたかも分かんないよなぁ。」
♥碧延:「あ……え……」
天斗:「じゃあヘキエンとユカリヒサは弾かずに聞け!」
♥碧延:「はい……」
♠紫久:「はい……」
天斗:「第二楽章、最初から!」
(演奏を再開するオケ。)
天斗:…………。
……嗚呼、なんて酷い……
これではまるで……
天使:「音が泣いてますね。」
天斗:「ッ!?」
天使:「お疲れ様です。タカト=サン。」
天斗:「……く……蜘旗(くもはた)……なんの用だよ。
特待生様がよ……」
天使:「鏡に向かって話してます?
タカト=サンのオケどうなってるかなと思って。」
天斗:「……そ……。
……。
……見ての通りだ。」
天使:「…………タカト=サン、指揮しないです?
貴方のオーケストラですよね。」
天斗:「……まずは客席からの音を聞いてみようと思ってな。」
天使:「…………。
そですか。
…………では。」(天使、ステージに上がる。)
天斗:「あっ!おいっ!クモハタ!何をしている!」
天使:「タカト=サン、貴方のオケ、ちょっと貸してください。」
天斗:「……はぁ?」
天使:「あーすいません、一旦ストップでお願いします。」
間。
天使:「どうも、わたくし、天才少女、蜘旗 天使(くもはた てんし)です。
タカト=サンと同じく指揮科三年、ついでに言えばタカト=サンと同じく特待生です。」
♠紫久:「半年前のスペインでの指揮コンクールで一位だった……」
♥碧延:「世界の約50%を牛耳っているクモハタグループの大元、
“蜘旗(くもはた)”家本家当主の次女……!」
天斗:「……。」
天使:「……おや?皆々様緊張してらっしゃいます?
まあ、わたくしカワイイですし天才ですしおすし」
間。
天使:「おや、今笑うところですよ。
ま、いっか。
閑話休題。
一楽章だけ、わたくしの指揮に合わせてみてもらえませんか?
ほら、タカト=サンとわたくしの名前、漢字で書くと一文字違いですし、違いは無いも同然でしょう?」
間。(少しざわざわとどよめく。)
天斗:「良いよ、やってみろよ。」
天使:「だ、そうです。さ、やりましょう。」
♠紫久:「……。」
♥碧延:「……。」
天使:「おや、クラリネットの貴方とトロンボーンの貴女、どうしたんです?」
♠紫久:「あ……えっと……」
♥碧延:「私たちは……」
天使:「…………。……ふふふ。
お二方共、音楽を楽しみましょ。」(軽く微笑む。)
♠紫久:「ッ!」
♥碧延:「ッ!」
天使:「……では、ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……!」
天斗:「……。」
天斗:演奏が再開される、『田園』の第一楽章。
……だが、そう変わりは無い。
クラリネットとトロンボーンが酷いだけじゃない。
全て、総てが酷い。コイツらならもっと……だのに……
天斗:……ハッ、クモハタ、お前が如何に天才だろうと、コイツらが変わらないのであれば意味が無い。
天使:「…………。
ユカリヒサさん、ミスを恐れる必要はありません。
例えミスをしても、わたくしが、そして皆さんがカバーしてくれますから。」
♠紫久:「……!」(少し元気になる。)
天斗:「……?」
天使:「ヘキエンさん、譜面を追うのも良いですが、少し走り気味です。
せっかくです、皆さんの音も聞いて、一緒に楽しみましょう。」
♥碧延:「……!」
天斗:「……なに……?」
天使:「皆さん、もっと楽しくやりましょう。
少しテンポを上げてしまいましょうか。
さあ……!楽しく……!激しく……!」
天斗:「ッ!」
天使:「……っ!良いですね……!
そのまま……そのまま……さあ!ここで……!!」
天斗:盛り上がる。
なんだ?田園なのに!激しい……!
ふざけやがって……!
天斗:「……け、けど…………」
天斗:……凄く……良い……!
ちゃんとオケが成立している……!!
天使:「うんうん……良いですねー……
そろそろ終わっちゃいますし、どーんと行きましょう……!
ティンパニ!もっと強く……!」
天斗:っ!
まだテンポ上げるのか……!?
こんなのベートヴェンへの!作曲家への冒涜だ!!
けど……クソっ!良い……!
天使:「~~♪」
天斗:……もしも、ベートーヴェンがこの演奏を聴いたらどう思うだろうか。
“私の曲では無い!”と怒るだろうか。
いいや……そんな事は無い……
きっと彼も……
天斗:「……くそ…………」
間。(第一楽章、終わり。)
天使:「……っ!(締める。)
…………ふぅー……」
間。
天使:「皆さん、とても良い音楽でした。
皆さんはどうでしたか。」
♠紫久:「た……楽しかったです!」
天斗:「…………。」
天斗:本当に、楽しそうだ……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~回想、教授の部屋~
天斗:「は……?指揮者向いてない……?」
常之進:「うん、向いてない。
というか、君、人嫌いでしょ。なんで指揮なんかしたいの。」
天斗:「え……その……」
間。
天斗:(言えるか……!
“巨匠(マエストロ)”、凛優院 太陽(りゆういん たいよう)に憧れてとか……!)
常之進:「言わないんだったらもう君には師事しない。」
天斗:「“巨匠(マエストロ)”リユウイン タイヨウに憧れて、です。」
常之進:「ああ~」
天斗:「…………。」
常之進:「尚の事向いてないね。」
天斗:「なあ……ッ!!」
常之進:「音楽を愛し、人を愛する巨匠(きょしょう)、
リユウイン タイヨウさんに憧れてるのに、人間嫌いって面白いね。」
天斗:「マエストロも人間嫌いです!!」
常之進:「っ。」
天斗:「マエストロが真に愛するのは音!音楽のみです!」
常之進:「…………へぇ……巨匠の事、調べてるんだ。」
天斗:「ッ!」
常之進:「でも、あれだね。君の調べ方というか、物の見方、主観の入り方が凄まじいね。」
天斗:「ハァ……!?」
常之進:「ああ、そういえば15年前に彼のワークショップ参加したんだっけ。
だから影響されたのかな。」
天斗:「えぇ!?なんで知って──」
常之進:「弓納持(ゆみなもち)くん。」
天斗:「っ。」
常之進:「君、ヴァイオリンもピアノも上手だったね。」
常之進:「指揮科、辞めたら。」
天斗:「……は?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天使:「ヘキエンさんも良いテンポでしたね。」
♥碧延:「あ、えっと!テンシさんが指揮振ってくれたからですよ!」
天使:「えへへ~」
天斗:「…………。」
天斗:空気が、違う。
クモハタとオレでは……
……オレは……本当に向いてないんだな……
天使:「うんうん、流石はユミナモチオーケストラですね。」
間。
天斗:「は?」
天使:「ん、違うのですか。」
天斗:「いや……いやそうだけども……
オレのオケだから凄いワケじゃないだろ……
ただ単に……コイツらが……」
天斗:……。
天斗:「ん……ッ」
天使:「ええ、タカト=サンが思ってる通り、お上手では無いですね。」
天斗:「あ?」
♠紫久:「っ!」
♥碧延:「っ!」
天斗:「お前……何を言って……」
天使:「それでもオケが成立したのは、なんでだと思います?」
天斗:「……あ?」
天使:「……。」
天斗:ンだよ……コイツ……まさか……!指揮してる自分のお陰とでも……!
天使:「……まさか、それはありませんよ。」
天斗:「え……ッ」
天使:「表情に出過ぎです、タカト=サン。」
天斗:「ッ!!」
天使:「あ、そうだ。
そういえばわたくしはセンセのお遣いでタカト=サンを回収しに来たんでしたー」
天斗:「は?」
天使:「ということでユミオケの皆さんこれにてわたくしは退散致しますー
練習の続きは副指揮者さんに……
え?いらっしゃらない?
