[台本]絵が描けない絵描き
一人は潰れ、一人は滞り、一人は進む。
絵描きのそれぞれ。
登場人物
・御召御納戸 いろは(おめしおなんど いろは)
男性、22歳
大学3年生。絵を描くのが好きで芸術系の大学に進学したが、
何の成果も出せず、次第に学校に行くのが怖くなり、自分のアトリエに籠る様になった。
内気で自分の事が嫌い。刃物と人の目が怖い
・梅重 彩(うめがさね あや)
女性、21歳
いろはの中学、高校の後輩。絵を描くのが好きだが、
色々あり芸術系の大学に進学できなかったが、その道の職に就くことは諦めていない。
“情報”というモノに重きを置いており、とても芯のある女性。
・竜胆 ユウ(りんどう ゆう)
男性、当時22歳
いろはの高校時代の美術の非常勤講師。
絵を描くのが好きだったが、様々な出来事がきっかけで絵を描けなくなった。
本来はとても優しく、温厚な性格。
御召御納戸 いろは♂:
梅重 彩♀:
竜胆 ユウ♂:
↓これより下が台本本編です。
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石膏と向き合ういろは。
いろは:「…………。」
いろは:僕は絵描きだ。
いろは:「………………。」
いろは:けど、絵を描く事が出来なくなってしまった。
いろは:「……………………。」
いろは:理由は――
彩:「あ、センパイ。ここに居たんだ。」
いろは:「……。」
彩:「センパイ。
……センパーイ。御召御納戸(おめしおなんど)センパ~~~イ。」
いろは:「……聞こえてるよ。何。
あとここは僕のアトリエなんだから“ここに居たんだ”は余りにもあざとすぎる。」
彩:「聞こえてるなら一回で反応してくださいよ。
何やってるんですか。」
いろは:「石膏造ってる。」
彩:「ほう。面白そうですね。
造ったらどうするんです?」
いろは:「壊す。」
彩:「…………聞かなきゃ良かった……。
なんです?ストレス発散ですか?」
いろは:「発散出来れば良いんだけどね。
とにかく造りたくて造りたくて、壊したくて壊したくて仕方が無くなったから始めた。」
彩:「……そうですか。
……。…………誰ですか?これ。なんだか冷たい顔してますけど。」
彩、石膏を指さし質問する。
いろは:「……僕に呪いをかけた人。」
彩:「………………はあ。だから壊すんですか。」
いろは:「いいや。造って壊すのは誰でも良かった。
ただ、思い付いたから。」
彩:「そうなんですね。
……でも壊すのってなんか勿体ないので完成したら私にくださいよ。」
いろは:「…………まぁ、良いけど。」
彩:「やった。
それで、センパイ。
今日も、絵は描かないんですか。」
いろは:「……………………………………うん。
今日も……描けなかった。」
彩:「……。そうですか。」
いろは:「…………。」
いろは:絵を描けなくなった理由。
それは多分、過去にある。
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いろは:高校一年生の時の話。
ユウ、キャンバスに向き合う。
ユウ:「…………。」
いろは:「竜胆(りんどう)さん!」
ユウ:「…………ああ、いろはか。今日も来たのか。」
いろは:「はい!」
ユウ:「ハハハ。お前も好きものだなぁ。」
いろは:ここは高校の美術室……ではなく、学校の空き教室の一室。
この部屋は彼のアトリエだった。
いろは:「今日は何を描いてるんですか?」
ユウ:「ん?………………ん~……なんだろうなぁ……」
いろは:彼は竜胆(りんどう) ユウさん。非常勤の美術講師。
高校時代の僕に絵を一時期教えてくれていた人。
ユウ:「まぁ……時間が空いたからとりあえず筆を握ってみただけだよ。
