[台本]サンタだった姉さん
・登場人物
〇日乃夢 心太朗(ひのゆめ しんたろう)
男性、17歳、高校生
クールで冷めたような対応をするが、温和な性格。
母親と二人暮らしだったが、ある日母親が再婚し、美結が義姉となった。
美結とは比較的良好な関係、しかし両親とはあまり仲が良くない。
〇日乃夢 美結(ひのゆめ みゆ)
女性、20歳、引きこもり
優秀で完璧で明るい秀才少女、だった。今は人と喋るのが怖くて常に怯えた様な挙動をする。
心太朗と義理ながら兄弟であり、彼の事をしーくん、と呼んで親しみを感じている。
高校生の時に役者としてスカウトされ人気を博したことがある。芸名は“光坂 美結(こうさか みゆ)”。
〇徒霧 なる(あだぎりなる)
女性、18歳、高校生
マイペースであっけらかんとした性格。
心太朗と同級生で帰り道が一緒だから、という理由で放課後は心太朗と一緒にいようとする。
心太朗の事が好きで美結を恋敵視してる。
〇九重 優太(ここのえ ゆうた)
男性、28歳、精神科医
“ゆかりひさクリニック”という心療内科の医者を務める男性。
落ち着いた対応と微笑を一切絶やさないという事で評判の先生。
基本一人称は“僕”だが慌てると本来の一人称“俺”が出てしまう。(独身)
〇男性の声
男性、??歳
美結の夢の中の無辜の刃物。あと映画内の登場人物の声。九重 優太が兼任。
〇女性の声
女性、??歳
美結の夢の中の過去の残滓。徒霧 なるが兼任。
日乃夢 心太朗♂:
日乃夢 美結♀:
♥徒霧 なる/女性の声♀:
♠九重 優太/男性の声♂:
※兼ね役の方は♥、♠を追うとやりやすいかもです。
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心太朗:ある日、“義母さん(かあさん)”が知らない男の人を連れてきて、
その男がボクの姉を名乗る女の子を連れてきた。
美結:「初めまして。心太朗(しんたろう)くん。ワタシは、美結(みゆ)。
今日から私たちが君の家族で、私が君の兄弟で、お姉ちゃんだよ。宜しくね!
え~……え~~っと~~……ショートコント!ウミガメのなみだはしぇらえあッ!!(噛む)
うぅ……か、噛んじゃった……え、えへへ……わ、ワタシ、昔から落ち着きが無いって言われるんだよね~~~えへへ……」
心太朗:ある日、ボクの姉を名乗る女の子がボクを連れ出した。
この町で一番高い場所に。
美結:「ここ凄いでしょ?シンタロウくんこの町にきたばかりで知らないかなーと思って……
えーっと……町を一望出来て少しロマンチックでしょ?……えへへ。」
心太朗:ある日、ボクの姉を名乗る女の子が表彰された。
なんか知らないけど優秀らしい。それで義母さんも“義父さん(とうさん)”もその子に期待してるっぽい。
美結:「あはは……そんな事無いよ。それに、ワタシ知ってるよ。しーくんの方が凄いってね。」
心太朗:ある年のボクの誕生日前日、ボクの姉を名乗る女の子がサンタ帽を被って祝ってくれた。
美結:「ふぉっふぉっふぉっ!ハッピーバースデー!&メリークリスマス!
ワタシ、しーくんの誕生日を祝えて嬉しいよ!
……ごめんね?おとうさんとおかあさんは出張で忙しいみたいで……で、でもでも!
ワタシが二人の分も!だから三倍!しーくんの誕生日を祝うよ!!
おめでとう!おめでとう!おめでとう!!」
心太朗:「…………え……っと……確かにボクの誕生日は12月25日だけど、今日はまだその日じゃないよ。」
美結:「………………えぇ??あれ???」
心太朗:「…………っぷ……あはははは!」
美結:「え。え。え?し、しーくん……?」
心太朗:「ふふふ……全く……姉さんはあわてんぼうなんだから……」
美結:「うぅ……え、えへへへ……///」
心太朗:……ある日、姉さんが全国模試で一位になった。
だからボクは姉さんに何かプレゼントする事にした。
美結:「おとうさん、おかあさん、ありがとう……なんだか恥ずかしいな……
……あ!しーくん!こ、これは……ボールペン……え?わ、ワタシに……?
ふぁ~~~~~!ありがと~~~~~し~く~~~~~ん!!!」
心太朗:「……あははは……姉さん。姉さんは凄いかもしれないけれど、あまり無理しないで。
外面(そとづら)は良いけれど、結構ぽんこつなんだからさ。」
美結:「むっ……も、もう!しーくんってば!!……エヘヘ……」
心太朗:………………ある日、姉さんは駄目になったと、義母さんたちが言った。
~心療内科「ゆかりひさクリニック」~
美結:「………………。(知らない場所で緊張してる。)」
心太朗:「……。」
♠優太:「初めまして。僕の名前は九重 優太(ここのえ ゆうた)。
これから、長い付き合いになると思うから宜しくね。日乃夢 美結(ひのゆめ みゆ)さん。」
美結:「え……あっ……あっ……あ……ぁぃ……」
心太朗:「……。」
心太朗:優秀で秀才な姉さんは有名大学に進学したものの、
不登校になってしまい、上京先から家に戻ってくる事になった。
そして、今日は珍しく義母さん、義父さんと一緒に姉さんを心療内科に連れていった。
♠優太:「……ふむ。ミユさんはとても明るく、友達に常に囲まれ、優秀で……完璧だった、と……」
心太朗:「……。」
心太朗:義母さんが動揺する。ボクはその挙動がいやに目についた。
義父さんは窓の外を見ている。現実を見たくないのだろう。
二人にとって優秀で完璧で自慢の娘はもはや見る影もない。
現実にいるのは常におどおどして縮こまった姉さんの姿。
♠優太:「……では少し、ミユさんと二人でお話をさせて頂きますね。」
心太朗:「……はい。」
♠優太:「……。
そうだ。お父さん、お母さん。やっぱり息子さんと娘さん、二人とお話をしようと思います。」
心太朗:「え?」
♠優太:「お父さん、お母さん、よろしいでしょうか?
……。
はい。ありがとうございます。
ではお二人はあちらでお待ちください。」
美結:「え……エ……」
心太朗:「……姉さん、大丈夫だから。」
美結:「う……うん……」
♠優太:「待たせてしまってすまないね、二人とも。」
美結:「あ……え……あ……」
心太朗:「いえ、大丈夫です。」
♠優太:「そう言ってもらえると助かるよ。」
心太朗:「で、なんなんですか。」
♠優太:「フフフ、もしかして、僕の事嫌いかい?」
心太朗:「……別に、そんな事は無い、ですけど。」
♠優太:「そう。まぁ、いいや……本題に入ろうか。」
美結:「…………。」
心太朗:「……。」
♠優太:「心太朗(しんたろう)君は、お姉さんの状態、どう思ってる?」
心太朗:「何も。」
美結:「ぅ……」
♠優太:「本当かなぁ。さっき両親がいる時、シンタロウ君そわそわしてたよね。」
心太朗:「……何故、そう思うんですか。」
♠優太:「お母さんが動揺した時、君はお母さんの方を向いていた。
何かに気を逸らす様に。
あの反応は……そう、無意識に、といった感じだった。
だから、そう思った、かな。」
美結:「……し、しー……くん……」
心太朗:「……だったら、なんなんです。」
♠優太:「………………いいや。
じゃあ、質問を改めよう。
シンタロウ君は、お姉さんに戻って欲しいかい?」
美結:「…………。」
心太朗:「……別に、戻らなくて良いと思います。」
♠優太:「そうなんだ。どうしてかな?」
心太朗:「ねえさ……姉は別に、元々優秀でも完璧でも無いですし。」
美結:「!?」
心太朗:「明るい、というよりは変なテンション、というのが正しいと思います。」
美結:「し……しー……く、ん……?」
心太朗:「なので、別に戻らなくて良いと思います。」
美結:「……!……!……っ!///」
♠優太:「っははは……そっか……
じゃあ、シンタロウ君が適任かもね。」
心太朗:「え?適任って……」
♠優太:「ミユさんと寄り添ってくれる人に適任って事。」
美結:「!」
心太朗:「え……?」
♠優太:「なに、難しい事を要求しているワケじゃないよ。
ただお姉さんといままで通りに過ごしてくれれば良い。
それで気になった事や相談したい事とかがあったら私に言って欲しい。」
心太朗:「……それだけ、ですか?」
♠優太:「ああ、ただそれだけ。
別に努めてやる必要は無い。シンタロウ君が話したいと思ったら話してくれれば良いし、やろうと思ったらやれば良い。
一応、謝礼という程ではないけれど、何かしらの形でお礼はしようと思う。
どうかな?」
心太朗:「…………。
姉さんは、どうなの?」
美結:「……え……えっと……しーくん……だったら……良い……です……」
心太朗:「…………はぁー……分かりました。
気が向いたらします。」
美結:「!///」
♠優太:「うん。ありがとうシンタロウ君。ミユさんも満更でもなさそうで良かったよ。
ミユさん、これから一緒に頑張ろうね。」
心太朗:「……。」
♠優太:「次の診察は……気が向いたらで良いよ。
前以って連絡してくれると助かるけど、別にしなくても良い。
私は基本的に毎日ここ、ゆかりひさクリニックにいるからね。」
美結:「……ぁ……は、はい……!」
心太朗:「……。」
心太朗:その日の診察はこれで終わった。
◇
心太朗:そして家に帰り、義母さんと義父さんが姉さんに関しての話し合いをしていた。
どんな話をしていたか、二人の話は興味が湧かなくて、特に覚えていない。
美結:「うへぁあわッ!!!」
(美結の部屋からドン!と何かが落ちる音がする。)
心太朗:「ッ!!
