[台本]蠱惑なる我が王
世界設定、場面情景
平凡普遍な世界。つまり普通の世界。
そんな世界に退屈し刺激を求める普通の思春期の男の、学徒達の話。
登場人物
○聖上 忠志(ひじりかみ ただし)
17歳、男性
日常に飽いている青年。
彼が見つけたその光は蠱惑で背徳的だった。
○皇 路継(すめらぎ みちつぐ)
17歳、男性
誰からも愛される青年。
彼は人々にとって光であり、毒であった。
○凡人共
年齢不定、性別不定
生徒、先生、親、兄弟、他人、男、女等々、聖上から見た人々。
聖上からしたら皆同様に映るが故に分ける必要は無い。彼にとってもどうだって良い存在。
聖上 忠正 ♂:
皇 路継 不問:
凡人共 不問:
───────────────────────────────────────
―学校の教室―
忠正「……………………。」
聖N「退屈。そう退屈なのだ。
齢17にしてまるで世界のすべてを知り尽くしたかの様な物言い。
なんとも傲慢且つ無知な事か。それが分からぬ私ではない。
しかしこれを退屈と言わず、なんと言おうか。
いつもと変わらぬ景色、変わらぬ人々、変わらぬ自分。
つまらない。
いっそのこと、何か災厄にでも見舞われてしまいたい。」
凡人共「皆席に着きなさい。
今日から皆と新たな仲間になる子を紹介します。」
忠正「…………。」
凡人共「さ、皇くん。自己紹介を。」
路継「はい。」
忠正「……!」
聖N「ただの一言。それだけで、それだけだというのに私の身体は熱くなった。
何故かは分からない。
訳を知りたくて思わず机に伏していた頭を上げた。」
路継「皇 路継です。
よろしくお願いします。」
聖N「ざわつく凡人共。無理も無い。
斯く言う私も胸の内でざわめいていた。
彼の一言、否彼が発する一文字一文字の音に、彼の一挙手一投足に
私達は釘付けになっていたのだ。
何故か、分からない。
何があったか、分からない。
彼が現れた事によって場の空気は一変した。それだけは分かる。」
凡人共「皇くんはどこから来たの??」
凡人共「髪も肌も目も綺麗!何か秘訣とかあるの!?」
凡人共「何部に入るかは決まってる??良かったらうちの部に入らない???」
路継「ア、アハハハ……そんなに一遍に聞かれると困ってしまいますね……。」
聖N「彼がそう言うと姦しかった教室は冷静さを取り戻し、静まった。」
凡人共「あ、ごめんなさい……。」
路継「大丈夫ですよ。
……えっと、僕は隣の県の榊明堂(さかきみょうどう)高校から来ました。
あと、別に何もやってないので秘訣とかはないですね……。
部活に入る予定はないですね。せっかく誘って下さったのにごめんなさい。」
忠正「…………美しい。」
聖N「私は無意識にそう呟いていた。
誰かに聞かせるわけでもなく自然に……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
聖N「あれから2週間。
彼はクラスの一員として日々を過ごしていた。
私は彼に目を離せずに居た。
彼の目、彼の口、彼の声、彼の手、やはりどれも美しい。
誰に対しても優しく微笑む彼は何を思い、何を考えているのだろうか。」
凡人共「聖上君。一緒にお昼食べない??」
忠正「…………。」
凡人共「……聖上君……?」
忠正「……ん?あぁ、すまない。
なんだっけ?」
凡人共「気にしなくて良いよ。
改めて言うけれども、お昼ご飯一緒にどう?」
忠正「あー……今日は遠慮する。
またの機会にな。」
忠正M「そう言って彼の方に再び目を向ける……が、彼はもうそこにはいなかった。」
凡人共「……あーうん、またの機会、ね……。」
忠正M「……コイツのせいで……。」
聖上、教室を出て廊下へ
忠正M「……くっ……完全に見失った……。」
路継「どうかしたんですか?」
忠正「えっ」
路継「何か……お探しですか?」
忠正「い、いや、別に……。」
路継「そうですか……。
そういえば、まだ貴方にはちゃんと挨拶していませんでしたね。」
忠正「え?」
路継「僕は皇 路継です。改めてよろしくお願いします。」
忠正「……あ、俺は聖上 忠志だ。……よろしく。」
路継「挨拶して早速ですが、一緒にお昼、どうです?」
忠正「えっ!?」
路継「…………先約が居ましたかね?
