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最初に彼女からのメールをもらったのは3年前の11月だった。結婚紹介所が運営しているHPにあった自己紹介のコーナーに書いておいた僕の紹介文に彼女から送られてきたものだった。
「長身の女性が大好きです。岩村潤。24才。当方168センチですが、自分より大きくても、いえ、大きい女性ほど歓迎いたします。180、190、2m以上も可(笑)」
元々長身の女性なんて多くはいないし、こんな内容の文章を載せていたので当然、メールなんて来ないだろうと思っていたので、正直、返事があるなんて期待はしていなかった。
「はじめてメールさせていただきます。当方、20才のOL。小さい頃から長身コンプレックスに悩まされいます。今まで、男性とおつきあいしたことがないので、このメールも、恥ずかしさで真っ赤になりながら書いています。貴方の書かれた自己紹介文を見てこの方ならお返事を頂けるのではないかと思いました。本当に自分よりも大きい女性でもおつきあいいただけますでしょうか」
こんな内容のメールだった。具体的な身長は書かれていなかった。
彼女の名前はめぐみといった。何回目かのメールのやりとりで、趣味や、仕事のこと、住んでいる場所が意外に近いこともわかった。何回か身長について聞き出そうとしてみたが、さりげなくはぐらかされるばかりだった。
そしてとうとう我慢できなくなった僕は、僕は自分の顔写真と、全身の写った写真を送った。
「もしよろしかったら貴方の写真も見せてください」
そして、
「もしよろしかったら、身長を教えてください」
とつけ加えておいた。
彼女から帰ってきたメールには、顔写真だけが添付されていた。最初、この写真はきっと間違いだと思った。信じられないほどの美人だった。肩より長いロングヘア、そして、信じられないほどに長い首筋。
「きっと貴方は、20才にもなって男性とおつきあいしたことがないなんてきっと嘘だと思われると思います。でも、本当なんです。自分でいうのも変だけれど、顔だけなら、100人の中でもベスト5に入る女の子だと思っているのだけれど.......。でも、私は余りにも背が高すぎて、男性から声をかけられてことは本当にただの1回もないのです。同性でさえ、余りにも高過ぎるこの身長のために、怖がられてしまって、お友達にもなってくれないのです。本当に信じれれないほどの(私でさえ信じられないくらいの)大きな大きな女なのです」
今までのメールとはうって変わって、堰を切ったように長文のメールで、自分の悩みを打ち明けてきたのだった。
「就職も大変でした。面接のたびに、「君に合う制服がないから」とか「椅子や机を誂えなければいけないから」とかいわれてしまって、何十社受験したかわかりません。ようやく小さな通信販売の電話オペレーターに就職できたのです。本当にこの身長のためにどれだけ苦労させられたかわかりません。もしこんな私で本当によかったら、ぜひ会っていただけないでしょうか。でもきっと、私の体型を見てしまったらもう二度とお会いできなくなってしまうことでしょう」
彼女の身長は一体何センチあるのだろう。制服がないというだけなら170台の身長でもありそうだが、机や椅子を誂えなければならないとは....。僕の期待はいやが上にも高まった。
その週末、僕らは大きなターミナル駅の地下街にある喫茶店で待ち合わせることにした。僕からは、
「僕は今まで本当に背の高い女性を捜していた。たとえ2mを超える女性でも僕は君と話がしてみたい」
とメールしておいた。
20分も前に約束の場所に行った僕は、一目で彼女を見つけた。いや、目に入らざるを得なかった。30卓はある広い店内で彼女だけがひときわ高く、まるで立ち上がったように高くそびえていたのだ。そして、なんて小さな顔。普通の小さな身長の女の子よりも更に小さな顔。そして、誰もが振り返るほどに整った顔。顔と同じくらいまで長く伸びた首筋。卓を区切るついたてから身体の半分も飛び出して、どこから見ても立ち上がっているとしか思えない。薄いブルーのワンピースに包まれた大きな体が、廻りの空間から飛び抜けて目立っていた。
吸い込まれるように彼女のいる卓に向かって歩いていくと、座ってさえ他の人を圧迫せざるを得ない彼女の大きさが、ひしひしと伝わってくる。今まで見たこともないほどの圧倒的な大きさ。男性でさえこんなに大きな人はあり得ない。近づくにつれその余りにも普通と違い過ぎる体型が際だっていく。ほとんど僕の目線と同じ高さに彼女の顔がある。彼女の卓に次第に近づくと、更に僕は驚かざるを得なかった。それは彼女の脚の長さだった。ぴたりと左右の脚をくっ付けた姿勢でさえ、まるで深いソファーに腰掛けたときのように、腿は急角度で上に大きくへの字を描き、テーブルの下にはとても収まりきれない。テーブルとテーブルの間にロングスカート越しの膝頭が大きく突き出していた。椅子は、彼女が太っているわけではないのに、お尻の半分が大きく座席からはみ出し、ぎしぎしと悲鳴を上げていた。確かに彼女が座る椅子は特注しなければ絶対にダメだと思った。