姉さん、ごめん、勝手に部屋入るよ!
姉さん!どうしたの!!」
美結:「あ…………し、しー、くん……」
心太朗:「……どうしたの。姉さん。」
美結:「え…………あ!えっと、こ、こわい、ゆめ、見て、べ、ベッド、から落ちた、み、みたい……」
心太朗:「…………はぁー……(安堵)
そっか……フフ、相変わらずおっちょこちょいだね。姉さん。」
美結:「んぇ……え、えへへへ……」
心太朗:「なんか色々ごたごたしてておかえり、言えて無かったね。
おかえり、姉さん。」
美結:「!
う……うん!た、ただいま……!しーくん……!」
心太朗:「うん。
それで、怖い夢って、どんな夢見たの?」
美結:「え…………え、えっと……わ、ワタシ、が、死んじゃう、夢……だった……」
心太朗:「…………。」
心太朗:死ぬ夢って所謂“吉夢”というけれど、多分、今回の姉さんのはそういうのじゃない。
仮に、姉さんが夢の中で……自殺していたら……?
それに触発されてやってしまうんじゃないか……?今の姉さんだったら……ありうる……。
美結:「……?
しー、くん?顔色、わるい、よ……?
だ、だいじょう、ぶ……?」
心太朗:「え……あ、大丈夫だよ。姉さん。
ただ、その、ちょっと……貧血気味、かな。」
美結:「え、え、え、それ、は、だいじょばない、よ……!
昔から、しーくん、身体、強くない、から……横に、ならない、と……!」
心太朗:「……うん。そうするよ。
姉さんもあまり無理しないでね。」
美結:「う、うん!お、おやすみ!しー、くん!」
心太朗:「おやすみ、姉さん。」
心太朗:姉さんは、相変わらず、優しかった。
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~学校帰り~
心太朗:翌日。学校帰りにて。
♥なる:「お姉さん帰って来たんだねぇー」
心太朗:「……。」
♥なる:「ヒノユメくん?」
心太朗:「……。」
♥なる:「ヒノユメく~ん?」
心太朗:「ああ、ごめん。なに?」
♥なる:「お姉さん、帰って来たんだねって。」
心太朗:「うん。そうだけど。
……あれ?なんで知ってんの?」
♥なる:「え?」
心太朗:「え?」
♥なる:「……?
そういえばお姉さんクッキー好きだったよね。
美味しいの買って来たんだよ。」
心太朗:正確に言えばボクの焼いたクッキーが正しい。
心太朗:「……はぁ……まぁ、いいや。
ありがとう。姉さんにあげてお…………何?
そのクッキーくれるんじゃないの。」
(なる、心太朗からクッキーを離す。)
♥なる:「付き合ってよ。」
心太朗:「は?」
♥なる:「おはなし、しよ?」
心太朗:「……。」
♥なる:「そこの喫茶店でさ。」
心太朗:「……。」
♥なる:「どう?」
心太朗:「ま、良いよ。」
♥なる:「やったぁ。」
◇
~喫茶店内~
♥なる:「ブラックコーヒーだなんて渋いねぇ。」
心太朗:「……で、お話ってなに。」
♥なる:「なんでお姉さん帰って来たのかなーと思って。」
心太朗:「なんでそんな事聞くの?」
♥なる:「え?知りたいから?」
心太朗:「………………。」
♥なる:「なになに?なんで黙っちゃうの?」
心太朗:「……もしかして姉さんのファン?」
♥なる:「え?」
心太朗:「姉さん女優してたから。」
♠優太:「ええ……???」
(隣に座っていた優太が反応する。)
♥なる:「誰ぇ?」
心太朗:「…………え?先生……?」
♠優太:「あの子女優だったの?」
心太朗:「いや……なんで先生がいるんですか?」
♠優太:「え、お、俺は……じゃなくて、僕は普通に休憩時間で。」
心太朗:「ああー……」
(優太、なるの視線に気付く。)
♠優太:「あ、ごめんねお嬢さん。僕はシンタロウ君の……知り合いで、九重 優太(ここのえ ゆうた)だ。」
♥なる:「……あ、私、徒霧 なる(あだぎり なる)です。
ヒノユメくんと同級生で友達です。」
心太朗:「いや、友達じゃないです。帰り道が一緒だっただけです。」
♥なる:「つれないなぁ~」
♠優太:「ははは……シンタロウ君厳しいなぁ。
あ、すまないね。僕は席を移るよ。」
♥なる:「あ、いえ、お気になさらず。
ヒノユメくんのお姉さんの話、気になるんですよね?」
♠優太:「え、あー……まぁ。」
♥なる:「ヒノユメくんのお姉さん、ミユさんは女優をしてたんですよ。
ただ今はお休み中みたいですけど。」
♠優太:「…………そう。」
心太朗:「……。」
♥なる:「あ、本名でやってたわけではなく、芸名で……えーっと……確かー……」
心太朗:「光坂 美結(こうさか みゆ)。」
♥なる:「あーそうそうそれ。
結構有名だったんですよー?
例えばー……ゆるゆるゆるゆる…………なんだっけ?」
心太朗:「『緩々百合心中(ゆるゆるゆりしんじゅう)』の“糸女 輝美(いとめ きみ)”。」
♠優太:「あぁ、それなら知ってるよ。去年賞獲ってたでしょ?」
♥なる:「あー…………そうなの?」
心太朗:「ああ、クォンアワード・ドラマ賞で優秀作品賞を、そして姉さんは主演女優賞を頂いてた。」
♥なる:「さっすがヒノユメくーん。お姉さんの事ならなんでも知ってるぅ。」
心太朗:「君が適当に覚えすぎなんだよ。」
♥なる:「ん~~?」
♠優太:「へぇー凄いねー」
♥なる:「……ほらほら、これ。」
(なる、優太にスマホを見せる。)
♠優太:「ん?」
美結:『ありがとうございます!ワタシ、この賞を受賞出来て、とても光栄です!』
♠優太:「おおー本当にミユさんだ。」
♥なる:「美人さんですよねー」
心太朗:「……。」
心太朗:なるが先生に見せている動画、それは”緩々百合心中(ゆるゆるゆりしんじゅう)”が賞を獲った時の特別ムービー。
姉さんがドラマの役以外の姿で、つまり素の状態での姿がメディアに載った時の映像。
姉さんは少し緊張していたが、インタビュアーの問に卒なく返答し、完璧なコメントを残していた。
姉さんが、ボクが焼いたクッキーが好きだと公言したのもこの動画でだ。
美結:『ぇあ……はい。ワタシ、弟がいるんです。
とても良い子で頭が良くて…………えへへ……凄く、優しい子なんです……。
こ、この間も!サンタさんの恰好でお祝いしたんですけど、
ちょっとぉーそのー色々と間違えちゃってて……けど、馬鹿にしないで笑ってくれたんです……えへへ……』
心太朗:「……。」
♠優太:「……へぇ…………シンタロウ君愛されてるね。」
♥なる:「そうですねぇ。
相思相愛って感じですよねぇ。」
♠優太:「………………。」
♥なる:「ん?どうしたんです?」
♠優太:「ううん。なんでも無いよ。」
心太朗:「……で、君が聞きたかった事ってなんだっけ。
なんで姉さんが帰ってきたか、だったっけ。」
♥なる:「あ、そうそう。そういう話だった。
なんでなの??」
♠優太:「……。」
心太朗:「ただの帰省だよ。」
♥なる:「帰省?んー確かにもう年の瀬、師走な12月~だけれど早くない?」
心太朗:「さあ。早めに帰ってきたかったから帰って来たんじゃないかな。」
♥なる:「でも大学の単位とか……あー……まぁ、お姉さん優秀だし問題無いか。」
心太朗:「姉さんは別に優秀なんかじゃない。」
♥なる:「…………そーでしたぁ。
フフン、ヒノユメくんはお姉さん褒められると必ず異を唱えるねぇ。」
心太朗:「事実だからだよ。
それ以上でもそれ以下でも無い。
ねえ、もう帰っても良いかな?そろそろバイト行かないと。」
♥なる:「えぇ~早くな~い?」
心太朗:「早くない。じゃあね。
あ、クッキーありがとう。」
(心太朗、去る。)
♥なる:「ぶーいけずぅー」
♠優太:「あっはっはっは。じゃあ、僕もこれで。さよなら。」
♥なる:「はい。また機会があったらお話しましょうね。」
♠優太:「うん。またそのうち。」
(優太、去る。)
♥なる:「……そっかー……帰省、かぁ……
二日三日で帰りそうな空気では無いし……
いやはや、タイミング悪いな~私の恋敵~」
◇
~日乃夢家玄関~
心太朗:「ただいま……って誰も居ないか。」
心太朗:バイト帰り。家に帰りつくのは23時頃。
つい“ただいま”と口走ってしまう。
昔から両親は返事を返したりしないけれど、つい、言ってしまう。
当然、今日も返事は……
美結:「お……おか、えり……しー、くん……///」
心太朗:「え。」
美結:「んぇ……???」
心太朗:「…………。」
心太朗:……そういえば、今日からしばらくは“おかえり”って返してくれる人がいるんだった。
心太朗:「……フフ、ただいま、姉さん。」
美結:「ぅ、うん……!おっ、おかえり……!
