[台本]うそつき伯爵、喫茶店にて
登場人物
○うそつき伯爵
年齢不詳、男性
街の人々に“うそつき伯爵”と呼ばれる貴族風の格好をした男性。
いつも堂々としており、“伯爵”と呼ばれるだけの立ち振舞いをしている、が、胡散臭い。
彼の言う言葉は嘘となり、事実ではない。
○衝羽根 煌子(つくばね こうこ)
「女性に年齢を聞くのは失礼と記憶したまえ?」、女性
カフェ兼バー『イロハ』の店主。
巷でカッコイイと評判の顔の良い女性で、その心もイケメンそのもの。
うそつき伯爵に好かれてしまい、最近はダウナー気味。
○ロード=サン・ジェルマン
年齢不詳、女性
碩学の頂点にして、最も有名な不老不死者……と都市伝説になっている人物。
博識で知らない事が無いが、それを鼻にかけることは無く、丁寧な口調で話す。
快楽主義者的一面が見られ、飄々と伯爵の事を誂うためだけに現れた。
○虚聞飛鳥馬華蔵閣 一(きょぶんあすまけぞうかく はじめ)
「煌子くん+n」、男性
煌子の大学の先輩。
いつも和服を身にまとっており、軽快に下駄を鳴らしながら歩く。
その発言は常に適当、だが何故か納得できてしまう言い分を必ずくっつけてくる。
誰にとっても、後輩である煌子にとっても不思議で不思議で堪らない存在。謎に弟子を取っている。
うそつき伯爵♂:
衝羽根 煌子♀:
ロード=サン・ジェルマン♀:
虚聞飛鳥馬華蔵閣 一♂:
これより下が台本本編です。
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~カフェ兼バー『イロハ』~
(伯爵、カウンターで珈琲を待つ。煌子、珈琲を淹れている。)
伯爵:やア、諸君。ワタシの名前はヴァーハイツ・ルーグ・ツァイフェル。
人々には“うそつき伯爵”と呼ばれていル……ガ、まあ、今回は関係なイ。
時ニ。
“並行世界”というモノを、考えた事はあるかネ?
……ふんふン。
考えたことが無い……、いやいヤ、考えたことがある筈サ。
例え話ダ。
伯爵:「あア!!昨日のお夕飯!カレーじゃなくて餃子にしておけバ!!」
(煌子、伯爵が唐突に喚き出して無言で驚く。)
伯爵:なんて事、思った事は無いかネ?
うんうン、あるだろうあるだろウ。
そウ、事の大小はどうあレ、“並行世界”という言葉を知っているかどうかも否応無ク、
人は生きていれば考える事があル。
長く生きていれば尚の事、よく考えたりするシ、思い返し悔やんだりすル。
伯爵:「キミはどうだね?マスター?」
煌子:「…………。
すまない伯爵、急に問われても、何を問われたか僕には分からないよ。
え?なんだい?
さっきの、“あア!!昨日のお夕飯!カレーじゃなくて餃子にしておけバ!!”に
対してなにか言えばいいのかい?」
伯爵:「嗚呼、そうだネ、そんなちっちゃな事に対してなにか思えるような部分があったのであれバ、
聞いてみたいガ、そうじゃなくてネ。
ワタシは少し“並行世界”について考えていてネ。」
煌子:「はあ……それはまたどうして。
はい、ユカリヒサスペシャリティブレンド、どうぞ。」
伯爵:「どうモ。
どうしテ……カ。
(珈琲を一口飲む。)
…………ははハ、特に理由は無いヨ。」
伯爵:本当は昨日たまたま書庫の本を整理していたらそれに関する本が出てきたかラ……
だガ、それこそ特に理由も無く嘘を吐いタ。
伯爵:「ただ、思ったのサ。」
煌子:「?」
伯爵:「例えバ、ワタシたちが別の人で……
そうさナ……
ワタシは偽りの爵位を持った侮蔑される男ではなク、ただの青年デ、
マスターも喫茶店で珈琲を淹れるキミではなク、普通の会社員の女性デ……
だガ、こういう場所を借りて観客の前でお芝居をしているのかもしれなイ……とネ。」
煌子:「いやいや、それってどういう状況なんだい。
僕らが今の生き方意外をしているのはまだしも、そんな妙な状況早々無いでしょう。」
伯爵:「さて、本当にそうかナ?」
(伯爵、煌子にズイっと寄る。)
煌子:「な、なんなのさ……。」
伯爵:「……。」
煌子:「……ま、まさか……」
伯爵:「まさカ、そんな妙ちきりんな状況ある訳が無いだろうヨ。」
煌子:「……。(がっくり)
なんなんだい、全く。
本当に、どうしたのさ、急に。」
伯爵:「……。
ふふフ、別ニ、他意はないヨ。
だガ、人は自分の知覚したモノこそを真実だと思いたがル。
往々にしてそういうモノだかラ、どうしようもないのだけれどもネ。
もしかしたラ、もしかするかもヨ?」
煌子:「なにそれ……ま、いいや。それで、どう?
