[台本]東西東西・噺屋:天犬 大火の興行 ─第二幕:虚(うつろ)を聞くは戯(たわむ)れ也(なり)や─
閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかく、だ。
今宵は、“適当”について少し考えてみようじゃないか。
ここは一つ、嘘と適当の違いとは何か、私の考えをご披露致しましょう。
ん?私が誰か?私は────────だ。
ではでは、皆々様、隅から隅までずずずい~っと希い上げ奉りまする。
登場人物
○天犬 大火(あまいぬ たいが)
17歳、男性
天狗の半妖で、怪談を雑談に挿げ替える“噺屋”。
皮肉屋で毒舌家で陰湿な性格。
主人公。
〇鬼嫁 弓燁(おにとつぎ ゆみか)
16歳、女性
元気で純粋無垢。
噺屋になるべく大火に教えを請うているが、
教えてくれないので牢乎に“祓い屋”の力を教わってる。
〇尊海 牢乎(とうとうみ ろうこ)
40歳、男性
寺生まれの“祓い屋”で大火の師匠。
軟派な発言が多いが物腰柔らかく、温和な人物。が、一にはドライ。
対怪異的にも物理的にも最強の人物。
○虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)
??歳、男性
大火たちの前に現れた不審者。
いつも和服を身にまとっており、軽快に下駄を鳴らしながら歩く。
その発言は常に適当、だが何故か納得できてしまう言い分を必ずくっつけてくる。
自称・尊海 牢乎の弟子だが、そのような事実は無い。
※「男;一」と表記されます。
○虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)
??歳、女性
戦いの中で男;一と入れ替わる様に姿が、性別が変わった一。
いつも和服を身にまとっており、軽快に下駄を鳴らしながら歩く。
その発言は常に適当、だが何故か納得できてしまう言い分を必ずくっつけてくる。
その正体は……
本来はおどおどして泣き虫。けれど出来る子。
※「女;一」と表記されます。
天犬 大火♂:
鬼嫁 弓燁♀:
尊海 牢乎♂:
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一♂:
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一♀:
↓これより下が台本本編です。
───────────────────────────────────────
女;一:「閑話休題(かんわきゅうだい)。」
男;一:「それはさておき。」
女;一:「ともかく、だ。」
男;一:今宵は、“適当”について少し考えてみようじゃないか。
ここは一つ、嘘と適当の違いとは何か、私の考えをご披露致しましょう。
女;一:それ本当に言ってます?
男;一:はて、本当ではないが、適当ではあるかもしれないがね。
女;一:やはりまた嘘ですか。
男;一:いやいや、偏(ひとえ)に嘘を吐いたというワケではなかろうよ。
先も言ったが、私はただ適当を言っただけで嘘を言ったワケではない。
女;一:一体全体、何が違うというのか……
男;一:何もかも違う。一から十、いや百、いや千まで違う。
それを、これから話すのだよ。
女;一:「はぁー……」
女;一:「ではでは、皆々様、隅から隅まで、
ずずずい~っと希い上げ奉りまする(こいねがいあげたてまつりまする)。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~尊海屋敷~
弓燁:「牢乎(ろうこ)さーん!!」
牢乎:「なになにーどうしたのー弓燁(ゆみか)ちゃーん?」
弓燁:「大火(たいが)くんあれから一ヶ月、何も教えてくれないんですけど!!」
大火:「チッ……」
牢乎:「こらこらータイガくん、ユミカちゃんを立派な“噺屋(はなしや)”にするのは
君の修行、もとい、君の役目じゃないか。
どうしてユミカちゃんにいじわるするんだい?」
大火:「俺は鬼嫁(おにとつぎ)に修行してやるのを了承した覚えはねェ。」
牢乎:「そうやってまたムスっとして~」
大火:「ムスっとしてないが!!」
弓燁:「…………ロウコさんロウコさん。」
牢乎:「はいはいロウコさんだよーどうしたのー?」
弓燁:「タイガくん……一ヶ月前とキャラ違くないですか……?」
