めぐみ・1
「あなたと二人で、こうやって一緒にいるなんて、本当に夢のようです」
「わたしこそ、今、男性と普通にデートしてるなんて信じられないです」
彼女の口から出たデートという言葉に自分はちょっと戸惑いを覚え、次にすこし緊張が高まるのを感じていた。
会うたびに鼓動が早まってしまうほどに魅力的な彼女のスタイルに、自分が馴れていないことに不安を感じていた。
ちょっとした仕草にドキッとして目を見張ってしまう自分に、彼女が愛想を尽かしてしまうのではないか、
いやらしいと思ってしまうのではないか、いつも、いまだに、そんな事ばかり気にして会話に身が入らないのだ。
それが、今日、自分の理想の女性を具現化したようなめぐみさんと、一緒に旅に出て、こうして夜を迎えつつあるのだ。
彼女の噂を聞いたのは、思い返せば2年前の春、サークルの後輩の知り合いに実業団のバスケの選手がいてその子は185センチもあるらしい。でもその妹は更にとんでもなく背が高いという話だった。 実際何センチあるのかも分からなかったし、本当に会えるかも分からなかったから、気楽に「今度紹介してよ」なんてことを言ったのもすっかり忘れていた、今年の春、不意に事は起こった。
「顔を出すだけでいいんで、ちょっと来てくださいよ」
後輩に不意に言われ、
「背の高い女性を紹介したいってひとが今日、合コンに参加するんですよ」
ということで余り経験の無い、というよりも相当苦手な合コンに参加させられた。
一体誰のことかも分からず、キョロキョロしながらビールを飲んでいると、刺すような視線を感じる。
どうやら品定めされているらしい。その女性は結構美人で今日の催しの主賓に選ばれそうなルックス。
背もすらりと高そうだ。
でも、廻りの男性なんか興味なしといったような感じで、僕のことばかりジロジロと観察している。
目当ての男性には見えないが、といったような男性たちからの視線も浴びつつ相当居心地の悪い思いをしていたが、ようやく意を決したようで、一番遠くにいた彼女が怖いような真剣な顔をして私の横にやってきた。
「あなたが、田中さんね、私は高橋。あなた背の高い女性が好みなんでしょ?」
余りのストレートさに驚いたが、そんな僕の表情を無視して彼女は続けた。
「東リの佐藤亜沙美選手は知ってるでしょ。彼女は185センチもあるけど美人で明るいから美人アスリートとして結構テレビに出てるけど、彼女には妹がいるのよ。めぐみちゃんていうんだけど、佐藤家は両親ともすごく背が高くて、亜沙美さんも世間的には相当大きいけど、彼女はその遺伝をもの凄ぉく受けちゃって、さらにとんでもなく背が高くなっちゃったのよ。内緒だけど、美人アスリートのお姉さんがかすんでしまうくらい綺麗で可愛いのに、とてつもなく背が伸びちゃったばっかりに短大を卒業してからも就職しないで、家にいるのよ」
「ここまで聞いて、そのコのこと興味ある?」
「はい」
「OK、じゃ場所移ろう」
一番いい女をもっていかれたと思われて相当にキツイ視線を男子から浴びながら僕たちは出ていった。
「あなたと私がカップルと思われましたよ」と言ってみる。
「顔でいったら私なんか引き立て役になっちゃうほど彼女はかわいいんだから。相当期待してもいいわよ。ただ......」
「ただ?」
「身長さえなかったらねぇ……」
「僕の場合、高ければ高いほどストライクゾーンなんですけど......」
「じゃぁ、あなたにとったら、本当に本当の理想の女性よ、だって身長以外は本当に欠点が無いんだもの」
高橋さんが立ち上がるとずいぶん背が高いことに気づいた。いやな予感がしたが案の定、僕の方が高橋さんより小さかった。
「まぁ! あなた身長165センチくらい?」
「ええ、そんなもんです」
「私167センチなんだけど...。うーん、めぐみとの身長差が○○センチか」
「えっ、何センチ?」
「何でもない。190センチもあれば別だけど、そうじゃなければあんまり変わらないもの。まあまあいい男だから身長差は目をつぶるわ」
ちょっと大人向けの静かなバーに案内されて軽く緊張する。
「あんまりこういうとこ来ないでしょ」
「はい」
「少しは勉強しておいた方がいいわよ。これから女性とおつきあいしようっていうんだから」
高橋さんは、思っていることをズケズケ言うのに全然嫌味でなく、かえって気持ちがいいくらいだった。
「彼女のうちは二人姉妹でお姉さんの亜沙美は高卒で実業団に就職してるから今は23歳。2歳違いのめぐみは今21歳ね。
小さい頃からかわいくて近所でも美人姉妹で通ってたそうよ。
性格は正反対で社交的で誰とでも仲良くなれるお姉さんに、いつもその後をついていく引っ込み思案の妹内気な妹って感じね。彼女は本当に小さな頃から大きくて、幼稚園でも、みんなより遥かに大柄なお姉さんよりもさらに頭二つ分も大きな女の子がいつもお姉さんの洋服をつかんで後をついて廻っていたので、近所では凄く有名だったみたい。元気で明るくてスポーツ万能のお姉さんと、そのお姉さんさえ、ちっちゃな女の子に見えてしまうほどに大きな大きな妹。
