酸化チタン光触媒の抗菌・脱臭・防汚作用

(2015)

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「あの話題は今どうなっているのだろう」と思うものはたくさんある.以前とり上げた「マグマ発電」の新聞記事(1996年12月31日)もその一つである.大晦日や元旦の記事は初夢的な物語が多いと言っても過言ではない.

「酸化チタン光触媒」もそのひとつと思っていたと言ったら叱られるかもしれない.1972年,「光触媒による水の電気分解現象」が本多・藤嶋効果として Nature 誌に掲載されると,朝日新聞は1974年元旦の一面に「光照射によ る水素製造技術」として大きく掲載した.オイルショックの前年であったため,大きな期待がよせられたが.実用化には至らなかった.しかし,水素エネルギーとは別の派生分野(光触媒利用技術)で大きな成功を収め,その市場規模は1000億円を超える産学連携モデルになっている.

本多・藤嶋効果

通常,水の分解反応は陰極と陽極の二つの電極を電解液に浸し,外部から電圧を加える必要がある。しかし,本田,藤島の両氏は酸化チタンを陽極,対極に白金を使い,酸化チタン電極に紫外線を照射すると水の分解反応が進行し,TiO2 極に酸素,Pt 極にH2が発生する ことを発見した.朝日新聞は「太陽で”夢の燃料”」,「日本科学者発見の原理に脚光」,「水中の半導体に光をあて,水素ガスを採取,各国が注目」,「実用化にはなお時間」等の大見出しで報道した.

新聞に掲載された概念図

白金側 水素ガス発生

酸化チタン側 酸素ガス発生

ガラスフィルター(隔膜),KCl塩橋でもよい.

発想を転換して微量のものを相手に環境浄化面で実用化

酸化チタンの場合,光による励起は紫外線(太陽光の4%,波長380nm以下)でしか起 こらないので,太陽光に多量に含まれる可視光を利用できず,光全体での利用効率は低い.一日で採取できる水素量は,東大構内における実験(8月12時間太陽光照射)で TiO2 皮膜 1m2 あたり 7ットル(エネルギー変換率0.3%)程度であったという. これとは対照

的に,光触媒(酸化チタン)の持つ「強い酸化還元作用 」に注目が集まり,応用面の研究が急速に進展した.その結果,いろいろな材料の表面に酸化チタンの薄い膜を作り,紫外線だけで環境を浄化する方法等が実用化された.酸化チタンに付着した汚れ(有機物)に光が当たると、有機物が「水」と「二酸化炭素」に分解するというわけである.さっそく,この現象を利用した商品として「人工の葉にTiO2を塗布した観植物」が登場した. 物好きの我家

では,10年前に「光触媒人工観葉植物」なる置物(バギラポット)を購入した.ラベルには,窓際に置いておくと,抗菌・抗ウイルス,防汚・防カビ,シックハウス症候群防止に効果があると書かれている.

結晶構造 ルチル型とアナターゼ型

製作・販売したメーカーは,現在も存在するのか否かインターネットで調べると,しっかり存続していた.空気浄化,抗菌性に関して,豊田中央研究所の「V-CAT」を使用した商品がJIS規格試験をクリアしたと「アセトアルデヒドの低減効果データ」を紹介しているほどである.

長期間南向きの部屋に放置していたもの(中)とウエブカタログの色(右)を較べると緑色が退色している.これも酸化チタンが着色剤を破壊した結果かもしれない.

光触媒による有機物分解と超親水性技術

あらためて調べてみると,派手ではないが以下の分野で着実に利用が進んでいる.光触媒による「有機物の分解」に加えて,「超親水性」という新しい現象がTOTO,東大によって見いだされ,酸化チタンが別の角度から見直されるきっかけを作った.酸化チタン光触媒をコーティングした物質の表面は,異常に水になじみやすくなり,水を掛けると薄い膜となって物質を覆う.この発見は学術的に新規な現象として,1997年のNature誌に掲載された.

  • 大気浄化 窒素酸化物(NOx),硫黄酸化物(SOx),アルデヒド類を分解・除去

  • 殺菌・抗菌・防カビ 抗菌タイル,病院の壁,床等に塗布して感染症などを防止.大腸菌の場合,死滅した菌を分解し,菌が死滅して生成するエンドトキシン毒素も分解するため被毒を阻止できる.感染性ウイルスの不活性化も確認されている. 浄

  • 水 紫外線照射にTiO2を用した酸化分解装置が検討されている.花を長持ちチタン花瓶,水苔繁茂抑制水槽,24 時間風呂(コロナ)等.. 消臭

  • 脱臭 空気清浄機,エアコン(ダイキン)など.ニオイ物質を分解,除去 繊維に織り込んだエプロン,靴下,作業着等が販売されている. 防汚

  • 建物,外壁,車等のクリーン保持.超高層ビルの降雨によるセルフクリーニング(水が TiO2と基材に入り込み,基材表面に付着した汚れが浮かび上がり,雨で流れ落ちる) 防曇 ガラス