牢乎:「ああ、ユミカちゃんがはじめてタイガくんに会った時は猫被ってたからねー
天狗なのに、ぷぷっ(笑)」
大火:「チッ!!」
弓燁:「ね……猫を……」
牢乎:「そ。
素の彼は、凄く口が悪いし人付き合いとか嫌いだし性格もすんごく悪い陰湿な子なんだ。」
大火:「本人目の前にして言い過ぎじゃないか!?」
牢乎:「だって本当の事なんだもーん。」
大火:「くっ!」
牢乎:「で、タイガくん。
どうしたらユミカちゃんのお願い聞いてくれるのかな?」
弓燁:「…………。」
大火:「あ?そうだなぁー……じゃあ師匠。
一千万円俺によこs──」
(ドン!、と大火の前に叩くように置く。)
牢乎:「はい。」
間。
大火:「……えぇ?」
弓燁:「ひぇっ……」
牢乎:「いやはや、良かったよ。
世界の半分をくれとか言われたらほんのちょっぴりだけ困ってたよ。」
大火:「え……あ……すぁ……」
牢乎:「タイガくん。僕は確かに、君の要求通り一千万円を渡した。
時に、僕は嘘を吐く奴と約束を破る奴が嫌いだ。
タイガくん。
約束、守っておくれよ。」
大火:「……っ。
わ……分かったよ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~尊海屋敷中庭~
大火:「──と、言うワケで、テメェを“噺屋(はなしや)”に育てることになった
天犬 大火(あまいぬ たいが)だ。
ヤーヤーシャース。(※よろしくおねがいします)」
弓燁:「よ、よろしくおねがいします……
あ、あの、なんで中庭で?」
大火:「あ?」
牢乎:「タイガくんが中庭が好きだからだよ~」
弓燁:「な……なるほど……?」
大火:「さて、まず最初に、根本として、“噺屋(はなしや)は”祓い屋“の派生だ。
それは分かってるな?」
弓燁:「はい!タイガくんが“噺屋(はなしや)”について何も教えてくれなかったので、
ロウコさんが祓い屋のお勉強をつけてくれました!!」
大火:「なっ……!は、はぁ!?
師匠ほとんど俺に付きっきりだったのにいつの間に!?」
牢乎:「同時進行だよ。
ほら、僕って分身の術や式神も使えるじゃない?
だから式神に任せてたのさ。」
大火:「式神が……オニトツギを……?」
牢乎:「違う違う。君をだよ。」
大火:「なァ……ッ?!?!?!?!??!?!?!」
牢乎:「だってタイガくんが真面目にユミカちゃんに教えてあげないから、
僕も雑にさせてもらったよ。
これでほっぽかれる子の気持ちは理解できたでしょ。
タイガくんが真面目にユミカちゃんに教えてるんだったらちゃんと僕が教えるから、
よろしくね。」
大火:「…………はい……。(無茶苦茶しょんぼりしてる。)
コホン……じゃ、前提の話として、
祓い屋は怪異や妖を退治するモノで、その方法はなんだっていい。
物理が効くなら格闘でも刃物でも重火器でも使えば良い。」
牢乎:「ちなみに僕は武術も武器もなんでもござれだよ~」
大火:「物理が効かない霊的なモノ、概念的なモノに対しては呪術だの魔術だのなんだの、
とにかく退治出来るならなんだって良い。
そして、俺たちが扱うのが──」
弓燁:「──念力と概念改竄(がいねんかいざん)の力、ですね!」
牢乎:「そうそう、“祓い屋”としては“念力”を、
君たち“噺屋(はなしや)”は“概念改竄(がいねんかいざん)”の方を使うんだよ。
……あ、ちょっと僕は外に出てくるよ。」
弓燁:「はい!いってらっしゃい!」
牢乎:「うん♡
タイガくん、ちゃんと教えるんだよ~」
大火:「わーってるよ!いってらっしゃい!!」
(牢乎、去る。)
大火:「……はぁー……
まあ、師匠の言う通りだ。
念力の使い方は師匠が教えてくれるとして、
概念改竄(がいねんかいざん)は、世界を“騙しきる”力、らしい。」
弓燁:「らしい?」
大火:「まぁー正直、俺も理解できてねぇんだよな。
概念改竄(がいねんかいざん)とかなんか仰々しい感じ出してっけど、
俺はとにかく“相手を納得させたら勝ち”くらいの認識で、
その“相手”ってのが世界だってのは……まあ……言葉上じゃ分かってるんだけど、
なんで出来てるかは全くもって意味が分かってねぇ!」
弓燁:「そんなふんぞりかえって言われても……。」
男;一:「実践してみてはどうかな?」
(突然大火の後ろから男;一が現れる。)
大火:「!?」
弓燁:「!?」
男;一:「ん。どうしたんだね?」
大火:(コイツどこから!?)
