妹が階段を降りてきた。ゆっくりゆっくり降りているのに階段がギシギシと重々しい悲鳴をあげ、ズシズシと重みが伝わるような振動が階下に響く。
いつの頃からか、極端に外出を嫌うようになっていた引っ込み思案の妹は、最近めっきり明るく元気になって、土曜日の今日もこれからデートに出かけるのだ。
異性から認められることで、彼女の抱えている大きな大きなコンプレックスが急速に癒えているのだろう。
三人きょうだいの長男の俺、妹が二人。二女の佳代子に三女の麻衣。俺はようやく就活が終わり来年春に社会人になる23歳。佳代子はストレートで入学して大学3年生21歳。麻衣が一浪で今大学1年の19歳だ。
俺は178センチ、普通に比べればやや身長は高いかもしれないが、父は187センチ、母は170センチもあり、本来ならあと10から15センチは大きくても不思議ではないのだが、親父よりも9センチも小さいまま成長期が終わってしまったのだ。
居間のテーブルに向かって食事をする俺。
バーのカウンターのように背の高い足置きのある椅子。テーブルも高い。家族それぞれ椅子の形が違うのだ。
親父は結構会社の高い役職についていて、稼ぎも相当なものらしいのだが、国立2人私立1人と全員を大学にやり、そして娘2人に掛かる、本来なら必要のない『特別な』出費のために、普段の生活も至って質素で、海外旅行さえしたことも
なく、郊外の建売中古住宅に長く住み続けているのだ。
実際、俺が女で麻衣と佳代子が男だったら、出費は半分か3分の1で納まっていたに違いないのだ。2人の『特別』な違いは、男性ならばある程度、予想できる『個性』で、社会的にも経済的にも規格外とはいえ容認できる『個性』だったと思うのだ。
何しろ2人の服飾費は半端な額ではない。
俺の十年分の出費がワンシーズンで掛かってしまうのだ。
『やーん、また天井にほこりがついてる、頭が白くなっちゃったよー』
麻衣が専用の椅子に座る。数年前にあつらえたテーブルセットなので、少し窮屈なようだ。
『お兄ちゃんちょっと頭見てくれない?ほこり取れたかなぁ』
麻衣が俺に尋ねる。
腰掛ける麻衣に近づき頭の天辺を覗き込もうとする。だが、座った麻衣の頭も俺の背丈では見下ろすことができないのだ。
『おい麻衣、頭を下げてくれ』
『あっ!ごめんなさい。お兄ちゃんには見えないんだね』
『天辺が見えにくいだけだよ』
『うふふ』
男としてはちょっと複雑な気持ちだが、以前なら、麻衣はきっとこんなことでも凹んで傷ついていただろうから、明るくなった麻衣に、兄としては嬉しいことだ。
高山家の娘2人は小さい頃から余りにも特別な存在で、誰からも注目されてしまう運命を持ってしまったのだ。今でこそ笑って言えることも、家族にとっては深刻で重大な事件だったのだ。
そう、佳代子と麻衣は人並みはずれて背が高かったのだ。成長を止めない余りにも大き過ぎる自分自身の体に2人は苦しめられてきたのだ。
佳代子と麻衣を知らない人は、背が高い女性なんて学校ならクラスに何人もいるよと言う。
俺は
『ではその背の高い子は何センチ』と尋ねる。するとたいてい、165とかせいぜい170センチと言った答えが返ってくるのだ。それ位なら確かにどこにでもいる。悩みもあるだろうが、平均より10センチ位のオーバーなら社会的には何の障害にもならないと思うのだ。
佳代子と俺と麻衣。俺は小6、佳代子が小4、麻衣が小2の時の写真。
恐らくこの位までが高山家が普通の家族でいられた最後の時期だろう。でも、背の順番は、信じられない事が起きはじめていたのだ。佳代子が俺より頭一つ分高く、麻衣はなんと俺の鼻先まで大きくなってしまっているのだ。
そして、そこから先の佳代子と麻衣は、常識など完全に無視した、狂ったような激しい『成長』を遂げていったのだ。
家族の成長を悲しむ家庭。高山家はまさにそうなってしまった。
『先週、蛍光灯のカサも、天井もすっかりキレイにしたはずなのにー』
綺麗好きの麻衣は掃除もマメにこなす。なんでも大雑把な佳代子とは随分違う。
トースターで食パン6枚切りを2枚、ベーコンエッグ(卵2個!)を自分で作りモリモリ食べる麻衣。
かわいい顔に似つかない大食漢。服飾費だけでなく食費も結構な額なのだ。
半ば引きこもりのようになってしまっていた麻衣は、慎一郎と付き合い、それから大学のボーイフレンドと頻繁に逢うようになってからは本当に見違える程明るくなった。そして…
『あのさぁ』
麻衣はモグモグしながら
『ん、なぁに?』
『昨日夜遅く帰ってきたら道に飛ばされて落ちてたぞ、あれ』
ダイニングのすぐ横にあるソファーの上に俺が置いた巨大なもの。
『麻衣、お前この数年でまたとんでもなく発育しちゃったんだなぁ』
『やーん!』
麻衣はそれを目にすると、悲鳴を上げた。長い長い腕をのばして、ひったくるようにそれを掴むと一目散に自室に駆け上がっていった。後ろ姿を見ても身体の左右から膨らみが豪快にはみ出して、今までソファーの上にあった物は、麻衣にとっては決して大き過ぎる下着でなく、かえって小さ過ぎる事を物語っているのだ。麻衣は小さな頃から男性の目を引き付けずにはおかない余りにも大き過ぎる胸で苦労ばかりしていたが、男性と付き合うようになってから更に恐ろしい程の成長期が始まってしまったらしい。スリムでひたすらモデル体型の佳代子と、グラマーなんて言葉では説明したりないほどの麻衣の凄まじいバストとヒップ。それなのにウエストは麻衣も佳代子も変わらないサイズなのだ。蜂のようにくびれた麻衣のウエスト。
残酷なほどにアンバランスな体型と顔立ちの違いなのだ。
部屋にブラを片付けて怒った顔で麻衣が戻る。
『もう!誰かお客さんが来たらどうするの?部屋に持ってきてくれればいいのに…』
ドスドスと足音を立てて、バストは厚手のニットの中でさえ前後左右に波打つようにグラグラと揺れる。大きさはもう大玉のスイカに限りなく近い、いや、もうとうに超えてしまったかもしれない。左右の膨らみは互いにぶつかり合い一時もじっとしてはいないのだ。
『もう、あんまり見ないでよ』
『見るなと言うほうが無理な注文だよ』
『男の人ってすぐにそう言うの。私の気持ちをまったく考えてくれないんだから。あーあ、お姉ちゃんみたいにスリムに生まれたかったなぁ。本当は大学の千佳ちゃんみたいにちっちゃくて幼児体型が理想なんだけど』
『写真で見た子だろ。身長差80センチ超。もはや親子レベルも超えてたよな。ほぼ麻衣の下半身サイズしかない。その上、スリムだから体重は五分の一位じゃない?』
『もう、うるさいんだから!』
体型のことが高山家のタブーだったのは少し前のことだが、冗談に出来るようになったのは、麻衣が大学に通いはじめたごく最近からなのだ。ようやく麻衣は自分の余りにも人並み外れた姿態を受け入れるようになったのだろう。
つづく