申し訳ありません。では、またの機会に。」
忠正「あっ!……まっ―」
路継「なんですか……?」
忠正M「この一瞬、そうこの一瞬だった。
彼の目が変わった。その目が何を表しているかは分からない。
いや、私の脳が分かれない程に理解力が低下した感じがした。
獲物が罠に引っかかりそうな所を楽しそうに、興奮を抑えながら眺める目、
これが今の私にできる最高の表現である。
しかし、彼が、美しい彼が、そんな目をするだろうか。
いや、私の中の彼はしない。
……しかし、もしも本当にその様な目をしていたとしたら―」
忠正「いや……っ」
忠正M「―私はどうにかなってしまうだろう。」
路継「いや……?」
忠正「……なんでもない。」
路継「…………そうですか。」
忠正「君とは一緒に食事しない。」
路継「・・・・・・え?」
忠正M「咄嗟の発言。
それは私の意思とは無関係に放った、放ってしまった言葉であった。
なんということだ。
なぜ、こんな事を言ってしまったのか、何の前触れもなく漏れた音。
それは決して本心ではない。そして漏れるまで考えもしなかった言葉だった。
絶望した。」
路継「・・・・・・どうして、ですか・・・・・・?」
忠正「……。」
忠正M「……見たくなってしまった。
彼の新しい表情を。
それ故に次の言葉は決まり、吐かれた。」
忠正「君の事が嫌いだからだ。」
忠正M「心にもない事を。
だが彼の反応が楽しみで、楽しみで、言ってしまった。
さて、どうなるか。
胸の中に渦巻いていた黒いものが外に漏れない様に抑えながら彼を見る。」
路継「…………。」
忠正「……。」
路継「……そうですか。」
忠正「……ああ。」
路継「でしたら申し訳ないことをしましたね。
すいません。
これからはなるべく関わらない様にしますね。」
忠正「……ああ、そうしてくれ。」
忠正M「彼の顔は怒るでも無く悲しむでも無く、ただ、いつもどおりに笑っていた。」
凡人共「あ、皇くーん!」
路継「あ、はい。今そちらに向かいます。
……では聖上君。また。」
忠正M「彼はそう言って去っていった。」
忠正「・・・・・・・・・・・・なんだこの感じ……。
……満たされなかった。
むしろ……虚無だ……。
……ぁれ……なン力。すこ“〈たィ/世ツna毛ノをなク.(多ヰがス ノレ……。」
(……あれ……なんか、すごくたい、せつなものをなく、したきがする……。)
忠正M「私は何を失ったのか。
きっとそれは彼だ。
彼を失くした影響なのか、すべてが虚ろになってしまったのかもしれない。」
忠正M「それから一ヶ月、私は学校には行かなかった。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
路継「……。」
凡人共「聖上君大丈夫かな?」
路継「元気だと良いですね……。」
~~~~~~~~~~~~~~~
忠正「……俺は何をしてるんだろう…………
生きてるのも億劫だ……何故、俺は生きているんだ……?
そうだ、死のう。生きる意味も生きる価値も生きる理由も無い。
死のう。死のう死のう死のう死のう死のう死のう―」
忠正M「ふと、彼の顔が過る。」
忠正「皇 路継……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
路継「フフフ、なんですか?」
忠正「え……?」
忠正M「彼の声に私の意識は覚醒した。
周りを見ると私の知らない場所で、彼が、皇 道継が大仰な椅子に座して鼻歌を奏でていた。」
忠正「……皇……路継……?」
路継「なんですか?聖上君。」
忠正「君は…………いや、ここはどこなんだ?」
路継「ここは僕の家ですよ。聖上君。」
忠正「皇の……家……。」
忠正M「不覚にも、私は興奮してしまった。
彼の家の中に私が居る、という事実に絶頂しかけたのだ。」
路継「なんでそんなに嬉しそうなんですか?聖上君。」
忠正M「見透かされていた。
この私の心の内を弄(まさぐ)られている様な感覚、気持ち悪い様で気持ちが良い。」
忠正「そ、そんなことより、俺はなんでここにいるんだ……?」
路継「なんで?なんでって、それは聖上君が僕の家を訪ねてきたのでしょう?」
忠正「えぇ……?」
忠正M「全く記憶が無い。どういうことだ……?」
路継「記憶が……無い、ですか……?」
忠正「……!
あ、ああ。」
路継「そうですか……。
そうなんですね……。
君も彼らと一緒なんですね。」
忠正「彼ら……?」
忠正M「ふと、目線を下げる。
………………。
……戦慄した。」
凡人共「皇くぅん……」
凡人共「皇ィ……」
凡人共「路継君……」
忠正M「彼に縋る様に、拝する様に、沢山の人が項垂れていた。」
忠正「なっ……なんだこいつら……!」
路継「こいつら、とは聖上君も薄情ですね……。
元クラスメイトでしょう?」
忠正「……は?」
路継「……ああー、なるほど。
聖上君は彼らと一緒で、それと同時に僕と一緒なんですね。」
忠正「は?……はぁ?
さ、さっきから何を言っているんだ……!?」
路継「はぁー……仕方が無いですね。
教えてさしあげますよ。
さっきの言葉の意味を。」
忠正M「彼は嬉々として目を細め、口角が怪しく上がる。」
路継「まず……ああ、こっちから話した方が良いかな?
改めて、まず、僕と一緒、というのは
聖上君、君には彼らがどう見えます?
きっと皆一緒に見えるでしょう?
