めぐみ・3
やっと訪れた週末。メールを毎日何回もやりとりしていた。電話も毎日。彼女の笑顔。笑うと整った顔が崩れて本当に満面の笑顔になる。こんなに可愛い笑顔は今まで見たことがない。まるで小学生のように可愛い表情。
こんな笑顔を独占できるなんてそして、そびえ立つような、いや本当にそびえ立つすばらしい姿態を。
なんであそこまで大きく育ったのに、顔はあんなに可愛いままなのだろう。
『待ち合わせ場所は今度からは立ったり歩いたりしないですむところがいいです。
わたし、自分の乗れる車もってるから、今度はそれで出かけましょう。』
今時珍しい絵文字のないメール。
『マイカーなんてすごいですね』
『自分専用に改造してあるんですよ。シートを標準よりさらに後ろにしないと私の場合ダメなので....』
今日の待ち合わせ、めぐみさんは自家用車で僕の自宅まで来てくれることになってしまった。
本当は男性が送らなければいけないのに、以後必ずめぐみさんが運転して僕の自宅まで送り迎えしてくれることになった。
運転中の彼女。特注のシートのために、僕の席からは真横でなく少し後ろにいる。ちょっと首を後ろに向けないと
彼女が見られないのだ。でも横顔でなくすこし正面顔が見えるので嬉しい。 初めてじっくり見るめぐみさんの顔。最初の時は気恥ずかしくて、そしてレストランや、タクシーでは暗くて、よく見えなかった。なにより一緒に歩くと50センチ近く上空にあるからしっかり見えないのだ。なめらかですべすべしていそうな白い肌。
細くて折れそうに見える長い長い首。
「あんまり、見ないでください、恥ずかしい......」
前を向きながら顔を赤くするめぐみさん。
「す、すいません」
我を忘れてしまった。
今日の行く先はめぐみさんには内緒にしてある。今までの会話を網羅して一番喜んでくれそうな場所。
ナビの設定だけ僕がして、後はお任せ。
「ちょっと遠いんですけど...」
「電話でも言いましたけど、150km圏内ならいつも、恵子とドライブしてますよ。わたし、これで意外に走り屋なんです。もちろんスピード狂ではないけど」
「すごいですね。ぼくは結構ペーパーです」
「あんまり出かけるの好きじゃないですか?」
「そんなことないです。運転が下手なだけで」
「じゃあ、まかせてください! 恵子が、『数ある男の助手席に座ったけど最も優良ドライバーは、あなたよ。うまいし、マナーいいし』って言ってたくらいだから」
「じゃあ、安心してお任せします」 首都高から東名に入って1時間。本当に安心感を与えるめぐみさんの運転に僕は感心してしまった。
出かけるのが大好きそうなめぐみさん。その上、魚好き、ということで、目的地は沼津港の海鮮市場にしてみた。
「わー、ここは来たことなかったんです。恵子は魚嫌いだから。すごくうれしい! お寿司食べましょうね!」
相当、ツボにはまったらしい。こんなに喜んでもらえてうれしい。しかも運転もしないで。
車を降りて、あの壮大なめぐみさんの立ち姿が現れる。今日初めて拝めるすばらしい姿。運転するためか、少しラフな服装。ぴったりとしたクリーム色のパンツ、小豆色のキャミソールに薄手のカーディガン。少しだけヒールのある焦茶のブーツを履いている。改めてめぐみさんのすばらしい肢体を見上げる。そして僕は驚いた。
今までなんで気づかなかったのだろう。どこまでも長い脚に加えて、僕の目をくぎ付けにしたのは大きく突き出した胸元だったのだ。今まではゆったりしたブラウスや羽織もので絶妙に隠されていたけれど、めぐみさんは結構胸がありそうだった。それが、今日はっきりわかったのだった。ぼくの視線に気づき恥ずかしそうに視線を斜め下に落とす。
恥じらい、上気した顔。
「すいません」
「い、いえ」
恥ずかしさも収まらないうちに、めぐみさんは、唐突に
「手をつないでくれますか?」
「は、はい」
どこまでも細く長い指、少しひんやりとしている。大きい。まるで大人と子供のように違いすぎる大きさ。
「うわー、かわいい手ですね。わたし、大きすぎて恥ずかしい。」
長く大きな手なのに、めぐみさんの手は本当に柔らかく、僕は胸がドキドキするのを抑えられなかった。
僕のすぐ横で前後に大きく動く脚。僕は引率される幼児のような気分になった。白いパンツに包まれた長い長いめぐみさんの脚はゆっくりゆっくり動くのに、僕は早足でないととても追いつけない。脚の長さは本当に倍も違うような気がする。おとなしいめぐみさんは声も大きくない。でも彼女の小さな顔は僕のはるか上空にあるのだ。