か、帰りお、お、遅かった、ね……どこ、行ってた、の……?」
心太朗:「バイトだよ。姉さんが上京してからバイトを始めたんだ。」
美結:「ば、ばいと……!しーくん、えらい……!
わ、ワタシ、バイト、したこと、ない……。」
心太朗:「姉さんはバイトというか仕事で役者してたじゃん。」
美結:「ぇ……あ、は、はずかしい……」
心太朗:「……。」
美結:「し、しーくんは、な、なんでバイト、してる、の?
なに、か、欲しいものが、あるの……?」
心太朗:「……欲しい物……うーん……
まぁ、そうだね。欲しい物があるんだ。」
美結:「なっ、なに……!しー、くん、の!ほしい、もの!」
心太朗:「えっ……急に食いつくね……けど、秘密。」
美結:「え…………えぇ……」
心太朗:「っぷ……フフフ……」
美結:「えっ、えっ、えっ???し、し、しーくん……???
な、なんで、笑った、の????」
心太朗:「いっ、いや、なんでもない。
夕飯は食べた?姉さん。」
美結:「あ、ま、まだ……しーくん、と、食べようと、思って……」
心太朗:「え、もう23時なのに…………。……そっか。じゃあ、手を洗ってくるよ。
一緒に食べようか。姉さん。」
美結:「!
う、うん!しーくん、と、一緒に、食べ、る!」
心太朗:ずっと沈んでた姉さんだったけど、一緒にご飯を食べた時の姉さんは楽しそうだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
♠優太:「へぇーシンタロウ君とご飯食べたんだね。良かったねー。」
美結:「……は、はぃ……!」
心太朗:「……。」
心太朗:あれから数日後、姉さんと二人でゆかりひさクリニックに来た。
義母さんと義父さんは忙しい、らしい。
♠優太:「うんうん。良い傾向だね。」
美結:「ぇ、えへへ……」
♠優太:「……シンタロウ君、そんなムッとした顔しないでくれよ。」
心太朗:「してないですけど。」
♠優太:「そう。(楽しそう)
ま、それは置いておいて、シンタロウ君。ありがとうね。
ミユさんに寄り添ってくれて。それが彼女にとっても素敵な贈り物になっているさ。」
美結:「……///」
心太朗:「寄り添うって……ただ一緒に居ただけですけど。」
♠優太:「それが良いんだよ。シンタロウ君。
まぁ、こういうのはなんだけれど、君たちのご両親は忙しくて中々一緒に居てあげられないからね。
勿論、1人の時間は大切だけれど、誰かと一緒に居られる時間が欲しい時、
二人以上の人間が必要だからね。
それが出来る状況を作ってくれているシンタロウ君には感謝だよ。」
心太朗:「……そう、ですか。」
美結:「わ……ワタシ、も、ありがたい……よ!」
心太朗:「……ふふ、そっか。」
♠優太:「うんうん、仲良き事は良い事だ。
じゃあ、今日はこれで終わりかな。」
美結:「ぁ……あ、ありがとう、ございます。」
♠優太:「はい。またいつでも来てくださいね。」
美結:「は、はい……!」
心太朗:「……。」
♠優太:「あ、シンタロウ君。」
心太朗:「はい。なんですか。」
♠優太:「明日とか明後日にさ、時間あったりしないかな。」
美結:「……?」
心太朗:「…………明日なら、大丈夫ですけど。」
♠優太:「そうか。ちょっと時間を作ってもらっても良いかな?」
心太朗:「……分かりました。」
♠優太:「うん。ありがとう。
じゃあ、また明日。」
心太朗:「……。」
◇
~帰路~
美結:「……し、しーくん、あした、せんせぇ、と、どこか、行く、の?」
心太朗:「さあ。分からないけど。」
美結:「…………。」
心太朗:「……多分姉さんが心配する様な事は無いよ。
それより早く帰ろうよ。
今日は義母さん夜遅いらしいから夕飯はボクが作るよ。」
美結:「っ!しーくんの、ごはん、美味しいから、好き……!」
心太朗:「そっか、それは嬉しいよ。
姉さん、今日は何食べたい?」
美結:「えっ……わっ、ワタシ……!?
え、え、え、えっ……と……あ、しょ、しょうが、やき……!」
心太朗:「生姜焼きか。良いね。」
(なる、スッと現れる。)
♥なる:「ナルほどー生姜焼きかー良いねぇ。私んちもそうしよ。」
美結:「ピャッ!!」
心太朗:「びっ、びっくりした…………なる……突然現れないでくれよ……。」
♥なる:「ひひひ、ついお二人を見つけちゃって。
お久しぶりです。ヒノユメくんのお姉さん。」
美結:「あっ……い……うぅ……えっ、えっ……」
♥なる:「…………?……お……?」
美結:「あ、ああ……えっと、そ、そういう事、では……」
心太朗:「なんの用?」
♥なる:「なんのって言われても、ただ見かけたから話しかけただけだし特に無いかなぁ。」
心太朗:「そうか。じゃあ——」
美結:「あっ!あのっ!く、クッキー!あ、ありがとう、ございましたっ!
とっ、とても、おいし、かった、です……!」
心太朗:「……。」
♥なる:「んぇ?…………ああ!あの時の!
いえいえーお姉さんがクッキー好きと聞いていたので!」
美結:「あっ、あはっ、は、恥ずかしい、です……///」
♥なる:「………………。
ヒノユメくんヒノユメくん……お姉さんキャラ変した??(小声)」
心太朗:「なに、藪から棒に。」
美結:「?
??」
♥なる:「だって、前のお姉さんだったら……——」
美結:『この間はクッキーありがとうね!すっごく美味しかったよ!』
美結:『いやぁー……ハハハ……恥ずかしいなぁ~……///』
♥なる:「——的な感じだったでしょ。」
心太朗:「いや知らないよ。」
美結:「?????」
心太朗:「……ああ、気にしなくて良いよ姉さん。
さ、帰ろっか。
じゃあね、なる。」
♥なる:「えぇ~~~~~!冷たくな~~~~~~~~~~い????」
心太朗:「いつもこんなんでしょ。
何も用が無いならダラダラしてる必要も無いし。」
♥なる:「そんなぁ~~~良いじゃーん立ち話くらい~~~付き合ってよ~~~~~~~~!」
心太朗:「というか、どこか行こうとしてたんじゃないの。」
♥なる:「えぇ?……えーっと……コンビニの帰りでぇ~……あ、そう、散歩。」
心太朗:「そう、ボクたちは帰宅途中なんだ。
だから帰る。」
♥なる:「んなぁ~~~」
美結:「あ、あ、あ、し、しー、くん!」
心太朗:「ん?どうしたの?姉さん。」
美結:「わ、ワタシ、一人、で帰る、よ!
だ、だから、二人、で、話してて、良い、よ!」
心太朗:「えぇ……?
姉さん、一人で帰れるの……?」
♥なる:「?
一人で帰るくらいは出来るでしょ?」
心太朗:「口を挟まないでくれ。」
♥なる:「え、はい。」
美結:「だっ、大丈夫……!ワタシ、お、お姉ちゃん、だから!フンス!」
心太朗:「…………で、でも……」
美結:「だっ、だから、あっあと、は、若い二人、でっ……!