じゃあコンマスさんよろしくですー」
天斗:「おい!何勝手に決めてんだ!」
天使:「センセの決定ですから。ササー行きましょータカト=サーン。」
天斗:「あぁ~!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~教授の部屋~
天斗:「は……?コイツと組む……?」
天使:「いえーい。」
常之進:「うん、本来一年に一人しかいない特待生。
なのにこの年は二人、そんな特待生がコンビを組む。面白いかなと思って。」
天斗:「嫌なんですけど。」
常之進:「そう言うと思ったよ。
けど、良い機会だと思うよ。」
天斗:「……いい……きかい……?」
常之進:「うん、ユミナモチくん、指揮、やりたいんでしょ。」
天斗:「え……はい……」
常之進:「じゃあ、彼女を見てみると良いよ。」
天斗:「こ……コイツを……見る……」
天使:「わーわたくし、間近でタカト=サンの指揮見れるんですかー役得ぅー」
常之進:「え、クモハタは指揮しないの。」
天使:「ええ、先生の目論見がタカト=サンの為なら、
タカト=サンが振った方が良いでしょう。」
常之進:「ふむ、それもそっか。
じゃあクモハタは副指揮者か……コンサートマスターやる?」
天使:「わたくしユミオケのコンマスさんの方が絶対に良いと思いますね。
コンマスは今のままで良いと思いますが、わたくしも演奏したいので副指揮者さんも遠慮しておきたいですねー」
常之進:「そう、じゃあ何する。」
天使:「そうですねーピアノとか。」
常之進:「ほう、ユミオケにピアノか。
ということは演目変更?大変じゃない?けど面白いし、良いかもねー。」
天斗:「勝手に話進めないでくださいよ!!」
間。
天斗:「話は終わりですか。オレは帰ります。」
間。(天斗、去る。)
天使:「あータカトくーん何か落としましたよ~って、行っちゃった。」
常之進:「……。」
天使:「タカト=サン、怒ってましたね。
これは~……楽譜……?」
常之進:「そうだね。
うーん……まあ、とりあえず彼によろしくね。」
天使:「…………。」(楽譜を見る。)
常之進:「クモハタ?」
天使:「あ、了解ですー」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~どこかの公園~
天斗:「何がコンビだよ。
あんなやつと続けてられるか。」
♠太陽:『それでもアタシは、音楽をやるのよ。』
天斗:「…………。」
天使:『ええ、タカト=サンが思ってる通り、お上手では無いですね。』
天斗:「思ってねぇよボケ……。」
天使:『それでもオケが成立したのは、なんでだと思います?』
天斗:「……ッ!
わっかんねぇよ!
オレもお前みたいに特待生で優秀、才能もあると自負してる!
けど!オレはお前みたいに天才じゃないんだよ……!」
間。
天斗:「あー……もー……オレはどうすりゃ……!!
…………いちばん……ぼし……」
天斗:久しぶりに、空を見た。星を見た。
……都会の星はあまりに小さく、見えづらい……
間。
天斗:──けれど……
間。
天斗:「♪………………ふーふーふーふーふーふーふーー……」(きらきら星)
間。(シエル、登場。天斗、きらきら星をハミングし続ける。)
天斗:けれど、それでも、星は良い……
♥シエル:「……ぇ?」
天斗:「♪ふーふーふーふーふーふーふ~……」(きらきら星)
♥シエル:「…………。」
天斗:『きらきら星変奏曲』。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したピアノ曲。
日本では童謡として“星の歌”という印象が強いが、本来は──
♥シエル:「♪ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~ふ~……」(きらきら星)
天斗:「え……?」
♥シエル:「ふふふ♪」
(一拍置く。)
♥シエル:「♪きらきらひかる おそらのほしよ
♪まばたきしては、みんなをみてる
♪きらきらひかる おそらのほしよ」
天斗:「…………。」
♥シエル:「…………。」
間。
♥シエル:「あ…………か、勝手にごめんなさいね……?」
天斗:「え、あ、いや、凄く良かったから、聞き入っちゃってて……
うん……本当に、凄く良かった……!」
♥シエル:「えへへ……メルシ~!
……。
ねえ、どうかしたの……?」
天斗:「……え?」
♥シエル:「あの、勘違いだったらゴメンなさいね?
お兄さん、何か悩んでる風に感じて……」
天斗:「あー……表に出ちゃってたか……」
♥シエル:「……?」
天斗:「えー……っと、その……ふざけた天才と組む事になって──」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~カフェ”ビー・ストジェビュー”~
天使:「へくちっ!」
♠太陽:「あら?風邪?」
天使:「いえ、健康です。誰かがわたくしの噂でもしているのでしょう。」
♠太陽:「そう?体調には気をつけなさいよ?
それにしても、久しぶりね。
……あ~……え~……クモハタさん?テンシさん?」
天使:「あー“える”でイイですよ、てんちょさん。」
♠太陽:「そう、じゃあ、える。
どうしたの?」
天使:「どーしたのって、約束を果たしに来たのですよー」
♠太陽:「約束……?約束って、アタシに拍手喝采をさせられたらってヤツ?」
天使:「そーですっ
聞いて驚か……いえいえ、大いに驚いてください。
わたくし、この間スペインでの指揮コンクールで、一位になりましたっ」
♠太陽:「……へぇー、すごいじゃない。
頑張ったわね。」
天使:「んふふーわたくし、天才ですからっ
もうてんちょさんの心の中は拍手喝采カーニバル状態でしょう。
さ、約束、守ってください。」
♠太陽:「なんでスペインなの?」
天使:「…………。」
♠太陽:「クラシックだったらウィーンで一位になりなさいよ。」
天使:「スゥーーーーーーーーーーーーーー……」
♠太陽:「…………。
さてはアンタ、ウィーンの方でのコンクール、ダメだったんでしょ。」
天使:「ぎ、ぎくっ」
♠太陽:「頑張りは認めるけれど、ダメね。」
天使:「な……!なあー……!あんなに頑張ったのに……」
♠太陽:「ていうか、指揮のコンクールに出たの?ピアノじゃなくて?」
天使:「し……指揮の方が、カッコイイなぁ~……、と思いまして……」
♠太陽:「はぁー……アンタ、二年前と変わんないわねぇ~」
天使:「え、えへへー」
♠太陽:「ま、アタシをスタンディングオベーションさせるには、まだまだね。」
天使:「ぐぅ……」
♠太陽:「ま、せっかくアタシのカフェ来たんだから、何か注文してっていきなさい。」
天使:「あ、それとは別件で、“巨匠(マエストロ)”リユウイン タイヨウさんのアナタに用が。」
♠太陽:「え……?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~公園~
天斗:「と、いう訳で、オレとその天才様が組むことになったんだ。
あー……はじめましてなのに変な話しちゃって……えーっと……」
♥シエル:「あ!あたし、シエル!アンシャンテ!お兄さん!!」
天斗:「オレはタカト、弓納持 天斗(ゆみなもち たかと)。
よろしく、シエル……さん。」
♥シエル:「シエルでイイわ!タカトさん!」
天斗:「じゃあオレもタカトで良いよ。」
♥シエル:「分かったわ!タカト!
それでタカトはそのテンサイサマ?とは組まないの?」
天斗:「組まない!」
♥シエル:「え~あたしは面白いと思うけどな~」
天斗:「……面白い……か。
けど、オレは人間嫌いなんだ。だから誰かと組むなんて──」
常之進:『うん、向いてない。
というか、君、人嫌いでしょ。なんで指揮なんかしたいの。』
天斗:「…………。」
天斗:なんで……オレは指揮がしたいんだ……?
マエストロに憧れてって……なんなんだ……?
♥シエル:「タカトはどうして指揮を振りたいの?」
天斗:「……………………なんでだろうなぁー……」
♥シエル:「……。
音楽が好きだから、じゃないの?」
天斗:「ああ、うん。それは間違いない。
前提だと思う。けれど、だったら、ヴァイオリンやピアノでも良かった。
…………そうか……才能、なのかもしれない。」
♥シエル:「さいのう?」
天斗:「そう、才能。
オレには才能がある。才能があるから、指揮をするんだ。」(独り言の様に。)
♥シエル:「…………。」
天斗:「……あ、ゴメン。変な事言っちゃった。」
♥シエル:「才能があったら、楽しめないの?
