功利主義

1.導入:できるだけ多くの善を生み出すことが正しい

次のケースを考えてみましょう1

無人島での友人との約束のケース:あなたと友人が遭難して無人島にたどり着いた。友人があなたに自分の全財産を競馬クラブに寄付してほしいと言い残して死んだ。あなたはそうすると約束した。さいわい、その後まもなくしてあなたは救助された。あなたは友人との約束を果たそうと思ったが、よくよく考えると、競馬クラブよりも病院に寄付した方が多くの善を生み出せるように思われる。あなたと友人の約束については他に誰も知らない。

あなたはどうすることが正しいと思いますか。わたしたちは約束は守ることが正しいと教わってきたと思います(ここでの「正しさ」は文法的な正しさなどでなく道徳的な正しさであることに注意してください)。しかし、たとえ友人との約束を破ってでもできるだけ多くの善を生み出すことが正しいと考える人もいるのではないでしょうか。この考え方は昔からあるのですが、それに「功利主義(Utilitarianism)」という名前を付けて支持したのが18世紀イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサム(1748−1832、写真)です。実際、ベンサムはできるだけ多くの善を生み出すため、女性参政権や同性愛の擁護を提案しました。今では当たり前の制度ですが、当時のイギリス社会では革新的な制度の提案でした。

2.キーワード:最大多数の最大幸福

そもそも善や悪とはなんでしょうか。ベンサムはそれを幸福や不幸、具体的には快楽や苦痛だと考えました。彼の主著『道徳および立法の諸原理序説』は次の有名な文章から始まります2

自然は人間を、苦痛と快楽という二人の王の支配の下に置いた。彼ら苦痛と快楽だけが、われわれのすべきことを指示し、かつわれわれのすることを決定するのだ。その玉座には、一方には正・不正の基準が結わえられ、もう一方には、原因と決定の鎖が結わえられている。彼らは、われわれのすること、言うこと、考えること全てにおいて、われわれを支配している。

ベンサムは、われわれが何をしても、何を言っても、何を考えても、それは結局、幸福(快楽)を求め、不幸(苦痛)を避けようとしているのだ、と言います。つまり、ベンサムは「できるだけ多くの善を生み出すことが正しい」という先ほどの主張のうち「善」の中身を特に「幸福」だと考えました。逆に、不幸を生み出してしまうことは不正だと考えたのです。ちなみに、幸福と不幸はまとめて、「功利(効用)」と呼ばれます3。功利主義(utilitarianism)は言葉のとおりこの功利(Utility)に基づいた(正と不正に関する)立場です。

ところで、どうしたらできるだけ多くの幸福を生み出すことができるでしょうか。ベンサムは二つの方法があると言います。一つ目は、できるだけ多くの人の幸福を生み出すという方法です。そのためには、ある行為がどんな影響を及ぼすか広い視点で気にしなければなりません。もう一つは、ある特定の人の幸福をできるだけ大きくするという方法です。同じ人数に幸福を与えるにしても、一人ひとりに与える幸福はわずかなものより大きなもののほうがよいでしょう。そこで、ベンサムは功利主義のことを「最大多数の最大幸福」を目指す立場として紹介しています。うまい言い方です。できるだけ多くの人にできるだけ大きな幸福を与えるべきだと。そして、ある行為が「最大多数の最大幸福」になっているかを確かめるため、その行為の帰結として生じる幸福と不幸、つまり功利を計算すべきだと言います。

しかし、功利計算なんてできるのでしょうか。ベンサムは「できる」と考えました。前書のなかで彼は、快楽を十四種類、苦痛を十二種類を分類して、何を足し算すればよいかを説明しています。また、功利計算において「各人を一人として数え、誰もそれ以上には数えない」ことに注意すべきだと言います。自分の好きな人の幸福を嫌いな人の幸福より2倍にかけ算したり1/3にわり算してはいけないのだと言います。嫌いな人の幸福であっても、それを数え入れて、好きな人嫌いな人に関係なくできるだけ多くの人ができるだけ幸福になるような行動をとるべきだと。道徳はえこひいきがない不偏的なものだというわたしたちの直観をベンサムなりに取り入れている部分です。

もちろん、幸福を感じるのはヒトだけではありません。科学の発展によって、ヒト以外の動物(以下、動物)であっても幸福を感じることが明らかになっています。ベンサムの考えを受け継いだ現代の功利主義者ピーター・シンガーは動物の幸福を数え入れて功利計算しています。シンガーによれば、大雑把な計算でも、わたしたちの動物に対する扱いは最大多数の最大幸福を実現しておらず改めるべきだという結論が出てくるといいます。

3:理論:功利主義とは何か

功利主義を定式化すると、次のようになります。ある行為が道徳的に正しいとは、その行為が帰結としてできるだけ多くの者(や動物)をできるだけ幸福にする(最大多数の最大幸福を実現する)ことである。

このように理解された功利主義には3つの特徴があります。第一に、最大多数の最大幸福という目的を達成するためには、どんな手段をとろうと構わないとすることです。たとえば、最大幸福の最大多数という目的のためには、わたしたちの自由が奪われる社会があってもよいと言います。SFアニメ『サイコパス』をご存知の方は、作中で犯罪監視システム「シビュラ」が自らの目的を最大多数の最大幸福に置いていると明言しているのを思い出すとわかりやすいでしょう。第一の特徴は「帰結主義」と呼ばれます。功利主義は帰結主義の一種です。