僕の淹れた珈琲は。」
伯爵:「ン?あア、いつにも増して芳しくテ、ワタシ好みだヨ。」
伯爵:「いやはヤ、ここは素晴らしイ。
ワタシが言った事が嘘にならなイ。
どういった理屈かは知らないけれどモ、とにかく助かるヨ。」
煌子:「ははは、それは良かったよ。
けど、嘘つきで嫌われ者の君がいるおかげでお店はがらんどうだけどね。」
伯爵:「何を言ウ。ワタシが居るからがらんどうではないじゃないカ。」
煌子:「ああ言えばこういう……ま、楽だから良いのだけどね。」
伯爵:「それニ、ダ。
お客さんはワタシ以外にもいるじゃないカ。」
煌子:「え?」
(カランカラン、と店の扉が開く。)
煌子:「あ、いらっしゃいませ!」
(一とサン・ジェルマンが入ってくる。)
一:「やあ衝羽根(つくばね)くん。息災かね。」
煌子:「おや、先輩珍しいですね。
しかも、人を連れてだなんて。」
伯爵:「おやおヤ、ロード=サン・ジェルマンじゃないカ。」
ロード:「ん?あらあら、ツァイフェル子爵じゃないですか。」
伯爵:「今は伯爵をやらせて頂いてるヨ。」
煌子:「お二人は知り合いなんですね。」
伯爵:「いやいヤ、そんな事はないヨ。」
煌子:「え?」
ロード:「我々は有名人故、彼に知られているし、彼もこの街では有名人だから我々も知っているのだ。
ただそれだけだよ。」
煌子:「我々?」
一:「サン・ジェルマン殿の一人称だ。
気にする事はない。」
煌子:「は、はあ……
ところで、先輩たちはどうしてこちらへ?」
一:「ん?はっはっは、面白い事を聞くではないか。
ここは喫茶店であろう?
喫茶店に来てやることと言えば茶を飲みに来た以外になかろうよ。」
ロード:「我々は不老不死なので、
霊薬を口にする他は、食事は必要ないですよ、と言ったのだが、こちらの御仁が──」
一:「腹は減らずとも食す事も飲む事自体はできるだろうよ、
なに、茶を嗜むのは英国紳士の習慣であろう。
さあ、入った入った。」
ロード:「──と、なし崩しに入店したワケであります。
……我々、別に英国紳士ではないのですけどね。」
煌子:「あっはっは……先輩は相変わらずですね……
……それでは、ご注文、いかがなさいますか。」
(サン・ジェルマン、メニューを眺める)
ロード:「ふむ……では我々は、このイロハオリジナルブレンドというのをお願いします。」
一:「私は抹茶を頼む。」
煌子:「かしこまりました。」
伯爵:「……にしてモ、
ロード=サン・ジェルマンと虚聞飛鳥馬華蔵閣(きょぶんあすまけぞうかく)君が
一緒とハ、面白い組み合わせだネ。
どういった経緯で?」
ロード:「この男、そんな難々長々(なんなんちょうちょう)とした名前だったのですか。」
煌子:「難々長々(なんなんちょうちょう)って始めて聞いたんですけど。」
一:「なに、経緯という程の経緯があった訳では無い。
私が町を歩いていたら反対側の道にサン・ジェルマン殿が居たのだ。
一目見て“やや!あの御方はもしやもしやかの有名な都市伝説人間、
様々な分野において才能を発揮する天才、サン・ジェルマン伯爵ではないか!”