おっ、おほ、おほほほほほ~……!」
(美結、去る。)
心太朗:「あっ!ちょっ!姉さん!
…………ハァ……」
♥なる:「……お姉さんどうかしたの?」
心太朗:「……いや、別に。」
♥なる:「……そっか。
あ、あ~そういえば、最近寒いよね。」
心太朗:「え、まぁ、12月だからね。」
♥なる:「……寒くないの?首回りとか、さ。」
心太朗:「……?まぁ、時々寒いかな。」
♥なる:「マフラーとか……ネックウォーマーとか、しないの?」
心太朗:「するもしないも持ってないからなぁ……」
♥なる:「へぇ~……」
心太朗:「…………なんなのさ。」
♥なる:「……いやぁ?……ぷぷぷ。」
心太朗:「はぁ?」
♥なる:「ううん?気にしないでぇ?」
心太朗:「ムカつくけど気にしない様に努めるよ。」
♥なる:「さっすがヒノユメく~ん。」
心太朗:「ハァ……
………………。」
♥なる:「そんなにお姉さん気になる?」
心太朗:「え?そりゃあ……まぁ……」
♥なる:「お姉さん少し抜けてる所があるイメージだけどもう大人なんだし大丈夫でしょ。
あーそういえばさぁー――」
心太朗:「……もしも……」
♥なる:「え?もしも??」
心太朗:「もしも、未来から来たマフィアとかに誘拐されたらどうする!」
♥なる:「は?何を仰って???」
心太朗:「姉さんは姉さんだからそんな可能性も十二分に……いや!千二百分にあるッ!」
♥なる:「いやいや、百歩譲って誘拐はありえるとして、何故マフィア?しかも未来から?」
心太朗:「しっ……心配だ……ッ!!」
(心太朗、駆ける。)
♥なる:「あぁ!ちょっと!ヒノユメくん!
…………行っちゃった……
はぁ……」
(ポケットから紙を二枚取り出す。)
♥なる:「…………このチケット、どのタイミングで渡そう……。
……受け取って……くれるかな……
一緒に……行ってくれるかな……
…………あぁ~もぉ~焦ってるなぁ~~~~~私……。」
心太朗:幸い、姉さんは誘拐されていなかった。
◇
美結:その日の夜の話。
♥女性の声:『ヒノユメさん凄いね!貴女なんでも出来るじゃない!』
美結:「あ……あははは……なんでもは流石に過言だよ。」
♠男性の声:『ああ、俺君の事知ってるよ!この間のドラマ出てたでしょ!
いやー凄く迫真で格好良かったよー!
やっぱり才能ってやつなのかな?』
美結:「さ、才能だなんて……全然……」
♥女性の声:『ミユ!貴女あの有名大学受かったんだって!?
いやー流石、優秀で秀才で完璧な我が校の誇り!』
美結:「え……あ、あはははは……」
♠男性の声:『じゃあヒノユメはもっと頑張らないとな!』
美結:「えぇ……う……うん……」
美結:これは、高校時代の記憶。
♠男性の声:『ヒノユメさん……大丈夫……?
ま、まぁ、弘法も筆の誤りってやつだよ!気にしないで!』
美結:「ぁ……え……」
♥女性の声:『私知ってるよ!ヒノユメさんは高校時代凄く優秀だったって!
それに今売れっ子な女優さんだし!
今日はたまたま、失敗しちゃっただけだよね!』
美結:「ぇ……ぇえ、っと……」
♠男性の声:『どうしたんだヒノユメ。最近学校来てないらしいじゃないか。
何かあるなら先生に話してみなさい。』
美結:「えっと……ぁ……い、いや……な、なんで……も……」
♥女性の声:『………………ヒノユメさんって……結構駄目な人なのかもね……』
美結:「ッ!」
美結:これは、ついこの間の記憶。
心太朗:『もう……姉さん。無理しすぎじゃない?
姉さんは別に凄い人なんかじゃないんだから少し楽にした方が良いよ。』
美結:「っ!しーくん!(嬉しそうに)
…………あ、あれ……?し、しーくん……?
しーくん……しーくん、どこ……?」
♥女性の声:『ミユさんは本当に凄いわね!』
美結:「え?……お、おかあさん……?」
♠男性の声:『ああ、ミユは俺たちの自慢の子だ。』
美結:「おとうさん……?」
♥女性の声:『……だけど……シンタロウさんは……』
♠男性の声:『…………ああ、何を考えているか分からない……』
♥女性の声:『……なんであの子、うちの子なのかしら……』
美結:「なっ……何を言ってるの……?おとうさん!おかあさん!
しーくんも私たちの家族だよ!?
(過去の様に喋れず、だんだんと今の様にどもっていく。)
それに、しーくんはわ、わた、ワタシなんか、より、もっと凄く、すごく、て……!や、やさしく、って……!!」
♠男性の声:『早く出て行ってくれないかな……』
美結:「お、おとう……さん……」
心太朗:『安心してください。義父さん、義母さん。』
美結:「しー、くん……!?」
心太朗:『ボクはもとよりそのつもりですので。
では、さようなら。』
美結:「まっ、待って!待ってッ!!しーくんッ!!!」
心太朗:『はぁ?
なんで追いかけてくるの?』
美結:「ッ、んぇ……?」
心太朗:『ボクを追いかけて、どうするの?』
美結:「え……?え……?」
心太朗:『アンタに何が出来るの?』
美結:「わ……わた、ワタシ……に……何が……」
心太朗:『昔の優秀で完璧なアンタならともかく。
今のアンタに何が出来るっていうのさ。
人とまともに喋る事も出来ない、グズで馬鹿で駄目なアンタに。』
美結:「でっ……でも、ワタシ、は……しー、くん、の、お、お姉ちゃん……で……」
心太朗:『戯(ざ)れないでよ。
アンタはボクの姉なんかじゃない。』
美結:「ッ!!!」
心太朗:『ボクとアンタに血の繋がりは無い。
日乃夢 美結(ひのゆめ みゆ)。ボクとアンタは他人だよ。
勘違いしないでくれ。』
美結:「し……しー、くん……」
心太朗:『たった一度、失敗しただけで今までの功績が雪崩の様に崩れていき、
駄目になったアンタが、ボクに対して何か出来ると思うなんて甚だ図々しい。』
美結:「……し…………く……ん……」
♠男性の声:『あんなヤツの声、無視すれば良い。』
♥女性の声:『そうだよ。アレは貴女の本当の家族じゃないんだよ?
心を痛める必要は無いよ。』
美結:「……。」
♥女性の声:『さ、元の自分を取り戻す為に頑張りましょう!
優秀で!』
♠男性の声:『完璧な君を取り戻そう!!』
美結:「しー……くん……」
(美結、歩き出す。)
♠男性の声:『どこへ行く?』
♥女性の声:『誰を見てるの?』
(美結、走り出す。)
美結:「待って……待ってッ!待ってよ!しーくんッ!!」
(美結、目が覚める。)
美結:「ま、って……!」
間。
美結:「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
……ゆ、ゆ、め…………
…………。」
間。
美結:「…………しー……くん……」
美結:ワタシは、怖くなった。
夢の様に、しーくんが居なくなってしまうのでは、と。
焦った。
◇
~日乃夢家、心太朗の部屋前~
美結:「…………ぁ……え……
……ど、どう、しよう……」
間。
美結:「……し……しー……うぅ……」
心太朗:「どうしたの?姉さん。」
美結:「ピャアアッ!!」
心太朗:「うわぁ……びっくりした……
えっと……ボクの部屋の前で何してるの?」
美結:「し……くん……え、え、えっと……ど、どこ、行ってた、の……?」
心太朗:「え?シャワー……浴びてたんだけど……
えっと、バイト終わりで疲れてたから……」
美結:「あっ……そ、そ、そ……なんだ……!」
心太朗:「…………?
姉さん、震えてるの。」
美結:「えっ!えっ、え、っと……そ、その……」
心太朗:「…………。
とにかく、廊下は冷えるし、部屋入って。
暖房付けてるからさ。」
美結:「ぁ…………うっ、うん……!」
◇
美結:「……あ、あたた、かい…………」
心太朗:「そう。
それで、どうしたの。姉さん。」
美結:「……あ……いや……そ、その……」
心太朗:「……。」
美結:「……しーくん、は……どこにも、いかない……?」
心太朗:「……それはどういう意味?」
美結:「あっ……えっと……しーくんは、どこか、へ、行っちゃおう、とか、思って……る……?」
心太朗:「………………まぁ、ね。」
美結:「……!
……ど、どう、して…………」
心太朗:「……。」
美結:「……………………わ、ワタシ……」
心太朗:「……。」
美結:「こ……こわい、ゆめ……見たの……」
心太朗:「……。」
美結:「し、しーくん、が……どこかに、行っちゃう、ゆめ……」
心太朗:「……そっか……だから……」
美結:「だっ、だから……!し、しーくん……!
