めぐみ・7
浴衣は、
「申し訳ございません、蒲団は何とかご用意をさせていただきますが、仕立てが間に合いませんので200センチの男性の方がゆったり着られるサイズのものしかご用意できませんで…」
といわれていた。でも、めぐみさんは
「せっかく温泉に来たんだから浴衣着たいです。200センチの男性がゆったりなら、多分平気です。
丈はわからないけど…」
といって大浴場に抱えていく。今日は女性が大浴場、明日は女性が檜風呂、と入れ替わるようだ。
「どんなお風呂かなー。楽しみです。でも、いつもほかの人に驚かれてしまうから、ちょっと緊張するんです」
「たしかに大きいと男性だと思われてしまいますからね」
「でも、最近ようやく開き直れるようになってきたんです。私は私だっーて」。
大きく『男』とかかれた暖簾が露天檜風呂、『女』とかかれた暖簾が大浴場、の大きな入り口にそれぞれかかっている。
ぼくは普通に入れてしまう『男』の暖簾。大きな大きなめぐみさんは体を大きく屈めて『女』の暖簾をくぐる。
中をじっくり見て報告するように二人で話し合っていたので、端から端まで探索する。
サウナ付の室内浴場に、露天風呂。さらに、それと同じくらいの大きな屋根付きの檜風呂が奥にある。
檜独特の香りと、ぬめり。上がっては入りを何回か繰り返し、温泉を堪能した。
隣では壮大なめぐみさんが裸でお風呂に入っているんだ、そう思うと、下半身がおかしなことになってしまう。
裸でほかの人にそんなところを見られてはまずいので、風呂から上がれずに少しのぼせてしまった。
浴場の出口で落ち合う。
少し待たせてしまったようで、めぐみさんはうれしそうに早足で駆け寄る。
ハッとするほど美しい、めぐみさんの浴衣姿。何度見てもめぐみさんの素晴らしい姿には慣れることが出来ない。
後髪をアップにまとめ、前髪を少し垂らした髪型。湯上りの素顔なのに、普段のめぐみさんと変わらずきれいな顔。
豪快に長い、首からうなじにかけて、髪留めでまとめた後ろ髪の後れ毛が天井からの照明で光っている。
ややパステルがかったブルーの浴衣。帯もピンク系で旅館用とは思えないおしゃれなデザイン。女性用の半纏が小さく、裾もやっぱり20センチほど足りないけれど、かわいいめぐみさんの顔と、大きすぎる肢体のアンバランスさ。
それがたまらなくぼくの気持ちを刺激するのだ。
「やっぱりちょっと小さいみたい…待ってる間もじろじろ見られたりして」
「めぐみさんは本当にきれいです。じろじろ見る人はあなたの良さがわからないんですよ」
すねたようなめぐみさんの顔が、ぱっと明るくなって
「うれしいです。そんなこと言ってくれるの、田中さんだけです」
そう言って、ぼくの腕を引き寄せる。
客室に上がると、見上げるほど大きな台車に夕食の膳が並ぶ。
「わー!すごい!大食堂じゃなくて、部屋まで運んでくれるんですかー!
どんなお料理なんでしょう?」
運ばれたお料理に仲居さんが説明を加え、1時間半後にお片付けに参ります、と告げて出て行く。
豪華な料理で2人で歓声を上げながら食べる。
「いいんですか?こんなに豪華な旅行で。割り勘にさせてください」
「いいんです。ぼくは働いてるんだからこれくらいさせてください。めぐみさんだってデートの費用や洋服の為に生活費を切り詰めてるって、恵子さんから聞きましたよ」
「春からはバリバリ働いて、今度は、旅行おごらせてください」
「ありがとう。でも、本当にぼくのめぐみさんに対する気持ちだから、全然気にする事ないんだよ」
「私なんかに、こんなによくしてもらって、なんだか最近怖いんです」。
「君は最高の女性で、ぼくにとっては世界一のひとなんだよ」
食膳も片付けられ、蒲団が敷かれる。事前に頼んでいた特製の蒲団。
面積は軽く普通の蒲団の2倍、長さも倍近くある。このホテルの仲居さんは本当に気配りの出来る人達で、普通なら好奇心から聞きたくなるはずの彼女の体格の質問も一切せず、ごく自然に床の準備をしていってくれた。
普段なら窓と平行に並べる蒲団を、大きなめぐみさんの蒲団が収まりきれずに、窓と直角に、敷かれた二組の蒲団。まるでお母さんの蒲団と、子供の蒲団のように大きさが違う。
掛け蒲団も敷き蒲団も継ぎ足したように少し段差があるがカバーは大きく、きれいに敷かれている。
「うわー!うれしい。おうちの蒲団より大きい!持って帰りたいです、一式」。
テレビを少し見て、晩酌。めぐみさんは日本酒もいけるらしい。
「地酒おいしいです」。
ぼくはセーブしてビールを少し。
緊張が高まっていく。
だんだんと、二人の間にそんな雰囲気があらわれ始める。
「ほんとにいいんですか、私で」
「もっと自分に自信を持って。きみは最高の女性だよ」
少し酔って、ぼくの方に傾き始めるめぐみさんの体。Tシャツを重ねた浴衣の胸元は、少しはだけて膨らみが覗けてしまう。
目を合わせる。二人とも思わず逸らしてしまう。真っ赤になる二人。
急に
「キスしていいですか?」
彼女は聞く。ぼくの返事を聞く間も無く、
彼女は体を大きく屈め、僕の肩ごしに長い長い両腕を回し、顔を右に傾けて唇をあわせた。
僕は大きく手を挙げ屈めた大きな背中に手を伸ばす。
男女が逆の展開だけど、僕にはとても自然な感じがした。 そして、女性には言いにくいだろう、
「蒲団へ、行きませんか」
という一言だけを伝えた。
もう二人には止められない、止めたくない流れに男性として、エスコートしたのだった。
とうとうこの瞬間がやってきたのだ。
巨大な、雄大に広がる姿態を眺める。緊張からか、少し怯えたような眼を僕に向ける。
「あの、初めてだから、やさしくしてくださいね」
「ぼくも、初めてだから大丈夫」
緊張を残しながらもいつもの笑顔を見せてくれた。サイズから考えたらまるで逆な会話にちょっとうれしくなりながら、体を蒲団に近づけていく。
めぐみさんの緊張も痛いほど感じるけれど、ほかならぬ僕自身が一番緊張している。
初めての経験、しかも夢にまで見たような理想の女性との経験なのだ。どういう風に進めればいいのか、気持ちが高まりすぎてすぐ終わってしまうのではないか、いろんなことが渦巻いてしまう。
彼女は察したのか、
「緊張しないで。初めて同士なんだから、うまくいかなくたって大丈夫ですから」
といってくれたのだ。彼女の気遣いに涙が出そうになる。自分だって初めての経験で不安に押しつぶされそうに違いないのに。
横たわる彼女。視線はそらして、でも気持ちはぼくに痛いほど向かっている。
「明かりを消す前に、きみの姿を見てもいいかい?」
「はい」
帯を解く。体を横にして浴衣を脱ぐ。Tシャツと下着を脱がせる。
顔を大きな手で覆うめぐみさん。
あまりにも壮大な美しい姿がぼくの目の前にある。ぼくのために全てを許してくれたのだ。
何も始める前から、ぼくはもう気持ちの制御ができなくなっていた。おそらくあまりの興奮に最後に到達する前に終わってしまうだろう。ぼくにとってあまりにも理想の女性像がここに現れてしまったのだ。
明かりを消して、めぐみさんと唇を合わせた。
続く