ネットの掲示板では、以前から噂になっていた。
でも、余りにも有り得ないサイズに、信じられないという反応しかなかった。目撃レポートが投稿される割には、鮮明な画像はなく、結局、そんな女性は居ないだろうと結論づけられていた。なにしろ2メートル30センチなんて女性がいる筈がない。
都内近郊の私鉄駅前。最近は情報が途絶え、僕はすっかり存在を忘れていた。
某中堅私立大学に通う僕は今日も紺スーツに身を固め、就活に励んでいた。
大学の帰り道の各停の駅、普段降りることなどない小さな駅。
たまたま通販の払込みが出来るコンビニがその駅前にしかなかった。
以前は、何度も行こうとしていた駅だった。その駅こそ掲示板で話題になっていた超長身女性の現れる駅だったのだ。しかし、その瞬間まですっかり忘れていた。
快速から普通に乗り換える。駅を降り、位置を思い出しながら歩きだす。あるはずのコンビニがない。
何度か駅前を行き来して漸く目指すコンビニがみつかり、入ろうとした。ガラス越しに、見るとはなく見える店内。
脚立に乗った女性がいる。しかしコンビニのユニフォームを着ていない。陳列棚から上半身がまるまる見える。
小さな顔に長すぎる首筋、そしてやや肩幅があるのになで肩で、豊かな胸をした女性。脚立に立って蛍光灯の掃除でもしているんだと思い込んでいた。
陳列棚の上から覗く上半身。薄手の白のブラウスは大きく前に突き出している。人影がすーっと横に動いた。しかし台にでも乗らなければ有り得ない高さだ。2メートル30センチ位。あれ、まさか…。
頭の中が真っ白になった。心臓が痛いくらいにドキドキしている。
もしかすると…
確かに身体のバランスが普通の身長の女性と違う。首が長く胴も長そうだ。そして、陳列棚が終わり、その女性の全身が見えた瞬間、身体全体がドクドクと脈うち、火照り、その場で倒れてしまいそうになった。
そ う、都市伝説だ、捏造だと散々いわれ続けていた女性が目の前に現われたのだ。掲示板ではガタイのよい山のような女性のように描かれていたが、肩幅はすこし あるが、女性的な撫で肩でどちらかといえば細身の体型だ。しかしひたすら細長い身体なのに、胸元とヒップには相当のボリュームがあり、男性と見間違うこと はありえない。
絶世の美女ではない。でも顔立ちは童顔で愛らしく、何より小さい。小柄な女性位の顔が天井の近くにあるのだ。
長い長いロングスカートが、まるで風を受けたカーテンのように揺らぐ。
七分袖の白のブラウスから覗く腕は細く白く、そして信じられないくらいに長い。
あとで聞いたらその時のシャツは男性用のLサイズのものを、自分の体型に合わせて直したものだった。袖は男性用のシャツそのままで、ちょうど七分袖になってしまうのだ。
キョロキョロと商品を物色する。でも、彼女にとっては全ての棚が幼稚園の下駄箱のように小さ過ぎる。背を曲げ、膝を曲げても、最上段しか覗けない。
彼女の一挙手一投足全てが魅力を放ち、視線は完全に釘付けになってしまった。大きな女性が持つゆったりとした物腰。夢見心地で見つめ続る。
彼女にチラリと見られた。女性は視線には敏感だ。気付かぬふりをしてもダメだろう。勇気を出して目礼をしてみた。心なしか、表情が和らいだ気がする。
気のせいだろうか。好意のようなものを感じる。
彼 女は店内を好奇心一杯で眺めているようだ。外国のスポーツ選手だろうか。しかし、こんな規格外な選手は聞いたことがない。細身の体、スポーツ体型ではない し、胸元が大きく揺れる様は女性の魅力を存分に放っている。しかし、その背の高さ。天井から吊されたポスターをのれんのようにくぐり抜ける。僕には手さえ 届かない高さなのに。レジに向かう彼女。
後ろにつく僕。ヒップはすぐ目の前だ。めまいがするほどの身長差。
今すぐにヒップに抱き付きたい衝動を必死にこらえる。
出来ることなら永遠に眺めていたい。絶対にあり得ない、超長身の日本人女性。スカートに隠れた太ももの長さ、腰の位置の余りの高さ。今まで見た2メートルを超えるような大きなアスリートよりも、完全に桁違いの背の高さだ。
余りに好き過ぎて妄想でも見ているのではないか。
急に振り返る彼女。信じられないくらいに見下ろす彼女と、見上げる僕の視線。
どぎまぎする僕。好意のような感情がやっぱり看て取れる。
『お先にどうぞ』
レジを譲る彼女。
『公共料金だから、時間がかかりますよ』
と僕。
『ありがとうございます。』
丁寧な物腰。笑顔がかわいい。声も低くない。
会話を普通に出来たのがとても嬉しい事だった。
『私のことを見て驚いたでしょう?』
『そんなことないですよ』
なめらかに会話が続く。夢なら醒めないでくれと念じる。
『こんなに大きいんですよ私』
『背が高い女性は嫌いじゃないです』
『もしかしてストーカーさん?』
ドキリとした表情を感じ取られないように、笑顔を崩さず、そして勇気を振り絞って、
『ではないけど、もし、もしよかったら、お茶でもどうですか?』
言ってしまった。
沈黙がしばし。そして、
『いいですよ』
明らかに快諾と取れる彼女の言葉。こんなにあっけなく決まるなんて。
『ほ、本当ですか?』
『はい』
すこしはにかんだ表情の彼女。
天にも昇る気持ちとはこのことだ。奇跡がいま目の前で起きている。体がふわふわと浮き上がってしまいそうだ。
彼女は照れながら、
『いままで会ったストーカーさんはみんなちょっと変なひとだったの』
『こんな変わった体型だから、それでもいいよってひとは全然ウェルカムなのに、近寄ってくるひとにはいままでイケてるひとが一人もいなくて…』
『清潔そうで、誠実そうなストーカーさんは、あなたが初めて』
『ストーカーではないけどね』
そう言いながら、普段のようにカメラを出さなくてよかった、と心底思っていたのだが。
駅前にあったスターバックスに入る。
『なんだか不思議な気持ち』
彼女は言う。
『逆ナンしちゃった』
『えっ、僕が誘ったのに』
『だって話し掛けたのは私です。一番そういうのが苦手なはずなのに。私、すごい』
『僕だって、女性に声をかけたのは初めてだよ。でも、一生に一度のチャンスだと思ったんだ』
『私も』
『えっ!本当に』
『さっきも言ったでしょ。普通の男性からしたら、私は完璧に問題外なの』
『そんなことないよ』
『フェチの人からは伝説の女なんでしょ』
『…』
『いいの、私は私を好きになってくれるひとならだれでも。それで好みのひとなら完璧』
『うれしい』
『私もうれしい』
長く大きな手が彼女から伸びる。僕も手を差し出し、お互い手を取り合う。
全くの偶然から二人の関係は始まった。
つづく