それで、どうしたんだ?いろは。」
いろは:「あ、そうでした。
ほら!」
ユウ:「これは……新聞?」
いろは:「はい!えっと、ここ、ここ見てみてくださいよ!」
いろは、新聞の一か所を指さす。
ユウ:「……………………“御召御納戸(おめしおなんど) いろは、鉛筆デッサンコンクールにて最優秀賞受賞”か。
……凄いじゃないかー」
いろは:「へへ……ありがとうございます!」
ユウ:「ちょっと待ってね……。(PCを操作する。)
………………ほう、聖ジョルジュに骸骨に果物にホースに金属板に……
……こんなに沢山の物体があるジャングルモチーフでこの画角を選ぶとは……
挑戦、してみたんだね。」
いろは:「はい!このモチーフを見た時にこの構図がビビッと来たんで。」
ユウ、内心穏やかじゃないけどそれを出さない様にいろはに優しく話す。
ユウ:「………………良いね。けど、時間がかかったんじゃない?」
いろは:「あはは……そうですねー……滅茶苦茶時間かかっちゃいましたね……
開催期間の三日……厳密には二日間のほとんどを早朝に来て時間ギリギリまで描いて、
休憩は最低限って感じでなんとか描き終えましたねー」
ユウ:「………………凄い熱量だ。
であればこの完成度も、この評価も妥当だし当然だ。
頑張ったな、いろは。」
いろは:「はい!ありがとうございます!」
いろは:僕が絵を描けなくなった理由は、この人が関係している。
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彩:「……ちゃんとしたご飯、食べたらどうです?」
いろは:「…………。(スマホを弄ってる。)」
彩:「三食ウィダーインゼリーって身体ぶっ壊れますよ。」
いろは:「もうぶっ壊れてるから、どうでもいい。」
彩:「うわぁ、出た出た。そういうのよく無いですよ。」
いろは:「…………ん。梅重(うめがさね)。」
彩:「?
どうしました?」
いろは:「この間の絵画のコンテスト入賞してるじゃないか。」
彩:「…………。(気が付かれてしまった、と言った感じの反応)
……あーそういえば、そうでした。」
いろは:「凄いじゃないか。
なんだよー……なんかあんまり嬉しくなさそうだなぁ。」
彩:「別にそういうワケでは無いんですけど……」
いろは:「んーまぁ、いいや。
……これは……見れるのかな……お、……おお!良いね!(スマホで絵を拡大して観る。)
うんうん……今回のテーマによく合致しているし面白い……素晴らしい……」
彩:「……ははは。そう食い入るように見られると恥ずかしいですね。
美大生のセンパイにそう言ってもらえるとお世辞でも嬉しいです。」
いろは:「いやいやいや、世辞じゃない。素直な感想だ。
素晴らしい……ウメガサネ、やっぱり君は才能あるよ。」
彩:「いっつも言ってますけど、私は別に才能があるわけじゃなくて、ただ――」
いろは:「“情報戦に勝ってるだけ”でしょ。」
彩:「……はい。」
いろは:「もう何度も聞いてるよ、それ。
しかしだ。“情報戦に勝つ”という事は詰まる所、
審査員やテーマの意図を理解するという事に他ならない。
それを見抜く審美眼、それを読み解く読解力が必要という事。
それが優れている、というのは間違いなく才能だよ。」
彩:「……センパイ、それ以上は…………」
いろは、彩の作品を更に観る為に没入し、独り言の様に呟く。
いろは:「他の人たちの作品を観るにこのテーマだとパキっとした塗られ方が多い。
それを狙ってか狙わずかは分からないけれど、淡く塗る事でより際立ったって感じか。
それにこの色使い……うん……うん、うんうんうん素晴らしい。」
彩:「センパイ、あまり見てると……」