い、いっしょに、ねて、くだ、さい……!」
心太朗:「……何故そうなる?」
美結:「えっ……こ、怖い夢、見っちゃ、って……一人、で、眠れない、から……」
心太朗:「…………。」
美結:「う……あ……うぅ……」
心太朗:「……分かったよ。
じゃあ、布団敷くから、毛布と枕を自分の部屋から持ってきて。」
美結:「……!!(パァっ)
う……うん……!し、しーくん、あ、ありがとう……!」
心太朗:「…………うん。」
◇
美結:「しー、くん……」
心太朗:「何、姉さん。」
美結:「しー、くんは、さ……
やっぱり、駄目……で、馬鹿……で、グズ、なワタシ、は……嫌い……?」
心太朗:「え?なんなの?藪から棒に。
そんなワケないじゃん。
姉さんは姉さんだし、ボクは姉さんを駄目で馬鹿でグズ……だなんて思ってないよ。」
美結:「そ、そっか……」
心太朗:「……ていうか、誰なのさ。姉さんの事を馬鹿とかグズとか言ったヤツ。
そんなやつ、ボクが殴っておくよ。」
美結:「え……えっと……夢の中、の、しーくん……」
心太朗:「…………。
イィッテッ!!(自分を殴る)
……そっか、だからボクにそんな事聞いたんだ。」
美結:「ぁ……ぁぅ……」
心太朗:「怒ってるワケじゃないよ。
……さっきも言ったけどボクは姉さんを駄目になったなんて思ってない。
もっと言えば、……てか前にも言ったけど元々優秀だなんて思ってないし。」
美結:「ぴぇ……」
心太朗:「……それで良いんだよ。姉さんは。
姉さんはあわてんぼうで、色々抜けてて……けど、凄く優しくて……
……そう……姉さん覚えてる?」
美結:「んぇ……?」
心太朗:「昔さ、姉さんと一緒になったばかりの頃って、正直良い印象無かったんだよね。
姉さんうるさいし。」
美結:「しゅん……。」
心太朗:「だからボクは冷たくしてた。
けど、姉さんはボクにずっと優しくてさ……嬉しかった。」
美結:「……。」
心太朗:「ボクの誕生日を祝おうとしてくれたのも、嬉しかった。
人に……家族に、ボクの誕生日を祝ってもらえたの、初めてだったから。
一緒にクリスマスを祝って……そういえば、あれから毎年サンタ服で祝ってくれたよね。」
美結:「う、うん!
しー、くん、が、喜んでくれた!から!」
心太朗:「フフ、そっか……。
嬉しいは嬉しかったけど、もう着なくて良いからね?」
美結:「い……いや……だった……?」
心太朗:「え?い、いやとかではないけど……ま、まぁ、とにかく、さ。
ボクは姉さんがボクの姉さんになってくれて嬉しいよ。」
美結:「……うん。ワタシ、も、しーくんの、お姉ちゃんに、なれて、嬉しい……よ……。」
心太朗:「そっか……
……あ、明日先生と約束あるんだった。
そろそろボク寝るよ。おやすみ、姉さん。」
美結:「うん。おやす、み……しー、くん。
しーくんにとって、明日、がとても、良い日になる、事を、祈ってる……よ……」
心太朗:「フフ……ありがとう……姉さん……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~とある喫茶店~
♠優太:「へぇーそれで一緒に寝たんだ。
仲良いね~。」
心太朗:「……で、今日は何の用です?」
♠優太:「ん。ミユさんの状況をシンタロウ君視点で聞きたくてね。」
心太朗:「だったら、別に診療所でも良いじゃないですか。」
♠優太:「それはそうだけど、それだけじゃなくて、前に言ってた“お礼”とかも兼ねてね。」
心太朗:「お礼……って、何なんです?」
♠優太:「シンタロウ君甘いもの好きなんだって?」
心太朗:「何故それを。」
♠優太:「ミユさんがポロっと。」
心太朗:「くッ……!」
♠優太:「はっはっはっは!まぁ、明後日はクリスマスじゃないか。
それの前倒しって事で。」
心太朗:「…………まぁ、良いですよ。
で、ボクから見た姉さんの状況、でしたっけ。」
♠優太:「ああ。君から見て、彼女はどうだい。」
心太朗:「……。」
心太朗:昨日の姉さんを思い出す。
ボクが出ていく夢を見ただけでああなったのだろうか。
多分、そうじゃない。
姉さんは……
心太朗:「…………姉さんは何かを引き摺ってる気がします。」
♠優太:「何かを、引き摺っている。」
心太朗:「……具体的には、分からないんですけど。
だからだと思うんです。
ボクは別にわざわざ前みたいに優秀だの完璧だの明るくだのなんだのと言われる様になる必要は無いと思っています。
けれど……姉さんは多分そう思ってない、と思います。」
♠優太:「ふむ。」
心太朗:「……先生、ボクはどうすれば良いですか。」
♠優太:「……。
何を急いているんだい。シンタロウ君。」
心太朗:「……。」
♠優太:「………………うーん……そうだなぁー……
(窓の外を見る。)
……明日は、雨……いや、雪が降るかもね。」
心太朗:「え……?」
♠優太:「雪が降る日は、温かくしたいと思わないかい?
誰かと一緒に暖をとって、“寒いね~”なんて言って、さ。」
心太朗:「……まぁ……はい……」
♠優太:「じゃあ、そうしてあげなさい。」
心太朗:「……。」
♠優太:「僕が思うに、シンタロウ君は優しい子で、頭の良い子だ。」
心太朗:「……。」
心太朗:まるで、姉さんみたいな事を言う。
♠優太:「だから、分かるんじゃないかな。
先に言っておくと、察して欲しい、とかではなく、“分かっていて欲しい”というやつだ。」
心太朗:「……何が違うんですか。」
♠優太:「気持ちの問題、かな。」
心太朗:「……なんですか、それ。」
♠優太:「フフ、僕は優しくない人なんでね。」
心太朗:「……先生、絶対モテないですよね。」
♠優太:「失礼だなお前。」
心太朗:「……ええ???」
♠優太:「……あ、ご、ごめん!!」
心太朗:「い……いえ…こちらこそごめんなさい……。」
♠優太:「あ……えぇっと……と、とにかく!
お話はこれでおしまい!
シンタロウ君が好きそうな美味しいお菓子を見つけたんだ!
そのお店に行こう!」
心太朗:「あ、いえ。先生。
そのお礼、少し待ってもらえますか。」
♠優太:「え……良いけど、どうしてだい?」
心太朗:「それは、当日、姉さんと食べる事にします。」
♠優太:「……ああ。そっか。うん。良いよ。
お店の場所ぉ……(メモ帳に書いて紙を破り取る)は、このメモに書いておいたよ。」
心太朗:「ありがとうございます。
何から何まで。」
♠優太:「いえいえ。
なんというか。僕は君たちに……いや“ヒノユメ”って姓に色々と縁があるみたいでね。
自然と、良くしてあげたいと思っちゃうんだ。」
心太朗:「縁……ですか。」
♠優太:「うん。正直、ミユさんがうちの診療所に予約してきた時は度肝を抜いたよ。
“まさか、またヒノユメっていう姓の人と関わりが出来るなんて”ってね。」
心太朗:「……過去に先生が関わった“ヒノユメさん”って、どんな人だったんですか。」
♠優太:「ん?ああ、シンタロウ君は賢いから患者さんとして関わった、と思うかもしれないけれど、違うんだ。
僕が過去に関わった“ヒノユメさん”は、僕の幼馴染でね。
凄く元気で、皆の輪の中心で、引っ込み思案な僕をよく引っ張り回してたよ。
……僕の初恋の人だったんだ。そして、彼女も僕の事が好きで……相思相愛だったんだ。」
心太朗:「……へぇ~~~~~……」
♠優太:「そんな目で見ないでくれよ。
ま、結局は、付き合う事も無く、互いに互いを振って……仲良く……絶交したんだ。」
心太朗:「????
仲が良かったのに……相思相愛だったのに、絶交したんですか……?」
♠優太:「ああ。馬鹿みたいだろう?
