[台本]私の先輩は変わった人だ。
登場人物
○私
学生、性別不問
主人公。不思議な先輩を持ち、“アマネ”という人物に対して恋心を抱いている。
○先輩
学生、性別不問
私の先輩。私にとって不思議で不思議で堪らない存在。謎に弟子を取っている。
私 不問:
先輩 不問:
これより下から台本本編です。
───────────────────────────────────────
私:私の先輩は変わった人だ。
いや、かなり変わった人だ。
どこら辺が変わっているかというと、もうその存在自体が変わっている。
まず第一の奇妙。
先輩:「やあ、今日も難しい顔をしているね。」
私:諸君らは何も奇妙には思わないかもしれないが、私には変わっていて奇妙で仕方が無い。
信じがたい事だが、先輩は、いや、先輩の性別は日替わりなのだ。
例えば今週の月曜日は男、火曜日は女、水曜日は男、女、男、女、男、女……、と
日毎に性別が変わるのだ。
先輩:「なんだね。そんなに私のことを睨んで。」
私:「今日の先輩は男(或いは女)ですか。」
先輩:「ハハ、今日も君は妙ちきりんな事を言う。
私はいつもそうだよ。」
私:こうやっていつも先輩はとぼける。
しかし、先輩は本当に性別が変わっているのだ。
これは精神的な話などでは断じてない。物理的に、身体的に、変わっているのだ。
ある日、私は先輩の身体を触らせてもらった事がある。
最初は失礼かと思い、この欲求に蓋をしていたが、気になりに気になってしまい、
挙げ句の果てに夜も眠れず寝不足になってしまう程に気になった結果、
気が付いたら先輩に対し頭を地に擦りつけて伏しながら頼んでいたのだ。
先輩:「嗚呼、それくらい構わないとも。」
私:先輩の返答はあっけらかんとしていた。
それはともかく。
先輩の身体はまさしく本物であった。
男の日は男。女の日は女。
しっかりと付いていたし、付いていなかった。
雌雄同体というワケではなく、日毎にしっかり違うのである。
先輩:「全く、君ってやつは大胆な人間だ。」
私:「アンタがそれ言うのか。」
先輩:「ハハ、だって、そうだろう?
私はただ上下の装いを開(はだ)けさせているだけだ。
だが君はどうだ。
私の身体を凝視し、弄(まさぐ)っている。
どちらが大胆だと思う。」
私:「だとしてもアンタの方が私よりも大胆だね。
私がそう思うからそうなのだ。」
先輩:「いやはや、君のその不遜な態度、ヒロツグくんも学んで欲しいものだ。
君の爪の垢を……いや、そんな事をして私の可愛い弟子が君の様によくしかめる様になっては堪らない。
よしておこう。」
私:「……。」
私:第二の奇妙。先輩は弟子を取っている。
一体この人は何の師匠なのだろうか。
こんな感じの人だが、いや、こんな感じの人だからだろうか、
先輩は多才だ。
その多才さ故に、複数の弟子を取っている、と思っていたがそういうわけではないらしい。
先輩:「何を言う。私の弟子はヒロツグくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもない。」
私:だが先週の月曜日。
先輩:「何を言う。私の弟子はカナデくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもない。」
私:先週の火曜日。
先輩:「何を言う。私の弟子はユウタくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもない。」
私:先週の水曜日。
先輩:「何を言う。私の弟子はヴァーンズインくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもない。」
私:いや最後の人は何処の国の人なのだとツッコミを入れた記憶があるが、まぁそれは良い。
この様に、日毎に弟子が変わっているのだ。
しかも前日、前々日の弟子の事を全く記憶に無いという様子でとぼける。
これに関しては変わっているというよりは薄情でしかないが、
性別すら変わる先輩故、私は道徳的感性を考えない事とした。
先輩:「全く、君は酷い事を言う。
