李書文の略歴、李氏八極拳の確立と系統

投稿日: 2016/10/07 5:44:48

李書文は、貧しい農家に生まれ、「八極拳」を「黄四海」より学びました。

李書文は、小柄な体型であったと云われています。

得意技には、「六大開拳」(門派によっては、八大招式に数えられる)の一つである、「猛虎硬爬山」があり、ほとんどの他流試合において一撃で相手を倒した事から、「二の打ち要らず、一つ打てばこと足りる」と謳われたと云われています。

また、李書文は「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ」と弟子達に教え、「套路」(型)より招法の訓練を重視したと云われています。

李書文は、当時、軍事力の必要性が高まる時勢に、地方軍閥に招かれ、各地で軍事、武術の教官を行っていました。

この李書文には、多くの弟子がいます。

この李書文の「八極拳」を主に、「李氏八極拳」と称しますが、現在では、多くの伝承者がいます。

李書文から、直接学んだ弟子には、多くの優れた武術家が生まれました。

特に、中国最後の皇帝であった「愛新覚羅フ儀」(ラストエンペラー)のボディーガードであり、「長春八極拳」の系統を確立した「カク殿閣」や、「蒋介石」のボディーガードであり、台湾の八極拳の系統を確立した「劉雲樵」が有名です。

当会では、この李書文系の「八極拳」を練習しています。

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