壮大なめぐみさんの太もも。ただそこにあるだけで僕の気持ちはふわふわと浮き上がってしまう。
潮の香りがする市場を通り、ネットで下調べしておいた、人気の回転寿司に行く。
格安で、おいしいと評判の店だからもう行列が出来ていた。
「開店30分前なのにもう10人も並んでる」
「凄いですね。でも40席ある店なので大丈夫です」
「リサーチ済みですね」
10時半の開店からすぐに満席になる。さすが大きな体格だけあって、小さな口に似合わず大量の皿が積み上がっていく。
「すいません。お酒だけじゃなくて、食べるほうも凄いんです。」
「これだけ大きいんだから普通ですよ」
「嫌いにならないでくださいね。だって、本当に美味しいんですもの」
さんざん食べて、
「次はどこへ行きますか?もしよかったら御殿場に行きたいんですけど......」
「アウトレット? でも、あの.....」
「はい。言いたいことは分かります。でも女性のファッションは洋服だけじゃないんですよ。いろんな小物とか、バッグとかあるんですから」
「ごめんなさい。最初、僕も行こうかなと考えたんですけど、でも、めぐみさんに合う洋服は、なかなかないかなって......」
「でも、洋服を見るのは大好きなんです。確かにわたしの場合特注品が多いけど何をオーダーするかはやっぱりいろんなお店で見たいんです。だから恵子ともよく洋服見に行くんですよ」
高原の抜けるように青い空にそびえ立つめぐみさんの肢体。めぐみさんは僕と並んで歩くとき、少し首をかしげた感じで下を覗き込む。僕は反対に完全に真上を向いた状態。それでやっと二人は顔を見合わせられるのだ。
長い長い首を折れそうに曲げているので
「首、疲れませんか」
と僕。
「私、誰と歩くのでもいつもこんな感じなんです。ちゃんと見てないとすぐに相手を見失っちゃうから。
でも、こうしてばっかりいるとこんどは梁や看板に頭をぶつけてしまうんです。頭とか額に結構生傷が絶えなくて......」
洋服やバッグ、靴の買い物にお付き合い。広い広い敷地を案内図を片手にあちこちに移動する。
やっぱり、脚の長さが違いすぎてだんだんと僕は遅れていってしまう。
「ごめんなさい。ちょっと休みましょうか?」
「はい、コーヒーでも」
化粧室に行くめぐみさん。混雑した店内で飛び抜けて目立つ姿。離れた場所にある化粧室に入るまで決して見失うことが出来ないほどそびえたつ姿。
「うわー!ちょっと見て見て」
「すげーなぁ、ありえねーよ」
「写メ撮っちゃおうかな」
「女の方に入っていったぜ!」
容赦のない言葉と視線が一斉に彼女に注がれる。毎日こんな目に会っていたら本当に出歩くのが嫌になるのは仕方ないと思った。 買い物といっても、めぐみさんに合うものは本当に少ない。背が高いということは、腕も脚も手も足もみんな長くて大きいということで、身につけるものでめぐみさんに合うものは、帽子、マフラーベルトなど本当に数えるほどしかないのだった。
「バーゲンとかセールとかで洋服を買えるのは本当にうらやましいです。それどころか家着もユニクロで買えないんです。本当にお金がかかってしまって大変なんです。両親やお姉さんに申し訳なくって.......」
帰り道は大渋滞だった。『大和トンネルを先頭に20km』。長い間、いろんな事を話した。大きすぎることの悩み、めぐみさん自身のこれからのこと、次のデートの行き先、好きなアーティスト、映画....。 大渋滞なのに、こんなに幸せな気分になれたのは初めてのことだった。 20キロが短いほどに感じられた。
「わたし、田中さんに会って相当自信がつきました。体のほとんどがコンプレックスで出来ているような私ですけど、
就活はじめてみます。卒業のときもやってみたんですけど、採用の人からいろいろなことを言われちゃって、へこんでやめちゃったんです」
「でも、田中さんと会えてすごく前向きな気持ちになれました。お金を稼いでいっぱいお出かけしたり、お洋服買ったりしたいなーって、いま思ってるんです」
「ちょっとはめぐみさんのためになってますか、僕」
「すごく! 今までは悩んだりすることが多かったけど、最近は田中さんに会うことばっかり考えてます」
僕の中で大きな位置を占めているめぐみさんが、僕のことを同様に感じていてくれたのだ。ずっといっしょにいられるんだということをめぐみさんから直に伝えられて、ぼくは泣きそうなほどの感情が湧き上がるのを抑えられなかった。
続く