日本に戻ってから、より親密になった僕たちは、
一緒にいることが多くなった。
残念ながら、月に一回の週末だけは、『家庭の事情』で会えないけれど、その週末以外は公認の仲として学内でも、プライベートでも同じ時間を過ごせるようになったのだ。
通学も、昼休みも一緒だ。
それで一番に気付くことは、麻衣さんに向けられる視線の多さ、激しさだ。何しろ、どこにいても決して隠れることの出来ない麻衣さんの余りの大きさ。歩いての移動では、常に上半身は人波の上に大きくそびえ立つ。しかも胸元には、見たこともないような豊満な膨らみが重々しく踊る。男女問わない『でけー』や『うそー』といった驚きの声、ヒソヒソ声が止むことがない。写メ、動画も日常茶飯事、個人情報や肖像権なんてまったく考えてもらえないのだ。
でも、それが麻衣さんにとっては振り払うことの出来ない日常で、僕たちは無いものとして過ごしているのだ。
麻衣さんはそれを出来るだけ避けるように、極力目立たないように行動する癖が、身に付いている。
僕も出来るだけそれを手伝い、麻衣さんがなるべく辛い目に遭わないようにするのだ。
毎日の駅での待ち合わせは、いつも僕が5分前に来て、ぴったりの時間に麻衣さんが来る約束だ。落ち合ったらすぐにホームへ。すぐに来る各駅停車で必ず座って大学の最寄り駅まで行く。そうすることで麻衣さんが立っている時間を最小限にするのだ。
自動改札は腰の遥か下。エラーが出ると、麻衣さんにはとても危ない。まるで転ばせようとするかのように、足元にゲートが塞がってしまうのだ。
『いつも各停で遅くなってごめんなさい。待ち合わせなくてもいいよ』
階段を登りながら、申し訳なさそうに、細い声が聞こえる。でもその声は、手を引きながら数段は上を登っている僕の頭と同じ高さから聞こえるのだ。
ホームへ到着する辺りにある天井から下がる出口案内板に頭をぶつけないように、手をかざし、看板に軽く触れながら、頭を下げ、くぐり抜ける。
駅名板や広告、時刻表、あらゆるものが障害物になる麻衣さんは、いつも周囲の構造物に敏感だ。
普通の人なら気にする必要のない地上2メートル半の上空が麻衣さんには一番危険な頭頂部の周辺なのだ。むき出しの鉄骨やボルト、防犯カメラ、そして蜘蛛の巣が麻衣さんの顔を襲う。
そして更に大変なことに、麻衣さんは下を向いても巨大な障害物が視界を大きく遮る。
麻衣さんは、ただでさえその背の高さだけで、足元は遥かに遠く、おろそかになってしまう。でも、麻衣さんの体型はそれを何倍にも危険にさせてしまう大きな特徴を持ってしまっているのだ。
例えば階段のはじめや終わり、高さが違ったり、傾斜がついていたりして危ない。また、歩道の段差や、駐車場の車止めは全然気づかないことも多い。幾度かの危ない状況を目の当たりにして、麻衣さんの足元の安全は僕の担当となり、手を引いて先導するのが習いとなっていった。
何しろ、麻衣さんの足元の死角は、想像を絶する。2メートルを遥かに超える高度から覗く視線は、僕の身長を超える位置にある50センチもありそうな、前に巨大に突き出す膨らみにすっぽり覆い隠されているのだ。例えれば画板を胸元においてスケッチしているまま歩いているような感じだろうか。
身長と、豊かな膨らみ。どちらかひとつでも大変なのに、麻衣さんはその両方を抱えているのだ。
ちょっと常人には理解できないくらいの歩きにくさだろうと思う。
そして、今日はいつもとちょっと違う。なんだか意識してゆっくりと、歩幅も小さく歩こうとしているようだ。心なしか麻衣さんの童顔が紅潮している。
気づいてはいたが、やはり言わずにはいられない。
『今日は胸がいつもより元気だね』
『あーん!やっぱり分かっちゃうよね?ちょうど洗濯の都合で肩紐が伸びちゃったブラしか無かったの…。カップも小さいから溢れちゃうし』
明らかに、歩くたびにシャツの中で、カップからタプンタプンと大きく溢れ出る胸の膨らみがしっかりと見てとれる。麻衣さんの胸元を納められる、第2ボタンから第5ボタン辺りまでが5Lサイズ、そこから下はLサイズの、麻衣さん特別誂えのシャツが、いつになく大きく弾んでいるのだ。
今日は珍しくグレーのハーフロングのジャケットを羽織って、胸元をカバーしようとしているようだ。でも、胸元の自己主張は隠せるはずもなく、突きだした特注サイズのシャツは大きく弾んでいるのだ。
『あんまり見ないで…』
『努力する…。でも、麻衣さんのせいで、もう、スイッチ入っちゃった…』
『今日は近藤くんちに寄ろうか?』
『そうしてもらうと有難い』
心のなかでガッツポーズをしつつ、冷静を装う。
今日は麻衣さんに取って置きのサプライズがあるのだ。
とは言え、週に一二回は僕のワンルームに寄ってくれる麻衣さん。麻衣さんも二人の営みは満更でもないのだ。
ホームで待つことしばし、各駅停車が到着する。
180センチ位しかない扉は当然のごとく、麻衣さんの胸元の位置だ。膝を曲げ、体を屈め、顔を自分の胸に埋めるようにして漸くくぐり抜ける。そして、麻衣さんは電車の天井よりも大きい。中腰のまま中吊り広告を避け、座席に直行するしかないのだ。低いソファに座ったように上に突きだしてしまう麻衣さんの膝。当然ミニスカートははけない。ミニスカートは、旅先や室内専用でよほど麻衣さんの機嫌がよくないとはいてもらえない、非常に貴重なアイテムなのだ。何しろ、麻衣さんのミニスカート姿は、余りの脚の長さに、階段や段差で簡単に中が見えてしまう。しかもボリュームもたっぷりで真っ白なふとももが、露になると目のやり場に困るほど物凄いインパクトで、ただでさえ集めすぎてしまう視線が更に激しく集まって仕舞うのだ。