本当に知らないんだから仕様が無いではないか。
はて、カナデくんもユウタくんもヴァーンズインくんも私は聞いた事が無い。
というか、ヴァーンズインって、何処の国の人だね?」
私:「先輩はドイツと言ってましたよ。」
先輩:「はあ、独逸(ドイツ)かぁ。
彼処は良い国だったなぁ。彼処に行ったのは何年前だったか、まぁ、覚えてないが良い国であったな。」
私:なんとも内容が無い思い出話だ。
さて、そんな先輩と私が知り合いになったのはいつだったか。
ほんの少しだけ、記憶を反芻する。
先輩:「やあ、何をしているんだい。」
私:確か、一年前か、二年前か、三年前か。正しく記憶していたワケではないが、
教室の隅っこで読書を嗜むフリをするのが日課の私に話しかけてきて、
無視をしても付いて来て、飽きもせず、こんな私を付け回す。
しかし、その存在はまるで幽霊の様で、軽やかに揺蕩う様に私の目の前に現れる。
だが私は、この人が私の先輩であること以外知らないのだ。
先輩の周りには詳しくなろうとも、先輩に関しては、先輩であるということだけ。
不思議な人だ。
でも、先輩にこんな話をすると、先輩は決まって、
先輩:「ハハ、私が不思議なのではない。
周りが不思議なのだよ。周りが変わっているのだ。」
私:、と言うのだ。
……私の先輩は変わった人だ。
先輩:「閑話休題。それはさておき。ともかく、だ。
私の事なんぞ君にとってはどうでも良い事だろう。
君が私の元へ訪れる時、つまり、私が君にちょっかいを出しに行く時以外で
私と君が顔を合わせる時にする話題。それを今回は一切喋っていないじゃないか。
さあ、なんでも聞いてみると良い。話してみると良い。
今日もアマネ殿に関して何か聞いてみたい事、話したい事があるのだろう?」
私:アマネ殿、つまりアマネさんというのは私が数年前から恋焦がれ、片思いしている相手の名だ。
アマネさんは素晴らしい人だ。優しく、強く、美しい。
最高の人類だと私は思っている。そんな最高の人類アマネさんとこの先輩が古くからの学友らしく、
私はアマネさんの事をよく先輩に聞きに来ている。
先輩:「ハハ、君は中々どうしてこう一途でいられるものなのか。
確かにアマネ殿は端正な顔立ちで男女ともに、いや老若男女、貴賎群衆に好かれるが、
君ほど熱烈にすとぉかぁしてる人は中々居ない。」
私:「うるさい黙れ。
私は断じてストーカー行為などしていない。
ただアマネさんに気付かれず、後ろを着いていっているだけだ。」
先輩:「往々にして悪意無き己の行動の悪性というものは自ずとは気付かないものだが、
ここまでくると清々しいまである。
アマネ殿の旧友で親友たる私は心配で心配で仕方が無いが、君なら、まぁ、万が一という事もなかろう。」
私:「なんだ。先輩は私の事を馬鹿にしているのか。」
先輩:「馬鹿になどしていない。面白いと思っているだけだ。」
私:「ハッ、人はそれを馬鹿にしているというのです。
それでだ。アマネさんは何が趣味なのですか。私はそれが知りたくて知りたくて寝不足なのです。」
先輩:「君はいつも寝不足じゃないか。
……ふむ、そうだな、アマネ殿の趣味か。
君が私に色々と尋ねるようになってからこんな普通の事を聞かれるとは思わなかった。
先日は確か、“乳歯は幾つまで残っていたか”だったか。
あんなもの何の役に立つというのだ?」
私:「はぁ?私はそんな事を聞いた覚えは無いぞ。
やめたまえ。私はそんなマイノリティ且つマニアックな話題をする変態性は持ち合わせていない。
だが、幾つまで残っていたのですか。」
先輩:「13歳頃までだ。」
私:「おや、思いの外遅くまで残っていたのですな。それは可愛らしい限り。」
先輩:「そして趣味だが、私にもよく分からない。
アマネ殿は私とは違い多彩な趣味を持っている上に多才故な。
文武両道(ぶんぶりょうどう)、
有智高才(うちこうさい)、
秀外恵中(しゅうがいけいちゅう)、
十全十美(じゅうぜんじゅうび)、
蓋世之才(がいせいのさい)、
アマネ殿を称賛する言葉はまだまだ足らないらしいな。」
私:「そうでしょうそうでしょう。
アマネさんは素晴らしい、素晴らしすぎる人だ。」