第二に、功利主義は、わたしたちにとって善いことが幸福に尽きると考えます。他にも善いことはいくらでもあると思うかもしれません。たとえば、友情、恋愛、知識、健康、自由、お金、名誉など。しかし、それらがわたしたちの幸福につながっていなければ、それらは善いものだと言えないのではないでしょうか。なぜお金が自分にとって善いかといえば、それが自分に幸福をもたらすからでしょう。この意味で究極的に善いものは幸福だけだと考えるのです。第二の特徴は「福利主義(幸福主義)」と呼ばれます。功利主義は福利主義の一種です。

第三に、功利計算では、幸福を足し算してそれが最大になる選択肢をとります。ここで、かけ算やわり算をしてはいけないということを思い出しましょう。「最大」という言葉にも注意してください。関係者全員を幸福にすることは大抵の場合不可能です。功利主義が言う「最大」とは、可能な選択肢のうち「最大」という意味でしかありません。「できるだけ多くのものをできるだけ幸福にする」の「できるだけ」にはそうした意味があります。第三の特徴は「最大化主義的単純加算主義」と呼ばれます。功利主義は最大化主義的単純加算主義の一種です。

結局、功利主義をその特徴に即して(半ば冗談っぽく)言えば「最大化主義的単純加算主義的福利主義的帰結主義」だと言えます5

4:実践:功利計算をしてみよう

冒頭の無人島での友人との約束のケースで功利計算してみましょう6。ここでは、説明のため現実をかなり簡単にして考えていきます。

もしあなたが友人との約束を守れば、競馬クラブに所属する10人が喜び、それぞれプラス1だけ幸福が増えるとします。なかにはあなたの嫌いな人がいるかもしれませんが、「各人を一人として数え」ることを忘れてはいけません。他方、あなたの寄付でムチを打たれて苦痛を感じる馬が2頭増えたとしましょう。それぞれの馬の幸福はマイナス2だとします。このとき、あなたが約束を守ると10×1+2×(−2)=6の幸福が増えることになります。

もしあなたが友人との約束を破り病院に寄付すれば、100人の人命が救われ、彼らはこれからの人生でしたいことができる喜びを感じるとしましょう。それぞれプラス100だとします。さらに200人の家族がこの出来事に「よかった」と安堵を感じるとしましょう。それぞれプラス100だとします。このとき、あなたが約束を破ると100×100+200×100=30000の幸福が増えることになります。

もしあなたが取れる選択肢がこの2つしかなければ、可能な選択肢のうち実現する幸福の最大値は30000です。そこで、功利主義の観点からは、友人の約束を破るほうが道徳的に正しいということになります。

もちろん現実はもっと複雑です。選択肢は何百、何千とあるでしょう。また、起こりうる確率に応じて、確率計算をしなければならなくなります。その場合の効用のことを「期待効用」と呼びます。しかし、そうした複雑な事情を考慮しなくとも、大雑把な功利計算から導かれる見解もあるでしょう。たとえば、すでに述べたように、われわれの動物に対する扱いは改めるべきだという結論が出てくるかもしれません。

練習問題

功利主義から、この世界や日本をどうすべきか考えてみましょう。たとえば、動物の殺処分についてはどうでしょうか。また、世界の人口問題について言えることはあるでしょうか。

脚注

  1. (児玉 [2012] 43)から。ただし、この例の初出はオーストラリアの哲学者J. J. C. スマートの論文(Smart [1956] 350)です。

  2. (Bentham [1780] Ch.1.)から。訳語は(児玉 [2012] 44-45)にならいました。

  3. 正確に言えば、ベンサム(やJ. S. ミル)は幸福や不幸を生み出す傾向性を「功利(効用)」と呼んでいて、現代倫理学や経済学での「功利(効用)」と意味がずれます。

  4. 厳密な定式化についてはマーク・ティモンズの教科書を参照してください(Timmons [2012] 116)。

  5. この理解は(伊勢田 [2006] 10)から。

  6. 功利計算をじっさいにしてみたという具体例として、奥野 [2006]や、拙論ですが杉本[2012]があります。

参考文献

  • Bentham, Jeremy [1780] An Introduction to the Principles of Morals and Legislation.(邦訳:ベンサム(山下重一訳)『道徳および立法の諸原理序説』、世界の名著、中央公論社、1967年。)

  • Smart, J. J. C.[1956] “Extreme and Restricted Utilitarianism", The Philosophical Quarterly, pp.344-354.

  • Timmons, Mark [2012] Moral Theory: An Introduction, 2nd Edition, Rowman and Littlefield Publishers.

  • 伊勢田哲治 [2006] 「功利主義とはいかなる立場か」、伊勢田哲治・樫則章『生命倫理学と功利主義』、ナカニシヤ出版、2006年、第1章。

  • 奥野満里子 [2006]「ヒト胚の研究利用」、伊勢田哲治・樫則章、『生命倫理学と功利主義』、ナカニシヤ出版、2006年、第3章、48-73頁。

  • 児玉聡 [2012]『功利主義入門−はじめての倫理学』、ちくま新書。

  • 杉本俊介 [2012]「フォード・ピント事例と功利主義」、中谷常二(編)『ビジネス倫理学読本』、晃洋書房、第六章、124-142頁。

功利主義を学びたい人向けの読書案内

  • 安藤馨 [2007]『統治と功利』、勁草書房。

    • 功利主義の研究をしたい人向けの本です。功利主義をめぐる倫理学上の議論のほとんどの論点が検討されています。英語が読める人はこの本に挑戦する前に、Krister Bykvist, Utilitarianism: A Guide for the Perplexed, Continuum, 2009を読んでおくことを薦めます。