擦り傷を自己修復する塗料

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(塗料の進歩,自己修復,フラフープ分子,ポリロタキサン)

最近,自己修復機能を有する物質や商品が目につくようになった.ちょっと検索しただけでも以下のようなトピックを見つけることができる.

・自己修復塗料

・日光に当てると自己修復する新塗料

・傷を自己修復し、雨できれいになる塗料

・車体の塗装表面の擦りキズ痕が復元する自動車

・傷を自己修復する「iPhone」ケース

・自己修復するプラスチック

・自己修復する電子回路

・アスファルトに自己修復能力

・ミクロな傷を自己修復する金属

もっとも,注目を集めているのが「自己修復塗料」である.

従来の傷防止塗料は,表面を硬い皮膜でコートして傷を防ぐため,衝撃に弱くクラック(ひびわれ)等を起こすとことが多い.そこで,軟らかい分子鎖,すなわち運動性の高い架橋点分子にすれば荷重を分散し, 荷重を取り除くと,ゴムのように素早く元の形に回復する可能性を持った塗料の開発が進められてきた.

2005年,「日産自動車,車体の塗装表面の擦りキズ痕が復元する世界初のクリヤー塗料“スクラッチガードコート”を開発」というタイトルでニュースになった.日産自動車が開発したスクラッチシールド塗装は,ポリロタキサンを用いたものであり,表面の細かい擦り傷を数時間で修復することができるという.

ロタキサンはラテン語の rota (輪)と axis (軸)に由来する.環状分子と軸状分子によって構成され,軸の両端には嵩高い分子(アダマンタン等)があるため,抜けることはない.環状分子としては,シクロデキストリン,クラウンエーテル、シクロファン,環状アミド等が用いられる.軸分子としては,ポリエチレングリコール,アルキル鎖、アミドなどが用いられる.その形状からフラフープ分子ともよばれている(実例は稿末の図を参照).

軸1個と多数の環状分子からロタキサンが形成される場合ポリロタキサン (polyrotaxane) と呼ばれる.

この手の高分子化合物は,薬学系の合成化学では扱うことはないので,鎖状のカテナンを含め,偶然に合成できる希少分子程度の知識しかもっていなかった.そこで,修復のメカニズムを調べてみた.細かいことは世界規模の特許のため分からないが,概念把握のため,関連の投稿論文や基本特許を所有している東京大学の研究室のホームページなどを参考に作図してみた.

従来の塗料は引っ掻き等の外力が加わると,塗料の網目は引っ張られて伸長し,ついには破断し,傷として残ってしまう.

一方,ポリロタキサン系の塗料では,環状分子(赤◯-◯)が滑車のような役目をして長鎖軸化合物(青)は両端のストッパー(黒●)が滑車と出会うまで輪を通過して移動することによって,外力による伸長歪を解消するというわけである.参考資料では,「高分子は架橋点を自由に通り抜けるこ とができるため,張力を分散し均一に保つことができる」と書かれている.

ポリロタキサン型の分子を使ったスクラッチシールド塗装は,最近ドコモの携帯電話(NEC社製)のケースにも使用され話題になった(2012年).実際の分子構造は概念図のように単純ではない.化学構造の詳細は参考資料の投稿論文(英文)の図(Scheme 4)等を参考にしてほしい.

参考資料

・Synthesis and properties of a polyrotaxane network prepared from a Pd-templated bis-macrocycle as a topological cross-linker

Masahiro Ogawa, Ayumi Kawasaki, Yasuhito Koyama and Toshikazu Takata Polymer Journal (2011) 43, 909–915. 論文URL

・Structure and dynamics of polyrotaxane and slide-ring materials,Koichi Mayumi,Kohzo Ito,Polymer 51 (2010) 959–967. PDF

・Macroscopic Self-Assembly and Self-Healing through Molecular Recognition , Akira Harada (Osaka University), December 12, 2012 PDF

・日産自動車、車体の塗装表面の擦りキズ痕が復元する 世界初のクリヤー塗料“スクラッチガードコート”を開発

・超分子ネットワークの実用化

・『スライドリングマテリアル』を応用した機能性塗料

・ロタキサンの合成と結晶構造の報告例

Synthesis of a [2]rotaxane through first- and second-sphere coordination, B.A.Blight, J.A.Wisner, M.C.Jennings, Chemical Communications, 2006, 4593.

X線構造はCCDC(ケンブリッジX線解析データセンター)の CIFファイルをもとに,分子描画には,フリーウエアの Avogadro(Ball & Stick表示,水素も表示)および Mercury(StickとSpacefillで描画,水素は非表示)を用いた.

参考資料

Cambridge Crystallographic Data Centre (CCDC) の動画

(2015.5.9)