先輩:「先に挙げた言葉は全て君からの言葉だがな。」
私:「そうですか。流石私ですね。
言った覚えは無いがどれも納得出来るものばかりだ。」
先輩:「そうかい。君はアマネ殿の事を崇拝している様だね。
ところで、だ。私はアマネ殿とは確かに古くからの友人だが、どうにも分からない事がある。
アマネ殿は……いや、まぁ、気にしないでおこう。」
私:「なんですか急に。ですが気にしないようにしておきます。
しかし、そうか。多芸多才故に趣味の特定は不可……いやはや、先輩は役に立たない。」
先輩:「ハハハ、酷い言われようだ。
しかしそうだ。あれの趣味は分からないが、あれが嫌いなモノというのが一つだけある。」
私:「何?あの優しくマリアナ海溝よりも深い器を持っているアマネさんにか?」
先輩:「ああ、そのアマネ殿が、だ。
アマネ殿は料理するのも料理を振舞われるのも嫌いなのだ。
先に言っておくが、君の思っている様に、あれは料理などお茶の子さいさいだよ。」
私:「それは当然だろう。
だがしかし、何故料理をするのも振舞われるのも嫌いなのですか。」
先輩:「曰く、アマネ殿は死ぬ程潔癖症らしいのだ。
私はその場にいたわけでは無い故、詳しい事は知らないが、
アマネ殿に料理を振舞った御仁が居たそうな。
その御仁はアマネ殿にボッッッッッッッッッッコボコにされたらしい。」
私:「……は?それは誠の話か?」
先輩:「分からん。
だがアマネ殿は確かに潔癖症の気はある。
それに料理をしている所も振舞われている所も見たことが無い。
ま、少なくともあれの前で料理という単語は発さないに越したことは無いだろう。」
私:「ふむふむ、それはそうだな。
私もアマネさんにボッッッッッッッッッッコボコにされてみたいと些かだが思ったが、
決して嫌われたいわけではないからな。
うむ、アマネさんの前でその話はしないようにしよう。」
先輩:「うんうん、そうするのが丸いだろう。
適当な事を言った私であったが、まぁ、良いだろう。」
私:「は?今何といったか先輩。」
先輩:「昨日の夕飯は何にしようかと思案していたのだ。」
私:「もう過ぎた飯のことなんぞ考えるだけ無駄だろうよ。
聞き逃さなかったぞ。適当な事、と言ったか。
アマネさんの事に関して嘘を吐いたのか。」
先輩:「偏(ひとえ)に嘘を吐いたというワケではなかろうよ。
私はただ適当を言っただけで嘘を言ったワケではない。」
私:「一体全体何が違うと言うのか。」
先輩:「何もかも違う。一から十、いや百、いや千まで違う。
嘘というのは事実とは違う事を言う事である。
適当というのは“適した本当”と書いて適当なのだ。」
私:「は?そんな事聞いた事無いぞ。」
先輩:「そりゃそうだ。
これは六法全書に書かれている事柄だからな。
君は六法全書を読んだことがあるかね?」
私:「……無いが。」
先輩:「そうであろうそうであろう。
適当の“適した本当”という意味は広辞苑にすら載っていないからな。
ちなみに、六法全書は持っているかね?」
私:「……いや、持ってないが。」
先輩:「そうかそうか。
であれば今度私が六法全書を君にやろう。
あれは良いものだ。心が洗われるし、とても泣けるのだ。
読書を嗜むフリをする君にはぴったりだろうよ。」
私:「は、はあ……まぁ、貰えるのであれば貰っておこう。
何よりも六法全書はよく聞くしな。
おや?確か六法全書って……」
先輩:「ああ、そういえばアマネ殿の好きな物を思い出したぞ。」
私:「何!?それはなんだ!教えてくれ!教えてください先輩!」
先輩:「うむうむ、教えてやろう。
アマネ殿は猫がとても大好きなのだ。」
私:「ほう、それはなんだかんだで聞いた事が無かったな。
さあ、話を続けてください先輩。」
先輩:「アマネ殿はとても猫が好きなのだが、
どれくらい好きなのかというと、食べてしまうくらい好きらしい。」
私:「それは物理的にか。」
先輩:「勿論物理的だとも。
アマネ殿は食す事が愛の最大値だと言っていたな。
愛するが故に食すのだと。
愛するモノが己の血となり肉になる事こそがアマネにとっての愛情表現。
アマネ殿の愛の形だそうだ。