僕は軽く1分間は彼女の姿態を眺め続けてしまった。彼女は見る見るうちに真っ赤になり、そして、悲しげな表情になって、大きな瞳が潤みはじめていた。
「ご...ごめんなさい。やっぱり嫌いになったでしょう?こんなばかでかい女の子」
子供のように高い舌足らずの声。声だけを聞いたら身長150センチにも足りないような感じだ。
それなのに、猫背にして小さく小さく縮こまってさえ、どうしようもないほどに目立ち過ぎてしまう大きな大きな体。座ってさえ、そこにいる好奇の視線から逃れることが出来ないほどに大きく飛び出してしまう彼女の姿態。今までどれだけ辛い思いをしてきたか痛いほどに伝わってきた。180センチ台後半と勝手に予想していた僕は、完全に予想を裏切られた。同性異性を問わず今まで見たことのあるだれとくらべても彼女は、はるかに、飛び抜けて大きかった。
「いいや、余りにも僕の理想の体型の女の子だったんで呆然としていたんだ」
興奮のあまり我を忘れて彼女のことを凝視し続けてしまった僕は、あわてて言葉をつなげた。
「もしよかったら僕の車でドライブに行こう。人混みの中はあまり好きじゃないだろう?三つ先の駅に止めてあるんだ」
彼女の顔はぱっと晴れやかになり、しかし、すぐに暗い顔に戻ってしまった。
「ありがとうございます。でも、わたし、普通の車には乗れないの。あんまり大き過ぎて。脚が収まりきれないの」
「大丈夫さ、いつか君みたいに大きな女性でも乗れるように、大きなRVを買ったんだ。さ、行こう」
彼女の手を引いて促した。
「あっ」
彼女は甲高い声で小さな悲鳴を上げた。
「た、立ち上がっても...」
「驚かないでね」
そう言って彼女はゆっくりと立ち上がった。彼女のいった意味はすぐに理解できた。僕の前には大きな壁が立ちはだかった。彼女の頭がぐんぐんと天井へ近づいていく。思わず危ないと声を出しそうになった。地下街の低い天井に頭がぶつかるのではないかと思った。実際、彼女の頭と天井はもう、わずか20センチほどでぴったりとくっついてしまうほど近かったのだ。彼女を見上げた僕の顔は、完全に真上を向いていた。胸の膨らみが、大きく視界を遮り、その谷間から長い長い首筋が伸び、その更に遥か上にある小さな小さな顔が、僕の表情をおずおずと気弱そうに見おろしていた。
僕は小さな小さな男の子になっていた。彼女の胸元にはるかに届かない。カーテンのように長いロングスカートの裾は僕の膝の遥か上。ウエストは肩のすぐ下。そして靴の大きさ。26.5センチの僕の靴は彼女の靴から見れば本当に子供靴のようだった。そして、長身で痩せているにも拘わらず、予想外に大きな胸。Gは超えている。廻りのあちこちから悲鳴にも近い声がもれた。僕も危うく大きな声を上げそうになった。彼女の瞳がまた潤みはじめた。
「ごめんなさい、わたしと一緒に歩くと、みんなに笑われますから、もしいやでしたら、私帰ります」
「何をいうんだ、自分をそんな風にいっちゃダメだよ」
「さぁ、行こう」
会計をすませ、彼女を通そうとドアをあけた。でも、大きな木製のドアの一番上は彼女の肩に届かない。大きく大きく頭を下げ、背を丸め、ひざを曲げて、更に身体を横にしてやっと通ることが出来た。
「はずかしい....」
顔を真っ赤にしながら彼女はドアをくぐり抜けた。
彼女と並んで歩くと、彼女の視界から僕は完全にはずれてしまった。1メートルは離れないと彼女の顔を見ることさえ出来ない。近づくと僕は彼女の死角に入ってしまって、彼女の肩しか見えないのだ。彼女は何度も僕を見失って、きょろきょろ周りを見回す。すると、僕は彼女のすぐ横にいるのだ。彼女は、また顔を真っ赤にして、幼いままの笑顔を見せた。
「180センチを超える人も見失ってしまうんです。見回すとやっぱり隣にいて....。小さな人とはよくぶつかってしまうし....」
駅までの道のりも、悲鳴と嬌声が止むことはなかった。
「うわー、すげーよあいつ」
「あれで女かよ」
そのたびに彼女は傷つき、暗い顔になって、彼女に悪いことをしたなと思った。きっと、滅多に街中になんて出ないのだろう。彼女の大きさは、全ての人の好奇の視線を誘わずにはいられない。何十人という視線を常に浴び続けるなんて普通の人には耐えられないことだろう。でも、彼女は、ただそこにいるだけでどうしようもなく注目を浴びてしまうのだ。
彼女は、どう見ても2mは遥かに超えていた。2mを超えるひとなんて見たこともない僕は、一体何センチなのか想像もできなかった。180センチで長身の部類に入る女子バレーや、バスケの選手なんて、彼女の前では子供にしか見えないだろう。