と、声をかけた次第だ。」
ロード:「まあ、そういうところです。
して、うそつき卿。」
伯爵:「ン?なにかネ。」
ロード:「何を話していたのですか。
我々は貴方の話が聞きたくて仕方が無いのです。」
伯爵:「はテ、何を話していたかナ。」
煌子:「えっと、“並行世界”に関して……でしたっけ。」
伯爵:「あア、そうだそうダ、せっかくダ、
君たちからも話を聞こうかナ。」
一:「並行世界……ふむ、並行宇宙、代替宇宙、“ぱられるわぁるど”と呼ばれる物か。
うむ、良いであろう。
茶を待つまでの時間潰しとしよう。」
ロード:「Ifについてどう考えているか、ですか。
なんというべきか、それを我々に聞くのか、という感じではありますね
。」
煌子:「と言うと?」
ロード:「……店主は我々の事を、“サン・ジェルマン伯爵”について、知っていますか?」
煌子:「いや……知らないですけど。」
ロード:「そうですか。それはそうですよね。
このお二方は我々を有名人と言ってらっしゃいましたが、そんな筈が無いのですから。」
伯爵:「いやいヤ、謙遜する事はなイ、ロード=サン・ジェルマン。」
一:「そうとも、貴女は知識の頂上に立つ人だ。人類史上最高最大最優の碩学の使徒であろうよ。」
ロード:「ふむ、そこなのですよ。
我々が何故そう呼ばれるのか、そう呼ばれるような功績をあげられたのか、
その秘密こそが今回伯爵が考えていた“並行世界”に解があります。」
伯爵:「ほウ、それは興味深イ。」
一:「……。」
ロード:「さて、我々について店主の為に簡単な説明をします。
世間において、我々は不老不死であり、
錬金術、化学を筆頭に様々な分野において深い理解を持っている……といった感じでしょうか。」
煌子:「華麗にスルーしてたけどそういえば、不老不死なんですね。」
ロード:「そう、我々は不老不死なのです。
まあ、些か事情は違いますが、そういう事です。」
一:「ほいで、その不老不死や天才性と並行世界、どういう関係があるのだね。」
ロード:「結論から言います。
我々が一番初めに理解したのは“並行世界の自分を鑑賞し干渉する”事なのです。」
一:「……。」
伯爵:「……。」
煌子:「……一切分からない。」
ロード:「うふふふっ、そうでしょうね。
ルイくんやソロモンさんもそう言ってました。」
一:「まあ、私は一から十、全て分からぬというワケでは無い。
無いが、それは飽くまでも“知識”に対しての解しか見えない。」
煌子:「え?そうなんですか?」
伯爵:「そうさなァ……さっきワタシたちの例でも話しタ……」
煌子:「あー、もしも僕が僕じゃない僕で君が君じゃない君だったらって話かい。」
伯爵:「そウ、その可能性の自分の経験と知識があるのダ。
そうするト、ダ。
様々な可能性の自分の経験を追体験出来るのであれバ、
それは膨大な知識量となるだろうナ。」
煌子:「お…………おお……
…………おお……?」
一:「はっはっはっはっ!
ツクバネくん良い感じに混乱しておるな!
うむうむ、こうなると思っていたが、いやはや、想像通り想定通りの反応も良いモノだ!」
煌子:「ク……ッ!!」
ロード:「まあ、そういうものでしょう。」
伯爵:「だが結局分からないままダ。
知識に対しては合点がいくガ、不老不死に関してはどうなのダ?」
ロード:「それに関しても、話しましょう。」
(サン・ジェルマン、伯爵をジっと見る。)
伯爵:「……ン?ワタシの顔に何かついているかネ?」
ロード:「ふふっ」
伯爵:「?」
ロード:「こほんっ。──時に、」(うそつき伯爵を真似て)
伯爵:「スゥーーーーーーーーーーーーーー……おヤ?」
ロード:「──“マンデラエフェクト”、というのを知っていますか。」
一:「…………。」(ニヤニヤとしながら煌子を眺めている。)
煌子:「先輩の期待通り、知らないですからね。」
一:「うんうんそうであろうそうであろう」(満足そうに)
煌子:「お待たせしました、イロハオリジナルブレンドと抹茶です。」
一:「おおーかたじけない。」
ロード:「ありがとうございます。
……。(一口飲む。)
……ふぅー……ふふっ、良い感じに苦味が喉奥に居座っている感じ、
思いの外、良いですね。」
煌子:「恐縮です。
それで……」
伯爵:「マンデラエフェクトについテ、だロ?
