献呈:tinky44様、ごめんなさい様
※この作品はピクシブに掲載いただいた『高山家の日常』の続編です。
1.
「あのね! あのね! 私、人見知りだし、いろんな人に会うの苦手じゃない?」
「うん、で?」
「親しい人と一緒にいるのがすごく好きで、家にいても生活費を稼げる手段があったら、ずっと家にいてもいいと思わない?」
「まぁ、思うけど…」
「家にずっと居た時に、そんなことを考えてネットでコミュニティに参加してたら話が盛り上がって、私が代表してクラウドファンディングを始めたのね?」
「いや、後半何言ってるかぜんぜんわからない」
「でね、家にいつもいるいろんな人たちの時間と能力を、法人の仮想社員として、営利組織として経営できるスキームを作り上げたの!」
(…後はただもう聞いて、相槌を打つしかない)
「…うん」
「近藤くん、いや、健(たけし)くん! 」
「だから、健くんに迷惑をかけないで、健くんと一緒にいられるの」
(ん?、んんん?…)
「だから結婚して?」
卒倒しそうになる僕の気持ちを慮って彼女は続ける。
「あのね、健くんと一緒にいる時はねすっごく安心できるの。まるで家族といるときみたいに。でね、私なりにいろいろ考えたの。ずっと一緒にいられる方法は何かなって。だったら家族になっちゃえばいいんじゃないかなって。
「うん…」
「システム維持プラスお小遣いを稼ぐ程度の収入で設定したんだけど、一桁多い依頼と、二桁多い登録者が来ちゃったの。だから急いで司法書士と税理士の資格を持ったコンサルタント会社に入って貰って法人に作り直してようやく軌道に乗りはじめたんだ。私が運営してるって表に出ると、顔写真じゃ女子中学生そのものだし、体型を見たらビジネスどころじゃない、余りにも現実離れした姿だし、デメリットしかないでしょ?」
「(これは自信を持って)うん!」
「でね、このままいくと多分、普通の企業に就職するよりいい収入になりそうなの。私、衣食住全てがすっごいお金がかかるから普通の会社のお給料ではとても生活出来ないでしょう?多分共稼ぎでも全然追いつきそうも無いくらい。
だからこれを頑張って維持、成長させれば自分の洋服や食費、ジムの会費も自分で稼げるようになりそうなの。お父さんお母さんにも迷惑かけ続ける訳にはいかないし…」
「そうだけど…、普通、思っても実現させてしまう能力は、十代の女の子…いや訂正、大多数の一般人にはないけどね」
「すごい時代になったね〜」
…いや、すごいのは麻衣さんなんだが!
「なんで今まで黙ってたの?」
「黙ってたわけじゃないけど、運用資金の話とかクラウドシステムの相談とかを彼氏にする彼女って嫌でしょ?」
「嫌っていうか、十代の女の子からあんまり聞いたことがないけどね」
麻衣さんは、会社法や商法、簿記会計も大学の教養課程で修得した知識とネットの情報だけで会計士や司法書士と渡り合っているのだ。
「デートの時はデートを楽しみたいの。
学校の講義の時は講義をしっかりと受けたいし。
この件も自分の将来に関わることだから自分でやるの。両親にも旦那さんになる人にも出来るだけ迷惑はかけたくない。はじめから当てにするなんてとんでもないこと」
麻衣さんの真剣な眼差しに気圧され僕は黙って頷いた。
しかし、このままいくと、僕は麻衣さんの収入にぶら下がるヒモになってしまう。この辺の機微がまだ分からないところが十代の女の子の部分だろうか。十代の起業者はカッコいいが、十代のヒモは情け無い。
ちゃんと就活はしていかないと。
「振袖って既婚者は着ちゃいけないの。だから奥さんなら成人式でも振袖をつくる必要がないでしょ?」
「でも、一生に一度は着物って着てみたいの」
「だから、白無垢を結婚式で着てみたい」
「正式な着物なんて一生に一度しか着ることないから、私だけの特別な和服は白無垢角隠しにしたい」
「佳代子おねえちゃんは成人式で振袖をつくって貰ったけど…」
「私は、健くんと一緒に和服で『ご祝言』を挙げたい!」
麻衣さんがこんなに行動的な女の子とは思っていなかった。
でも、聡明で思慮深い麻衣さんが式のことだけを考えて不用意にこんな話をしないであろうことは分かっている。
つまり、僕とこれから一生添い遂げてくれる覚悟ができたからこその言葉なのだろう。
麻衣さんの目を黙ってじっと見上げる。
紅潮した幼い顔立ちに、高揚した恥じらいの表情とともに、強い意思の感じられる視線を僕に返してくる麻衣さん。
こんな会社経営や、大学の勉強も講義だけですべて吸収してしまう頭のいい麻衣さんは、人の気持ちや想いも瞬時に分かってしまう(だからこそ傷つきやすい麻衣さんは例え一時期でも引きこもりになってしまったのだろう)。
でも、僕の気持ちは麻衣さんの想像をはるかに超えて強いのだ。
「麻衣さん、その言葉は、就職して、自分の生活を作り上げて僕から言いたいってずっと思っていたんだ」
「だから、今、僕はとても悔しい」
「…」
「麻衣さんを守らなければいけない僕が、麻衣さんに守らなくてもいいよ、心配要らないよって言われちゃったんだから」
「…ごめんなさい、私」
麻衣さんの顔がみるみる暗く沈んでいくのが分かる。
「でも、僕の今の気持ちを伝えていいかい?」
沈んだ顔から、さらに過ちを犯してしまった悲壮な顔に変わっていく麻衣さん。
でも、僕の気持ちは
「状況はどうあれ、僕が成し遂げたかった一生の夢が、予定の何年も前にかなってしまったのに、なんで拒否する理由があるんだい?」
「ご両親に頼んで生活が安定するまで高山家にご厄介になろうか…、安アパートだと麻衣さんの洗濯物すら干せないし、とか昨日も夢想していた僕が、今の夢のような逆プロポーズをスルーと思う?」
麻衣さんの顔は『泣いたカラスがもう笑った』の見本動画にしたいほどの笑顔に一瞬で変わってしまった。
急転直下、大学生にして僕こと武藤健は齢18歳、大学在学中にして、妻帯者となることになった。
ワンルーム1.