本気でやっていたら、楽しめないの?」
天斗:「……え。」
♥シエル:「……タカト、『きらきら星』をハミングしている時も、楽しそうじゃなかった。
凄く、寂しそうだったの。
最初は一人で歌うのが寂しいからだと思った。
だから、つい、一緒に歌いたくなったの。」
天斗:「……っ」
天使:『皆さん、もっと楽しくやりましょうか。
少しテンポを上げてしまいましょうか。
さあ……!楽しく……!激しく……!』
天斗:楽しむ……嗚呼……そういえば彼もいつか──
♠太陽:『当たり前の話ですが、
音楽は、音を楽しむと書いて音楽なんですよ。』(オネエ口調じゃない。)
天斗:そう彼もそう言っていた。
言っていたな。
天斗:「楽しむ…………か。
シエル、オレが楽しめない理由は、才能があるからじゃないよ。
迷子なんだ。」
♥シエル:「迷子……。」
天斗:「そう、迷子。
けれどシエル。君のおかげで、少し光が見えたかもしれない。」
♥シエル:「え?」
天斗:「人は嫌いだけど、音を楽しんでみるよ。」
♥シエル:「…………うん!タカト良い顔になった!
じゃあ、あたし行くね。また会いましょう!タカト!」
(シエル、去る。)
天斗:「あ、ああ!また!!」
間。
天斗:「…………ありがとう、シエル。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日
~音大のホール~
天斗:「えー……ということでオレたちのオーケストラに、
クモハタ テンシが正式に加入する事になりました……。」
天使:「どーもーよろしくおねがいします~」
(オケの人ら、拍手する。)
天使:「タカト=サン、わたくしと組んでくださるのですね。
昨日の様子だとダメだと思ってたです。」
天斗:「原点回帰だ。」
天使:「ゲンテンカイキ?」
天斗:「クモハタ、お前ピアノ出来んだろ。」
天使:「え?ええ、天才級ですよ。」
天斗:「よし、じゃあ、今度の定例演奏会、ピアノ協奏曲をやろう。」
♠紫久:「協奏曲!?」
♥碧延:「そんな、急に……!」
天斗:「うん、急だ。それに関しては、 せっかく皆練習してくれていたのに本当にすまない。
けど、大丈夫。ほら、二年次に皆やった──」
天使:「それよりも。」
天斗:「え?」
天使:「こっちやりましょうよ。」
(天使、天斗が落とした楽譜を出す。)
天斗:「あ、それ。オレの……!」
天使:「ええ、貴方のです。
落としましたよ。
ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調 作品125の楽譜。
或いはもう一つの『きらきら星変奏曲』というの考えましたが、
わたくしとしてはこっちの方が好みですゆえ。」
天斗:「……第九のオケにピアノは無いぞ。」
天使:「でもタカト=サンの第九にはピアノがあります。」
天斗:「ぐっ!それにオレたちはあくまでもキサダイラ先生のオケの……」
天使:「ん?」
天斗:「………………いや。
皆が良いなら、やってみよう。」
天使:「皆さんも宜しいでしょうかー?」
♠紫久:「第九なら出来ます!一年次の年末、皆でやりました!」
♥碧延:「でも、ピアノ有りって……そういえば二年前に横浜のホールでやってたかも……!」
♠紫久:「まあ、そもそもタカトくんがそれ用の楽譜作ってるわけだし、出来るよ!」
♥碧延:「た、確かに……!」
天使:「うんうん、大丈夫そうですね。
さ、タカト=サン、やりましょうか。
貴方の理想の一端を再現してみせます。」
天斗:「はぁ……?
……まあ、皆が納得しているなら……。」
天使:「ふふふ……
ではではー皆々様~楽譜をお配りしますよ~
呼ばれた順に取りに来てくださいまし~
キミヨシくーん、フルデさーん、ホージョーさーん」
間。
♠紫久:「……っ!」
♥碧延:「この楽譜……。」
間。
天使:「さ、タカト=サン。皆さんの準備は出来ています。」
天斗:「……。(頷く。)
楽譜渡してすぐでまだ読譜しきれてないと思うから、
ゆっくり…………いや……楽しんでみよう……!」
♠紫久:「……!」
♥碧延:「……!」
天使:「…………ふふふ♪」
天斗:「……。」
♥シエル:『才能があったら、楽しめないの?
本気でやっていたら、楽しめないの?』
天斗:そんな事は無いよ、シエル。
才能があるから楽しめるんだ。本気だから楽しめるんだ。
才能とは、間違いなく“楽しむ”為にある。
楽しいから本気になるんだ。
……。
例え酷くても……楽しむんだ……!
天斗:「…………では、第一楽章から!」
天斗:音が一斉に鳴る。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調 作品125。
天斗:「…………。」
天斗:オレが、マエストロ・タイヨウさんに惚れ込んだ曲もこれだった。
いつか、あの時の様に、オレのオケにタイヨウさんのピアノを合わせてみたい、
と思って再編した楽譜。
(常之進、入る。)
常之進:「おーやってるやってる。
……第九か。」
天斗:「オーボエ!そこはもっと抑えて!」
天使:(う~んテキカク。)
常之進:荘厳な始まり、“これから始まる”という事を強く主張した、緊張感のある響き。
第四楽章からなる曲。当時22歳のベートーヴェンがシラーの詩『歓喜に寄す』に感動し、
曲をつけようと思い立った、という経緯がある。
22歳のベートーヴェンは交響曲第1番すら作曲していない。
『歓喜に寄す』に感動してから第九が作られるまで約30年。
故に、この曲には強い想いがよく込められている事が分かる。
常之進:「…………。」
天斗:……ッ!ズレ始めた……
いや落ち着け……まだ練習始めたばかりじゃないか……
これくらい……あと一ヶ月とちょっとあるんだ……
♠紫久:「っ!」
♥碧延:「っ!」
天使:(あ……)
常之進:「あー……ユミナモチくんの顔見えないけれど、怖い顔してるんだろうね。
駄目な空気、作り始めちゃったなー……」
天斗:「……ッ」
天斗:なんだこれ……なんだよこれ……!
天斗:「ストーップ!!!」
(音が一斉に止む。)
間。
♠紫久:「……。」
♥碧延:「……。」
天斗:「お前ら……やる気あんのかァ!!
一年次にやったんじゃないのかァ!!」
♠紫久:「ひぃ……!!」
天使:(あー……最初は良い雰囲気だったのに~)
天斗:「楽譜を配ったのは確かにさっきだったけれど!
それでももっと出来るだろ!!!もっと出来て当然だろうが!!」
♠紫久:「……。」
♥碧延:「……。」
常之進:「…………これは止めた方が良いな……。」
常之進:「あーストー──」
♥碧延:「私たちは!!」
♠紫久:「!」
天使:「!」
天斗:「っ!!」
♥碧延:「私たちは……貴方たちみたいな才能がある人間じゃないんです!!」
天斗:「……!!」
常之進:「…………。」
♠紫久:「へ……ヘキエンさん……」
♥碧延:「もっと出来る!?出来て当然!?
そんなの才能があるから言えるんですよ!!」
天斗:「いや──」
♥碧延:「才能があって!出来るんだったら楽しいでしょうね!!」
天斗:「ッ!!!」
♥碧延:「私は才能が無いからどんなに努力したって……!
……くっ!」
(碧延、去る。)
♠紫久:「ヘキエンさん!!」
天斗:「…………………………。」
(天斗、碧延が出て行った方を呆然と見ている。)
(オケ、ざわつく。)
天使:「……。」
常之進:「…………。」
天斗:「………………。」
天使:「あ~……今日の練習はこれにて終了です~
皆々様~各自ちゃんと練習するんですよー」
天斗:「……。」
天使:「タカトくん、さ。行きましょ。」
天斗:「……。」
(天使、天斗の腕を引っ張り去る。)
常之進:「…………これは、大変だねー……ユミナモチくん。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~放課後~
天斗:「……………………。」
天使:「いやはや、ヘキエンさんも思い切った事を言いましたねー
あれは、言ってる本人の喉元にもカミソリが当たっていたでしょうねー」
天斗:「……………………。」
天使:「……元気出してください、タカト=サン。」
天斗:「……………………。」
天使:「……あ~そうそう、タカト=サンが喜びそうな場所に連れってってあげますよ。」
天斗:「……………………。」
天使:「……はぁー……これは相当、参ってますねー」
間。
天使:「さ、着きましたよ。わたくしのイチオシのカフェ、『ビー・ストジェビュー』です。」
天斗:「……。」
天使:「入りましょ。」
(天斗、天使、入店する。)
♠太陽:「いらっしゃいませーって、えるじゃない。」
天使:「ドーモーてんちょさ~ん」
天斗:「……、……!」
♠太陽:「あら?そちらは……」
天斗:この人は……!いや……!この方は!!
