話題のピラジン系医薬品

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最近,ピラジン系化合物が抗コロナウイルス薬候補として話題になっています(2020).

一般名はファビピラビルである.比較的簡単な平面構造を有する化合物であり,当初7ステップで合成された(2001).その後,低収率ながら4ステップ合成法が報告された(2014).

結晶状態では結晶多形が存在するが,面倒な立体異性体の分割等の問題は存在しない.

ファビピラビル(favipiravir)

ファビピラビルは,タミフル,リレンザ等の既存インフルエンザ治療薬と作用機序が異なる.

タミフルなどの既存薬は増殖したウイルスを細胞外に放出できないようにして感染拡大を防ぐ.これに対し,ファビピラビルは細胞内での遺伝子複製を阻害し,増殖そのものを阻止する.このため、新型インフルエンザや既存薬に耐性を持つ ウイルスにも効果が期待されている.

独立行政法人医薬品医療機器総合機構の審査報告書(177頁)の冒頭には以下のように記載されている.

審査報告書

平成 26 年 1 月 23 日

独立行政法人医薬品医療機器総合機構

[化 学 構 造]

上記の通り

分子式: C5H4FN3O2

分子量: 157.10

化学名: (日本名) 6-フルオロ-3-ヒドロキシピラジン-2-カルボキサミド (英 名

) 6-Fluoro-3-hydroxypyrazine-2-carboxamide 中略

[審 査 結 果]

提出された資料から、本剤の季節性の A 型又は B 型インフルエンザウイルス感染症に対する有効性は未だ検証されたとは言えず、米国において臨床での有効性が示唆された 段階に過ぎないと考える。一方、本剤は既承認の抗インフルエンザウイルス薬と異なる 作用機序を有しており、非臨床での検討のみではあるものの、鳥インフルエンザウイル ス A(H5N1)及び A(H7N9)等に対する抗ウイルス作用は期待できることから、最近 のインフルエンザを取り巻く現状をふまえると、新型又は再興型インフルエンザウイル ス感染症に対して、他の抗インフルエンザ薬が無効又は効果不十分であり、本剤の有効 性が期待できる可能性のある場合に、本剤を使用可能な状況にしておくことは意義があ ると考える。 したがって、本剤の承認を考慮する場合に

は、本剤の投与対象を限定し、患者又はそ の家族等に対し本剤の有効性及び危険性に関して文書をもって説明し、文書による同意 を取得した上で投与されることとするとともに、通常のインフルエンザウイルス感染症 に使用されることのないよう厳格な流通管理及び十分な安全対策を実施することとし、 通常のインフルエンザウイルス感染症に対しても有効性は検証されていないこと、本剤 は催奇形性等のリスクを有すること、海外で実施された臨床試験成績を中心に国内では 検討されていない用法・用量が設定されていることを踏まえ、承認後速やかに臨床試験 を実施することを承認条件として付与した上で、新型又は再興型インフルエンザウイル ス感染症に対し、以上の危機管理を前提として承認する意義があるものと判断した。 以上、医薬品医療機器総合機構における審査の結果、現段階で本品目の承認を考慮する 場合には、下記の承認条件を付した上で、以下の効能・効果及び用法・用量で承認する 意義があると判断した。 [効能・効果] 新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイ ルス薬が無効又は効果不十分なものに限る。) [用法・用量] 通常、成人にはファビピラビルとして 1 日目は 1 回 1600mg を 1 日2 回、2 日目から 5 日目は 1 回 600 mg を 1 日 2 回経口投与する。総投与期間は 5 日間とすること。 [承認条件] 1. 我が国において、承認用法・用量における薬物動態試験を実施し、終了後速やかに試験成績及び解析結果を提出すること。 2. 通常のインフルエンザウイルス感染症を対象に、本剤の有効性の検証及び安全性の確認を目的とした臨床試験を実施し、終了後速やかに試験成績及び解析結果を提出すること。 3. 通常のインフルエンザウイルス感染症に使用されることのないよう厳格な流通管理及び十分な安全対策を実施すること。 4. 本剤の投与が適切と判断される症例のみを対象に、あらかじめ患者又はその家族に有効性及び危険性が文書をもって説明され、文書による同意を得てから初めて投与され るよう、厳格かつ適正な措置を講じること。 III.総合評価(審査結果と重複部分あり) 以上の審査を踏まえ、機構は、現時点までの限られた情報に基づき、新型又は再興型インフルエンザ ウイルス感染症に対して、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分であり、本剤の有効性が期待できる可能性のある場合に本剤を使用 可能な状態にしておくために、現段階で本剤の承認を考 慮する場合には、下記の承認条件を付した上で、効能・効果及び用法・用量を以下のように整備すれば、 承認する意義があるものと判断する。本剤の再審査期間は 8 年、原体及び製剤はいずれも劇薬に該当し、 生物由来製品及び特定生物由来製品のいずれにも該当しないと判断する。 [効能・効果] [用法・用量] [承 認 条 件] 審査結果と同じ