弓燁:(急にタイガくんの後ろに現れた!?)
男;一:「はっはっはっ、良い反応だ。
流石はトウトウミ先生の弟子たちだ。」
大火:「!?
なんで師匠の事を知ってんだ!!」
男;一:「ん?
何故?何故、か。
…………ふむ、なんといえば良いか……。
ま、運命的な出会いをしたから知っている、とでも思っていてくれ。」
弓燁:(うわ!適当そうな人だ……!)
男;一:「君っ!!」
(男;一、目をカッと見開いて弓燁を指差す。)
弓燁:「ひっ!」
男;一:「今私の事を“うわ!適当そうな人だ……!”って思っただろう?」
弓燁:「しっ、思考が読まれてる!?アルミホイル巻かなきゃ!」
大火:「そういう問題じゃねぇだろうが!
てか!アンタ、誰だ!」
男;一:「ん?私が誰かって?
仕方がない。せっかくだからもう少し引き伸ばそうとも思ったが、
そんなに時間は無いからな。」
牢乎:そう言って、男は歩き出す。
そして、授業用に出していた黒板の後ろを通る。
男;一:「私は……私の名は──」
牢乎:黒板の後ろを通り過ぎ、現れた彼の姿は──
大火:「!?」
弓燁:「!?」
女;一:「──虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)だ。
以後、よろしく。」
弓燁:「姿が……変わった!?」
大火:「妖か!?」
女;一:「失礼だな。
私はれっきとした人間だとも。
君たちと同じ、ね。」
大火:「ッ」
女;一:「まあ、そんなことをどうでもいい。
さて──」
(女;一、体勢を整え、不敵に大火たちの目を見つめる。)
女;一:「閑話休題(かんわきゅうだい)。それはさておき。ともかく、だ。
君たちの授業、私も参加しよう。」
大火:「はぁ!?
なんだよ唐突に現れて──なッ!?」
(女;一、大火との距離を一瞬で詰める。)
女;一:「実践形式だ。私の刀はよく切れるぞ。」
牢乎:キョブンアスマケゾウカクがそう言ったかと思うと、
タイガの両腕は宙を舞っていた。
大火:「がッ……!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」
牢乎:タイガの腕から噴水の如く勢い良く血が噴出し、雨の様に降ってくる。
弓燁:「タイガくん!!!!!
そこをどいてくださいっ!!波ァ!!!」
(弓燁、女;一に向かって気弾の様なモノを放つ。)
女;一:「おっとぉ!!(避ける)
そちらのお嬢さんは念力もしっかり扱える、と!」
(女;一、木の裏まで逃げ、男;一になって現れる。)
男;一:「確かタイガくんは扱えないハズだが……いやはや、良い弟子を持っていらっしゃる。」
弓燁:「また一瞬で……!ううん!そんな場合じゃないっ!タイガくん!!」
(弓燁、大火の所に駆け寄る。)
大火:「ぐあああ……!!
て、テメェ……!!よくも!!!!やりやがったな!!!!」
弓燁:「タイガくんダメだよ!!」
男;一:「何をだ?」
弓燁:「何をって!!アナタがタイガくんの腕を……!
…………え……?」
男;一:「アマイヌ タイガの腕が、どうしたんだね?」
大火:「……ッ!?……?????
う……腕が……斬られていない……元に……?」
弓燁:「どういう……こと……?」
男;一:「これが“概念改竄(がいねんかいざん)”、“世界を騙しきる”力だ。
どうだね?体験してみた感想は。」
大火:「ッ!!やはり妖か!!」
(大火の眼が“天狗の眼”に変わる。)
男;一:「ほう、それが“天狗の眼”か。
天狗の半妖であるタイガくんの力、
妖の正体を見破り、“真実を映す”……か。」
大火:「……ッ!?」
男;一:「どうだね?私が妖に見えるかね?」
大火:「……ただの人だと……?………わ、ワケが分からない……。」
男;一:「はっはっは!そうであろうそうであろう!!