よろしイ!ワタシから軽く解説しよウ!!」
ロード:「やけに張り切り気味ですね。」
一:「男とは往々にしてそういうモノだ。」
ロード:「そうですか。」
伯爵:「さテ、マンデラエフェクトとは、
不特定多数の人々が事実とは違う記憶を有し、共有している事象のネットスラング、
或いはその原因を超常現象や陰謀論として解釈する都市伝説の総称ダ。
名前の由来は割愛するガ、
一説には、パラレルワールド、つまり並行世界との関係が示唆されているのだヨ。」
一:「まあ、マンデラエフェクト、効果などと如何にも学術的な空気を醸し出しているが、
先ほど伯爵殿が言っていた通りネットスラングだ。
詰まるところ、
所詮はネットの普及によって蔓延したミーム、空想科学に過ぎない……が、
サン・ジェルマン殿がそれを言葉にするという事は、そういう事であろうな。」
煌子:「そういう事?」
ロード:「空想科学ではない、という事です。
勿論、我々が利用しはじめた頃に“マンデラエフェクト”という名前ではありせんでしたが。
並行世界の記憶の混線、混在が影響しています。」
煌子:「な、なるほど。」
一:「それで、そのマンデラエフェクトとサン・ジェルマン殿の不老不死、何の関係があるのだ?」
ロード:「我々の功績は、マンデラエフェクト、つまり並行世界との混線、混在による物です。」
一:「ふむ……話が見えてこないな。」
伯爵:「……。」
ロード:「どうやら卿はお気づきの様で。」
伯爵:「まあネ、色々と納得していた所だヨ。
君、一人じゃなかったのだネ。」
煌子:「え?」
一:「…………そうか、故に、“我々”……か。」
煌子:「ん?」
ロード:「その通りです。
流石うそつき伯爵、ゲーテくんに優らずとも劣らない頭の持ち主ですね。
ふふふっ、貴方はやはり虚栄の人ではないのですね。」
伯爵:「何、この空間のおかげだヨ。」
煌子:「スゥーーーーーーーーーーーーーー……あのー……僕、何もわかんないデスケド。」
ロード:「おっと、これは失礼しました。
我々の知識はこの世界の我々のだけではないのはお話しましたよね。」
煌子:「はい、それは、とりあえず、理解した体でいます。」
ロード:「確かに知識は我々の物ですし、功績も我々の物です。
ですが、その功績は“わたし”の世界で成した功績だけではないのです。」
煌子:「……ん?」
ロード:「つまり、我々の功績の数々は人々が他の並行世界線上で成したモノを
自分たちの世界線上でも成されたモノだと混線、混在したモノなのです。」
煌子:「……………………あ、ああ~~~~~……
なるほど。」
ロード:「ご理解頂けましたか。」
煌子:「はい、理解した体で行きます。」
ロード:「…………分かりました。」
一:「いやはや恐ろしい話だ。
横軸、つまり並行世界線上に必ずサン・ジェルマン殿が存在し、
縦軸、つまりどの時間軸にも必ずサン・ジェルマン殿が存在しているという事であるからな。」
伯爵:「しかシ、その仕組みであると自ずと今話しているロードと
過去に存在したロードは厳密には別の個体であるという事になるガ……
ロード=サン・ジェルマン、君は何代目になるのだネ?」
ロード:「我々は別に襲名制では無いのであれですが、
敢えて言うのであれば、1578245代目、ですかね。」(157万8245代目)
煌子:「ひゃくごじゅうななまん……」
伯爵:「一日替リ……」
一:「ほう……日毎に違うのか。
そうすると、性別も日替わりなのかね?」
ロード:「いいえ、特にそういった法則性はなかったかと……
年齢の方も実はばらばらなんですけども、
そこはまあ、詳しく調べられない限りは気付かれませんからね。」
一:「なるほどなるほど、面白い仕組みだ。