僕らにとって彼らに個性もなければ人格も感じられない。
そうでしょう?」
忠正「……。」
路継「そして、彼らと一緒、というのは
君は僕に逆らえない……いいや?魅了されてしまっている、と言うべきでしょうか。」
忠正「魅了……だと……?」
路継「そう、僕はね、“先天的に人を魅了する人間の作製”という好奇心の完成形なんですよ。
と言っても、理解できないですよね。」
忠正「……ああ、理解出来ない。けれど、何故か納得は出来る……。」
路継「それは、とても助かります。
まぁ、せっかくなので少しだけ原理というか、理屈ですが、
“桃娘(タオニャン)”というのを知っていますか?
生まれた時から桃のみを摂取させられ、体臭や体液が桃の様だったと言われています。
汗や血液、排泄物までもが桃の様な味や香りがしていた、と。
そしてその香りが男性を魅了した、と。
ただ、これらはあくまでも都市伝説の範疇ですが。」
忠正「皇は、それの成功例だとでも言いうのか……。」
路継「僕の場合は桃ではありませんし、桃娘は後天的であり僕は先天的ですが、要はそういう事です。」
忠正「……ふざけてるな。」
路継「僕もそう思います。
けれど、事実なんです。
今それを証明しているでしょう?聖上君。
君が僕に夢中なのも、君が僕の事しか考えられないのも、
全部そういう事なんですよ。」
忠正「……ッ。」
忠正M「彼が蠱惑的に笑う。
美しい、可愛い、綺麗、貴い、尊い……彼を称賛する言葉ばかりが頭を支配する。」
路継「だけど……。」
路継「聖上君。君はあの時僕を拒絶した。
先天的に愛されるハズ僕を。本能的に愛さずにはいられないハズの僕を。
どうしてですか……?
どうして僕を拒絶したんですか?」
忠正「へ……」
路継「初めてでした。
“嫌い”だなんて言われたの……。
教えてください……聖上君。何故僕を拒絶したのですか……?」
忠正「……ッ!」
忠正M「やっと見れた。
皇 路嗣の悲しみで歪んだ表情。
……そう、私は、俺は、これが見たかった。
これが見たくて彼を拒絶したのだ。
形容し難い興奮が、絶頂が、俺を包む。」
忠正「フフフ……フハハハハハ……!
それだよ!その表情が見たかったんだ!!
俺はお前の悲痛の顔が見たかったんだよッ!!
そうだ!俺は嫌いだ!お前の事が嫌いだ!皇 路継ッ!!
さあ!見せろ!お前の悪感情をッ!!」
忠正M「欲望、欲情。これが俺の“悪性(あくせい)”。
俺の中に燻っていた本性が剥き出しになる。」
路継「……そうですか。」
忠正「皇……俺は思ったよ。
お前の死に顔がみたい。
お前の死に顔はきっと俺が生きて見てきたどんなものよりも、
綺麗で、愛おしくて、魅惑的なんだろうなァ……。」
路継「……面白いですね。
それが、聖上 忠正君の“愛(きらい)”なんだね。
怪物的ですね。」
忠正「怪物はお互い様だろ。」
路継「そうですね。」
忠正M「彼の方へと足を進める。
彼を殺める為に。
だが、俺の足は止まった。否、止められた。」
忠正「……。」
凡人共「彼を、殺さないで……」
凡人共「皇くんはボクの光なんだ……消さないで……」
忠正「……有象無象の分際で。
そうか、皇には俺もこういう風に見えているのか。」
路継「いいえ。僕はしっかり聖上君を認識しています。
だって僕は聖上君の事、好きですから。」
凡人共「そうだよ……路継は俺たちの事をちゃんと愛してくれてる……」
忠正「……哀れだな。
俺はお前たちに興味は無い。」
路継「知ってますよ。
聖上君は、僕の事しか考えてませんもんね。」
忠正「そうだな。」
路継「ふふふふ……僕たちは愛し合ってます。」
忠正「俺は嫌いだけどな。」
路継「もっと見せてください。君のその卑屈な欲望を、聖上君のおかしくなっていく姿を。」
忠正「ああ、見せてくれ。お前の歪んだ顔を、皇が壊れた先を。」
忠正M「彼の首に手をかける。
細く、白く、美しいその首を締め上げる為に。」
路継「暖かい……。」
忠正「冷たい……。
じゃあな、皇。」
忠正M「俺は力を込める。
その瞬間、視界が暗転した。」
路継「…………あーあ。近付き過ぎたから、ですかね。
おやすみなさい。聖上君。さようなら。聖上君。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
凡人共「……もう何か月も聖上君、学校に来てない……。
心配だな……。」
路継「そうですね……元気だと、良いですけど……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
路継「ただいま戻りました。
皆さん良い子にしてましたか?」
凡人共「皇……」
凡人共「私の光……」
路継「あ、そういうえば、今日忠正君の事を心配してる人がいましたよ。
良かったですね。
忠正君はどうでもいいと思ってたみたいですけど、
周りには忠正君の事を見てくれてる人がいたみたいですよ。」
路継「…………あれ?どれが忠正君でしたっけ……?
……ま、いっか。」
凡人共M「彼は、蠱惑なる我が王は楽し気に鼻歌を奏でる。」
───────────────────────────────────────
END