[台本]相思相愛
人に下らないと吐き捨てられたとしても、それは違うと否定されたとしても、気持ち悪いと侮蔑されたとしても、これは愛の物語。
二人は間違いなく、どうしようもなく、相思相愛だった。
〇登場人物(男:1・女:1)
・九重 優太(ここのえ ゆうた)
男性。19歳。大学生。
優しかった人。
・日乃夢 真実(ひのゆめ まなみ)
女性。18歳。大学生。
強かった人。
これより下が台本本編です。
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1月2日。夜。
優太:「はぁー……
久々の地元……昨日は忙しくて初詣行けなかったからな……
ったく……新年なったらすぐに行ったってなんだよ……
薄情な家族だな……今年も、1人で行くか」
優太:今年も1人ぼっちで初詣
姉は自堕落で行く気が無く、弟や両親はもう俺達が上京先から戻ってくる前に
行ったそうだ。
まぁ、なんだかんだで、いつもそうなんだけどさ。
去年も一昨年も、その前も、
俺はこの時間に1人で初詣に行く。
これはもう恒例になっている
いつもの神社。いつもの神主さん。いつも可愛い巫女ちゃん。
……変わんないなぁ
真実:「あ、“優太(ゆうた)”」
優太:「ん?」
優太:声の方を向くと、“真実(まなみ)”が居た。
会いたくなかった……いや、会いたかった気もする。
まだ色々と整理がついてないのに
真実:「よっすー」
優太:マナミは、謂わば、俺の幼馴染の様な存在だ。
そして──
真実:「帰ってきてたんだ。
久しぶりー。
連絡とかくれても良かったんじゃないのー?」
優太:「いや、連絡も何も、俺お前の電話番号とかLINEとか知らないし」
真実:「あーそっか。
それは仕方ないかもしれないね。
あ、新年明けましておめでとうございます」
優太:「……“新年”と“明けましておめでとうございます”は一緒に使えないんだぞ。
まぁ、いいや……明けましておめでとうございます」
真実:「相変わらずユウタは細かいねー」
優太:「まぁね。
お前だってあんまり変わってる様には見えないけど」
真実:「失礼な!
女の子は常に日進月歩。日々変わっていってるんだぜ?
そんなんだからユウタは彼女出来ないんだよー」
優太:「し、失礼な!
男のハートは硝子。思いの外繊細なんだぞ。
そういうこと言われてはユウタくん立ち直れなくなっちゃう!」
真実:「…………」
優太:「…………」
真実:「ふっ……あはははは!」
優太:「ふふっ」
真実:「あははははははは!
うひぃ~……本当に変わらないねー!」
優太:「……変わったさ」
真実:「そうなの?
……というかやっぱり彼女出来てなかったんだね」
優太:「……ああ、お陰様でね」
優太:──俺は彼女にフラれた。
一年前に。
告白して玉砕したのだ
真実:「そっか。
優しくて料理も出来て、更に掃除するのが好き、なんて優良物件なのに、
なんでだろうね?」
優太:「わはは。おもしろい。
もしかして挑発してる?
なんでだろうねー」
真実:「挑発だなんて、そんなつもりないよ!
……そっかーいないのかー」
優太:「……何ニヤニヤしてるんだよ」
真実:「なーんでもー?
ただ、信じられないなー、と思ってさ」
優太:「残念ながら本当さ。
中々どうにも人間関係を拡大できなくてね。
友人だってあんまりいないよ」
真実:「んー意外だね。
ユウタってひとりぼっちになるの怖がるじゃない?
