めぐみ・2
ちょっとおしゃれなイタリアンレストランに案内される。案の定、あまりの緊張で会話が続かない。
高橋さんが気を利かせていろいろフォローしてくれる。
「田中さんは仕事忙しそうだけど、週末は時間作れる?」
「忙しいけど、必ず時間を作ります」
「私はこれっきり来ないんだから、ちゃんと会話の話題をつくってね
一緒のクラスになったのは小学校3年のときかな、それ以来の友人なの。だから、めぐみの成長については本人よりもよく知ってるわよ。めぐみは、本当に学校どころか市内でも有名な女の子で、小学校の入学時ですでに女性の平均身長を超えてたんだもの。それなのに、学校の誰よりもかわいい顔で本当にアンバランスな女の子だったわ。一緒に勉強して女子校に学校を変わったの」
「本当に小学生時代は辛かったです。測るたびに自分がどんどん大きくなっていって、男の子達は、自分がチビなのに、女の子の私がグングン大きくなっていくものだから、癪だったみたいで、ことあるごとに私をいじめてたの。恵子が一緒に学校変わろうっていってくれて、受験をして私立中学校にいったの。今の私がいるのは恵子のおかげなんです」
「じゃあ、本当に親友なんですね」
「そんなにいわれるとちょっと恥ずかしいけど、ずっと一緒にいるのは確かね」
ワイングラスをくるくる廻しながら、ちょっと上気した顔で高橋さんはいう。
ことあるたびにめぐみさんは窮屈そうに姿勢をかえる。自分は席とテーブルの間に30センチも隙間があるのに、
めぐみさんは普通に座ることもできない。規格品の椅子やテーブルに合わせるために大変な努力をしているのだ。
テーブルの下では体をちょっと斜めにして脚を完全に横にすることで何とかテーブルにぶつからないようにしている。
彼女のつま先はテーブルの端を大きく超え、隣のテーブルの下まで届いてしまっている。大きな大きな自分の体を隠すために涙ぐましい努力を続けているのだった。
二人は本当に酒のみで、体の大きなめぐみさんも、高橋さんもグイグイワインをあけていく。
ボトルを注文した段階で驚いていたけれど、2本目も普通に空けてしまった段階で、僕はもう、頭がくらくらしはじめていた。
朦朧とした自分からみて、二人は全くのしらふの様に見える。
「田中さん、大丈夫ですか?」
めぐみさんに聞かれたときには、もう、アルコールは相当回ってしまい、足下もおぼつかないほどになっていた。
タクシーでめぐみさんに送られる。高橋さんは遠慮して別のタクシーですぐに行ってしまった。一緒にいると並外れて
背の高いことがどれだけ大変かということが本当によくわかる。車に乗るのも一苦労で、
「ちょっと遠いけどベンツが教習車のあの学校で習ったんです。だって、乗るだけで大変なのに運転はハンドルが
膝の間に入ってしまうのでさらに大変になっちゃうんです。クラッチ操作も脚がダッシュボードに当たってしまうから
AT免許にしました。そうすれば体を斜めにして片足だけ余裕を作れば何とかなるし」
「助手席でもシートを一番後ろに引いて、背もたれを相当斜めにしないと普通にすわれないんです。
そうしないと脚が収まらないし、頭が天井につかえてちゃう。軽やリッターカーはすごく苦手。
基本的に後部座席は無理、全部私専用にしてくれるならなんとかだけど」
「僕なんてよく友人の乗った後のシートを思い切り前に戻すことが多いよ。足短いからかなぁ」
めぐみさんがちょっと笑った。細面というより頬がふっくらしていて丸顔に近い。顔だけ見ると150センチでも通りそう。ただし首が僕の3倍も長いので、かわいい顔にはちょっとアンバランスな感じだ。
座っていても頭一つ分見上げてしまう。ただし「頭ひとつ」なのがポイントで、残りの身長差のほとんどが脚の長さなのだということがわかる。
「ごめんなさい、脚、邪魔でしょ」
左側のシートに座っためぐみさんの脚は当然収まりきれないで右側の僕のいる方に豪快に伸びている。
右端に自分の足を寄せても、白いふくらはぎから足首そして大きな大きなローヒールが僕の足にあたるどころかぎゅうぎゅう押されてしまうのだ。長い長い脚、そして、
「36センチよ」
とこっそり教えてもらった大きな大きな白のローヒールが僕の膝下に当っている。
シートを倒せないタクシーの後部座席で上半身を僕のほうに傾け窮屈そうにしているめぐみさん。
「ごめんなさい、僕がもっとしっかりしてれば」
「いいえ、私のほうこそ、田中さんに私たちのペースに合わさせてしまったから......」
「本当に、私たちお酒大好きで、ついつい飲みすぎちゃうの。」
最初に会ったときの緊張はどこかへいってしまって、めぐみさんは本来の饒舌に戻ったようだった。
初対面の人には自分の身長コンプレックスもあって、必要以上に無口になってしまうようだった。
特に男性には小学校時代に執拗にいじめられたこともあって、身構えたり緊張したりしてしまうのだろう。
のみ過ぎのせいで、余り詳しくは覚えていないのだけれど、車中では、本当にいろいろなことを話していた。
中学、高校時代のこと、高橋さんのこと、
「不思議です。男性にこんないっぱいお話したのはじめてです。」
「ぼくも、こんなに女性とスムースに話せるなんてはじめてです」
「気が合うんですね」
「うん、そう思います。また、会っていただけますか?」
こんなことをこんなに普通にいえるなんて、昨日までの自分からは想像できないことだった。
理想の女性を前にしたら緊張の絶頂で絶対に失敗すると思っていた。酒の力でなく、礼儀正しくて、でも気さくで、相手のことを気遣える、めぐみさんだからこんなに自然にこんなことが言えるんだと、気づいた。
「はい、喜んで。でも本当に、私でいいんですか?2m18cmですよ?」
「だから、大きければ大きいほど惹かれるんですよ」
「じゃあ、どんどん惹かれていきますよ。だって、まだ、私、グングン育ってるんです!」
「えーーーー! 21ですよね。」
「はい。特異体質なのかわからないんですけど、まだ年に数cm伸びてるんです。」
「もう倒れそうです」
「まだ大きくなるのがそんなにいいんですか?」
「はい。どきどきします」
「うーん、マニアの気持ちはわからないです。私はこんなに困ってるのに...」
「じゃあ、これからはあんまり喜ばないようにします」
タクシーは僕の家の前に横付けされた。名残惜しい。まだ話し足りない。タクシーを降りてたたずむめぐみさん、いつも見る風景に、まさに非日常の存在。何時間でも見つづけていたい。背の高さを忘れないように、めぐみさんの頭の頂上の高さと同じところに、目印をみつけてしまう。
「本当に長身好きみたいですね」
「はい」
「ライン下さいね」
そういって、再び窮屈そうにタクシーに乗り込むめぐみさん。
早速、
『今日はありがとうございました。また週末会ってくれませんか』
といった内容をすぐに送ってしまった。
『平日でもいいですよ』
今別れたばかりなのに、また会いたい。理想の女性と知り合えて、いきなり仲良くなってしまったのだという事実をかみしめて、心の中で激しい興奮が遅れて沸き上がってきた。
続く