審査結果および総合評価によると,既存の抗ウイルス薬が不十分な場合,本人の承諾を得て投与するという条件で使用を承認している.

ヒトで行う臨床試験前に実施した動物による安全性試験で胎児に奇形が生じる可能性が認められため,承認に条件が付き,「パンデミック」と呼ばれるような新型インフルエンザなどの大流行に備えるための薬として位置付けられた.したがって,通常のインフルエンザの治療に使用されることはない.

最近,この化合物が西アフリカで猛威を奮っているエボラ出血熱のウイルスの増殖を抑止する可能性が指摘され,注目されている.そのため,開発した親会社(富士フイルム)の株が値上がりしているとのことである(次図参照).

[ついでに]

[6年制における医薬品合成の講義]

薬学部の有機化学の講義では,基本構造だけではなく,その骨格を含む関連医薬品の構造式を提示する.ところが,試験の前にな ると「構造式も覚える必要がありますか?」,「医薬品名だけではだめですか?」という質問が殺到する.「構造式を書かせることはないが,構造式を示した ら,それが何であるかくらいは判るようにしておく」ように言っていた.ところが,6年制になってから,薬剤師のための医療教育に重点が置かれ,基礎系の講義はやり難くなった.特に,医薬品の合成ルートを理解させることは難しい.20行程を超えるタミフルの場合,キーステップの紹介程度にとどめていた.

ここで紹介した化合物は,非常に短い工程で合成できるので,医薬品合成に興味を持ってもらう格好の講義材料になるものと思われる.ベンゼン環をヘテロ環に換えた場合の効果,芳香環にフッ素が置換した場合の電子的影響,立体的な影響等,総合的な知識を動員したアドバンス ト講義(分子モデリング,構造活性相関等)が可能であるが,現状は国試対策に振り回され,認可時の授業計画を実施する余裕はないらしい.

「構造式では処方されない」ので,構造式は必要ないと言う人がいると聞いたことがある.恐らく余裕のない学生に対する当面の難関を乗り切るための言動と思うが,薬剤師の先が思いやられる.

注)6年制薬学アドバンスト教育:薬剤師としての基本的な教育を修了したあとに,特定のコースに分かれて専門的な能力を高めるために計画された教育.

参考資料

◯ピラジン(pyrazine)

ベンゼンの1,4位の炭素が窒素で置換されたもの複素環式化合物.窒素の位置が異なる異性体にピリミジンとピリダジンがある.

ピラジンは食品の加熱調理の際にメイラード反応により生成する.香気成分のひとつ.

◯現在汎用されている抗ウイルス剤はノイラミニダーゼ阻害剤,複製されたウイルスの放出を防ぎ感染の拡大を防ぐ仕組み.それに対しファビピラビルは,ウイルスの細胞内での複製を阻害することで増殖を防ぐ新しいメカニズムを有するRNAポリメラーゼ阻害剤である.

◯7段階合成法

Furuta Y, Takahashi K. Nitrogenous heterocyclic carboxamide derivatives or salts thereof and antiviral agents containing both. WO 00/10569[P]. 2001-04-07.

注)WO: 国際特許

◯4段階合成法

Shi F, Li Z, Kong L, Xie Y, Zhang T, Xu W. Drug Discoveries & Therapeutics. 2014; 8(3):117-120.

原料1の1.4gから,4行程をへて目的物(5)を0.12グラム得たと報告している.

◯報告書によると結晶の形が異なる結晶多形が存在する.PM6半経験的分子軌道計算では,下記の平衡が存在する可能性を示唆した.また,水酸基とアミドカルボニルの間に分子内水素結合が認められ,結晶構造を再現した.NMRスペクトル上,OH水素が確認されるので,平衡はエノール側に傾き,溶液中の構造は結晶構造と一致する.

エノール型 Hf=-83.14

ケト型−1 Hf=-84.59

ケト型−2 Hf=-84.33