マエストロ!リユウイン タイヨウ!!?
ほっ!本物……!!!
天斗:「あ……!あ……ああ……!!」
♠太陽:「貴方……ユミナモチ……タカト、くん……じゃないかしら?」
天斗:「え……!?」
天使:「ほー?」
♠太陽:「あら、覚えてないかしら?
ほら、15年前くらいだったかしら……
あの時の、ヴァイオリンのワークショップで居た子よね?」
天斗:「お……覚えてくださっていたんですか……!!」
天使:「おんやおや、てんちょさんとタカト=サンはお知り合いでしたか。」
♠太陽:「知り合いって言っても、一回会った程度だけれどね。
中々インパクトある子だったのよ~
“いつかタイヨウさんとコンチェルトやりたいです!!”って……
んも~情熱的だったわね~」
天斗:「今も!」
♠太陽:「ん?」
天斗:「今もその目標は変わっていません!!
貴方の弾くピアノも!ヴァイオリンも!そして指揮も!どれも最高でした!!
オ……ボ、ボクは今でも貴方の背中を追いかけ精進(しょうじん)しています!!」
天使:「お~ネツレツ~」
♠太陽:「あら……ンフフフ……
でも今日はアタシを口説きに来たんじゃないんでしょ?
好きな席座りなさい。」
◇
天使:「……今通った店員のお姉さん、お胸が大きくてふかふかなんですよー」
天斗:「んなことはどうでもいい!
そんなことより!クモハタ!お前タイヨウさんと知り合いだったのかよ!!
え!?どこで知り合った!?どんな関係!?」
天使:「んぇ?まーそうですねー
そこら辺の公園で会ってぇ~、カンケー……うーん……コイガタキ?ですかね?」
天斗:「は?」
天使:「話すと長いので、まあ、わたくしがこの店の常連さんくらいの認識で居てください。」
天斗:「いやいや無理だろ。
……はっ!まさかっ!もしかしてお前タイヨウさんの弟子!?!?
あ゛ぁ゛ー……!゛!゛う゛ら゛や゛ま゛し゛い゛ー……!゛!゛!゛」
天使:「え~~~わたくしがあのゴリラの弟子ですかー?
ぷぷぷーそんなことないですよー」
天斗:「ああ!?誰がゴr──」
♠太陽:「誰がゴリラよ。」
(太陽、天使を軽く小突く。)
天使:「あいてっ」
天斗:「あ……タイヨウさん……!」
♠太陽:「お待たせしました。
“ストジェビューなブレンドコーヒー”と“ふわとろオムライス”、
“える特製!柑橘スムージー”と“季節のフルーツパンケーキ”です。
ご注文は以上かしら?」
天使:「はい、大丈夫ですー」
天斗:「ありがとうございます……!」
♠太陽:「ふふふ、召し上がれ。」
天斗:「はい……!頂きます……!」
♠太陽:「ところで、える。」
天使:「あいあーい?」
♠太陽:「もしかしてこの子がアンタの言ってた困ったちゃんなの?」
天斗:「え?」
天使:「そですよ。」
天斗:「えぇ?な、何?」(天使に向かって。)
天使:「ちょっとてんちょさんにタカト=サンの事を相談してたんですよ。」
天斗:「え゛。」
♠太陽:「オケの事で悩んでるんでしょ。」
天斗:「あ……え……っと……。」
天使:「今日の事とか話してみてはどうです。」
天斗:「…………。」
◇
天斗:「ということが……」
♠太陽:「なるほどねぇ~……トロンボーンの子がねぇ~……」
天斗:「……やっぱり、ボクは……指揮者を、しない方が良いんでしょうか……。」
天使:「……。」
♠太陽:「……。」
間。
♠太陽:「ねえ、タカト。指揮者にとって大切な事、分かるかしら。」
天斗:「え……、…………。」
♠太陽:「アナタが思っていることで良いの。
それが学校で習った事や、誰かの受け売りでも。
アナタが“これだ”って少しでも思えるもの、言ってちょうだい。」
天斗:「……楽器や音楽、音楽史への深い知識、理解……は勿論ですが……
……リーダーシップ……でしょうか……。」
♠太陽:「そうね。どれも前提で、どれも大切な事ばかり。」
天斗:「……ボクは、やはりリーダーシップが無いのでしょうか……。」
♠太陽:「ん~~アタシはアナタがオケを振っている所を見た事が無いから分からないわね。」
天斗:「…………。
タイヨウさんは、他に何が必要だと考えていますか。」
天使:「やはりベターに“愛”デスカ……!」
♠太陽:「そうね。愛は大切ね。
けれど、何かを作る時、愛が必要じゃないものの方が稀なの。
だから、少し、ほんのちょっぴりだけ、アタシは狭(せば)めるわ。」
天斗:「……。」
天使:「……。」
♠太陽:「指揮者に必要なのは、“音楽を楽しむ心”よ。
それが、オケの誰よりも指揮者は必要なの。」
天斗:「………………。」
天使:「それって当たり前では?」
♠太陽:「そうよ、当たり前の事。
その当たり前が何よりも大事なの。
音楽は、音を楽しむと書いて音楽なのよ。
その前提の、当たり前を崩して良いモノは中々出来ないわ。」
天斗:「……っ!」
♠太陽:『当たり前の話ですが、
音楽は、音を楽しむと書いて音楽なんですよ。』(オネエ口調じゃない。)
天斗:それは、かつて彼がテレビに出た時にも言っていた言葉と一緒だった。
天使:「それもそですね~」
♠太陽:「タカトは、まだしっくり来てない感じね。」
天斗:「…………あ、いえ、そういうわけでは……
……………………すいません。」
♠太陽:「謝ること無いわよぉ。」
天使:「……。
……おや?
あの、てんちょさん、てんちょさん。」
♠太陽:「どうしたの?える?」
天使:「あれ。
部屋の隅に置いてあるの、ピアノではありませんか?
前は無かったですよね。」
♠太陽:「ええ、そうよ。
ちょっと一ヶ月前くらいにツユリ……ウチの店員が、
アタシのピアノを聴かせろーってうるさいから買ったのよ。」
天使:「へぇ~~~
あの、てんちょさん。
ちょっと弾いてみても良いですか。」
♠太陽:「ええ、イイわよ。
けど、他のお客様も居るからあまり激しいのはダメよ。」
天使:「アイアイサ~」
(天使、とてとてとピアノの方へ行く。)
天斗:「…………。」
♠太陽:「タカトはあの子のピアノ聴いたことある?」
天斗:「いえ、無いですね。」
♠太陽:「そう、じゃあ、楽しみね。」
間。
(天使、ピアノの鍵盤を一つ押し、音を聞く。)
天使:「……。」
天斗:彼女は椅子に座り、ふーっと息を吐くと、
ゆっくりと、軽やかに、楽しそうにピアノを奏で始めた。
(天使、きらきら星変奏曲を弾く。)
天斗:「きらきら星……変奏曲……」
♠太陽:「良いわね。
きらきら星変奏曲、ピアノ曲としては定番中の定番。
指運びも滑らかで、良い余裕の有り方の魅せ方。
お客様たちも、ついつい聞き入っちゃってるわね。」
天斗:「…………。」
♠太陽:「あらあら、えるったら、ギャラリーの視線に気付いたのね。
あんなに音の数を増やして、手は小さい方なのに、凄いわね。」
天斗:「……やっぱり天才なんだなクモハタは……。」
♠太陽:「……。」
天斗:「ボク、アイツの事を知ってからずっと羨んでばかりだ……。
……突然飛び級で三年次に転入してきて、
オマケに本来一学年に一人だけのはずの特待生になって……
オケを振るのも上手くて、ピアノも上手い……。
きっとアイツ最初から何でも出来たんだろうな……。
恨めしい……羨ましい……」
♠太陽:「それ、誰の話。」
天斗:「え……そりゃ……」
♠太陽:「あの子がピアノ始めたばっかりの頃、滅茶苦茶ヘッタクソだったのよ。」
天斗:「え……?」
♠太陽:「厳密には、様々な先生に教えてもらったり、色々な専門書を読んだ後に、
一ヶ月くらい修行とやらをやった後で滅茶苦茶ヘッタクソだったから、
あの子、本当にピアノは苦手なんだと思うわ。
えるは……クモハタ テンシは天才でもなんでも無いのよ。」
天斗:「えぇ……?