誰に話しても首を傾げられるよ。今風に言うなら、”好き別れ”、というらしんだけど。
……ただね……やはり、どうしても思うんだ。
あの時の選択は間違いだったんじゃないか、ってね。」
心太朗:「……それは、ボクには分からないですけれど。」
♠優太:「……それから、彼女は不登校になり、中退して一度は就職したものの、引きこもりになり、そして自殺した。」
心太朗:「ッ!?」
♠優太:「不登校、引きこもり、自殺の理由に関しては伏せさせてもらうよ。
………………似てるだろ。君のお姉さんに。」
心太朗:「…………え……」
♠優太:「僕は彼女の傍から離れる事を選択した。その結果、彼女は亡くなった。
……雪が降り、肌寒くなっても、僕は……彼女を温めてあげる事が出来なくなったんだ。
シンタロウ君。君は、どうする。」
心太朗:「……ぼ、ボクは…………」
♠優太:「……なに、慌てる事は無いよ。
彼女の様にならない為の僕だ。だから僕は医者になった。
……二人で、姉さんを守ろう。」
心太朗:「……。」
♠優太:「……さ、そろそろ良い時間だ。帰ろうか。
……すまないね。変な話をしてしまって。
家まで送るよ。」
心太朗:「……ありがとう、ございます。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
心太朗:翌日。12月24日。
今日の朝。久しぶりに義母さんと義父さんに話しかけられた。
“今日はなるべく遅く帰ってきなさい。”、と。しかも少しにこにこ、というかにやにやしながら。
……妙だな、と考え込んでいた。
♥なる:「ねえヒノユメくん。」
心太朗:「……え、なに。」
♥なる:「付き合ってよ。」
心太朗:「やだ。」
♥なる:「えぇ~~~~~!!なんでよ~~~~~~~!!」
心太朗:「いやだからだよ。」
♥なる:「そんな~~!私とキミの仲じゃないか~!
ね?ちょっとだけ、ちょこっとだけ!ね??」
心太朗:「………………はぁ……分かったよ。」
♥なる:「フゥー!⤴ありがとう!
じゃあ、また後で!いつもの場所で待ってるから!」
(なる、去る。)
心太朗:「……なんだったんだ。
………………あれ、いつもの場所ってどこなんだ……?」
◇
~校門前~
♥なる:「遅いじゃーん。」
心太朗:「ごめん。よくよく考えたらいつもの場所ってどこか分からなくて。
とりあえず校門前来たら君がいたわけだけど。」
♥なる:「いつもここで会ってるじゃーん。」
心太朗:「いや……君が勝手にいるだけじゃん……
で、なに。」
♥なる:「うん。
付き合ってよ。」
心太朗:「はぁ……また……」
♥なる:「今日のは本気のやつ。」
心太朗:「…………。」
♥なる:「ふふ、とりあえずー、さ。
行こ?」
心太朗:「……。」
◇
~映画館~
心太朗:「映画館……?」
♥なる:「うん。
なんでここに来たか、ヒノユメくんなら分かるんじゃない?」
心太朗:「……いや、分かんないけど。」
♥なる:「そっかぁー
それは少し意外だね。
これ。これだよ。」
心太朗:「……『新釈(しんしゃく):改造戦屍(かいぞうせんし)ファルシファイ』。
…………これがどう……いや、これが公開中なのは知ってるけれど。
それがどうしたの。」
♥なる:「いや実はさ、これまだ観て無かったんだよねぇ。
ヒノユメくんはもう観た?」
心太朗:「あ……」
♥なる:「やっぱり観てるよね。
ごめんごめん。愚問だったよねぇ。」
心太朗:「いや、ボクまだ何も言ってないけど。」
♥なる:「でも観てるでしょ?」
心太朗:「…………うん。」
♥なる:「フフフ。」
心太朗:「……。
で、それがどうしたの。」
♥なる:「一緒に観てくれないかな、って思って。」
心太朗:「……。」
♥なる:「じ、実はさぁ~。
映画の前売り券的なの?を二枚貰っちゃってさぁ~
私の両親は映画館嫌いだし、兄ちゃんはどこいるか分かんないし、
友達には興味無いって言われちゃってさぁ~
いやはや、二枚も持ってて一人で行くのは味気ないなぁ~!と思っててぇ~
それで……ヒノユメくんだったら観てくれるかなぁと思ったりしちゃったり……?」
心太朗:「…………ハァ……
良いよ。もう一回観たいと思ってたし。」
♥なる:「!
いやぁ~ごめんね~!でも私的にはとても嬉しいかなぁ~!みたいな!」
心太朗:「なんでも良いから観よ。」
♥なる:「……うん!」
◇
♥なる:「結構がらがらだねぇ~」
心太朗:「まぁ、平日だし、公開されて結構経ってるし。」
♥なる:「そっかぁ~。」
(沈黙。)
♥なる:「ねぇ。始まるまで、さ。
話、しない。」
心太朗:「良いけど。」
♥なる:「……私たち、なんだかんだでさ。
今年度で卒業じゃん。ヒノユメくんはさ、まだ大学決まってないんだっけ?」
心太朗:「一応何校かは受かってるけれど、第一志望の試験が二月にあるから、それ次第。」
♥なる:「それってさ、やっぱお姉さんとおんなじとこ?」
心太朗:「……いや、違うけど。」
♥なる:「え、意外。じゃ、どこ?」
心太朗:「…………いや、第一志望とか、本当はどうでも良いんだ。
とにかく、この町から、あの家族から遠いとこならどこでも。」
♥なる:「……そっか。
そういえばヒノユメくんの両親、本当の両親じゃないもんね。」
心太朗:「うん。」
♥なる:「……中学生の頃は“周防(すおう)”くんだったもんね。」
心太朗:「……はは、久しぶりに聞いたよ。その呼び名。」
♥なる:「えへへ。私たちさ。小学生の頃から一緒だったじゃん。
だからさ、ずっとすおうくん、すおうくんって
呼んでた所為でヒノユメくんになってからも呼んじゃって……。」
心太朗:「そんな事もあったね。」
♥なる:「あ……始まる……。」
心太朗:「……。」
心太朗:新釈(しんしゃく):改造戦屍(かいぞうせんし)ファルシファイ』。
それは特撮ドラマ『改造戦屍ファルシファイ』の映画リメイク版。
タイトルの前に付いている“新釈(しんしゃく)”とは要は新解釈、という事。
特撮ドラマ版では語られなかった物語や特撮ドラマ版の方で明かされた出来事から改めて造り直された本編が展開されていく。
まさに“falsify(ファルシファイ)”=改竄(かいざん)された物語。
美結:『さあ!“シンイチ”!いいえ、改造戦屍ファルシファイ!“断片解錠(だんぺんかいじょう)”よ!!』
心太朗:作中で姉さんは“Dr.(ドクター)ラプラス”という天才博士の役を演じる。
その芝居は真に迫り、好評判だ。
♥なる:「おぉ……!」
心太朗:作中に於いて、Dr.ラプラスはなんでも分かるというふざけた天才だが、
彼女の意識外からの奇襲が多発、いや、なんならそれしかないのだけど。
それによって主人公の身を危険に晒し続ける。
美結:『……ごめんなさい……私が……至らないばかりに……!!』
心太朗:Dr.ラプラスが懺悔する。
主人公はかつて彼女が救い出した時の様に、どうしようも無い致命傷を受ける。
だが——
♠男性の声:『……気に、するな……俺は、結局死んでた命……だ……
そんな俺が、誰かを……救えたんだ……』
美結:『し……シンイチ……』
♠男性の声:『……ああ……俺、は……さ……馬鹿、だから……さ……
アンタが如何に、天才だろう、と……そう、じゃなかろう、と……
よく、分かんない、から……さ……ま、生きてくれりゃ……それで良い、さ……。』
心太朗:「…………。
ああ……ボクもそう思うよ……(小声)」
◇
~高台~
♥なる:「いや~面白かったなぁ~~!」
心太朗:「……22時……か。」
♥なる:「遅くなっちゃったねぇ~~」
心太朗:「……で、なる。どこに連れてこうと──」
心太朗:「──ッ、ここは……」
♥なる:「この町で一番高い場所。
ついでにこの鉄塔を登ればもっと高い位置に行けるよ。」
心太朗:……姉さんに昔一度だけ連れてきてもらった事がある高台。
♥なる:「……ほんのちょっぴり、ロマンチックでしょ?」
心太朗:「……。」
♥なる:「……今日はなんだか口数が少ないね。」
心太朗:「…………映画終わって、行きたいところがあるって言うからついてきたけど。
ここになんの用があるの。」
♥なる:「え?ほら、ここってさ。
私たちが中三の時にさ、一度来た事があったじゃん。」
心太朗:「……ああ。そんな事もあったっけ。」
♥なる:「……ん~~~……今日ってさ。クリスマスイヴじゃん。
だから……その、中三の時と同じ展開だけど……
……はい。」
(なる、心太朗に包みを渡す。)
♥なる:「これ、あげる。」
心太朗:「え……。」
♥なる:「開けて良いよ。」
心太朗:「…………マフラー……?」
♥なる:「プレゼント。ハッピークリスマス&ハッピーバースデー。ヒノユメくん。」
心太朗:「……あ、ありがとう。
えっと、でも、ボクの誕生日は——」
♥なる:「分かってるよ明日でしょ。
中三の時はちゃんと当日に渡したじゃん。」
心太朗:「じゃあ、どうして……」
♥なる:「まぁ、なんだろう。
ん~……タイミングの問題で……ちょっと前倒しで、ね。」
心太朗:「タイミングって……」
♥なる:「…………ねえ……シンタロウくん。」
心太朗:「……なに。」
♥なる:「……私、キミの事が好きなんだ。」
心太朗:「……。」
♥なる:「あまり驚かないねぇ。
ふふん、ま、それもそっか。
一緒だもんね、あの時と。
それでさ……ううん……だからさ、付き合ってよ。私と。」
心太朗:……。
そう、なるの言う通り。一緒。
映画館に行って、ここに来て、そしてこんな風に告白された。
♥なる:「さっきも言ったけれど、本気だよ。
あの時のリベンジってワケじゃないけれど……とにかく、私、本気なんだよ。」
心太朗:「…………。」
♥なる:「……ん~~~……黙られちゃうと私不安になっちゃうなぁ~、なんて……」
心太朗:「……ごめん、なる。
ボクは君とは付き合えない。」
♥なる:「…………ええ~……なぁんで~?