私まだ小学生だった頃も、私が冗談で“絶交しよう”って言った時泣いてたじゃん」
優太:「……あの時は友人なんてお前しか居なかったからな。
それに、別に怖がってるとかじゃないんだ。
ただ、こう、1人なのは退屈で好きじゃないだけで……
沢山の人に囲まれたいわけじゃないし、それに今の状態も悪くないと思ってる」
真実:「そうなんだ。」
優太:「…………」
真実:「…………」
優太:沈黙が続く。
この間がとても息苦しい。君は何を考えているんだろう。更に苦しくなる。
だけど夜風が心地良くて、なんとも言えない感じになる。
……そして、沈黙は裂かれた
真実:「ねぇ、ユウタ」
優太:「なに?」
真実:「この1年の間でさ、ユウタはさ、その、
私よりも魅力的な……素敵な……カッコイイ人は……見つけた?」
優太:「…………」
優太:答えはNOだ。
君より魅力的な人なんて、素敵な人なんて、カッコイイ人なんて、
存在する筈が無い。
君は俺にとって世界で一番素晴らしい人だ。
それは10年前から、それより前から、一年前も、今も、
そしてこれからもずっと、変わることは無いだろう。
だけど、彼女にこの事を伝えてはならない気がした。
何故か、分からない。
優太:「さあ?どうだったかな
俺は視野が狭いし、記憶力悪いからね」
真実:「そう……ユウタは滅茶苦茶記憶力良かった気がするけど、まぁいいや……
じゃあさ、私の気持ち……
今度こそ聞いてくれませんか」
優太:有無を言わせぬ雰囲気。
俺は返答が出来ず、ただ、ただただ黙っていた。
真実:私は、ユウタが大好きだ。
ずっと……ずっとずっと昔から、
ユウタに告白されるよりもずっと前から、
真実:「ユウタ」
真実:君は覚えていないかもしれないけど、
十年前に私は君に告白したんだよ……いや、恋文を送ったんだよ。
君は妙に鈍感だから、気付いてないかもしれないけど……
かもしれない、だなんて……
いや、気付いていなかった。
だから、君は一年前まで返事をくれなかったんだから。
真実:「私は──」
真実:前回の想いは待ちすぎた。
故に、受け取れなかった。
だから、今度は――
真実:「私は、君の事が好きです。
……10年前から、ずっと大好きでした。
だから、私と……付き合ってください!」
真実:直接的に、君にだってハッキリと分かるように伝える。
優太:「えっ」
真実:沈黙が生まれる。
私の、二度目の告白。
言った。伝えた。伝えてしまった。
まだ沈黙が続く。
この間が、とても苦しい。顔が、耳が、胸が熱い。君の顔を見れない。
爆発しそうな身体を夜風が抑えていてくれている。
優太:“私は、君の事が好きです。
……10年前から、ずっと大好きでした。
だから、私と……付き合ってください”
それは、俺が一年前に彼女に、マナミに言った言葉そっくりだった。
そっくり、だなんて白々しい。
そのままだ。
これは、どういう事なのだろうか。
優太:「マナミが……俺の事を……」
優太:これまたなんとも白々しい反応。
まるで、今日、たった今初めてマナミの気持ちを知ったかの様な反応。
そう、俺は知っていたんだ。
マナミが俺の事を好いている事を。
彼女はもう覚えていないかもしれない。
マナミは過去に、俺にラブレターをくれたことがあったんだ。
ただ、その時はラブレターというものが何を意味するのか、
知らなかった。故に、返事が出来なかった。
そして、正直に言おう。
ラブレターの件があったから、俺はマナミに告白しようと思ったのだ。
嗚呼、我ながら最悪だと思う。
真実:“私は、君の事が好きです。
……10年前から、ずっと大好きでした。
だから、私と……付き合ってください”
これは、一年前に彼が言った言葉。
だから、だからこそ伝わる筈だ。
なんて残酷な事だ。この言葉は彼にとって、苦しさがあるだろう。
だけど、もう、すれ違いたくないんだ。
……私はなんて卑怯なんだろうか。
彼が私に好意を抱いている事が分かった上でこんな事を言うなんて。
嗚呼、我ながら最悪だな。
優太:「……マナミ」
真実:私達は多分、似た者同士で、相思相愛だ。