いろは:「特に建物の描写、実線を描かず、陰ではなく光を表現する塗り方は非常に際立つ。
画材は……ああ、実物を観てみたいものだ……」
彩:「センパイ……センパイ……!!」
いろは:「……ああ!なるほど、キャンバス生地を黒にしてるのか、良い試みだ……
それにしても、ウメガサネなのに人物を描かないとは珍しいね。
それ故なのかな、それ故に…………う゛ぅ゛……(しゃがみ込む)」
彩:「ああー……言わんこっちゃない…………(背中をさする。)
……大丈夫ですか。吐きます?吐くなら袋取ってきますよ。」
いろは:「…………良い……だ、大丈夫、だから……」
彩:「……難儀ですねー……絵を見ただけで吐きそうになるって。」
いろは:「…………。」
彩:「重症ですね……割と真面目にメンタルクリニックとか行った方が良いですよ。」
いろは:「………………。」
彩:「てか一昨年からこれって、相当アレですよね。
……絵描きとして生きるのに向いてない。」
いろは:「…………本当……そう思うよ……」
彩:「……。」
いろは:「…………一緒だ。」
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いろは:そう、あの時のリンドウさんと同じだ。
ユウ:「う゛ぅ゛……お゛ぇ゛え゛え゛ッ」
ユウ、キャンバスに向かい合うが気分が悪くなり吐く。
いろは:「ッ!!リンドウさん!?リンドウさん!大丈夫ですか!?」
ユウ:「大丈夫……大丈夫だから…………」
いろは:「…………体調、悪いんですか……?」
ユウ:「…………まぁ、そんなところ、かな……。」
いろは:「病院、行った方が――」
ユウ:「行ってる。」
いろは:「ッ。」
ユウ:「通ってるよ……けど、治る気はしない……。」
いろは:「そう……ですか……」
ユウ:「……ハハハ……そんな顔するなよ、いろは……。
俺は、大丈夫だから……」
いろは:「…………どうして……こんな事に……」
ユウ:「…………じきに分かるさ。お前は俺によく似ているからな。」
いろは:「……?それは、どういう……?」
ユウ:「……いや、何でもない。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いろは:「…………。」
いろは:よく分かった。あの時のリンドウさんの感覚が。
いろは:「身体が、絵を拒絶する。」
いろは:けれど、
いろは:「頭は絵を描こうと、考えようとする。」
いろは:何故身体が拒否するのか――
ユウ:「世界に評価されないから。無駄だと感じたから。」
いろは:それでも、絵を描こうと、絵の事を考えてしまうのは――
ユウ:「俺は絵が好きで、絵以外、何も無いから。」
いろは:「……。」
いろは:僕も、そうだ。
ユウ:「周りの人は言うんだ。“まだまだ努力が足りてないんじゃないか”って。」
いろは:「……。」
ユウ:「最初は俺もそう思った。だから沢山描いた。沢山学んだ。沢山考えた。」
いろは:「……。」
ユウ:「けれど、身体が拒絶するから良い絵も、楽しい絵も描けず、吐き気を催す。」
いろは:「けれど、描かなければ評価されない。存在が無駄になる。」
ユウ:「けれど、描けない。」
いろは:「けれど、けれど、けれど、けれど、けれどッ!!!……ッ、描かないと……ッ!!!」
ユウ:「そう、悪循環。抜け出せない。足掻けど足掻けど抜け出せない。」
いろは:「……そして僕は、」
ユウ:「俺は、絵を描けなくなった。」
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彩:「落ち着きました?」
いろは:「……うん。」
彩:「……私の絵なんかにそんなに気を向けなくて良いんですよ。