座席に腰かけた麻衣さんの膝は電車の通路の三分の一を超え、真ん中にまで迫る勢いだ。混雑している車内ではやはり気にせざるを得ない。人の多い急行や快速では座れたとしても居心地が悪いのだ。
実際に車内を歩いて来る人は、確実に麻衣さんの通路に突きだした脚に驚き、不満げな顔をする者もいるのだ。パッと見では脚を投げ出しているように感じてしまうらしい。当然膝小僧が前に出ているのだからそんなわけはないのだが。
電車の揺れに反応して、ゆらりゆらりと揺れ動く麻衣さんのバスト。釘付けの僕の視線に、
『まだそのモードに入るの早すぎ。夜からね』
お泊まり確定だ。
『あれ、靴新しくなった?』
『うふふ、シン…じゃなかった他の人は気づかなかったけど、さすが近藤くん』
冬に向けてミドルブーツ。流行りは大きめの長靴のような形だそうだが、さすがに麻衣さんのサイズに合わせると大きく見えすぎる。スリムで、少し先の尖った足の形に合わせたタイプだ。薄茶色と黄土色の組み合わせて秋冬のデザインだ。甲も高くなく、幅も広くないきれいな足形。
但し、麻衣さんの42センチのサイズは尋常ではなく、僕のかかとから膝まであるのではないかと思われる壮大な大きさなのだが。
『こればっかりは、おとうさんのボーナスが出る、年に2回しかお願いできないの』
『そんなにするの?』
『うん。泣きたくなるほど。何よりも普通サイズの人が羨ましい。10倍は違う…』
『そっか、聞かなかった事にする。クリスマスプレゼントとか考えたけど』
『そんなことしたら生活出来なくなっちゃうよ』
大学の最寄り駅に着き、麻衣さんは頭上を警戒しながら、僕は足元を気にしながら駅中を通過する。
山道のような上り坂を進む。
初めて麻衣さんを見かけた場所だ。遠目にもあり得ない背丈と胸の膨らみが強烈な印象として残っている。
横に並ぶと僕は死角にほとんど入ってしまうので、少し前を歩く。
麻衣さんの姿態が見られないのは残念だけれど、まだこの方が会話がしやすいのだ。
大講堂棟に向かう。座席が教壇の回りに雛壇状になっていて、2、300人は楽に座れる。但し椅子が机に据え付けで脚のないタイプなので、麻衣さんには幅が小さく、また、体重の重みでギシギシと大きな音を立てて軋んでしまう。麻衣さんはこの大講堂の椅子がことのほか苦手なのだ。上半身も目立つため、なるべく端の奥側に陣取る。前屈みになりながら、なるべく体を動かさずに、椅子の軋む音が出ないように一生懸命気を使っている麻衣さん。細い長机の上はすっかり麻衣さんのバストに覆われ、体を少し斜めにして、僕の方を向きながらノートやテキストを広げるしかない。無理な姿勢に加え、ギシギシ椅子が鳴るために身動きも出来ず、休み時間には体がすっかり強張って本当にかわいそうだ。
勿論、机の下にある長い長い脚の置き場も相当に狭いはずで、身体中にどれだけ無理が掛かっているか想像も出来ない。
休憩時間に伸びをする麻衣さん。腕を上空に伸ばして、指先は3メートルもの位置に達する。口を空け壮大な眺めに唖然とする僕。
『いい眺め』
『大講堂でないと伸びが出来ないの。他の棟は天井に手が当たっちゃう』
一般教養を2コマ終えて学食へ急ぐ。学食が立派で有名な大学だが、昼は当然のごとく満席になる。サークルの連中の席取りが横行して一般学生のスペースが足りなくなっているせいだ。
そして一番のネックは、大講堂が学食から一番遠くにあるため、どんなに急いでも熾烈な席取りに巻き込まれてしまうことなのだ。
でも、麻衣さんのために、大食堂でなく、少しだけ小洒落た方のカフェテリアにダッシュして、なるべく入り口側の席を2席とる。
そして、後から来る麻衣さんに席取りを代わり大行列に並び二人分の食事をサーブしてくる。
そうでもしないと、何百人もの学生から注がれる好奇の視線で、麻衣さんが萎縮して食事が楽しめなくなってしまうのだ。
2限目が語学の時は仲間が多く、混雑しても心強いが、2人の時は麻衣さんに注がれる視線が激しく、麻衣さんが緊張してしまうのだ。
『いつもごめんなさい。ありがとう』
『並んで待つといつ空くかわからないからね』
麻衣さんの笑顔があれば、ダッシュなど何てことはないのだ。
そして何より、3限が終わったら、数日ぶりに麻衣さんが僕のワンルームにやって来てくれる。
朝から元気に弾む麻衣さんの胸元を見続け、もう下半身は平静ではいられない。肋骨の幅を軽く超え、肩幅さえもオーバーし始めている麻衣さんの胸のボリューム。
『帰りにスーパーでお買い物をしていい?』
久々の麻衣さんの手料理にも、更に期待が高まる。キッチンに立つ麻衣さんの後ろ姿は、大好きな光景だ。換気ダクトが胸元に、まな板がふとももにある、麻衣さんには余りにも低すぎるキッチンで、これ以上ないと言うくらい腰を屈めて料理する姿を眺めるのは、僕にとっては恍惚となるほどに、得も言われぬ至福の時間なのだ。
つづく