でも……今はあんなに……。」
♠太陽:「それは、努力の賜物よ。
後は、まあ、ほら?
彼女の実家のクモハタ家って滅茶苦茶金持ちって言葉じゃ到底足りない程の財力じゃない?
金に物を言わせてもいるんだと思うわ。」
天斗:「…………。」
♠太陽:「卑怯だと思う?」
天斗:「いえ……使えるものは使うべきだと思うので……
ただ、羨ましいなって……」
♠太陽:「そうねぇ……
あの子は金と努力と、そして愛で完成したって感じね。」
天斗:「愛……。」
♠太陽:「そ、あの子、言っていたわ。
“わたくし、自慢してきます。母に。
わたくしは音楽が出来る、音楽で人の心を動かせる“って
本当に嬉しそうに言っていたわ。」
天斗:「…………人の心を動かす……。」
天使:「~♪~♪」(きらきら星をハミングしている。)
天斗:「……音楽への愛で、才能が完成した……。」
♠太陽:「そうね。きっと、楽しいでしょうね。」
天斗:「…………。」
♥碧延:『才能があって!出来るんだったら楽しいでしょうね!!』
♥碧延:『私は才能が無いからどんなに努力したって……!
……くっ!』
(天斗、あの時を思い出し出口の方を見る。)
天斗:「…………。
……才能が無いと、楽しめないんでしょうか。」
♠太陽:「…………トロンボーンの子の話ね。」
天斗:「ヘキエン、泣いてたんです。ホールを出て行く瞬間。
それは勿論、ボクの所為なんですけれど、あの言葉は……
それだけじゃなく、これまで彼女が抱えていた想いが、詰まっていた。
……そう思うんです。」
♠太陽:「……。」
天斗:「それに──」
♥シエル:『才能があったら、楽しめないの?
本気でやっていたら、楽しめないの?』
天斗:「──才能があったら、本当に楽しくなるんでしょうか……?」
♠太陽:「…………。
才能って、結果であり原動力よね。」
天斗:「え?」
♠太陽:「楽しいも、結果であり原動力なのよね。
ほら、努力の結果に才能があって、努力したから楽しくなったり。
才能があるっていう原動力で続けられて、楽しいから続けられる。
言ってる事分かるかしら?」
天斗:「……。
はい、分かります。」
♠太陽:「そう、良かったわ。
やっぱり、この話はどうしても言語化が難しいというか、
どんな言葉を当てはめてみても、もどかしいから、
アタシいつも困っちゃうのよね。」
天斗:「……。」
♠太陽:「………………………………。
アタシの知り合いにね、“才能”について難しく考えすぎちゃって、
結果的に自分の右手を切り落とした人が居たの。」
天斗:「え…………。」
♠太陽:「……彼は絵描きだったんだけど、昔は凄く絵を描くのが好きだったのに、
久しぶりに会った時、“絵を描くのが嫌い”って乾いた笑いをしていたわ。
…………。
タカトは、音楽好き?」
天斗:「好きです。
…………大好きです。」
♠太陽:「じゃあ、それでいいわ。」
天斗:「え?」
♠太陽:「才能があってもなくても、楽しめても楽しめなくても、
アナタが音楽を好きなら、大丈夫だから。
…………別に人間嫌いでも、リーダーシップが無くても。」
天斗:「………………。
タイヨウさんは、人間は嫌いなんですよね。
ボクは、先生に“人間嫌いだから指揮者向いてない”と言われました。
……実際の所、どうなんでしょうか。」
♠太陽:「……フフフ、そういえばそうだったわね。
良いのよ。それでも。
アナタのオケの音楽を愛してあげなさい。」
天斗:「ボクのオケの音楽……。」
天使:「だいじょーぶですよ、タカトくん。」(ピアノは引きながら。)
天斗:「え?」
天使:「わたくしは、貴方の振る指揮、好きですから。」
♠太陽:「……。」
天斗:「……。」(呆気に取られている。)
(天使、弾き終える。)
天使:「楽しみにしていますよ。ユミナモチオーケストラ。」
天斗:「……え?」
天使:「あ。そろそろかえらねばー
では、わたくしはこれにてドロンしまする。
さよなら~タカト=サーン」
天斗:「えぇ???」
天使:「あーお勘定はわたくしがしておきますね。」
天斗:「はあ??」
天使:「ここは奢ってやるぜ、べいべーってことです。
はい、てんちょさん。」
(天使、太陽にお金を渡す。)
♠太陽:「ん。」
天使:「ではでは~」
(天使、去る。)
♠太陽:「まったく、えるはいつも急に……。
さ、アンタも今日は帰りなさい。」
天斗:「……はい、ありがとうございます。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~公園~
(天斗、ベンチに座って呆けてる。)
天斗:「…………。」
天使:『だいじょーぶですよ、タカトくん。』
天使:『わたくしは、貴方の振る指揮、好きですから。』
天使:『楽しみにしていますよ。ユミナモチオーケストラ。』
天斗:「………………オレの振る指揮が、好き……。」
間。
天斗:「……アイツ、どこで見たんだろう。
講義中…………とかか。」
天斗:「…………てかアイツ……普通にオレの名前を……」
♥シエル:「…………わっ!」
(シエル、後ろから天斗を驚かせる。)
天斗:「わあああ!!」
♥シエル:「あっはっはっはっはっ!
びっくりしすぎだよ~」
天斗:「……あ……ああ、シエル……。」
♥シエル:「ボンソワール!タカト!
キノウブリね!」
天斗:「……ハハハ、うん、昨日ぶりだね。」
♥シエル:「…………。
今日も、悩んでるの?」
天斗:「…………あははは、うん、今日も悩んでる。」
♥シエル:「タカトは大変なのね。」
天斗:「そうだね、大変だ。
大変だから、癒されたい。」
♥シエル:「そーねーイヤシは大切よね!」
天斗:「うん、だからさ。
シエルの歌をまた聞かせてほしいな。」
♥シエル:「………………エ?」
天斗:「お願い。シエル。」
♥シエル:「…………。
分かったわ!あたしに任せて!!」
天斗:「ありがとう、シエル。」
♥シエル:「じゃあ、タカト。
指揮して!」
天斗:「え?」
♥シエル:「……ダメ、かしら?」
天斗:「…………分かった。」
◇
常之進:「……おや。
あれはユミナモチくんと……」
♥シエル:「…………。」(深呼吸をする。)
常之進:「………………誰?」
♥シエル:「じゃあやりましょう!」
天斗:「……。」(目を瞑り構える。)
♥シエル:「……。」
天斗:「……。」
天使:『……では、ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……!』
天斗:ふと、彼女の指揮する姿が、脳裏に過ぎった。
天斗:「……。」(目を開ける。)
天斗:嗚呼、そうだ、こんな音を聞きたいな……
♥シエル:「……?」
天斗:「ワン──」
♥シエル:「……!」
常之進:「……ッ!!」
天斗:「──ツー……ワン、ツー──」
♥シエル:「フフフ……!」
天斗:「──スリー……!」
♥シエル:「♪きらきらひかる! おそらのほしよ!」(元気よく歌いだす。)
常之進:「……!!」
♥シエル:「♪まばたきしては、みんなをみてる!」
天斗:ここはさっきの繰り返し、けれど次に繋げる為に一歩、前へ……!