でも、いつも自分の身長の半分しかないような男の子にいじめられて泣いてばかりいる女の子。中学校からは私立の女子校に転校して、本来のおっとりした性格に戻ったけど、あんまりおっとりしすぎて異性交遊は全くないから、廻りが心配していろいろセッティングしてあげるんだけど、おくての上に、あの身長だからいまだに彼氏いない歴イコール年齢なわけなのよ。本当にあんないい子が一人でいるなんてほんとにあり得ない」
親友の不遇を見ていられないというような、女友達らしいらしい行動に、僕は感心していた。
めぐみさんもきっと本当にやさしい心を持った女性なのだろう。
「ところで、あなたは本当にどんなに背が高くてもいいの?」
「え?」
「かわいくて、優しくて女の子らしい女の子なのよ。身長さえなければそこらの普通の男なんて相手もされないくらいの
いい女なのよ。もったいなくて紹介したくないくらいなんだけど。でも、可哀想に本当に常識を遙かに超える超長身だから、そういう趣味の男性じゃないと、多分絶対に恋愛の対象には難しいかなって.....」
「一体彼女は何センチなんですか?」
「そ、それは、まだ内緒よ」
「そんなに大きいの?」
「う、ううん、絶対言っちゃダメって言われてるから、言わない」
もうこれほどまでに隠すのだから、誰がどう考えたって、本当に凄く背が高いに違いない。
考えただけで僕の心臓はドキドキしだし、胸の奥がキューっと締めつけられるのを感じていた。
「ぼくは、本当に女性の背が大きければ大きいほど惹かれるんです、少数派だからあんまり堂々とは言わないけど」
「普通は自分より小さい女性がいいものだけど」
帰りがけ
「写真撮らせてね、めぐみに見せるから」
といって、全身、バストアップ、顔アップ、等何枚も撮られてしまった。なんだか、値踏みされるみたいで変な気分だった。
めぐみさんはいったい何センチあるのだろう。今日はとても眠れそうもない。
高橋さんから電話が来たのは翌週の金曜日の午後。妄想をたくましくしては、連絡のないことに落ち込んでいた、その矢先だった。
「あした、会えるかしら、めぐみが会ってみたいって。」
彼女のたっての希望で、最初は彼女と高橋さん、僕の三人で会うことになった。
本当に口べたで話が続かないからと言う理由だったが、内心僕も願ったりかなったりで、ほっとしていたのだった。
「じゃぁめぐみにかわるから、ちょっと話して」
突然、そういわれた電話の奥で、
「もう、3人デートなんて失礼なことをするんだから、ちゃんと最初に挨拶しなさい。」
「だって、だって恥ずかしいよ」
「そんなこと関係無いの、ハイ、変わって」
受話器を受け取ったようだ、全く心の準備をしていなかったので、相当焦った。勇気を振り絞って、
「も、もしもし......。あの、は、初めまして、た、田中です。」
「は、初めまして、佐藤めぐみです。私の体型のお話、聞いてますよね?」
「は、はい」
「ど...、どんなに遠くからでも、分かると思います。もし、私のことを見ていやになったら、そのまま帰ってくださって
いいですから。多分...、そうなると思います」
「いえ、あなたががたとえどんなに大きくても、いや大きければ大きいほど僕はうれしいです」
「え、ほんとですか? ほんとに大きいほどいいんですか?」
「はい」
高くはないけれど、決して野太い声ではない、いわばごく普通の声でほっとした。亜沙美さんはちょっとだけ声が太かったのだ。でも、亜沙美さんよりも背が高いのに声は普通ということはきっとそんなに身長は変わらないのだろうな、とその時はちょっとがっかりしていた。でも、それは大きな大きな間違いだったのだ。
夕方の待ち合わせなのに、朝早くに目が覚める。ちょっとありえないシチュエーションに、いまだに夢の中にいるような
感覚にとらわれる。自分の嗜好に忠実なばかりに、24歳になるいまだに女性未経験だった僕に、ふいに訪れた幸運。
多くの人が集まる土曜の駅前広場。背の高い人も低い人も夕方の雑踏の中にまぎれ、目当ての二人を見つけられるか本当に心配になるほどの人込み。少しくらい背の高い男性もちょっとやそっとでは見つけ出せないだろうと思っていた。
でも、目当ての女性は一瞬で見つかってしまった。
僕にとっては、他の全ての人達は一切目に入らなくなるほどに、圧倒的な存在感だった。
大きい。
比較対象が何もない位に突出している。
彼女は文字通り群衆の中でそびえ立っていた。彼女の上半身はほぼ丸見えになっていたのだ。隣に立つ高橋さんの頭は、