彼女は無口だった。きっと僕が自分のことをどう思っているか、嫌いになったかと考えているのだろう。でもそれは全くの逆だった。僕は興奮で今にも倒れそうだったのだ。今まで探し求めていた理想の女性が今僕の横にいる。普通の人にはきっと理解してもらえないだろうが、彼女にはこの気持ちをなんとしても伝えておきたかった。でも、余りに想像を超えた彼女の存在に言葉を発することさえ出来ないでいたのだ。
並外れた彼女の身長は、地下道の時折低くなる天井も大変な障害になってしまう。頭を下げ、まるでおじぎをするようにして歩かなければならない。肩に届きそうな天井を大きく背を丸めて通らなければならない。
「おかしいでしょ。こういうところは苦手。みんなに見られちゃって」
「ごめん。君が、こんなに大きいなんて知らずに.....」
「ううん、身長を知らせなかった私のせいだもん」
僕らの乗る地下鉄は天井の低い昔に開通した路線だった。案の定、彼女の身長では頭が当たってしまった。あいにく座席に余裕はなく、立っていかなければならなかった。
「バスに乗ると、誰かが必ず席を譲ってくれるの。あんまりにも私が窮屈そうに身体を屈めているから。でも、バスの小さな座席じゃ、脚が収まりきれないの」
僕は、まるで夢の中にいるようだった。横を見れば彼女のベルトが僕の目線にある。上を見上げれば、肩越しに顔をのぞくこともできない女の子。吊革の更に上にあるバーさえ肩の下になってしまって掴むことが出来ず、天井に大きな大きな手を当てて身体をささえている。ふと気づくと、頭を下げ首を大きく曲げて、僕のことをまっすぐ見おろしていた。
「本当に私なんかでいいんですか。もっと普通のかわいい女性がいっぱいいるのに.....」
「ううん、君でなければダメなんだ。喫茶店で君を見つけたときから、もう君以外の女性のことは考えられなくなってしまった」
会って30分も経っていないのに、いきなりこんなことを口走って、彼女、引いてしまうんではないかと思った。しまったと思って彼女を見ると、目に大きく涙をためてじっとこっちを見ていた。ふたりは何も言わないまま、じっと見つめていた。
駅から駐車場に歩き、後部座席に彼女を案内した。助手席では確かに彼女を納めることは不可能だった。2列あるシートの1列を片づけ、思いきり広い空間を作った。それでさえ、彼女には小さすぎる空間だった。膝を抱えるようにしてやっと席に着けるような有り様だった。
車は市街地を抜け、国道へ入っていった。
「めぐみさん、どこへ行きたい?」
「あの、どこでもいいです。景色のいいところがいいな」
きっと、しばらくは車を降りないでいたいのだろう。人気のない海岸に行こう。
「わかった。海へ行こう」
進路を変え、バイパスへ向かっていく。
道行き、僕は聞き役に回って、彼女の生い立ち、身長にまつわる苦労を色々聞いた。
「私は、私と3才上のお兄さん、2才上のお姉さんの3人きょうだい。お父さんの身長は167センチ、おかあさんは154センチ。お兄さんも170、お姉さんも164なの。私だけが突然変異でこんなになっちゃった。本当に小さな時から大きかったんです。
幼稚園の時から同級生よりも先生に近いほど大きくて、卒園の時には小学校3年生のお兄ちゃんより頭一つ分大きくなっちゃってました。
小学校1年でおかあさん、3年でお父さんの身長を追い越してしまったの。もう、小学3年の頃にはバスや電車で子供料金で乗るのを諦めてしまったの。だって、170センチ近い女の子がまさか小学3年生なんて誰にも信じられないでしょ?
150センチで入学した私は、小学2年生で女性の平均身長を超えて、4年で男性の身長を追い越して5年で180センチをはるかに超えてしまいました。そして6年生。
とうとう190センチを突破してしまいました。小学校では6年までランドセルで通わなきゃいけなかったの。190センチを超える女の子が赤いランドセルを背負って通学してたの。卒業の時には192センチになっちゃった。
私はぐんぐんぐんぐん大きくなり続ける自分自身の身体におびえていたの。測るたびに2センチ3センチと大きくなって、廻りのみんなはどんどん小さくなって、気がつけば私は、信じられないほどに巨大な女の子になっていたの。
洋服も靴も全て特注。常に好奇の視線にさらされて、家にいるときしかほっと出来なくなってしまったの。
中学でも毎年5センチ近く伸び続けて、中3では206センチ。それなのに、伸びは止まってくれなかったの。
高校生になっても、毎年2、3センチは伸び続けてしまって高校卒業で212センチ、そして今では218センチになっちゃいました。そしてまだ伸び続けているの」
「まだ伸びてるの! すごいね」
「嫌いになった?」
「ううん、とんでもない。もっと好きになったよ」
「年に2センチは大きくなってる。」
「じゃあ来年は2m20cmになっちゃうね」
「やだ、これ以上大きくなりたくないよー」
泣き笑いのような顔をして、彼女は巨大な姿態を左右にゆらした。車が揺れ、運転をするハンドルが少しとられる。体重も相当なものだ。
つづく