それで苦しむのは、結局センパイなんですから。」
いろは:「…………。」
彩:「そんな顔しかめないでくださいよ。
事実、なんですから。」
いろは:「……まぁ、事実ではある。
けど、ウメガサネ。僕にとって君は大切な後輩だ。
僕みたいに美大や専門学校に通ってるワケでもなく、通えないというのに、
環境的にはとても良いとは言えないのに、それでも頑張る君の描く絵は“なんか”じゃない。
評価されるべき素晴らしい作品だ。世界もそれを認めている、認めているから君は評価されるんだ、」
彩:「……ありがとうございます。そういう風に思ってくださっているのはとてもありがたいです。
けど――」
いろは:「ウメガサネ。君には僕みたいにはなって欲しくない。」
彩:「……。」
いろは:「……ちゃんと友達はいる?」
彩:「……いっぱいいますよ。なんなら彼氏いますし。」
いろは:「素晴らしい。大学生活はコミュニケーションが何よりも大事だからね。」
彩:「……じゃあ、なんでセンパイしないんですか?」
いろは:「………………怖いから、かな。」
彩:「臆病者。」
いろは:「ぐぅの音も出ない。
……けど、僕は良い反面教師なんじゃないかな。
僕みたいに勉強だけを真面目にやったって駄目なのが大学で、
積極性が無ければ孤立する。孤立すれば講義を休んでしまった時に
情報が入ってこず、皆より遅れてしまう。その上、絵を描けなくなった。
いやはや、我ながら失敗を歩んできたと思うよ。」
彩:「…………。」
いろは:「才能も運も無い以上、環境を整えるしかやっていく方法が無いのに……
その努力を怠った。それが、僕の失敗で……現状の答え……。
いやはや……僕は美大に入った事を後悔しているよ。
絵を……好きにならなきゃ良かった。」
彩:「そんなことは、ないんじゃないですか。」
いろは:「……………………は?」
いろは:僕は若干の怒りを覚え、彼女を見る。
彼女は僕を真っ直ぐに見ていた。
それは、かつての僕の様に。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
座っているユウ、立ってるいろはに向き合う。
ユウ:「……………………は?」
いろは:「……リンドウさんの絵は、素晴らしいです。
今のリンドウさんはただ壁にぶつかってるだけで、それを乗り越えれれば大丈夫ですよ!
大丈夫です。リンドウさんは絵を描くのが嫌いなんかじゃありません。
リンドウさんは凄い方ですから、必ず――ッ!……ッ。」
ユウ、机を強く叩く。
ユウ:「………………うるせぇよ……。」
いろは:「……り、リンドウ……さん……?」
ユウ:「……俺の絵は素晴らしい?俺は“ただ”壁にぶつかってるだけ??
乗り越えれば良い???大丈夫????嫌いなんかじゃない?????
俺は凄い??????
なんでそんな事お前に分かるんだよッ!!」
いろは:「ッ。」
ユウ:「俺はッ!世界に評価されなかった人間なんだッ!!
なんだ??お前に評価されれば世界に評価されるのか???違うだろッ!!?
そんな俺の絵が素晴らしい??俺が凄い???
ふざけるなッ!!!そんなワケが無いだろッ!!!」
いろは:「ごっ、ごめんなさい……」
ユウ:「俺は絵を描くの大っ嫌いなんだよッ!!!
なんで絵を描いてるか分かるか??これしか無いからだよッ!!
俺には絵を描く以外何も無いッ!!なのにッ!!!!!!
……………………絵も描けなくなった……嗚呼……全て……水に描いた絵……水の泡だ……。」
いろは:「……リンドウ……さん……」
ユウ:「もう、懲り懲りだ……。」
いろは:「え……?リンドウさん……?なんで、そんな物騒なモノを……」
ユウ、左手に電動カッターを持つ。
ユウ:「……んー?