彼女のウエストラインあたり、脇の下にすっぽり入ってしまうほどだった。ぼくより大きい高橋さんがまるで子供のように見える、余りにも違いすぎる体格。どんな人の多い雑踏でも決して見たことのないような信じられないほどの身長。
まるで1mの台に立ち上がったように、異常に高い位置に女性の顔が見えるのだ。
そしてその顔立ち。
高橋さんが言っていたように、本当に今まで見たこともないほどにかわいい顔。姉の亜沙美を美人顔とするならば
その顔に少女の面影を加えたような優しい顔だちなのだ。しかも、美人と評判の亜沙美さんや、見とれてしまうほど
整った顔の高橋さんよりも、きれいな(そしてかわいい)容貌だったのだ。
そして、何よりも、ほかの全てのことを帳消しにしてしまうほどの想像を絶した身長。
きっと、普通の男性は(いや女性も)、これほどまでに信じられないほど大きく聳え立つ彼女を見たら、どんなに顔立ちの整った美人でも、恐怖心以外は感じないだろう。逆にかわいければかわいいほど、そのかわいい顔立ちが、余りにもアンバランスに大きすぎる身長を強調してしまうのだった。
横に立った自分を想像するだけで心臓が、ドキドキしはじめた。自分にとってあり得ないことが起きている。
頭の中で、いろんな思いがぐるぐるしている。だんだん事態がわかりはじめ、僕は夢の様な出来事が今現実に起こっている
んだ、ということに驚き、うろたえている自分に気づく。
(ど、ど、ど、どうしよう。なんて言えばいいだろう)
やせ過ぎず、太りすぎていない平均的な体型、ただし当然のように手、脚、首はひたすらに長い。
細く長い指先。
そして余りにも小さい顔。高橋さんと比べてもそれほど変わらない。信じられないほどに大きな体に標準サイズの顔。
いったい十何頭身あるんだろう。今まで見てきた人の中では、まったく当てはまらない体型。顔以外の全ての体のパーツが大きく、長い。ごく普通の情景の中に、余りにも違和感のある、映像のトリックを見るような体型の女性が立っている。本当に、今までに出会ったことのない、ありえないサイズに自分の目がおかしくなったような錯覚にとらわれる。
いったい何センチあるのだろう?2m?
いや、そんなもんじゃない。もっと?
じゃあ何センチなんだろう?
僕は完全に圧倒されていた。彼女の放つ魅力のオーラに僕は完全に射すくめられてしまったのだ。
近づくと、高橋さんよりも小さい僕は彼女の下腹部が目の前に来てしまうのだ。大きく大きく見上げて、
ぽかんと彼女の顔をどれだけ見ていただろう。
「ご.......ごめんなさい。私、こんなに…こんなに、大きいんです。......びっくり、したでしょ? 姉が普通サイズだから.....、
それ位を想像してたでしょ?」
かわいい少女のような顔が、怯えたように消え入りそうなほどの小さな声でぼくにつぶやく。
でも少女のようなかわいく小さな顔は、ぼくが大きく見上げなくてはならないほどにはるか上空にあるのだ。
なんという大きさ、アンバランスさ。かわいい顔の少女は2mをはるかに超える長身女性だったのだ。
「亜沙美さんは、全然普通サイズではないけどね」
と高橋さん。本当にそうだった。
185センチの亜沙美さんの妹なら常識ではせいぜい190センチ前半、どんなに予想を裏切っても2mには決して届くはずがないと勝手に、いや当然そう想像していた。それですら昨日は興奮で眠れなかったというのに。
「2m.............18cmです。」
改めて聞く余りにも大きな数字に動悸で倒れてしまいそうだった。きっと誰が見ても分かるほどに真っ赤な顔をしていたと思う。想像をはるかに超えた大きさ、余りの容貌の美しさ。まさに絶句したままいたずらに時間が過ぎる。
「わたし、怖い、ですか?」
とても悲しそうな顔をしてめぐみさんがつぶやいた。なんて言っていいのかわからず、混乱している僕を見て
「理想の女性が現れたから、あんまり嬉しすぎて言葉がでなくなっちゃったんでしょ?」
高橋さんがフォローを入れてくれる。まさにその通り。僕は遙か上空にそびえるめぐみさんを見上げて、僕は大きく深く頷いた。今度はめぐみさんが真っ赤になる番だった。
白い透き通るような耳や頬を真っ赤にさせて
「そんな.....、うそ。こんな大きい私がいいなんて。ありえないよ」
「ううん、本当に、り、理想の女性です」
めぐみさんは、大きな、大きな、細く長い指をした手を口にあて、言葉が出なくなってしまった。
目頭が潤んで、涙が白く透き通った頬を伝っていった。
「あ、あ、あの、ごめんなさい」
「何で謝るの、めぐみをほめてあげたんでしょ。めぐみはいつも自分の体型で辛い思いばかりしているから、
それをほめられてすっごくうれしいのよ。別に悲しいわけじゃないんだから」
自分の言葉で女性を泣かしてしまったという事実に戸惑いながらも、優しい一面を持っためぐみさんという女性と知り合うことが出来た喜びを、激しく感じていた。
続く