もしかして、私の事嫌いだったぁ?」
心太朗:「いや、そんな事は無い。」
♥なる:「じゃあどうして駄目なの。」
心太朗:「嫌いじゃないけれど、別に好きじゃないから。」
♥なる:「は、ははは~……ひ、どいなぁ~……
でもあれじゃない?
ほら、付き合ってから好きになる~的な、さ?
私、キミに好かれる様に滅茶苦茶頑張るよ?頑張っちゃうよ??」
心太朗:「いや……そういう問題じゃないんだ……
そういう問題じゃないんだよ、なる。」
♥なる:「え、ええ~?脈無し宣言?
いやはや残酷なお人~……やっぱり、あれかなぁ。
好きな人、いるのかな。」
心太朗:「……。」
♥なる:「あ、待って、言わないで。
ふむふむ~ナルほど~そういう事~
やっぱりいるんだよね~好きな人~~~
……。
スゥーーーーーーーーーー……っじゃあ、無理かぁ~!!」
心太朗:「……ごめん。なる。」
♥なる:「謝んないでよ……尚の事みじめになっちゃうじゃ~ん?」
心太朗:「……。
だからこそ、ボクも本気で応えるよ。」
♥なる:「え……。」
心太朗:「ボクは、姉さんが、日乃夢 美結(ひのゆめ みゆ)が好きだ。
一緒に生きていくなら、ボクは彼女が良いんだ。
だから、ボクはなるを好きにならないし、なるとは付き合わない。好き合わない。」
♥なる:「そ……そっか……
いやー……まさかここまでストレートに玉砕パンチを受けるとはぁ~……!
………………うん……真面目に、私の気持ちを真っ向から否定してくれて……
……あ……ありがとう。」
心太朗:「……。」
♥なる:「あ~~~……そのマフラーさ。
結構おっきくてさ。二人で巻けるんだよねぇ。
今日は冷えるし、お姉さん寒がりだって聞いたし、温めてあげなよ。」
心太朗:「……ああ、ありがとう。」
♥なる:「……へへへ……あ~……結構暗くなってきたねぇ~
……うん!ごめんね、時間取っちゃって。
さ、早く帰りな!」
心太朗:「…………うん。ありがとう。
………嬉しかった。」
(心太朗、去る。)
♥なる:「もう……いけず……」
(なる、その場に座り込り、泣きだす。)
♥なる:「はぁ……もう……いやぁ~分かってたんだけどなぁ~……
いやぁ~きっついなぁ~……」
♥なる:そう、分かっていた。こうなる事は分かっていたんだ。
彼の心は常に、彼女を向いていた。
だからといって諦められはしなかった。
♥なる:「一か八か……だったんだけどなぁ……
いやはや、どの出目が出てもハズレなんて……
くぅ~~……分かってても堪えるなぁ~~~~~!」
心太朗:『ボクは、姉さんが、日乃夢 美結(ひのゆめ みゆ)が好きだ。』
♥なる:「……私は……昔から好きだったんだよ……
キミがヒノユメくんになる前から……すおうくんの時から……
……キミのお姉さんよりも……先に……
…………先に好きだったのに……」
♥なる:ままならないもの。
だって、どっちが先に好きになったとか関係無いんだから。
選ぶのは、あくまでも、彼なのだから。
♥なる:「………………それでも……悔しいよぉ……
うぅ……寒いよぉ……うぅ……うぅ……」
♠優太:「君……大丈夫……?」
♥なる:「ひょッ!!?!?!?びっくりした……!!
ってえーっと……ココノエさん……?」
♠優太:「うわぁ……びっくりしたぁ……え……?あ、シンタロウ君の友達の。」
♥なる:「えっと……ぐすっ……なんでこんなところに?」
♠優太:「ん?俺?……散歩……だけど……えっと、大丈夫?」
♥なる:「ぐすっ……へへへ……実は~失恋しちゃいましてぇ。」
♠優太:「……あー……スゥーーーーーーーーーー……そういう……
いやー……シンタロウ君も罪な子だなぁー……」
♥なる:「分かっちゃいますかぁ。
あ、ココノエさん……私の愚痴、聞いてもらえません……?」
♠優太:「……ん~…………あ、雪。」
♥なる:「……あ、通りで寒いワケだ。」
♠優太:「……じゃあ、僕らが初めて会ったカフェで暖まりながら聞こうかな。あそこならまだ空いてるし。
珈琲一杯くらいならご馳走するよ。」
♥なる:「いや~ヒノユメくんの知り合いってだけあってやっさしいですねぇ~」
♠優太:「はっはっは……あまり強がらなくて、良いんだよ。」
♥なる:「うぅ……!せっかく少し涙が引いたのにまたちょちょぎれちゃうじゃないですかぁ!」
♠優太:「え、あ、ああ……ごめんごめん……」
♥なる:「ふふふ♪んじゃあ……聞いてくださいな~……私の、失恋譚を♪」
◇
~日乃夢家~
心太朗:家に帰る。
今日は……やはり義母さんも義父さんも居ない。
いや、今年も、と言っても良い。
両親はこの時期忙しいらしく家に帰ってこない。
だから、二人とクリスマスを過ごした事も、誕生日を祝ってもらった事も無い。
心太朗:「……なんだ。結局居ないんだ。」
心太朗:朝。遅く帰ってくる様に言われたから、もしかしたら……
なんて考えたけれど、まぁ、結局、二人はいない。
心太朗:「ただいま。
…………姉さん?」
心太朗:何故だろう。焦燥感に駆られた。
心太朗:「……姉さん……姉さん……!姉さん!」
心太朗:姉さんの部屋。居ない。
リビング。居ない。
キッチン。居ない。
風呂場。居ない。
トイレ。居ない。
心太朗:「……ね……姉さん……
ど、どうしよう。
義母さんに電話……。
……。
……。
……。
出ない……こういう時になんで……!」
心太朗:どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……
…………え……?
心太朗:「…………。」
心太朗:色々考えながらも、自分の部屋にとりあえず戻ったら……
心太朗:「……え?」
心太朗:ボクのベッドが盛り上がっていた。
心太朗:「…………。」
(心太朗、恐る恐る布団を捲る。)
心太朗:……布団を捲ると、そこには姉さんが居た。
サンタさんの恰好をした姉さんが寝ていた。
心太朗:「…………え?ね、姉さん?」
美結:「……んん……むにゃ……しー……くん……?」
心太朗:「……。」
美結:「……ほぇ?…………ッ!!?!?!?!?
し、ししししし、しーくんッ!!??!?!?!??!?!?!」
心太朗:「うわぁああ……最近で一番声がでかい……
うん、ボクだけど……何してるの姉さん……。」
美結:「あっ!えっ!あ、あわわっ、あわわわっ、えっ、と、きょ、今日は、クリスマス、で、しーくん、の誕生日、だ、だから……
さ、さぷらいず、をぉ……!!、と思ってたんだけ、ど、ね、寝ちゃって、た……」
心太朗:「え……?」
心太朗:昔やったやりとりを思い出す。
心太朗:「っぷ……姉さん、ボクの誕生日は確かに12月25日だけど、今日はまだその日じゃないよ。」
美結:「えっ、えっ、ま、まだ、れい、じ、すぎて、な、ない……?」
心太朗:「え……?
