書評

  • 好きなときに好きな本の簡単な書評を載せています。

優しさに満ちた絵本

  • チャールズ・M・シュルツ(細谷亮太訳)『チャーリー・ブラウン なぜなんだい?──ともだちが おもい病気になったとき──』、岩崎書店、1991年。

    • 本書は病院の看護師から、がんと闘っている子どものためにスヌーピーたちに協力してほしい、という手紙を受けて、シュルツが作った絵本です。それにもかかわらず、本書は本人でも家族でもなく、重い病気になった「ともだち」(ジャニス)をもつ人物(ライナス)の視点で描かれています。それは、この視点に立つことで、事態を当事者とは異なった景色として優しく描こうと試みているのではないでしょうか。ともだち(ライナス)が心配して待っていること(バス停は待つ場所として象徴的です)、クラスで特別扱いされていること(ライナスはそれにはちゃんと理由があるんだ、と不満に思うクラスメートたちを諭します)、親が病気の妹をひいきしているように姉には感じてしまうこと(「ほんきでいっているんじゃないよね」というライナスの言葉に著者の優しさを感じます)。また、本書は教育的でもあります。がんはうつらないこと、本人のせいではないこと(誤解する姉ルーシーに怒るライナス)、化学療法を受け髪が抜けることがあること(からかういじめっ子に詰め寄るライナス)。そして、春の日差しのなかライナスがジャニスのブランコを押すシーンは希望そのものです。ブランケットを手放したライナスの勇ましさ(そんな彼でも、相談できるチャーリー・ブラウンが必要なのです)、スヌーピーのコミカルな振る舞い、表紙のジャニスの表情にも、読者への著者の優しい配慮を感じました。

「ちちんぷいぷい」の思い

  • 常光徹『しぐさの民俗学』、角川ソフィア文庫、2016年。(常光徹『しぐさの民俗学──呪術的世界と心性』、ミネルヴァ書房、2006年の文庫化)

    • 本書は、息を吹いたり指を隠したり、しぐさをめぐる日本各地域の呪術的な伝承を紹介しながら、その背後にある論理や私たちの心性を探ろうとする試みです。圧倒的な文献収集に加え、乗り合わせたタクシー運転手や講師先の受講生に聞いた俗信にも注目しています。たとえば、「朝、口笛を吹くな。その日大風が吹くから」(千葉県市川市)、「白い馬に出合ったら親指を握り締めて通り過ぎよ。家の誰かに祟りがある」(秋田県河辺町)、などが紹介されます。ミルに言わせれば、主観的な出来事を客観法則と混同した誤謬推理となるのでしょう(J・S・ミル『論理学体系4』、京都大学学術出版会、2020年、第5篇第3章第2節)。しかし、そんな簡単に片付けてしまってよいのでしょうか。私には、しぐさが伝承されてきたことには、わけがあると思います。私が子どものとき、転んで怪我をすれば、親が「ちちんぷいぷい いたいのいたいの とんでいけ!」と唱えて、息を吹きかけてくれました。それは、私の親が誤謬に陥っているのではなく、ましてや本気で邪気を吹き祓おうとしているわけでもなく、親が子を思う気持ち、それが時代を超えてしぐさとして受け繋がれてきたのだろう、そう思いました(ちなみに、この呪文の由来は、智仁武勇とも「ちんぷんかんぷん」だとも、あるいはオナラの音からとも言われているそうです(本書29頁))。論文集のため各章が独立すぎる感は否めませんが、「終」で著者自身がつながりを説明してくれているのがうれしいです。船に乗ったら船幽霊に騙されないよう股のぞきしてみたいです。

情報倫理に携わる人は必読

  • 藤代裕之(編著)『ソーシャルメディア論:つながりを再設計する』、青弓社、2015年

    • いま情報倫理に携わる人には必読の本だと思います。本書はメディア・リテラシーを読者に身につけてもらうことを目的にした本ですが、いわゆる「情報モラル」の教科書ではありません。ソーシャルメディアの前提知識として歴史、技術、法をがっつり学ぶところから始まり、ニュース、広告、政治、家電などの分野でどのような変化や課題が生じているかが事細かに解説されています。たとえば、Change.orgなど意思決定者を動かす「キャンペーン」の力とそこに潜むアーキテクチャへの懸念が取り上げられたり、網野善彦に言及しつつ「無縁」でなくなる都市のあり方が警告されたりします。こうした問題提起で終わらず、最後に解決案を提示している点にも好感を持ちました。とりわけ、各国の共同規制のルールを国家間で相互承認してゆくという案や、事業に対する出資額に応じて出資者責任を制限する有限責任制度とアナロジカルにソーシャルメディア活動に応じて本人の責任を切り分ける「分人」というアイデアに魅力を感じました。

  • 追記:改訂版が出版されました。

レポート課題を「ルールのわからないゲーム」にしないために

  • 成瀬尚志編『学生を思考にいざなうレポート課題』、ひつじ書房、2016年。

    • レポート課題を出す教員は読んでおいたほうがよいと思います。本書の問題意識は「論理的あるいは説得的な論証が書けるか」だけを問う課題を出してしまうと「学生はルールのわからないゲームをさせられているような感覚」をもってしまうというものです。そこで、論証型レポートばかりの従来の傾向を批判し、「論述型レポート」というものをあらたに提案しています。具体例が多いので実際に授業で使いやすいように思います。また、インターネットが身近になりネットを駆使してレポートを書く学生や、ファボや既読などフィードバックが当然の環境にいる学生、を前提に話が進んでいることに共感を覚えました。読んで私自身が反省したのは、レポートは最後に出すものでない、ピアレビューは完成形の段階でしない(学生にフィードバックがないから)という部分です。