めぐみ 2-1
仕事に疲れて家に戻る。静かにドアを開け、静かに着替えて、風呂に入る。そして蒲団にもぐりこむ。めぐみはいつも、静かに寝息をたてている。ノーメークの寝顔はまるで子供のようにかわいい。
金曜日の夜、めぐみがやって来て先に寝てしまっている。本当に寝る子は育つようだ。夜更かしはめぐみの大の苦手なのだ。ぼく用のシングルの蒲団から、めぐみ用のセミダブルの蒲団を半分繋いたものにかえて、彼女は寝入っている。そこにぼくはもぐりこむのだ。
朝食の準備をしていつも1時頃までは起きている彼女も、深夜まで残業のぼくを待ちきれず眠ってしまう。蒲団のなかにもぐり込むぼくの気配にも、めぐみは全く起きることはない。まるで子供の様に熟睡してしまうのだ。
いままで何度胸や太股にタッチしたことか。もちろんめぐみの笑顔とかわいい声に迎えられるのも悪くないが…。土曜日。逆にぼくが寝ている間にめぐみは起き、朝食の準備を始めている。ぼくは普段全く炊事とは無縁で、ぼくのマンションのキッチンは彼女専用になっている。料理のたびに毎回余りにも難儀をしている彼女に見かねて流しやガスレンジ以外の場所は形を合わせてがっしりした木製の台をおいてしまった。
彼女の高さにあわせると50センチものかさ上げになってしまった。平日もラーメンくらいは作るので、非常に使いにくくなったが、折れそうなほど腰を曲げるめぐみを見てしまうと全く苦にはならない。メニューは決まって目玉焼きとベーコン。
でも毎回おいしい。本当においしいから、おいしいと言っているのにそのたびに喜んでもらえてなんだか恐縮してしまう。
「もしかしてなんだけど、2m20cmより大きくないですか?」
「え! な、なんでですか! 急に」
「このマンションの天井は2m30cmなんですけど、めぐみさんの頭のてっぺんから天井まで10cmもないなーって」
「ご、ごめんなさい、内緒にしてて欲しいんですけど、2m18cmは20歳の誕生日の時の身長なんです。だからまた伸びちゃって本当は2m24cm、か25cm....」
「きっと25cm以上あると思う」
「もう、本当にわたしどこまで大きくなるのかわからない、怖いんです自分で」
「すごい」
「萌え、ですか?」
「うん、とてつもなく」
「恵子にも、両親にも内緒なんです。言わないで下さいね」
「はい」
「約束ですよ」
2m25cm。もはやギネスサイズに近づくめぐみの長身に、ふたたび興奮してしまうのだった。
「今日は何処にいきましょうか?」
本当は家でイチャイチャしていたいのが本音だが、夜まで我慢なければならない。
「遠出しましょうか」
「えー」
「嫌ですか?」
「そうでもないけど…」
めぐみは本当にドライブが好きなのだ。体型が露になってしまう人込みが好きではないが、出かけるのが大好きなのだ。なので自ずと車で出かけることになる。ぼくも一応免許は持っているがめぐみがゆったりと乗れる車は彼女の車しかないのだ。
料理を熱心に作るめぐみ。本当に何とかしなければいけないのだけれど、いまだにめぐみの立ち姿を見ただけで、下半身がすぐに元気になってしまうのだ。いつでもそんなことばかり出来るわけはないし、めぐみもそんな風につねに思われていることを知ったらいやがるに違いないのだ。
でも、目の前に身長2mを遥かに超える美しい女性がいるのだ。170cmの女性ですら興奮を覚えてしまうぼくにとって、めぐみさんはまさに理想を超えてしまった女性なのだ。 思わず、料理中の彼女に後ろから抱きついてしまう。彼女のお尻はぼくの胸元だ。引き締まった、でも、雄大に大きなお尻を抱き締める。
「またぁ、やめてください、火を使ってるんですから」
優しい声が上から聞こえる。残念ながら胸も唇も遥か上空なのだ。立ち上がった彼女の上半身はぼくには遠く聳える塔に思える。 そんな、あり得ないほど理想の女性が毎週自分のマンションに通って来てくれるのだった。 前日の夜にめぐみがやって来て、翌日はめぐみに合わせてドライブ、夜はめぐみの手料理の後エッチというのがいつもの休日の予定となっていた。 結局、今日は、どうしても見ておきたい絵があると言うことで上野に行くことに。美術館は公園の中にあるので駐車場からかなり歩かなければならない。
「光一さんと一緒だから頑張ります。前を歩いてくださいね」