ああ、これはただの工具だよ。電動カッターって言うんだ。
これは鉄とかを切断する時に使うものでね……
……今からやる使い方は絶対にやっちゃ駄目だよ?」
いろは:そう言ってリンドウさんは自身の右手を椅子に置き、左足で右手を踏んで固定する。
鋭利なそれを右腕の手関節に当てる。
いろは:「なッ……なにをッ!!?」
ユウ:「危ないから近付かない方が良いぞ。
……ふッ!!!」
いろは:電動カッターの電源を入れ、刃が回転する。
大きな音をたて、血飛沫が周辺に飛び散り、時折、刃が引っ掛かる様な挙動をする。
いろは:「……ッ!……ッ!!ッ!!!ウ゛ッ……お゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛……!!」
ユウ:「ッッッッッッッッッッッッッッッ!!」
いろは:僕はその異様な光景に身動きが取れず、脳が現状を理解する事を拒み、嘔吐する。
その最中、リンドウさんは悲鳴を一切あげず、自分の右手を切り落とすのに注力した。
いろは:そして。
ユウ:「………………ふぅ~~~……や……っとォ……切れたぁ……!」
いろは:リンドウさんはふらふらと上体を起こし、笑っていた。
血まみれになり、切り落とした右手を左手で持ちながら。
いろは:「………………ッ。」
ユウ:「…………いろは……お前もじきにこうなる……
お前と俺はよく似ているからな……」
いろは:「ッ!」
ユウ:「じきに自分の才能の無さに気付き、周りを妬み、孤立し、潰れる。」
いろは:「…………ッ」
ユウ:「そんなに震えて……大丈夫だ……手を切り落とす事は無い……
ただ……やめれば良い……
俺は、あまりにも絵と向き合ってきた時間が長すぎた……
長すぎて、四六時中絵の事ばかり考える頭になっちゃって、どうしようも無いから、
絵を描いてきた右手を捨てるしか無くなっただけだ……」
いろは:「りん……どう……さん……」
ユウ:「これで……俺は絵から、解放される……
ククク……あはははは……あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
ユウ、その場を去る。
いろは:「……………………………………」
いろは:僕は茫然と、その場に倒れ込んで震えていた。
その後、僕はリンドウさんと会う事は無かった。
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座っているいろは、立ってる彩に向き合う。
いろは:「…………そんなことない、って何……?」
彩:「美大に入った事は後悔してるかもしれませんが、
絵を好きにならなければ良かった、というのは違うんじゃないんですか。」
いろは:「……なんで?」
彩:「今のセンパイを構成している大部分は確実に絵です。
それを否定するのは違うと思います。
私は、絵を描くセンパイだったから、今もこうして交流をしているんです。」
いろは:「……じゃあ、絵を描けなくなった僕は君にとっては不要ってことかい。」
彩:「それは否定しませんが、そういう事ではありません。
私はセンパイが居たからこそ、こうやって絵の道へ進み、今も先へ進めています。
だから、センパイも大丈夫なはずです。」
いろは:「…………いいや、滞るさ。」
彩:「それでも、半歩、半々歩でも進み続けますよ。」
いろは:「無理さ。じきに僕は本当に絵を好きじゃなくなる。」
彩:「いえ、そんな事はありません。じゃなきゃ我を忘れて絵を観察なんかしないです。」
いろは:「ッ。」
ユウ:『似ているな。昔のお前に。』
いろは:「ッ!?」
いろは、周りを見る。
彩:「……センパイ?」
いろは:幻聴……?
ユウ:『そして今のお前は昔の俺に似ている。』
いろは:「ッ!!!」
ユウ:『このままじゃこの子も俺の、お前の二の舞いや三の舞だぞ……?』
いろは:「……ッ」
彩:「センパイ……?大丈夫ですか……?」
いろは:「……ウメガサネ……もう、僕に構うな……このままだと、お前も潰れるぞ……!」
彩:「…………。いいえ、潰れません。」
いろは:「そのうちお前も評価されなくなり、何を描いて良いか分からなくなる……!」
彩:「それでも、私は絵が好きなままです。」
いろは:「自分の絵の無駄さを、無価値さを思い知る事になる……!!」
彩:「それでも、私は絵が好きです。」
いろは:「次第に絵の事を考えるだけで吐き気を催し、嫌いになるッ!!!」
彩:「いいえッ!!なりませんッ!!!」
いろは:「ッ!!」
いろは:ウメガサネは僕を真っ直ぐ見る。