だから、きっと、大丈夫。
彼はこういうだろう──
優太:「もう、遅すぎるよ」
真実:──それは、一年前に、私が彼に言った言葉。
彼の想いへの返事。
それは、拒絶の意
さっきまで熱かった身体が急激に冷める。
真実:「え……なんで?」
真実:なんとも白々しい反応。
これは、私が求めていた返答であり、一番言って欲しくなかった返答。
嗚呼、嗚呼、嗚呼──
なんで私は、なんで君は、嗚呼……
表情に出してはならない。
こうなることを分かっていた事を。
涙を零してはならない。
こうなることを避けていた事を。
君に伝えちゃいけないんだ。
優太:「なんで、かぁ……
んーなんでだろうね」
優太:事実、俺もなんでこんな事を言ったのか、全然分からない。
俺はマナミ以上の人間を知らない。
だというのに、何故俺は彼女を拒んだんだろうか。
分からない。
真実:「……なにそれ、意味分かんない」
真実:そうだ。
怒りを示せ。それが、今の私の最善の行動。
真実:「理由も無しに断るなんて、意味わからないじゃない!」
真実:受け入れるのにも、断るのにも理由なんて必要ない。
君は何も間違っちゃいない。
だけど、怒らせてくれ。
理不尽に、不条理に、私を悪者にさせてくれ。
そして、私をこっぴどく拒絶してくれ。
優太:「理由が無ければ、断ったらいけないのか……
だったら、理由をつけよう」
真実:嗚呼、私は今から拒絶される……
……嫌だ……君は、とても優しい人だ……だからこそ、惹かれた。
そんな君に拒絶されるなんて、もう、駄目になるかもしれない。
だけど、聞かなくては、彼の言葉を、彼の拒絶を、
優太:「マナミ──」
優太:そんなに理由が欲しいのであれば、あげよう。
カッコイイ君に惹かれた俺が、君を拒絶する言葉を、
優太:「君は俺の知ってる世界で、一番素晴らしい人だ。
大好きだ。
だけど、同時に、俺はお前の事が嫌いだ。
大っ嫌いだ。」
優太:心にもない事を言う。
優太:「俺がマナミの事好きだと知っていながら俺をフッたお前が嫌いだ。
俺がマナミの事好きだと知ったから俺に告白してきたお前が嫌いだ。」
優太:声に怒気を混ぜる。
俺はあまり怒ったことは無い。
けど、頑張って怒ってみる。
心に怒りを、憎しみを、嫌悪を。
……存外難しい。
フラれて悲しくはなった。
けど、マナミに対して怒りだの憎しみだの嫌悪だの感じなかった。
真実:「……。」
優太:……この目は……。
マナミは傷ついている。
間違いない。彼女は傷付くと目を丸くする。
……こんなにも俺は彼女の事をよく知っているのに、
いや、知り尽くしてるのに、俺はさっきマナミをフッたのか。
優太:「妙に自信満々な所も嫌いだ。
いや、自信満々だから俺に告白したんだもんね。
甚だ図々しい。」
真実:「……。」
真実:……嗚呼、痛い。
耳が痛い、胸が痛い、お腹が痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い……。
君からの声が私に刺さる。
こんなにも君の声が痛いだなんて、思わなかった。
泣きそうだ。けれど、駄目だ。
私は強い。ユウタの前では強い私でいなければ……
優太:「けど──」
真実:「えっ?」
真実:急に、ユウタの雰囲気が優しくなる。
いつものあの空気。私が好きな、あの感じに。
どうして?私は君を傷つけたのに?
なんで?私は君に嫌われようとしたのに?
分からない。分からない。
優太:「──やっぱり大好きだな。君の事が。」
真実:「……!」
真実:なんで……なんで、そんな事を言っちゃうのかな……。
私、私、私……!
真実:「だったら……ッ!
私を受け入れてよ……ッ!
私はッ!君が好きだよ……?大好きなんだよ……?
ユウタも、そうでしょ……??」
真実:溢れる。
感情が、本音が、涙が。
君が私の告白を断るのは分かっていた。
なんなら断られる為にあんな事を言ったんだ。
私は覚悟を決めていたんだ。
次にユウタに会ったら、私がフラれるんだ、と。
なのに、なのに……!
私は……!やっぱり君を……ッ!!