まずは一つ、“概念改竄(がいねんかいざん)は理知の領域では捉えられないモノ”だ。」
弓燁:「理知の領域では捉えられない……」
女;一:「そう。だが、君たちが相手している、祓う対象、退治する対象もまた、
理知の領域では捉えられない存在だ。」
大火:(また!コイツさっきから目を離した一瞬で姿が変わりやがる……!
これも概念改竄(がいねんかいざん)なのか……!?)
女;一:「“怪異”と“概念改竄(がいねんかいざん)”は同じ領域の力。
怪異たちの力、“妖力(ようりき)”こそが“概念改竄(がいねんかいざん)”という術の根幹(こんかん)なのだ。」
弓燁:「妖力(ようりき)……?」
女;一:「そう、妖力(ようりき)だ。
つまり、タイガくんの様な半妖だからこそ出来る術というワケだ。」
大火:「……。」
女;一:「君たちの言い方を拝借するのであれば、
異常たる妖の力“妖力(ようりき)”で、異常である怪異や怪談を殺し、壊している、という事。
ふむふむ、実に面白い。
概念改竄(がいねんかいざん)は“まいなす×まいなす=ぷらす”といった仕組みなのだな。」
弓燁:「はァッ!!!」
(弓燁、女;一の背後を取り、蹴りを入れる。)
女;一:「ッ!!(白刃でギリギリ受けるが、刀が折られる。)」
弓燁:「ちっ!!」
女;一:「…………ご……ぼ……(素が出かける)
……ああ、吃驚した。(直ぐに平然とした態度で喋る)
私の刀を折る蹴りとは、常人の威力では……厭(いや)、それよりも、
ただの一瞬、タイガくんの方に気を向けていただけだというのに、
背後を取って私に蹴りを入れようとするとは……
縮地(しゅくち)……古武術(こぶじゅつ)として、
というよりは仙術(せんじゅつ)の域のものを……
であれば──」
(女;一、再び木の裏まで逃げ、男;一になって現れる。)
男;一:「──大幅に距離を取らせていただこう!!」
大火:「東西東西(とざいとうざい)!!!」
(大火の足元に陣が現れる。)
男;一:「ッ!!」
大火:「皆々様、ご機嫌よろしゅうございりまする。
私の名は天犬 大火(あまいぬ たいが)。
“噺屋(はなしや)”……!噺屋:天犬 大火、貴様を殺し、壊す者でございますッ!!」
男;一:「ほう!遂に始まるか!!
噺屋(はなしや)・天犬 大火(あまいぬ たいが)の興行が!!!」
弓燁:「逃がしません!!!」
(弓燁、折った刀の刃を男;一の足に向かって投げる。)
男;一:「ぐあッ!!
……でっ……わ、私の刀の刃を投げて……!!
しかも、足に……!!ははは……!!これでは逃げられそうに無いな……!」
弓燁:「演目を見るときは携帯はマナーモードに、笑い声はともかく、話し声はお控えに、ね、ですっ!」
大火:「今回、皆々様に語るは、我々の前に現れた不審者の“怪談噺(かいだんばなし)”!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
牢乎:同時刻、某所にて。
女;一:「こ……これは……ししょーが言ってた“パターンB”……!
い、一応ししょーの思惑通りではあるけれど……
そうしたらししょーは……
わわわ……!こ、これってまずいのでは……!?」
牢乎:「“パターンB”が“妖に変性させる方”って事は、“A”は“雑談の方”か。」
女;一:「ぴょっ!!」
(女;一、の背後から牢乎がヌッと現れる。)
女;一:「ろ……ロウコ……しゃん……」(滅茶苦茶怯えてる。)
牢乎:「目的は自身の怪異化、か……
全く……僕の家の結界に異常を、しかも何箇所も発生させたのも、君たちでしょ。」
女;一:「あ……え……え……っとぉー……」
牢乎:「隠そうとしなくても良いよ。
はぁ……ハジメが考えそうな事だ……
…………。」(遠くに見える大火たちを見る。)
女;一:「あ……あのー……」
牢乎:「なに。」
女;一:「噺屋(はなしや)・天犬 大火(あまいぬ たいが)さんの興行って、
ししょーは、自分ではどうしようも無いって言っていたのですが、
本当なのですか……?」
牢乎:「ああ、そうだね。無理だね。」
女;一:「……!!(血の気が引いて顔が真っ青になる。)」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
男;一:「ほう!私の“怪談噺(かいだんばなし)”!!」
弓燁:「“雑談噺(ざつだんばなし)”じゃなくて“怪談噺(かいだんばなし)”……!?」
大火:「そうでございます!“怪談噺(かいだんばなし)”でございます!!