(時計を見る。)
……0時3分……だね。」
美結:「はっ、はっぴー!めりー!く、くりすますっ!……と……たんじょうび、おめでとうっ!しー、くんっ!!」
心太朗:「……ふふふ、ありがとう。姉さん。
…………というか、姉さん、今日はボクたまたま0時近くに帰ってきたけど、
早めに帰ってきてたらどうしてたの?」
美結:「んぇ……?れ、0時になる、まで、ここに、か、隠れてる、つもり、だった、よ……?」
心太朗:「……………………本気で言ってる?」
美結:「ん、うんっ!!」
心太朗:「……。
ま、まぁ、良いや。
姉さん。ココノエ先生に美味しいケーキのお店を教えてもらったから買って来たんだ。
一緒に食べよう。」
美結:「え、う、うん!
あっ、そ、その前に、し、しーくん!」
心太朗:「ん?どうしたの、姉さん。」
美結:「クリスマス、あんど、誕生日、プレゼント、が、あるの……!」
心太朗:「えっ……あ、ありがとう姉さん。凄く嬉しいよ。
…………なんで両手広げて黙ってるの?」
美結:「ぷ、ぷれ、ぜんとは……わた、ワタシ!です!!」
心太朗:「……。
??????????????????????????????????」
美結:「あと、手袋……です!///」
心太朗:「ちょっ……ちょっと待って。待ってね。
深呼吸させて。」
美結:「う、うん!!」
心太朗:「(深呼吸)
……。
……なんだって???」
美結:「手袋、です!」
心太朗:「そっちじゃなくて、
プレゼントが“ワタシ”ってど、どういうことなの?」
美結:「あっ、えっ、えっと、しーくん……ワタシも、連れってって、ください……!
しーくん、が、どこかへ、行ってしまう、とき、はワタシも連れて行って……!!」
心太朗:「……えっと……。」
美結:「とうさん、とかあさんに、聞いた、の。
しーくん、が、バイトしてる、理由。
高校、を、卒業、したら、一人暮らし、始める、んでしょ……?」
心太朗:「え、まぁ、うん。」
美結:「それ、で、それを、きっかけ、でとうさんとかあさんと、縁を切る、って……。」
心太朗:「……そうだね。」
美結:「縁を切ろう、って思ってる、理由、は、ワタシも、分かる、よ……。
かあさん、に聞いた、から……。」
心太朗:「……そっか。」
心太朗:義母さんとボクは血が繋がってない。
元々の両親の母が死に、義母さんと父さんが再婚して……
けれど、父さんも死んでしまい、ボクと義母さんだけが残された、という流れ。
美結:「…………。」
心太朗:だから、ボクは義父さんと姉さんは勿論、義母さんとも血が繋がっていない。
それ故に、あまり良好な関係は築けなかった。
無論、血の繋がりが全てではない。
心太朗:「…………。」
心太朗:けれど、ボクらはそういう風にはなれなかった。ただそれだけ。
美結:「け、けれど……独りに、なろうとしない、で!」
心太朗:「えっ。」
美結:「……あ、う、ううん、ち、違う……ほ、ホント、は……
ワタシ、が、しーくんと離れたく、ない……から……!」
心太朗:「姉さん……。」
美結:「いや……いや……だから……しーくん、が……居なくなる、なんて……
ワタシ、には、無理、なの……
考えた、だけで、今以上、に、駄目に、なりそう……だから……」
心太朗:「…………ハァ……ずるいなぁ姉さんは……」
美結:「んえっ?えっ、ず、ずる、い……?」
心太朗:「そんな事言われてしまったら、断るなんてできないでしょ。姉さん。」
美結:「…………はっ!ご、ご、ごめん、なさい……
ずうずうし、かった……よ、ね……!
えっ、えっと、えっと、そ、その、いま、の、は……え、えっと……」
心太朗:「フフフ、相変わらず、姉さんはあわてんぼうなんだから……。
変わらないね、姉さんは。初めて会った時から。」
美結:「う……うぅ……///」
心太朗:「……良いよ。分かったよ。姉さん。
じゃあ、ボクがこの家を出ていくときは二人で居よう。」
美結:「!!
う、うん!や、やった!!わ、ワタシ、嬉しい!」
心太朗:「ハハハ……ん~……義母さん達には何て言おうか……
二人にもちゃんと説明しないとね。」
美結:「うん!だ、だから!ワタシ、二人を説得、した、よ!」
心太朗:「そっかー…………えぇ……?」
美結:「ちゃ、ちゃんと、二人に許可、貰った、よ!」
心太朗:「えぇ?」
美結:「ワタシ、しーくんと一緒、なら頑張れる……頑張りたいって、思える、から……!
だ、だから、おとうさんとおかあさんといっぱい、はなし、て……頑張った……!!」
心太朗:「そ……そっかぁ~……
…………スゥーーーーーーーーーー……だからあの二人ニヤニヤしてたのか……?」
間。
心太朗:「あ、クリスマスプレゼント……ボク用意してなかった……。」
美結:「しーくん、からは……もう、貰ってる……よ……。」
心太朗:「え?」
美結:「え、へへへ……」
心太朗:「……?
そっか、とりあえず、色々と祝してクリスマスパーティーしよっか。」
美結:「……っ!うんっ!
…………あ……ゆ、雪……」
心太朗:「……ああ、家に帰ってる途中に降って来たんだ。
…………。」
♠優太:『雪が降る日は、温かくしたいと思わないかい?
誰かと一緒に暖をとって、“寒いね~”なんて言って、さ。』
♥なる:『あ~~~……そのマフラーさ。
結構おっきくてさ。二人で巻けるんだよねぇ。
今日は冷えるし、お姉さん寒がりだって聞いたし、温めてあげなよ。』
心太朗:「……。
姉さん、今日は寒いね。」
美結:「う……うゅ……さ、さむい……ね……
ほ……?ま、まふらー……?」
心太朗:「うん。
寒いからさ。一緒に温まろ。」
美結:「……うん。
……しーくん、あたたかい……。」
◇
心太朗:翌日、というか朝、両親が帰ってきてボクを……いや、ボクたちを祝った。
……………………そういう、事で良いのか……?
美結:おとうさんとおかあさんがしーくんを祝ってくれた。
しーくんは戸惑っていたけれど、それでも、嬉しそうだった。
心太朗:義母さんと義父さんがどういうつもりなのか分からない。
いつもだったら、ボク共々、駄目になった姉さんを、厄介者を、一気に処理出来て喜んでいる、と考えてしまうが……
今回は、なんとなくそうじゃない、そんな気がした。
美結:本当に祝福してくれている。
しーくんとおとうさんとおかあさんが……三人一緒に穏やかに笑っている。
……ワタシは、その光景がとても嬉しくて、えへへ……泣いちゃいました。
間。
美結:そして、一年後。
◇
心太朗:「………………なんで二人がボクたちの家にいるの……。」
♥なる:「え?ヒノユメくんの誕生日だから、かな???
へぇ~ここがお二人の愛の巣ですかぁ~良い所ですねぇ~~」
心太朗:「あ、あ、あ、愛の巣って──」
美結:「ワタシが、呼びました~!」(少し遠くから)
♠優太:「彼女が言う通り、僕たちはミユさんに招待されてね。」
♥なる:「えぇ~ユウタさぁん……“僕”ぅ、ですって……プークスクス!」
♠優太:「なるッ……おまッ……くッ……!~~~~!
……落ち着け……俺……今はシンタロウ君とミユさんが居るんだ……(小声)
フゥー……ハッハッハ!」
♥なる:「ぷぷぷ!」
心太朗:「……?
で、姉さんなんで二人を……ってねぇ!姉さん!二人の前ではその恰好やめてよ!!!」
(美結、サンタ服で現れる。)
美結:「んぇ?」
♥なる:「キャー!ミユさんのサンタ服!可愛い!可愛い!くぁいいですよぉ!!!」
♠優太:「シンタロウ君……っふ~~~~~~~~~~ん……(暗黒微笑)」
心太朗:「ああッ!クソォ!!」
美結:「え、えっと、駄目、だったかな……?
もう、似合ってない、かな……だ、駄目だった……?……しーくん……?」
♥なる:「駄目なのぉ?」
♠優太:「駄目ってこたぁ~無いよねぇ??」
心太朗:「…………くそッ!!!
何も駄目じゃないよォッ!!!」
美結:「……!!(ぱぁっ、と笑顔が弾ける。)
エヘヘ……!
え、えっと、しーくん!」
心太朗:「…………はぁ……。
フフ、なに、姉さん。」
美結:「ふぉっふぉっふぉっ!ハッピーバースデー!あんど、メリークリスマ……ス!
わ、ワタシ、しーくんの誕生日を祝えて、嬉しい、よ!
今日は、三人、でっ!だから三倍!しーくんの誕生日を祝うよ!!」
♥なる:「おめでとぉ~ヒノユメくん~」
♠優太:「おめでとうシンタロウ君。」
美結:「おめでとう!しー、くんっ!!」
心太朗:「……ありがとう。
そして、ハッピーメリークリスマス。三人とも。」
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END