優太:「うん。そうだね。
俺も君が好きだ。大好きだ。
だから、だからなんだよ。」
真実:「……どういう、こと……?」
優太:「俺は君が大好きだ。
だから、俺は君が、マナミが大好きだから離れる。
強くてカッコイイ君が好きだ。
けど……」
真実:「……?」
優太:「今の君は、強くも無い。格好良くも無い。」
真実:「……!」
優太:「俺が好きだった君はもう居ないんだ。」
優太:確かに、もうマナミは強くも、格好良くも無い。
けれど、やっぱり好きだ。
ならばもう相思相愛、付き合ってハッピーエンドになれば良い。
でも俺も、マナミもそれを良しとしていない。
だって、このままでは──
真実:「……!……!」
優太:──俺たちは駄目になる。
真実:「……ッ!どうしてッ、そんなこと言うの……ッ?」
優太:「事実だから。
君はもう強くない。君はもう強かった、だけだ。
分かってるだろ。
そして、俺と居たらもっと強くなくなると思う。
俺は君が好き。強い君が好き。
強い君でいて欲しいから、君から離れる。」
真実:「…………ッ!…………」
真実:そう、事実なんだ。
去年から私はどんどん弱くなっている。
身体が、じゃなくて心が。
ユウタの言う通りもう私は強くないし格好良くも無い。
ユウタが好きなのは“強くてカッコイイ日乃夢 真実(ひのゆめ まなみ)”なんだ。
真実:「うぅ……うっぅ……」
真実:堪らず嗚咽が出る。
けど、大声では泣かない。
もう涙を流している、既に格好悪い。
けれど泣き喚かない。これ以上格好悪くならない為にも。
優太:「……別に昔みたいに大声あげて泣いても良いんだ。
ここにはお前を笑うやつはいない。」
真実:「うっ、うるさい。
私は、そんな事しない。」
優太:「そうか……。」
真実:「うぅ……うぅ……」
真実:強がってみたものの、涙が止まらない。
……昔みたいに…………
昔は、私が泣こうものならユウタは私を優しく抱きしめて
よしよししながら宥めてくれてた。
けど今は──
優太:「…………。」
真実:ただ何もせずに、見てるだけ。
私に優しくしてくれないで居た。
……優しい君は、もう居ないのかな。
いや、そんな事は無い。ユウタは優しいままだ。
優しいから、私を突き放す。優しいから、私に優しくしてくれないでいる。
真実:「……もうユウタは優しくないんだね。」
優太:「ああ。俺はもう優しくない。」
真実:「そっか……
じゃあ、私も、君から離れる。
優しくない君なんて、もう知らないんだから!」
優太:「ほざくじゃん。」
真実:「ふふーん。」
優太:「……。」
真実:「……。」
真実:「ふっ……。」
優太:「ははは。」
真実:「あはは。」
優太:静かに笑う。
ただただ、静かに二人で笑う。
優太:「嗚呼、俺たちは本当に、似た者同士だな。」
真実:「そうだね。だって、私たちは、相思相愛なんだもん。」
優太:「……そうだな。同感だ。」
真実:「…………。」
優太:「…………。」
真実:「……ねぇ。」
優太:「何?」
真実:「絶交しよ?」
優太:「ああ、良いよ。」
真実:似た者同士で、相思相愛。
だけど私たちは愛し合ったりしない。
ちぐはぐで矛盾を抱えた関係。
優太:整合性も、辻褄も合わない。噛み合わない。
たとえ他者が俺たちのこの話を、俺たちの関係を聞いても
頭にはてなが浮かぶだけで、理解はされないだろう。
真実:「思ってた以上に、すんなりだね。」
優太:「当然だろ。君が言わなかったら俺が言ってたからね。」
真実:「そっか。そうだよね。
まぁ、なんというか、”察して欲しかった”……ううん……”分かっていて欲しかった”から、良かったよ。」
優太:「は~?それってどう違うんだよ。」
真実:「ん~~……気持ちの問題、かな。」
優太:「っぷ!なんだそれ!」
真実:「わっかんない!あっはっは!!」
優太:詰まるところ、俺らは相思相愛だ。
だけど、10年間の片思いが“叶う(おわる)”のだ。
まるで、漫画の様な、小説の様な、ドラマの様な、映画の様な展開。
しかし……いや、だからこそ、尚更の事、それ故に、だ。
優太:「……さて、最後の共同作業だ。」
真実:「……うん!」
真実:私は泣き止んだ。さあ。円満に、笑顔に、朗らかに言おう。
優太:俺たちは破らないだろう。これから行う哀しく、楽しい約束を。
最高の親友にして最愛最古の人よ、さようなら。
優太:「せぇーのっ」
真実:「せぇーのっ」
優太:「えーんがちょっ!」
真実:「えーんがちょっ!」
優太:その時、“10年間の片思い”達が終わった。
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END