横の繋がり、横の記憶を維持出来るからこその埒外(らちがい)異端技術といった所か。」
伯爵:「そうだナ、“並行世界の自分を鑑賞し干渉する”、と平然と言ってのけたガ、
果たしてそれはワタシたちに出来る事なのだろうカ。」
一:「まあ、案外出来る、否、起きてしまう事なのやもしれんな。」
煌子:「?」
一:「サン・ジェルマン殿、その“並行世界の自分を鑑賞し干渉する”というの、
私にも享受させてはくれんかね。」
煌子:「いやいや、こんな凄いこと簡単に教えてくれるわけがないじゃないか。」
ロード:「いいとも。」
煌子:「良いんですか!?」
ロード:「ええ、一緒に並行世界航海者になりましょう。
ちょっとお耳を貸してもらえます?」
一:「ああ、構わないともちょっとと言わずに四、五個くらい貸そう。」
(一、サン・ジェルマンに耳を貸す。)
ロード:「実はですねー……
こしょこしょこしょ……」(小声)
一:「ふむふむ。」
ロード:「こしょこしょ、こしょ……」(小声)
一:「ほうほう……!」
ロード:「こしょ、こしょしょしょしょ……」(小声)
一:「なるほどなるほど、こしょこしょか。」
ロード:「こしょしょ、こしょしょのしょ……」(小声)
一:「なんと、そんな事が!」
ロード:「……と、いう仕組みです。」
一:「なるほど!分かった!!」
煌子:「え!先輩分かったんですか!」
一:「うむ、全然わからんという事が分かった!!」
煌子:「ははは……」
一:「まあ、かのソロモン王やゲーテ、アインシュタインさえも分かるようで分からなかったのだ。
私の様な若輩に分かるはずもなかろうよ。」
煌子:「まあ、それもそうですね。」
一:「茶番はこれくらいで良いだろうよ。
さて──」
(一、体勢を整え、不敵にうそつき伯爵の目を見つめる。)
一:「閑話休題。それはさておき。ともかく、だ。
うそつき伯爵殿。」
伯爵:「どうしたのかネ。キョブンアスマケゾウカク君。」
一:「何故(なにゆえ)、伯爵殿は並行世界の事を考えていたのだ?」
伯爵:「……。」
ロード:「ふふっ……」
煌子:「……?
えーっと、確か……──」
伯爵:「?」
煌子:「──“昨日たまたま書庫の本を整理していたらそれに関する本が出てきたかラ”、だったかな。」
伯爵:「なニ……?」
煌子:「え……?」
伯爵:確かにそうダ。
だガ、ワタシは彼女に伝えなかった筈ではなかったカ……?
いや伝えたかナ……?
ロード:「その本とやらは持ってきていないのですか。」
伯爵:「ン?
持ってきていないナ。」
伯爵:嘘ダ。持ってきていル。
何しロ、この本をこの店のマスター、衝羽根 煌子(つくばね こうこ)君に貸そうと思っテ、
次にこの店を訪れた時の会話のネタとしテ、はたまた距離を縮める第一歩としテ、
まずは本を貸す為にこの話題を振ったのダ。
持ってきていない訳が無イ。
伯爵:想定としては──
煌子:『わー、へーこーせかい、ぱられるわーるどー、きになるー
もっとしりたーい』
伯爵:『そうかそうカ。
おっトォ、ちょうどワタシのコートの内ポケットにその類いの話の本ガー!』
煌子:『えぇー、ぼくすごくきになるなー、はくしゃくーかしてー』
伯爵:『あア!構わないとモ!代わりと言ってはなんだガ、今度、一緒にディナーでモ……』
煌子:『きゃーすてきー』
伯爵:『はっはっはっはっはっはっハーーー!』
伯爵:──ト、なる算段だっタ……
伯爵:ガ……
(伯爵、サン・ジェルマンの方を見る。)
伯爵:「…………。」
ロード:「んふふっ、どうしたんだい。」
伯爵:だガ、ロード=サン・ジェルマン……
彼女と並行世界がこんなにまで密接な関係だったとハ……
こんな話の後ではワタシの持っている本の内容では薄味過ぎル……
出せるわけが無いだロ!!
だってあっちの方が面白いんだかラ!!