その目にはどこか、覚悟の様な、熱の様な、そんな光を宿していた。
ユウ:『いやぁー…………本当に昔のお前みたいだなぁ……
だけど、やっぱり潰れちゃうよ……だってお前によく似てるから……
だから、止めてやろう……
さあ、あの時の俺の様に…………さあ……さあ……さあ!!』
いろは:「……ウメガサネ…………。」
彩:「はい。」
いろは:「もしも、お前も、僕みたいになったr――」
彩:「なりませんよ。(いろはの台詞を遮る様に。)
私はセンパイに、センパイの様にならない為の方法を沢山教えてもらいました。
だから、なりません。」
いろは:「…………ッ」
彩:「それに、仮にそうなっても、私は絵を描くのをやめません。」
いろは:「……ッ」
彩:「センパイ、御召御納戸(おめしおなんど) いろは先輩の様に、絵を描くのをやめません。
絵が好きなのを、やめません。」
いろは:「ッ!!」
彩:「私はセンパイの事、分かりません。
だって私はセンパイじゃないから、私は私ですから。
ですが、センパイが絵を描けなくなっても、
絵が好きで好きで仕方が無い事を知ってます。」
いろは:「……。」
彩:「センパイが絵を描くのを諦めて無いのも知ってます。
それが今の現状ですし。なので、私は敢えて言います。
センパイ絵を描きましょう。」
いろは:「…………は?」
ユウ:『……。』
彩:「センパイが対峙してる問題は複雑で、簡単には乗り越えれないものかもしれません。
ですが……だったら……」
彩、ハンマーを握り、石膏に向き合う。いろは、彩とあの時のユウが重なり慌てる。
いろは:「ッ!!?う、ウメガサネッ!!何を――」
彩:「こうすれば良いんですッ!!!!!!!」
いろは:「ッ!!!!」
いろは:ウメガサネは部屋にあったハンマーを使って、僕が造っていた石膏を一撃で叩き割った。
僕に呪いをかけた人をかたどっていたその石膏は、砕け散った。
いろは:「…………。」
彩:「…………ふぅ……
いつも言っていますが、重要なのは“情報戦に勝つ事”です。
壁というのは何も超えるためだけにあるワケじゃありません。
ぶっ壊すという方法もあります。
今のセンパイは孤立していません。だって、私がいますから。
だから探しましょう。二人で。センパイがぶち当たっている問題の壊し方を。」
いろは:ウメガサネが不敵に口角を上げる。
僕は初めて、ウメガサネが楽しそうに笑うところを見た。
いろは:「……………………素晴らしい……。」
彩:「……?センパイ?」
いろは、目に涙を溜める。
いろは:「ウメガサネ……君は本当に素晴らしいよ……。
嗚呼……納得だ……君が世界に評価される理由が、
君は先へ進む為の条件を全て持っている。
僕は君の先輩である事を嬉しく思うよ……ウメガサネ……。
君は、本当に格好良いな……。」
彩:「ええ、知ってますよ。」
いろは:……リンドウさん。彼女は、梅重 彩(うめがさね あや)は、僕とは違う。リンドウさんとも違う。
全く似ていない。彼女には才能がある。僕やリンドウさんには無い才能が……
彩:「ですが、センパイ。
私に惚れちゃ駄目ですよ。私、彼氏いるんで。」
いろは:「ふっ、僕が君に?惚れる???
そんなワケ無いじゃないか。ウメガサネ、流石に図に乗らない方が良いぞ?」
彩:「ふふふ……やっとセンパイらしくなりましたね。」
いろは:「こんなの僕じゃないよ。
さてと……(立ち上がる)」
彩:「お、もしや絵を描くんですか?」
いろは:「違う。掃除するんだよ。ウメガサネ、君も手伝ってね。」
彩:「え。なんで。」
いろは:「君が石膏を粉砕したから掃除するんだよ。」
彩:「あ゛。」
いろは:「ていうか、あれまだ造りかけだったんだけど。」
彩:「……スゥーーーーーーー……すんません……」
いろは:「ぷっ……あっはっはっはっはっはっはっはっは!
ひひっ……さっきあんだけカッコイイ事言ってたくせに……くくくッ……」
彩:「ちょっ、センパイそれは言わんでくださいよぉー!」
いろは:「あははは!!………………さ!まずは掃除だ。
絵を描くにしてもそれからだ。」
彩:「…………はい!」
いろは、粉砕された造りかけの石膏と向き合う。
いろは:僕はまだ滞る。けれど、まだ潰れない。だって、まだ進みたいから。
ユウ:『……。』
いろは:「…………リンドウさん、僕はまだ足搔きます。足掻いている内は絵が好きです。
さようなら、呪いをかけた人。
さようなら、僕が憧れた人。ありがとうございました。」
───────────────────────────────────────
END