♥シエル:「♪きらきらひかる おそらのほしよ~」
常之進:「…………きらきら星。」
常之進:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したピアノ曲。
『きらきら星変奏曲』。
日本では星の物語の曲だが、本来は母への愛の歌。
だがこれは──
天斗:ここからは更に強く、もっと楽しく行こう……!
♥シエル:「♪きらきらひかる! おそらのほしよ!!
♪みんなのうたが、とどくといいな~!
♪きらきらひかる! おそらのほしよ!!」
常之進:「──ユミナモチ タカトから星たちへの、愛情表現。
あの子の為の指揮、彼女の為の曲。」
天斗:オレにとって、君は、きらきらと煌く小さなお星様。
君は、燦然(さんぜん)と輝く一等星。
♥シエル:「……っぷはぁーーーー……!!!
歌い終わってから息してなかった……!!
タカト!貴方の指揮!とても歌いやすかった!!
なんだかタカトとあたしの気持ちが繋がった様な感じ……!
凄い……!凄かったわタカト……!!
……タカト?
………………どこか痛いの、タカト……?」
天斗:「え……?」
常之進:「……。」
常之進:星の煌きを見た彼は泣いていた。
きっと彼は自分が何故泣いているのか、分からないだろう。
常之進:「…………けど、その気持ち、僕は分かるよ。」
天斗:「涙………………。
……シエル。」
♥シエル:「ほぇ……?」
天斗:「最高の歌だった。
素敵な『きらきら星』を指揮出来て、本当に嬉しかった。」
♥シエル:「…………うん!あたしも!
本当に星の気持ちになれた気がするわ!!」
天斗:「そうだね。シエルは星だった。きらきらと煌く小さなお星様だ。
シエル、君のおかげで音楽の楽しさを思い出した気がする。
また、音楽を、歌を好きなったよ。」
♥シエル:「……っ!」
間。
♥シエル:「あ……あ、こ、こちらこそありがとうだよタカト……!」
常之進:「…………フッ」
(常之進、踵を返す。)
常之進:「オケ練の時はもうダメだと思ったけれど、
……完成したんだね、ユミナモチくん。
要因は……先走り、潰れかけている音か……それとも陽の光か……」
♥シエル:「え……えへへ……!」
天斗:「あははは……!」
常之進:「やっぱり星の煌きと輝きかな。」
天斗:「……シエル。」
♥シエル:「なっ……!なにかしら……っ!?」
天斗:「一ヶ月後、オレはオケを振る。」
♥シエル:「……!」
天斗:「オレのオケを、君に聴いて欲しいんだ。」
♥シエル:「……。」
天斗:「……。」
♥シエル:「……うん!楽しみにしてる!」
天斗:「うん、楽しみにしてて。」
常之進:「いいや、違うか。
ははは、君は欲張りだもんね。」
天斗:オレは欲張りだ。
だから──
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天斗:二週間後。
~碧延の練習場~
♥碧延:「…………。」
(碧延、トロンボーンを演奏する。)
♥碧延:「…………。」
天斗:『笑ってる場合か!トロンボーンのヘキエン!!!』
♥碧延:テンポがズレてる。早い。
(碧延、修正する。)
♥碧延:「……。」
♥碧延:これじゃダメ。
こんなんじゃユミナモチは納得しない。
天斗:『お前ら……やる気あんのかァ!!
一年次にやったんじゃないのかァ!!』
天斗:『楽譜を配ったのは確かにさっきだったけれど!
それでももっと出来るだろ!!!もっと出来て当然だろうが!!』
♥碧延:そうだよ、私はもっと出来る……!!
♥碧延:「……。」
(碧延、演奏を止める。)
♥碧延:「…………くっ!…………出来ない……。」
天斗:「出来なくなーーーーーーーい!!!!」
♥碧延:「え!?えぇえええ!!?!?ユっ!ユミナモチっ!!?」
天斗:「手が止まっているぞヘキエン!」
♥碧延:「ヒエッ!」
天斗:「…………。」
♥碧延:「てっ!てかっ!なんでユミナモチが私の練習スタジオ知ってるのよ!」
天斗:「キサダイラ先生に聞いた。」
常之進:『教えちゃったよ~~~ん』
♥碧延:「くそっ!個人情報の管理はどうなってんだ!」
天斗:「そんなことよりもだ。
この二週間、何故練習に来ない。」
♥碧延:「……はあ?私はもうユミオケじゃない。」
天斗:「いいや、お前はオレのオケのトロンボーンだ。」
♥碧延:「……チっ!私は!…………くっ!
……私なんかよりもっと良い奏者はいるでしょ……。
私より出来て、優秀な……!!
私は出来ないヤツなんだもん!!」
天斗:「お前よりも良い奏者は居る。」
♥碧延:「……ッ」
天斗:「だがそんなヤツ、必要ない。」
♥碧延:「っ!」
天斗:「そしてお前は出来なくない。」
♥碧延:「え……。」
天斗:「お前、オレに言ったよな。
“私たちは貴方たちみたいな才能がある人間じゃないんです”ってな。」
♥碧延:「っ!」
天斗:「その通りだ。
オレはお前たちと違って才能がある人間だ。」
♥碧延:「……ッ、何が言いたいんだよ……ッ!」
天斗:「オレには才能がある。」
♥碧延:「だからッ!何を──」
天斗:「けど。」
♥碧延:「ッ!」
天斗:「……けど、才能があっても楽しくない。」
♥碧延:「え……?」
天斗:「なんでか分かるか。」
♥碧延:「……。」
天斗:「オレの音楽には、オレのオケには、お前が欠けているからだ。」
♥碧延:「…………………………えぇ……?」
天斗:「この二週間がいままでの、オレの音楽人生で一番楽しくなかった、退屈だった。」
♥碧延:「……。」
天斗:「ヘキエン。」
♥碧延::「!」
天斗:「ヘキエン、お前よりも優秀な奏者は幾らでも居る。
けどそんなヤツらは必要ない。興味もない。
……オレのオケに必要なのはお前だ!ヘキエン!」
♥碧延:「……え…………えぇ…………えええええええ……!!?!?
なッ!何言ってんの!!?」
天斗:「当たり前だ!お前たちは!お前は!オレが見初め!集めたオケだ!!」
♥碧延:「~~~~~~~~~っ!!!」
天斗:「大体……“私より出来て、優秀”……?
そんなヤツら!お前の演奏でなぎ倒せ!奏者だろ!!
“出来ない”とか言わず!オレの奏者ならそうしろ!!!」
♥碧延:「……ッ!!」
天斗:「だから練習に来い、ヘキエン!」
間。
♥碧延:「あ…………え…………っと…………
あ……明日から行くから……」
天斗:「明日から!?
本番まであと少しだぞ!今すぐ来い!」
♥碧延:「お願いっ!明日からは必ず行くから!!