伯爵:「いいヤ……なんでモ……」
一:「うむ、ご馳走様だ。
ツクバネくん、結構なお手前であった。」
煌子:「それはそれは、恐れ入ります。」
伯爵:「おヤ、帰るのかネ?」
一:「うむ、私はこれにてお暇させて頂こう。
ツクバネくん、これ、勘定だ。」
煌子:「あ、はい、丁度、お預かり致します。」
一:「ああ、ところでうそつき伯爵殿。」
伯爵:「……。」
一:「伯爵殿が飲んでおられる珈琲……
確か……“ゆかりひさすぺしゃりてぃぶれんど”と言ったか。
それ、本当にあるのかね?」
伯爵:「……?
ふム。言っている意味が分からないナ。
この店の看板珈琲であろうヨ。」
ロード:「うふふっ。
人は往々にして、自分の知覚したモノこそを真実だと思いたがるものですからね。」
伯爵:「……っ?」
一:「ではな。」
(一、 去る。)
伯爵:「マッ、待ちたまエ!」
ロード:「ふふふっ、このお話──」
伯爵:「──ッ!」
ロード:「このお話のメインは我々だと思いましたか?」
伯爵:「ッ?……ナ、何の話ダ……」
ロード:「いえ、こちらの話です。
いいえ、違いますね。あちらの話、というべきでしょうか。(周りを見渡す。)
もしも考える暇がありましたら、どこから違うのか、考えてみてくださいね。」
伯爵:「ロード=サン・ジェルマン……何かしたのカ……?」
ロード:「いいえ、我々は何も。
一つ、ヒントの様なモノを。
演劇における、いいえ、創作物においてのスターシステムを知っていますか。」
伯爵:「スターシステム……?
同じ人物が様々な作品、異なる作品中に様々な役柄で
登場させる表現スタイル……の事カ……?」
ロード:「ええ、それです。
それって、お芝居って、まるで“並行世界をカンショウしている様”……ですね。」
伯爵:「…………?」
ロード:「ふふふっ、では、我々も去ります。
うそつき伯爵、ヴァーハイツくん。
次にお目見えになる時を、心よりお待ちしております。
うふふ、きみとはまた会えそうで嬉しいよ。またね。」
伯爵:「ア、あア……」
(サン・ジェルマン、去る。)
伯爵:「……なんなのダ。あの二人。」
間。
伯爵:「……。」
(伯爵、少し考える。)
伯爵:「……ほウ、いやはヤ、そういう事かネ。」
間。
伯爵:「マスター。」
煌子:「ん?なんだい。」
伯爵:「閑話休題ダ。
何故、ワタシが君に並行世界だのの話をしたのカ、ダ。」
煌子:「……。」
伯爵:「もしモ、他の可能性があるのであれバ、
君はこれまでの後悔を捨てて旅立つかイ。」
煌子:「ははは、愚問だね。」
伯爵:「……。」
煌子:「答えはNOだ。
自業自得ながら、かなり失敗し、後悔を重ねてきた自覚は多分にある。
けどね、ボクはその自業で得られた大切なモノがあるんだよ。」
伯爵:「……フフフ、流石だナ。」
(伯爵、カウンターの方を見るが、煌子が居ない。)
伯爵:「デ、あれバ……。」
(周りを見渡す)
伯爵:「諸君!今回の舞台はどうだっただろうカ!
些か不透明な会話劇の数々だったガ……
それでモ、そうだったとしてモ、君達にとっテ、良い時間だったのであれば僥倖ダ!」
伯爵:「ではでハ、ワタシもこれにて終幕としよウ!
最後ニ──」
伯爵:「ワタシの名ハ、うそつき伯爵!
ワタシの言ノ葉は嘘となり、事実ではない。
世界が事実を嘘と上書きする機構。
もし良かったラ、諸君らも暇であれば考えてみてくレ。
どこから上書きされたのかヲ……」
伯爵:「“人は往々にしテ、自分の知覚したモノこそを真実だと思いたがるもノ“……カ。」
伯爵:「でハ、さようなラ。」
(暗転)
(明転)
(煌子が一人、カウンターで洗い物をしている。)
煌子:「……。」
(カランカラン。)
煌子:「いらっしゃいませ。」
───────────────────────────────────────
END