彼女を初めて見たのは大学の合格発表の日だった。
その日以来、俺は彼女のことが気になって夜も眠れなくなってしまった。 今、どこかに彼女が存在しているというだけで俺の気持ちはどうしようもないくらいに高まってしまうのだ。 3月7日。駅からの長い坂を、ゆっくりと登って行く途中。晴れて暖かい。 山道と言っていいくらいの緑豊かな道が延々と続く。数名ずつのグループがいくつも連なって行く。 親子連れか受験生同士のグループだろう。もちろん俺のように一人で見に行く者も多い。 途中にある人道トンネル。その長いトンネルの遙か先に異様に大きな陰が見える。
最初は何か大きな物を運んでいるのかと思った。それくらい大きく突出していた。しかしどう見ても人の動きに見える。 それが最初だった。 しかし、あまりにも大きな人だ。アメリカあたりの留学生だろうか。当然男性だろうが、 しかしこの目でしっかりと性別を確かめないと納得できない。長身好きの性で、 いつ何時でもアンテナを巡らせ、周りに少しでも背の高い女性がいないか探してしまうのだ。 俺は早足で追いかけ始めた。髪が長い。しかし長髪の男性だろう。しかし男性にしては肩幅や体の線が細く、 丸みを帯びているように見える。しかも洋服はワンピースに見えるのだ。逆にスカートのヒップの部分は男性にしては大きく、 腰の動きも左右に大きく揺れ動く。しかし、余りにも大きすぎる。 心臓がドキドキしはじめた。妄想の中でしか有り得ないと思っていた女性がそこにいるのかもしれない。 でもまだ人影は遠く、確信出来るまでよく見えない。
自分の嗜好は非常にマイナーなのは知っている。インターネットでもサイトや掲示板は少ないし、 活発に書き込みがあるわけでもない。不思議なことに、10メートル以上もあるような、 架空の巨大女性のサイトの方がネットでは主流派なのだ。 現実にいる(かもしれない)長身女性好きはなんでこんなに少ないのか。そして、背の高い女性は何でそれ以上に少ないのか。 特に日本女性ではほとんど見ることすら出来ない。 ネットの掲示板でも、目撃情報が写真付きでアップされると、途端に祭になる位に稀な存在なのだ。 毎月確認するのは、アダルト誌ではなく、バレー誌とバスケット誌。アダルトビデオではなくスポーツ中継やファッション番組。 普通に好みのタイプの女性がネットやアダルト誌で裸で見られるなんて俺の場合はあり得ない。 せいぜいYouTubeで、短く画質の荒い外国人の動画が見つかればラッキーな位、コンテンツ不足、 いつも欲求不満な状況にあるのが長身好きの実態だろう。 だが、逆に出会ったときの興奮は、普通の嗜好の人にはないくらい大きなものだと思う。 今まさにそんな状況にいるのだ。 170センチ程度の女性でも十分ドキドキ出来る。170センチ台後半なら心臓がバクバクし始める。 180センチを超える女性はよほどの用事がない限り確実について行ってしまう。 当然興奮でふわふわ浮いているような気持ちになっているのだった。
ようやく一定の距離まで近づいてきた。あまり近すぎると不審がられてしまう。 しばらく観察する。 どう見ても女性だ。まれにいる女装した大柄な男性ではない。肩幅や首筋が余りに細すぎる。 しかし、2メートル6センチの外国人のバレー選手まで見たことがあった俺だが、 それを、完全に、大きく、遙かに超えた身長なのだ!淡いブルーのストライプのワンピースに白の薄いカーデガン。 しかも日本人に見える。会話も日本語のようだ。あり得ない現実が、いま目の前に存在している。 2メートルを超える女性。しかも遥かに。一気に世界クラスの超長身日本人女性が、メディアでなく 、目の前に現れてしまったのだ!信じられない出来事に戸惑いうろたえてしまっているのが自分でよくわかる。 時間を止めて個人情報を奪い取ってしまいたい。家までついていきたい。犯罪的なことしか浮かんでこないほどに、 自分の欲望は暴走してしまう寸前なのだ。 話している男は誰だろう。余りに釣り合いのとれない2人。170センチもないだろう。 ほとんどの人たちはグループでも真剣そうな表情で口数も少ないのに、目当ての2人は、明るい感じで会話も弾んでいる。
『おにいちゃん毎日こんな坂道登って来てるんだー。えらいねー』
『麻衣も毎日歩けば少しは痩せるかな?』
『もー!私の場合はまだ成長なんだから!上にも前にもドンドン勝手に育っちゃうの!ただでさえ気にしてるのにー』
『早生まれなんだからまだ19になったばっかりなの、おにいちゃんも知ってるでしょ。成長期が続いてるだけなんだから。』
『でも、なんでわざわざ合格発表なんて見に来なけりゃいけないんだよ。見なくたって結果はわかってるのに…』
『おにいちゃんに先に大学を案内して欲しかったの。入学式からしばらくは自分ひとりでいろいろ頑張らなきゃいけないから…、 その前に教わろうと思って』
『語学のクラスで頑張って友達を作らないとあとでいろいろ困るぞ。でも、麻衣はノートを貸してあげる方だろうから、大丈夫か』 『教室に案内してね。私が座れる椅子か確かめたいの。建物ごとにね』
『うーん、5号館は麻衣にはきついかもしれない。椅子もそうだけど机が…』
『あーん!そっちの方がやばいかも…この半年でまたぎゅうぎゅうになっちゃったの…服もインナーも…』 『確かに先月でもうすでに凄い事になってたもんなぁ』
『また来週デパートに行くの、つきあって下さい。もう限界。あとひと月頑張って着ようと思ったんだけどな。 いろいろなものがどんどん小さくなっちゃって…』
『麻衣の成長期はいつまで続くんだろう』
『ホント、やになっちゃう…。でも、おにいちゃんは内心喜んでるでしょ?分かってるんだからね!ホント、 見るだけの人は気楽でいいよねー。どれだけ私が自分の体型で苦労してるか知ってる?』
彼女(どうしてもそう見えてしまう)は大きな人に特有のゆったりとした物腰で、 背のあまり高くない男性と大学のキャンパスへ向けて歩いていた。 今日は理工学部と文学部の合格発表。いったいどちらの発表を見に来たのか。理工学部なら、 男の方の発表だろうから、彼女の姿はこれっきり見られなくなるに違いない。
つづく