今日はこの通り!勘弁してください!!お願いしますっ!!!」
天斗:「ことわ──」
天使:「ハイハーイ、タカト=サン行きますよー
おんなのこはいろいろとあるんですからー納得してくださいー」
天斗:「納得ってなんだ!」
天使:「イイカライイカラー
じゃ、ヘキエンさん、また明日~~」
天斗:「明日ばっくれたら許さないからな~~~!!」
(天斗、天使、去る。)
♥碧延:「…………。」
♥碧延:「顔あっつい……!ユミナモチのヤツ……!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天使:「タカト=サン回収しましたー」
常之進:「んーお疲れ様―」
天斗:「本当にアイツ来るだろうな……」
天使:「絶対来るでしょう、安心してください。」
常之進:「来るだろうねー」
天斗:「そうだったら良いんですけどね。」
常之進:「……いやー……ユミナモチくん。」
常之進:悪い男になったねー
常之進:「……。」
天斗:「なんですか。」
常之進:「ううん、君のオケの完成が楽しみだなって思っただけ。」
常之進:自覚が無いのが尚タチが悪い。
天斗:「……ええ、楽しみにしていてください。
ああ、キサダイラ先生、先に言っておきます。」
常之進:「ん?」
天斗:「オレのオケは先生の前座なんかじゃありませんから。
本番の主役は、頂きます。」
天使:「おお~タカト=サン、ハイパームテキって感じですねー」
常之進:「…………。
君のオケが僕のオケの前座?ハハハ、誰がそんな事言ったの。
僕も君もクモハタも、オケの人たち皆、主役だよ。」
間。
常之進:「けど、良い目だ。
その克己心を胸に、本番を迎えてよ。」
天斗:「……。」
天使:「……。」
常之進:「じゃないと、本当に僕の前座で収まっちゃうからね。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~本番当日~
天使:そして、本番当日。
常之進:「ついに本番だね、ユミナモチくん。」
天斗:「はい。」
常之進:「どう?調子は。」
天斗:「……そうですね。
今日のオレは……ユミナモチオーケストラは天才です。」
常之進:「……そっか、それは、本当に楽しみだ。」
◇
天使:「……。」
♠太陽:「える。」
天使:「あ、てんちょさん。」
♠太陽:「白のドレス、イイわね。
もしかして今日はアナタのウェディングだったかしら?」
天使:「ぶーちがいますよー
天使ですよ。エンジェル。
わたくしの白く透き通り過ぎた肌にクリスタルの様な白い髪、
それに更に白のドレス!
これはもう神秘的な儚げ天才美少女ですわよ、おほほほほほー」
♠太陽:「……それ自分で言うのね……。」
天使:「ええ、皆さんわたくしが神々しくて言葉を失われている様なので。」
♠太陽:「ンフフフ、そうね。
今のえる、本当に光を放ってるみたいに存在感があるし、とても綺麗だわ。」
天使:「えーへーへーへーーーー
てんちょさん、てんちょさん、写真、撮ってくださいよ。」
♠太陽:「ええ、イイわよ。
……。
撮ったわ。後で送るから、役者は早く舞台の準備をしてきなさいな。」
天使:「あいーでは行って参りまするー」
(天使、去る。)
♠太陽:「…………。
キョウタロウにも見せたかったわねぇ……。」
◇
♥シエル:「……。」
♥シエル:「……あ!タカトー!」
天斗:「ん、シエル!」
♥シエル:「始まる前に会えて良かったわ!タカト!
頑張ってって言いたかったの!
頑張ってね!タカト!」
天斗:「うん、ありがとうシエル。
……聞いていてくれシエル、オレは君に最高の音楽を贈るよ。」
♥シエル:「へ……!あ……///
う、うん!!楽しみにしてる!!」
天斗:「じゃ、行ってくる。」
間。
♥シエル:「……。
タカトー!」
天斗:「!」
♥シエル:「その服ー!とってもカッコイイよー!ガンバレー!タカトー!!」
天斗:「……フフ。」
(天斗、去る。)
♥シエル:「…………。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~控え室~
♥碧延:「……。」
♠紫久:「……き……緊張する……」
♥碧延:「ちょっと!緊張がこっちにも伝染っちゃうからやめてよ。」
♠紫久:「あ、ご、ごめん。」
天斗:「皆!もうすぐ本番だ!
本番だが、その前に皆に言いたい事がある。」
♠紫久:「……。」
♥碧延:「……。」
天使:「……。」
天斗:「オレはこの一ヶ月、皆に沢山ダメだしをしてきたし、
何度も怒鳴ったと思う。
……けれど──」
天使:『ええ、タカト=サンが思ってる通り、お上手では無いですね。』
天斗:「オレは一度たりとも、お前たちがお上手では無いとも、
下手だと思ったことは無い!!」
♠紫久:「っ!」
♥碧延:「っ!」
天使:「わーぜったいわたくしの言ったことを根に持ってらっしゃるじゃないですか。」
天斗:「当たり前だボケ!
このオケは本来キサダイラ先生が振る予定で集められた事は皆知っていると思う。
けれど、人選したのはオレだ。
オレがもしオケを振るとして、最高のオケになる奏者を集めた!」
♠紫久:「……。」
♥碧延:「……。」
天使:「フフーン。」
天斗:「勿論クモハタは違うけどな。」
天使:「いやんいけずぅ」
天斗:「そして結局、なんやかんやあって、オレが振る事になった……
だから……その……あれだ……このオケは──」
♠紫久:「タカトくん。」
天斗:「んあ?」
♠紫久:「僕たちは奏者です。表現者です。
その先の言葉は、このオケの中で伝えてください。」
天斗:「ユカリヒサ……。」
♥碧延:「そうだよ。せっかく音楽っていう共通のモノで表現する人たちが集まったんだ。
そうしよう。」
天斗:「ヘキエン……。
……。
……分かった。じゃあ、行こう!」
(オケの皆が頷く。)
天使:「“おお友よ、このような音ではない。”」
天斗:「え?」
♠紫久:「今のは、第九、四楽章『歓喜の歌』の最初の歌詞……。」
♥碧延:「……。
“我々はもっと心地良い、”」
♠紫久:「っ!
ふふっ、“もっと歓喜に満ち溢れる歌を”!」
天斗:「……。
……、“歌おうではないか”っ!!」
天使:「ふふふ。」
天斗:「さあ!楽しい音楽の時間だ!!」
♠紫久:「おー!」
♥碧延:「おー!」
天使:「おー」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♠太陽:「……。」
常之進:「お久しぶりです、リユウインさん。」
♠太陽:「あら?トキノシン先生じゃない。
良いの、客席になんか居て。
タカトたちの次、アナタたちでしょ?」
常之進:「大丈夫ですよ。
彼らの演奏一時間以上ありますし、
その後に45分の休憩挟みますから。」
♠太陽:「そう。
…………タカトの先生ってアナタ?」
常之進:「ええ、僕です。
僕には過ぎた生徒ですよねー。」
♠太陽:「……そうね。
ところで、なんでタカトに指揮者向いてないなんて言ったのかしら?」
常之進:「本当の事だからですよ。
……僕は、ユミナモチくんに音楽そのものを嫌いになって欲しくなかった。
けれど、彼が指揮者としてのユミナモチくんを続けるのであれば、
必ず何処かで音楽を嫌いになってしまう時が来る、そう思ったのです。」
♠太陽:「……。
トキノシン先生は、音楽ってどんなモノだと考えてるのかしら。」
常之進:「……それは勿論、芸術です。
そして芸術とは、コミュニケーションツール。
音を楽しむ、という事は誰かと心を通わせる事だと考えています。
そして彼は意識的か無意識的か、それを実感した……。
きっと良いモノが聴けますよ。」
♠太陽:「そう。楽しみね。」
常之進:「お、」
◇
♥シエル:「……。」
♥シエル:「始まる……!」
◇
天使:「……。」
♥碧延:「……。」
♠紫久:「……。」
天斗:「…………。」(目を瞑り、構える。)
間。
天斗:「っ!」(目を開き、指揮する。)
◇
♠太陽:音が──
♥シエル:──一斉に鳴る。
常之進:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調 作品125。
第四楽章からなる、本来は“合唱付き”の曲、ベートーヴェンの最高傑作。
荘厳で神秘的な第一楽章、
一楽章目の雰囲気から楽しげな音が参加してくる第二楽章、
♥シエル:第三楽章目はいままでの一楽章、二楽章とは対照的に静かな入り、
それは眠りへと誘うような、或いは次に向けて力を溜める為に抑えられているかのような、
そんな穏やかな部分。
♠太陽:……本来、第九のオケにピアノは居ない。
何故居ないのかというと、単純な話。必要無いから。
それをわざわざ入れたこのユミナモチオーケストラは、
相当な欲張りさんなんでしょうね。
常之進:そのピアノを上手く入れるのなら、第四楽章だろう。
この曲の最も大事な楽章と言っても過言ではない。
天才少女、クモハタ テンシであればオケにも負けないソリストとして活躍する。
まあ、実際にするかどうかは、ユミナモチくん次第だけれど。
間。(ずっとオケが弾いてる。)
♠太陽:さて、第四楽章……!
♥シエル:「……!」
♥シエル:さっきまでとは違い、音が弾けて……!