この男、足音も立てずに突然現れては消え、性別もコロコロと替える事が出来ます!
いやはや、そんな事が常人に出来ますでしょうか!
いえいえ、出来ようがありません!故に!この男、人間に非ず!」
男;一:「なるほど!私の存在を概念的に固定し、弱点を付与しようとでも考えているか!!
賢い!!だが、この興行が終わる頃!君はハリネズミの様になっているやもしれんな!!!」
牢乎:キョブンアスマケゾウカクが無数の針をタイガに向けて投げ放つ。
弓燁:「っ!!タイガくん!!」
牢乎:彼を庇うようにユミカが無数の針の前に立つ。
が──
大火:「無駄だ。」
男;一:「な……っ!?」
弓燁:「え……?針が……全部地面に落ちてる……?」
大火:「観客はお前だけじゃねェんだわ。」
男;一:「ッ!!
やはりそうか!!存在するか上位の──」
大火:「さア!!(男;一の言葉を遮る様に)
お噺(はなし)の腰が折れてしまいましたが!!
彼奴の正体は!私が真に殺し、壊すべき存在!最低最悪の悪党!!
その名は!!その妖の名は!!──」
牢乎:「閉じよ。」
大火:「──んぐっ!!
んぐ!?んぐぐ!?!?んぐぐぐ!!!???!?!?」
(大火、口を縫い付けられたかの様に口が開かなくなる。)
男;一:「……?」
弓燁:「た……タイガくん……?」
大火:「んぐ!!んぐーーーーーーーー!!!」
牢乎:「彼の正体は、人間でございます。
ええ、ただの、ただの“適当”な人間でございます。」
大火:「んぐー!!??」(※特別意訳「師匠!!??」)
弓燁:「ロウコさん!!」
男;一:「あっ……あらら……」
牢乎:「彼の名は虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)。
人をおちょくるのが大好きで、大好きすぎて世界すらもおちょくる男。
突然現れた?いやいや実は違うんですよ。
あれは私の弟子の弟子が見せた瞬間移動方法、縮地(しゅくち)によるものでございます。」
弓燁:「えっ!あっ、でも、確かに、ありえなくない……!
なんで思いつかなかったんだろう……!」
牢乎:「ええ、そうでしょうそうでしょう。
思いつかなかった理由は単純で、思考を狭められていたからにございます。」
大火:「んぐー!んぐぐー!!」
牢乎:「あ、タイガくんの口を念で縫い付けたまんまだった。
解(かい)。」
大火:「んっぷはぁー……し……思考を狭める……?ってどういうことだ……?」
牢乎:「そう、彼は人をおちょくるのが大好き、故に、自分がどういう行動を取れば、
相手が驚いたり、混乱したりするのかを熟知しております。
思考を狭められた人間は通常では思いつくような事も思いつけなくなる。
いやはや、面倒千万(めんどうせんばん)な男でございますねー。
そして、性別がコロコロ変わる、というカラクリの正体は──」
(木の陰から女;一が出てくる。)
女;一:「へ……へへへ……ば、バレちゃいました……ごめんなさい……」
弓燁:「え!?」
男;一:「トウトウミ先生が現れたのだから、そうだろうとは思っていたよ。
何、気にすることは無い。お前は何も悪くない。
私の不手際であり、トウトウミ先生が凄すぎるのだ。」
大火:「不審者が二人!?」
牢乎:「そうなのでございます。
“キョブンアスマケゾウカクは二人居た”というのがこのカラクリの正体。
私の弟子たちが彼らから目を離した隙をついて縮地(しゅくち)で入れ替わる。
それを繰り返し、繰り返し行っていただけなのでございます。
それによって男の力の源とでも言いましょうか。
“曖昧である、適当である”という状態を作ったのです。
どうでしょう?しょうもないでしょう?」
男;一:「はっはっは!私が編み出した技を“しょうもない”と言われてしまった!