これはアマネ殿自身の口から出た言葉故、嘘ではない。」
私:「…………。」
先輩:「どうした。
何故君は黙っている。これがアマネ殿の等身大であり──」
私:「流石だ。」
先輩:「ほう。」
私:「食にこそ愛を説くその感性はまさに神仏のそれではないか。
やはり私が愛してしまったアマネさんという人間は素晴らしい。
この様な考え方を常人に出来ようか、否。否だ。」
先輩:「……。」
私:「嗚呼。嗚呼。嗚呼。なんと神々しい。
いやいや神々しいなどという言葉では足らない。
何故神には神々しいという言葉があるというのに仏には“神々しい”に値する言葉が無いのか。
そして何よりもアマネさんにもそういう言葉が無い事が歯痒く筆舌に尽くしがたい。
先輩何故だと思う?私には疑問で疑問で仕方が無い。」
先輩:こうなってしまった私の後輩はもう止まらない。
さて、きっと私の後輩視点で私を見ている諸君らは私が如何に変わっているか、
如何に可笑しいかをこれのモノローグと共に表面上は理解しているだろう。
だが、いや故に、敢えて言わせてもらおう。
先輩:閑話休題。それはさておき。ともかく、だ。
私の後輩は変わった人である。
いいや、かなり変わった人だ。
どこら辺が変わっているかというと、もうその存在自体が変わっている。
まず第一の奇妙……は、今目の当たりにしただろう。
私:「嗚呼、愛故に己が身に取り込まれる猫共が羨ましく恨めしい。」
先輩:諸君らも奇妙に思うだろう。アマネ殿に対しての全肯定的発言。
カルト宗教の信者さながらの熱狂ぶり。
後輩が何故こうなったのか、私は知らない。
そも後輩の事はこれ以外知らない。私が知っているのは後輩がアマネ殿を好いているという事だけ。
不気味な人だ。
私:「いっそのこと!私は猫に生まれ変わりたい!」
先輩:さて、この後輩は私の奇妙な事を幾つまで言っただろうか。
分からないので、とりあえず第二の奇妙。
興味深い事に、後輩は、いや、後輩の性別は日替わりなのだ。
例えば今週の月曜日は女、火曜日は男、水曜日は女、男、女、男、女、男……、と
日毎に性別が変わるのだ。
私:「いやはや、きっと並行世界線にて猫である私がいるのであれば入れ替わりたい物だ。」
先輩:そう、この後輩は並行宇宙を移動しているのだ。無自覚に。
恐ろしく鈍感に。
些か、いや大変信じがたいと思うが、多分間違いは無い。
後輩は毎日、別の並行宇宙の自分と入れ替わっている。
どうやってかは知らない。私の知る由も無い。
だが事実、そうなっているのだから信じるしかない。
これは嘘でも適当でも六法全書に記されていない“適した本当”でも無く事実だ。
私:「ん。なんですか私の顔をそんなマジマジと見て。」
先輩:「いやなに、昨日の君の夕飯は餃子だったかな、と考えいてな。」
私:「は?妙ちきりんな事をおっしゃる。ですが合ってますよ。
何より、先輩に餃子にしなさいと言われたのですから間違ってるはずもありません。」
先輩:よく出来た話だ。
私と後輩の性別や趣味等は違うというのにそれ以外はてんで違いは無いというのだ。
だがどうだろう。これで合点がいったのではないだろうか。
後輩目線で私の性別が違う事、多才であり日毎に違う弟子を取っている矛盾の答えが。
そう、私が不思議なのではない。私の周りが、詳しく言うのであれば後輩が不思議なのだ。
あれが“変わっているのだ”。
先輩:「ハハ、君は本当に面白いな。」
私:「なんだ藪から棒に。」
先輩:「心の底で思っている事をそのまま言葉にしたまでだ。
君は私を飽きさせない。
玩具箱の様な人間だと思っただけである。
いやはや、やはり君の爪の垢を頂いてそのままヒロツグくんに食べさせようか。」
私:「おえ。
なんとも気持ちの悪い提案なのだろうか。
先輩の今日の弟子が可哀想でならない。」
先輩:「今日のとはなんだ。
私の弟子はヒロツグくんただ一人だよ。それ以上弟子を取るつもりもないし手放す気もない。」
私:「ハハハ、そうですか。
いやはや、やはり私の先輩は変わった人だ。」
───────────────────────────────────────
END