  • 窓,浴室のミラー,バックミラー等のくもり防止 ヒートアイラ

  • ンド対策 TiO2 表面の水膜が日光により蒸発すると気化熱が熱を奪い外壁や建物内の温度が低下する. こららの基礎となる

技術は,1967年に本多健一氏(故人)・藤嶋昭氏(現東京理科大学学長)が発見したものである.東京大学のホームページの研究紹介 (UTokyo Research) には,「光触媒の新世界 市との対話が生んだブレークスルー」というタイトルで詳しく紹介されている.活性酸素によるゴキブリの分解等の話のほか, 酸化チタン光触媒によるコーティングの例として,東京ミッドタウンのビッグ・キャノピー,東京駅のグランルーフ,ガラス窓の半分にTiO2を塗布し長時間放置た比較写真 (TOTO) が掲載されている.実用化には,可視光線で光触媒作用が効率的に起ることが課題であったが,鉄あるいは銅等の助触媒を採用することにより課題を克服したとも記されている. アマゾン等のショピ

ングサイトで検索すると実用化された商品が種々ヒットする. 各種インテリアグリ

ーン人工観葉植物,神棚の榊,消臭スプレー,空気清浄機用フィルター,オ プティマス 内装用光触媒塗料,除菌靴下,光触媒マスク,光触媒マイクロファイバータオルポンチョ,折りたたみコーム,サイドミラー親水コート,消臭抗菌マット,エア コンフィルター,光触媒紙,自動車用空気清浄機,マットカバー,光触媒式抗菌脱臭器,エプロン,光触媒脱臭吸着セラミック セラマジック冷蔵庫用,家庭用24時間風呂(循環温浴システム),光触媒入浴剤,軽量レンガ,スプレー,光触媒膜付蛍光ランプ,換気扇パネル,マウスパッド,冷蔵庫野菜室,石油ファンフィルター 光触媒による酸化還

元機構 酸化チタン薄膜で起

こる光触媒反応は,半導体モデルを使って以下のように説明されている.

酸化チタンに紫外線(結晶系でことなるが,ルチル型では 波長 λ<400nm,アナターゼ型では λ<380nm)を照射すると, 電子が励起(エネルギーの高い状態)される.一方,電子が励起された跡には正電荷を持った「穴」(正孔, h)が生成する.

注)半導体では価電子帯から伝導帯へ励起という言葉が使用される.有機化学で用いるHOMO-LUMOあるいはSOMO-SOMOと考えられる.

一般の物質ではこれらは容易に再結合して元の状態に戻るが,酸化チタンの場合は寿命が長い.そのため,励起電子は大気中の酸素と結合,還元してスーパーオキサイドアニオン(・O2)を生成し,過酸化水素を経て水に変化すると考えられている.正孔は触媒表面に吸着している水から電子を奪って酸化し,高い酸化力を有するヒドロキシラジカル(・OH)を生成する.このヒドロキシラジカルが有機物と反応し,分解すると言われている.ヒドロキシラジカル(・OH)の酸化力は,有機分子中の共有結合(C-C,C-H,C-N,C-O,O-H,N-H等)のエネルギーより大きいため,共有結合を切断するというわけである.

実際は,上記のように単純なモデルによっては説明できない現象もあり, 原子状酸素や一重項酸素が関与するという機構が提案されている.また,酸化チタン表面の触媒活性中心モデルを用いて分子軌道論的考察を試みた報告もある.

本多・藤嶋等の発見以来,酸化チタンを利用した水から水素を得る応用研究は続けられている.もし実現したら,太陽光エネルギーから水素というクリーンエネルギーが生成され,夢のエネルギー循環サイクルになることが期待されるが,現状では太陽エネルギー変換効率は世界最高で2%である.

参考資料

  • 結晶構造, U. Diebold / Surface Science Reports 48 (2003) 53-229

  • 本多・藤嶋効果,A. Fujishima, K. Honda, Nature, 238, 37 (1972).

  • 光触媒の新世界 (UTokyo Research)

  • 平成18年(2006年)度恩賜発明賞: 東陶機器(TOTO)による光触媒技術性超親水技術(ハイドロテクト)の発明.二酸化チタン等の光触媒効果によって物質の表面が超親水になる材料を発明.セルフクリーニング効果で雨により汚れが洗い流される.高層ビルのタイルやガラス等の外装材への利用や数々の応用へ発展している.

  • Light-induced amphiphilic surfaces, Nature 388, 431-432 (31 July 1997) by Rong Wang, Kazuhito Hashimoto, Akira Fujishima, Makota Chikuni, Eiichi Kojima, Atsushi Kitamura, Mitsuhide Shimohigoshi and Toshiya Watanabe

  • 文科省 豊かなくらしに寄与する光 1 光エネルギーを利用する光触媒の現状(財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長 藤嶋 昭).

  • 酸化過程は正孔と水との反応とされているが,必ずしも水は必要ではないことからヒドロキシラジカル説を疑問視する研究者もいる.

  • 酸化チタン表面の触媒活性中心モデル,森 和英, 中野 隆, 松林 雄一, 香川 浩,J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 9, No. 1, pp. 29–36 (2010).

  • 酸化チタンの日焼け止め剤としての利用については別項で紹介した.