いやはや、まだまだ修行不足と言わざるを得ないな!!」
牢乎:「……はぁ……。
まあ、とにかく。タネ明かしも全て終わった所で──」
大火:「まっ、待て待て!俺の腕が斬られたのに元に戻ってたのは!?
妖の力……俺と同じ、概念改竄(がいねんかいざん)で元に戻したんじゃ……」
牢乎:「えぇ~~?本当に気付いてないの?
いや~そこは流石ハジメとしか言えないけど、
最初から斬られてないよ。」
大火:「え……?」
牢乎:「彼は幻術のスペシャリストなんだ。
タイガくんが斬られたって思ってるのは錯覚だよ。
さ!こんなつまんないヤツの噺(はなし)は、これにて終幕。
先(せん)づ今日はこれ切り。」
大火:「……ぐっ!」(膝をつく。)
(大火の足元の陣が消える。)
牢乎:「大丈夫かい、タイガくん。
すまないね。君の興行を無理矢理乗っ取ったから、
タイガくんの身体に沢山負担をかけてしまった様だ。」
大火:「くそ……だ、だからいつも以上に……」
弓燁:「タイガくん!!」
牢乎:「タイガくんは大丈夫そうだから、安心して。
ユミカちゃんも頑張ったね。
凄いね。僕が教えたこと、取りこぼすことなく身につけてて、偉いよ。」
弓燁:「え……あ……えへへ……恐縮です……」
女;一:「ヴぇああああああっ!!!ししょー!!大丈夫ですかぁあああ!!」
(女;一、男;一の元に駆け寄る。)
男;一:「おーおーおー泣くな泣くな。
私は大丈夫だ。お前には沢山無理をさせたな。すまなかった。」
女;一:「あ゛の゛も゛も゛か゛み゛の゛お゛ん゛な゛の゛こ゛と゛
ろ゛う゛こ゛さ゛ん゛こ゛わ゛か゛っ゛た゛て゛す゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛~゛~゛~゛」
男;一:「はっはっは、もっと泣いてしまった。
ははは、本当にすまなかった。よく頑張ったよ、畢(おわり)くん。」
牢乎:「オワリ?……オワリちゃん……それがその子の名前かい。」
男;一:「ええ、そうです、トウトウミ先生。
彼女は私ので──」
女;一:「キョブンアスマケゾウカクししょーの唯一の弟子にして、一番弟子!
慈苑戸 畢(じえんど おわり)──」
牢乎:「……。」(女;一を冷たい目で見る。)
女;一:「──でづぅうう……ご、ごめんなさいぃいいいいいい……」
(女;一、男;一の後ろに隠れる。)
男;一:「これこれ、トウトウミ先生、私の可愛い一番弟子を睨んでやらないでくれ。」
牢乎:「…………はぁー……
大方の予想はついているけれど、敢えて君の口から聞くよ。
結局、君たち、何しに来たのさ。」
弓燁:「あ!そうですよ!なんなんですか!貴方たち!!」
大火:「ぐえぇーー……」(力を使い過ぎて牢乎に抱えられて項垂れてる。)
弓燁:「タイガくんがこんなんなったのも!アナタたちのせいなんですからね!!」
男;一:「ハハハ、面目ない。
して、“何しに来た”か。
何、難しいハナシではない。タイガくんの“噺屋(はなしや)”としての力を
見たくなっただけだ。」
牢乎:「…………。
……はぁー……また君はうs──」
男;一:「嘘ではない適当を言っているだけだ。」
大火:「ぐぅ……う、嘘と適当、何が違うってんだよ……」
男;一:「何もかも違う。一から十、いや百、いや千まで違う。
嘘というのは事実とは違う事を言う事である。
適当というのは、事実か事実じゃないか分からない“曖昧”な事を言う事である。」
弓燁:「???」
牢乎:「二人共、ハジメの言葉に耳を傾けたらダメだよ。
また変な幻術をかけられるかもしれないからね。」
男;一:「いやはや、トウトウミ先生は酷いことをおっしゃる。
時に、トウトウミ先生。」
牢乎:「なに。」
男;一:「現実とファンタジーの境目はいつからなくなったのだと思う?」
牢乎:「最初からだよ。
むしろ逆さ、君の言葉を借りるならば
“いつからか現実とファンタジーの境目が生まれた”んだよ。