ようやく最近になって名前でぼくのことを呼ぶようになってくれた。 めぐみは雑踏のなかを歩くのが苦手だ。もちろん、視線が気になるのもあるのだが、何より身長差が有りすぎて他の人が視界に入らずぶつかりそうになってしまうのだ。彼女にとっては、大人が幼稚園児の群れの中に紛れ込んだようになってしまうのだ。頭を真下に下げ足元を確かめるように歩くめぐみ。個人的にはまたもや萌えるシチュエーションではあるけれど、大きすぎることの大変さを感じてしまう。
「気を付けないと、子供や小さな女性を蹴飛ばしてしまうんです。私と一緒で、小さな子供にとってはこんなにばかでかい私こそ視界の外の存在ですものね。私が気を付けてあげなくちゃ。」
今日の服装はノースリーブの白のワンピース。薄いパステルグリーンのレースのカーディガンを羽織っている。脇が見えないようにピッタリとしたサイズで胸元が強調されてしまう。歩くたびに波打つ胸元。今日もぼくは、めぐみを見るたびにドキドキしどおしなのだ。
「あっ、お手洗い!ちょっと寄っていいですか?」
彼女は普通の女子トイレの個室には入れないことが多い(らしい)。よほど広いホテルのトイレのようなものでないと膝が壁にぶつかってしまうのだ。だからいつも外出先では身体障害者用の部屋の広いトイレを探して入るのだ。コレが意外に見つかりにくい。だからめぐみは見付けると反射的に入るようになってしまったのだ。これもめぐみクラスの大きさでないと分からない苦労だろう。 トイレに向かうめぐみ。雑踏の中に上半身が突き出している。 トイレの入り口が身長より低く屈みながら入るめぐみ。中から
「キャー」
という声が聞こえる。これもめぐみと一緒にいると結構な確率で出会う反応なのだった。
「またビックリされちゃいました…」
ちょっと凹んだめぐみを慰めるのもぼくの仕事なのだ。 企画展はものすごい人気で、朝から入場制限がかかるほどの混雑だった。
「二時間待ちですって!やめますか?」
「いや、ぼくも見たいから我慢しよう」
何千人いるかわからない群集。数が多ければ多いほど、めぐみの類い稀な大きさが嫌でも際立ってしまう。
「私、本当にデッカイですね。こんなにたくさんの人、外国の人もたくさんいるのに、私の胸元に届きそうな人すら一人もいません…」
めぐみも同じことを考えていたようだ。 三時間以上かかって、ようやく目当ての絵を見られた。
「ぼくは大きな人が目の前にいて、よく見えなかったよ。めぐみは遮るものがないからしっかり見えたでしょ」
「おかげさまでバッチリ見えました。でもちょっと絵が下過ぎて斜めにしか見えませんでしたけど」
予定より随分遅くなって、買い物をして帰ることにする。ちょっと贅沢なスーパーに立ち寄る。
「光一さんは何が食べたいですか?」
「うーん、餃子がいいかな」
「あー、私も食べたい!じゃあ、中華サラダに卵スープ、光一さんは中華クラゲは食べられる?」
めぐみは楽しそうに聞く。カゴ一杯の食材、どころかふたカゴも買い込む。
「ごめんなさい、私と一緒だとエンゲル係数が超高めになっちゃいますね…」
でも、作るのも食べるのも(飲むのも)本当に嬉しそうなめぐみを見ると、多少の出費なんて全く気にならない。しかも食べた分、まためぐみのボリュームが(背までも!)また増していくのだ。 二人で買い物袋を抱えてマンションのエレベーターに乗る。めぐみは首を曲げ体も少し屈めなければならない。ドアが開き大きく体を曲げてフロアに出る。
「ふーっ、私、年々背を伸ばせる場所が減っているんです。体を屈めてると腰に負担がかかるし。本当に、もうこれ以上大きくなりたくないんです」
ため息をつくめぐみ。なんて声をかけようかと思案していると、
「さあ、お夕飯の準備よー。光一さんはお風呂のお掃除をしてください」
と、話題を変えたのだった。 一休みすらせず、膨大な量の食材を刻みはじめるめぐみ。毎日大量の(自分の)食事をつくるめぐみは、もはや職人芸だ。大体、ぼくの量の2倍が、彼女の食べる量だ。餃子は大皿2つが食卓に並んだ。
「いただきまーす」
気持ちのいいくらいよく食べよく飲むめぐみ。
「嫌いにならないでね」
を連発しながらも、体に比べて大きくない口を一杯にして、ひたすら食べるのだった。
つづく