大学入学までの間、毎日毎日、彼女の写真を見ては妄想を逞しくしていた。あり得ない身長、 あり得ないかわいさ、そして、あり得ないバストの大きさ。こんなに俺の理想を具現化したような女性が、 世の中に存在しているだけでも夢のようなのに、クラスメイトとしてまさに手の触れられる距離に、 現実の存在として現れてしまったのだ。 合格が決まって、俺は早速、新しい学生アパートを借りた。関東の端から端まで通学して出来ないことはないが、 一人暮らしというものをしてみたくて、無理を言って家を出たのだ。 郊外のキャンパスに近い学生専用アパートは格安で、バイトをすればなんとか生活出来そうだ。 まずはパソコン環境だけ整えて、初めての一人暮らしの夜を過ごした。
考えることは、あの彼女のことばかり。 パソコンを急いで繋いだのも、三日ぶりに彼女の大きな画像を眺めたかったからだ。 携帯の画像では小さすぎて、よく見られない。 そう、入学前のガイダンスにも彼女は来ていた。つまり、僕と彼女は同じ学科の学生として、 春から過ごすことが出来るのだ!ガイダンスでも、なにしろ大きな大きな『まいさん』 (男との会話でしっかりと聞いてしまった)はどこからでも目立つ。 第二外国語や、体育の授業はなにを受けるのか。彼女の動きを見て、出来るだけ同じ科目を受ける申請をしたのだ。 ガイダンスの間中、まいさんは類い希な自分の身長を気にしてか、常に体を縮めて、 なるべく目立たないように行動している。しかし、誰から見てもまいさんは当然のように目立ってしまうのだ。 大講堂の左端に座るまいさん。体育や第二外国語の、人気があって抽選になってしまう科目は 講義台まで行ってくじ引きやじゃんけんをしなければならない。
すり鉢状に広がる大きな講堂の底にある、70センチは高い講義台も、 まいさんがやってくるとちょうど身長差分になって、周りの人とほぼ同じ高さになる。 だが、5段もある左右に取り付けられた階段から、壇上にまいさんが登ると、 普通の男性でもワンピースのウエスト近く、少し小柄な女性はヒップのあたり迄しか届かない! 講堂全体から
『うわー』
というどよめきが沸き上がる。まいさんは緊張した表情で、さらに体を縮めて顔を真っ赤にさせている。 黒一色のワンピースに白いカーディガン。おそらく胸のラインを少しでも目立たないように黒にしたのだろう。 ワンピースは丈が膝上になっていて、黒のニーソックスがふくらはぎを覆っている。 きっと普通の女性なら高いヒールを履いても床に届いてしまいそうなロングスカートなのに、 まいさんがまとうと膝が見えてしまうのだ。脚の長さの比率が普通の女性よりも随分と大きいのだ。 その下は大きな大きなショートブーツ。合格発表の掲示板があった床のタイルとの比較で、 生足で最低40センチ!はあるのは確認済みだ。 胸のラインを目立たなくしようとする努力も空しく、大きく大きく突き出してしまっているバストは 歩を進める度にゆっさゆっさと重々しく揺れ動き、身長もさることながら、バストの大きさも、早速、 目ざとい男子たちが、小声で話題にし始めている。 講堂全体が文字通りどよめき、類い希なまいさんの姿態はあっという間に学科全体の知ることとなった。 まいさんが何を申請したのかわからない一般教養の科目は、出来るだけ多く講義に参加して、 試講期間中にまいさんの講義に合わせてしまおう。少しでもまいさんと居られる時間を長くしたいのだ。 幸い英語と体育は同じクラスになった。最低週に4回会えることになったのだ。 そんな興奮を胸に、俺はこの大学に通うことになったのだ。
入学式にまいさんは来なかった。予想してはいたが、晴れ着のまいさんを期待もしていたので 相当落ち込んだ。しかし、まいさんの姿が多くの人目に晒されるのは俺自身も嬉しくない。ライバルが増えては困るからだ。 初めての語学の授業。実質的なクラスの顔合わせだ。緊張が高まる。まいさんも、教室に入ってから無言で、表情も固い。 相当な緊張を強いられているようだ。
『高山麻衣です。身長は198センチです。こんなに大きいですけど、性格は至って大人し目です。 怖くありませんので気軽に話しかけて下さい。よろしくお願いします』
やはり身長で、
『うわー』
と、どよめきが沸き起こる。俺からすれば明らかな身長の過少申告、おそらく30センチ近くはさばを読んでいるのだが、 クラスの学生は気づいてはいないようだ。 滞りなく自己紹介が終わり安堵のため息をつくまいさん。 それぞれの自己紹介も淡々と終わり、英語の授業が始まる。ハードカバーの原書で、やや高度な内容だったが、 入試でも得意分野だった英語なので何とか切り抜けられた。 麻衣さんも、得意なようで先生からの難しい質問にも難なく答えて、教室にこれ以上ないくらい体を屈めて 入ってきた時と同じように三回目の 『うわー』 という感嘆の声を浴びることとなった。再び顔を真っ赤にする麻衣さん。そんなこともあって、 まいさんも授業の後は、早速5名しかいない女子から声をかけられて、クラスになじんでいるようだった。 どれほど類い希な存在でも、現にそこにいる同世代の女性であり、一緒に2年間は暮らしていくクラスメイトとして、 みんな特に違和感もなく、自然に彼女に話し掛けていた。 俺にとっては、本当に特別な、あり得ないほどの理想の女性でも、同性からすれば(いや大半の男性も)、 ただの(桁外れに)背の高い女性なのだろう。 これが、身長が人並みで、麻衣さんのように、童顔の美人で、驚くほど大きなバストの持ち主ならそうは行かないだろう。 きっと、同性も異性も心穏やかではいられないだろう。だが、なにしろ自称『198センチ』の 遙かに見上げるほど大きな長身女性は、逆に一般の人にとっては恋愛の対象には厳しくて、 却って気兼ねなく話しかけられるのだろう。 ただ一人、俺だけが感嘆と賛美の視線で麻衣さんを注視し続けている。
初めて、麻衣さんと会話を交わしたのは、講義2日目の3限目が終わったときだった。 彼女はいつも一番後ろに座っていて、彼女の姿態を眺めることが出来ないのだが、今日に限って 後ろから3列目に座っていたのだ。これ幸いとすぐ後ろに座る俺。授業が終わり、全体がざわつき始めると、 なんと、麻衣さんが振り向き、
『ごめんなさい。全然黒板見えなかったでしょ?普段は一番後ろに必ず座るんだけど、今日に限って全部埋まっちゃってて…』
そう、それだからこそ初めてあなたの後ろであなたの姿をじっくりと見ることが出来たのです、 と感謝の気持ちは当然言えず、初めての会話は
『いや、大丈夫だったよ』
と当たり障りのないやりとりになってしまった。何で気の利いたことが言えなかったのか、 それから数日はひたすら後悔のし通しだった。
つづく