それをあえて“いつ”から、と区切るなら、科学の発展が著しくなった時から、かな。」
男;一:「ふむふむ、私も同じ考えです。
いやはや、トウトウミ先生と同じく、私も“科学神話”の発起(ほっき)からだと思いますよ。」
牢乎:「故に、君の曖昧、“適当”は科学で解明されていないモノを扱える、
“それが私の能力なんです”って事にしたいんでしょう。」
男;一:「ははは、私が下手な質問をした所為で目論見を看破されてしまった。」
牢乎:「関係ないよ。僕はありとあらゆる事が分かっている。
だから君が僕を惑わそうとしても、無駄だよ。」
男;一:「手強い限りですねぇトウトウミ先生。」
牢乎:「というか、ハジメ、僕の事を先生先生呼ぶのやめてくれないかな。
君の言う“先生”は、君が高校生の時に数学を教えてた僕の親戚の“トウトウミ先生”でしょ?」
弓燁:「え?」
大火:「えぇ?」(ドン引き)
女;一:「ひょえぇぇ……??」(ガン引き)
男;一:「はっはっは、袖触れ合うも他生の縁というヤツだ。」
牢乎:「言葉の意味ズレてるし、君の弟子も引いてるし……。
とにかく、君に先生だの師匠だのと呼ばれる筋合いは無い。
僕が師事し弟子とするのは──」
牢乎:「タイガくんと、──」
牢乎:「ユミカちゃん、──」
牢乎:「──この二人だけだ。」
(牢乎、大火と弓燁の頭の上に手を乗せる。)
大火:「……///」
弓燁:「えへへっ。」
女;一:「わ~~~羨ましい……!
ねえ!ししょー!オワリも頭ポンポンされたい!!」
男;一:「ははは、では無事に帰れたらしてあげよう。」
女;一:「はい!
では!オワリも頭ポンポンされたいので、これにて退散させていただきます!
御免!!」
(女;一、煙幕玉を投げる。)
弓燁:「きゃっ!」
大火:「煙幕だと!?」
牢乎:「…………。」
間。(男;一、女;一、去る。)
弓燁:「……!もういない……!」
牢乎:「……ふぅー……
いや~~~ホント、二人共ごめんね~~~
けど、不審者の対処、ありがとね。
今後の事も考えて家の結界、もっと強化しておくよ。」
弓燁:「はい!
えっと、助けて下さり、ありがとうございます!!」
牢乎:「……。
はっはっは、当然じゃないか。
君は僕の可愛い可愛い愛弟子のタイガくんの弟子であり、僕の弟子でもあるんだからね。」
大火:「……っ!」
弓燁:「恐縮です……!」
牢乎:「じゃ、僕はタイガくんを自室に運んで休ませてくるよ。」
弓燁:「はい!じゃあ、私はお夕飯支度のお手伝いをしてきます!!」
(弓燁、去る。)
牢乎:「ありがとう~~」
間。
牢乎:「タイガくん、おんぶするよ。」
大火:「あい……」
牢乎:「よっしょっと、タイガくん、辛くない?」
大火:「うぃ……」
牢乎:「……タイガくん、確かにハジメはウザいしイラつくけど、
君の素敵な興行で、誰かを悲しませるような事はしないでね。
誰より、何よりも、僕が嫌だから。」
大火:「……はい。」
牢乎:「……。」
大火:「……。」
牢乎:「……。」
大火:「……なあ。」
牢乎:「どうしたの、タイガくん。」
大火:「……師匠にとって、俺が、その、マナデシって……ホント……?」
牢乎:「……。」
大火:「……。」
牢乎:「……さあ。
あれは……あれはー……そう、ユミカちゃんを労う為の……そう……適当だよ。」
大火:「………………そうか……。」
牢乎:「そんなことよりさ。
今週で春休み終わりでしょ。
今年度はちゃんと学校行ってね、もう後が無いんだからさ。」
大火:「……。」
牢乎:「行かないと何も教えないよ。」
大火:「………………………………は~~~い……」
牢乎:「うん、悪くない返事だ。
じゃ、今日は一緒に居てあげるから、もう寝なさい。」
大火:「……。」(牢乎の背中に身を任せながら目を瞑る。)
牢乎:「……。」
牢乎:「今日はこれにて終幕。」
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