常之進:うん、良い。
第三楽章での安らぎの終わりを知らせるかの様なティンパニの打音。
第四楽章の始まり、終わりの始まり。
♠太陽:それは歓喜を伝える為に皆を起こして回るような音たち。
♥シエル:凄いわ……楽器たちがどんどん起きてくる……。
♥シエル:「……?」
常之進:「……?」
♠太陽:「……。」
常之進:演奏が止んだ……?
本来であればここで合唱が入る部分。いや、確かに一拍の静寂は生まれる。
だがこの静寂の長さは……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天斗:「……。」(目を閉じ、再び構える。)
天斗:「ッ!」(目をカッと開く。)
天斗:さあ……!思いっきり歌い、歓びを輝かせろ!一等星!!
天使:「ッ!」(ピアノを弾き始める。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♥シエル:「ッ!」
常之進:「ッ!」
♠太陽:「……ふふっ。」
常之進:ピアノが……合唱のソロの役割を……!
ユミナモチくん、これをピアノの譜面として書き起したのか……!
恐ろしい……!もしもピアノの奏者が彼女でなければ成立しなかっただろう……!
いや……これは……!
♥シエル:「楽器たちが……歌を歌ってる……歌が……歓んでる……!!」
♠太陽:歌いだしたのは、ピアノだけじゃなかった。
ヴァイオリン、サックス、オーボエ、クラリネット、トロンボーン……
合唱の役割を全ての楽器にさせるなんて……鬼ねぇ……
こんな無茶苦茶な譜面、破綻していても全くおかしくないのに。
常之進:それを見事に指揮し先導するとは……!
本当にできるものなのか……?いや事実出来てしまっている……!
ユミナモチくん……僕は君の強欲さ、傲慢さに、クモハタ以上に恐れ慄くよ……!(嬉しそうに)
♥シエル:「…………。」
♥シエル:「ふふ……なーんだ……」
♠太陽:「タカト、人間嫌いとか言ってたけれど……」
常之進:「滅茶苦茶オケの人たちの事が大好きじゃないか……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天使:最初からもっと好き好きって表に出せば、話は早かったかもしれないのに、
ホント、ツンデレさんですよ、ウチのコンダクターさまは。
♠紫久:「……。」
天斗:『オレは一度たりとも、お前たちがお上手では無いとも、
下手だと思ったことは無い!!』
♠紫久:言われなくても分かってるよ、分かってたよ、タカトくん。
この第九の楽譜を受け取った時から気付いてた。
こんな難しくて、それぞれのパートを分かりやすく主役とする譜面。
タカトくんが僕らの事を信用している事、期待してくれている事が、痛いほど伝わってきた。
♥碧延:「……。」
天斗:『このオケは本来キサダイラ先生が振る予定で集められた事は皆知っていると思う。
けれど、人選したのはオレだ。
オレがもしオケを振るとして、最高のオケになる奏者を集めた!』
♥碧延:だから、あの練習の時出て行った後も、練習していた。
練習してしまっていた。
せっかく信じてくれているのに、その期待に添えない自分が嫌で嫌で仕方なくて。
……だから、私を連れ戻してくれてありがとう、ユミナモチ。
天斗:「……。」(天使を見る。)
天使:「……。」(ピアノを弾いている。)
天斗:天才はいる。
天使:「……ふふっ」(楽しくて笑ってしまう。)
天斗:オレもコイツも天才では無いけれど、才能がある。
天斗:──けど、
天使:「……。」
(天使、天斗に気付く。)
天斗:「……。」
間。
天斗:「……フッ」
天使:「……フフ。」
天斗:たった二年で飛び級して特待生になってスペインのコンクールで優勝して……
更にはオレの作った激ムズピアノ譜面をこんなに軽々と弾くんだから、
コイツは天才だよ。悔しいけれど。
天使:彼は自分を天才では無いと言う。
だからこそ、彼ではなく、彼の奏者たちを”天才”に昇華すること。
それが彼の原点回帰。わたくしが望んだ彼の夢の一端の再現。
ですがそれも──
天斗:終わりだ。
観客たちよ、奏者たちよ、この最高の瞬間に立ち会えた事に、歓喜せよ……!
天使:もしも、もしもベートーヴェンさんがこの演奏を聴いたら、どう思うでしょうか。
天斗:やっぱり“私の曲ではない!”と怒るだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(曲が終わる。)
常之進:いいや、そんな事は無い。
♥シエル:きっと彼も──
♠太陽:「ブラボー!!!」(立ち上がり拍手しながら)
(太陽の声を起爆剤に拍手喝采、歓声の嵐が怒る。)
天使:「!!」
天斗:「!!」
♠太陽:きっと彼も、最高の演奏に出会えた事に歓喜し、
アタシの様に、皆の様にアナタたちを祝福するわ……!!
嗚呼!素晴らしかった……!!本当に最高だった!!!
まだ……まだこの子たちの音楽を聴いていたい……!!
♥シエル:「はぁ……!!」(拍手している。)
♥シエル:高揚する。
視界が興奮でくらくらして、目の前がパチパチしてる……!!
♥シエル:「嗚呼……!本当に綺麗……!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(天斗、拍手喝采の嵐に呆然としている。)
天斗:「…………。」
天使:「タカト=サン、タカト=サン。」
天斗:「……あ……?」
天使:「涙、流れてますよ。」
天斗:「え……あ……」(涙を拭く。)
天使:「ふふふ、その気持ち、わかりますよ。
さ、会場の皆様にご挨拶をしないと。」
天斗:「ああ、そうだな。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
常之進:「……あははは……これはこれは……この後、僕たちか~緊張する~」
♠太陽:「アンコール!アンコール!!」
常之進:「え?」
♥シエル:「ほぇ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天使:「エ。」
天斗:「あ゛?゛」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♥シエル:誰かのアンコールを機に、
会場中にその波が凄い勢いで行き渡った。
皆が、声をあげて彼らの演奏を希(こいねが)う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天斗:「はあ!?アンコール!!?」
天使:「てんちょさんたら、我を忘れてられますねー
感情むき出しですわぁおゴリラですわぁドラミングですわぁ」
天斗:「タイヨウさんはゴリラじゃねぇ!!」
天使:「……さて。
大変なことになりましたねー
どうしますー?」
天斗:「バカ!出来るわけ無いだろ!
時間も無いし!そもそもアンコール曲とか用意してないし……!」
天使:「そーですよー……ん?
タカト=サン、タカト=サン。」
天斗:「あ?」
天使:「あそこ、てんちょさんの隣にセンセが座ってるんですけれど、
モールス信号送ってきてますね。」
天斗:「はあ?
……えっと……“ア・ン・コ・ー・ル・ヲ”──」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(常之進、ライトを使ってモールス信号を送る。)
常之進:“ウ・ケ・ロ・オ・モ”──
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
天斗:「“シ・ロ・イ・カ・ラ”……。
……はぁ!?!?」
天使:「わーあの人、凄い怖い事言ってる~」
天斗:「んな事言われたって……!
……あ……」
間。
天斗:「クモハタ!」
天使:「あいあいー?」
天斗:「お前!これ出来るよな!」
(天斗、天使に楽譜を手渡す。)
天使:「……。
いいですよ、お任せあれ。」
天斗:「よし!
ちょっと、マイクかして……!」
(天斗、スタッフからマイクを借りる。)
天斗:「えーでは皆様のご要望に応えて、一曲やらせていただきます!」
(会場、歓声が大きくなる。)
天斗:「ただ!この事態を想定していなかったので、
これからやる曲、練習出来ていないのでミスは多いかと思われますが、
そこはご愛嬌ということで!!
ですが!!絶対に皆さんは再び!拍手喝采する事になるでしょう!!!」
(会場、歓声が更に大きくなる。)
♠紫久:「この楽譜は……!」
♥碧延:「指示が書かれてる……“星の様に煌めけ”……?」
天使:「タカト=サン、楽譜配り終えました。」
天斗:「よし、じゃあ、行くぞ……!」
天斗:ワン、ツー……ワン、ツー、スリー……!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♥シエル:音が、一斉に鳴る。
♥シエル:「……っ!!」
───────────────────────────────────────
END