ふと、コンビニでゼクシィを買って家でめくってみる。
なんでこんなに重たく分厚いのだ。
式場の予約がメインの本らしく、
あまり結婚自体の流れはよくわからない。仕方がないのでネットであれこれ検索して知識を増やしていった。
それから一週間。
麻衣さんの希望はだいたいこうだ。未成年だし、派手な披露宴はしたくないから両家の親類数人と友人2-3人でこじんまりとした宴がいい。
白無垢と白のウエディングドレスでお色直しは1回。近藤家は北関東にあるので、宿と式場は一つの場所がいい。新婚旅行は長距離の飛行機は嫌。でもビーチで泳ぎたいからハワイ。
大体、両家の意向を聞かずに勝手に決めていいものか高山家は大丈夫そうだが、当家はまだ「女性とお付き合いしています」すら伝えていないのだ。もちろん、何があろうとこれだけは自分の意思で決めるが。お付き合いで腰を抜かし、麻衣さんの姿を見て腰を抜かし、さらに結婚宣言だ。母は混乱して泣き出すかもしれない。
高山家1.
驚愕の報せは母から発せられた。
「麻衣は来年6月に結婚します。また、気づいていたかも知れないけど、会社を立ち上げていて、ビックリするくらい収益を上げています」
何事にも動じない佳代子。
衝撃を受ける俺。
顔を真っ赤にして、大きな大きな身体を小さく小さく縮こめる麻衣。
母は続ける。
「来年の6月15日土曜日大安に式を挙げます。近藤家の方には事前に了解は戴きました。もちろん、正式な挨拶や結納はこれからです」
真剣な顔から、一転、相好を崩す母。
「高山家で一番の心配事は、麻衣を貰ってくれる男性なんているのかっていう事だったから。本当に嬉しいの。まさか十代で一番乗りとはビックリだったけど。佳代子の行き先はほぼ決まりだし、優(ゆう)は大丈夫かなって思うけどね。
優なんて主夫でもやった方が今の時代、奥さんになる人に喜ばれるんじゃない?」
いい話から、急に話を振るな母さん。
「あのね〜、俺は一家の誰も家事を積極的にしないから仕方なくやってるんだよ。親父以外全員出来るのにも拘らず。共働きで激務の両親をサポートして」
「いつも感謝してるわよ〜。この頃は安心して仕事に打ち込めるから、つい帰りが遅くなっちゃう」
「ほら、俺が夕飯作ることが当たり前になってる。主婦労働は年収一千万って説もあるんだから」
「まあ、あなたの希望は分かるけど、これからも高山姉妹がいる限り当家の生活にゆとりは出ないけどね」
「うん。知ってた。でも、衣食住全てが桁違いにかかる二人じゃなくて、何故最もコスパのいい俺が、最も家庭に貢献しているのか?意味がわからない」
「そんなこと言って、麻衣にコートをプレゼントしちゃう優くんは、本当に妹想いね」
「いや、麻衣にだけだから。佳代子は俺の天敵だから」
ワンルーム2.
「私の白無垢とウエディングドレスの仕上がりに半年かかるんだって。だからすぐにでもいつもの伊勢丹に頼みにいかないと。でも、半年も経っちゃったら、私、また、育っちゃうよ!
あと、式場の予約と事前のウエディングフェアに参加しないと。フェアで式を予約するとお得なのと、私の体型で起こる色々なイレギュラーな事の事前相談をしっかりやって置かないと。一番の問題は着物とドレスの持ち込みなの。だいたい式場は衣裳の会社を持ってて、そこで選ぶのが決まりになってるから」
さすが麻衣さん(これからもこの呼び方にする事にした)しっかり調べが付いている。
「早速来週末にフェアがあるから、泊まりで箱根、行くよ!」
結婚後の夫婦の立場が、もう見えたような気がした。つまり、夫唱婦随の逆、婦唱夫髄。でも、それも満更ではない。麻衣さんの気配りで、夫を立ててくれるのが分かっている安心感があるからだろう。
いや、気がついたら高山家当主のお父さん(未来のお義父さんか)に挨拶をしていないじゃないか。高山家も婦唱夫随な気がするなあ。お兄さんも姉妹には気圧されてる様だし。
順番はチグハグだか、お泊りウエディングフェアが僕たちの結婚への最初の一歩となった
つづく