人が代わると反応生成物が変わる(その2)

新Googleサイト移行のために自動変換されたファイルです.修正版をご覧ください(クリック).

合成する人が代わると,生成物が変わった例の第2弾である.

Phencyclone (1)とbenzoquinone (2)を加熱すると付加体 (3)が生成する.12で示した部分,すなわちブタジエンとエチレンが反応するDiels-Alder反応である.ごちゃごちゃ置換基が付いるのは,反応性を上げて室温でも反応するようにするためである(結果的にはHOMOとLUMOを近づけている).

この反応で3が得られることを最初に報告したのは名古屋大学工学部の佐々木研究室である.

その後,九州大学薬学部兼松研究室でも反応速度論的考察および類似反応との関連で追試し,その事実を確認した.

普通なら,この反応はそこで終わりだが,3を別の目的(クラスレートホストとして)に利用できないかということで追試したところ,生成物が黄色のではなく無色の4であることを見出した.いろいろな機器スペクトルデータも4の構造を支持する結果が得られたが,3から4へは青で示した二重結合同志が結合する[2+2]反応(下図左)であり,光を照射しないと反応は進行しないので,最終的には単結晶X線解析で確認した(下図右).

青の二重結合同志が結合

カゴ型化合物のORTEP図

4の生成メカニズムについては量子化学的考察から自然光で惹起する段階的ラジカル反応であることを後任の衛藤教授等が明らかにして報告できた(参考資料).それにしても不思議な話である.新設の私立大学とくらべると,国立大学は省エネのため実験室は薄暗い.そのため反応が起こらなかったのだろうか.

実際は混合物である.過去の実験でもおそらく4も生成していたはずである.3はエノン構造を有するため黄色であるという先入観から無色の化合物は再結晶で除いてしまったに違いない.

実験室で光化学反応を行うには,紫外線発生装置(ランプは消耗品)や専用のフラスコを使う必要がる.フェナンスレン環をジフェニルエチレン(スチルベン)に変換したAB (上例では2) のDiels-Alder反応付加体(C)では,自然光では閉環せず,紫外線を照射する必要がある.溶媒に溶かして光照射すると,付加体Cの青と緑の二重結合が光閉環したオキセタンEが生成する.一方.微細結晶に光照射した場合(結晶格子で分子を固定した状態)は,青とピンクの二重結合が光閉環して,4と類似のDを与える.

A+B→C→D or Eの反応は30年前に発見した反応であり,当時,今回の反応(1+2→3→4)が起ることはまったく予想できなかった.なぜならフェナンスレン環の芳香族性を壊す必要があるからである.この種の反応を予測するにはラジカル反応を加味したコンピューターシミュレーションが必要であることを示唆している.

一般的に言って,電力を消費する光化学反応はエコとは言えない.今回紹介した反応は,通常のPyrexフラスコ内で惹起しているので,波長の長い光を効率的に利用していることになり,自然光の化学エネルギーへの変換例のひとつとしても興味深い.

追記

・ある先生が報告した反応が,他の土地では追試できないという話が噂になり問題になったことがある.その先生,「九州は自然光が強いので反応が起きたのではないか」と反論したという話を聞いたことがある.

・新設私立大学では,高校生等の施設訪問が多く,校舎内は非常に明るくしていた.教授室は,40ワット蛍光直管12本が設置されていたので,省エネの模範を示すため天井照明をすべて消し,卓上蛍光灯だけにしていたら点灯するように事務部から頼まれた経験がある.

参考資料

Koki Yamaguchi, Masashi Eto,* Kazunobu Harano,Chem. Pharm. Bull. 61(10) 1065–1070 (2013).熊本大薬および崇城大薬で実施

Diels-Alder付加体のほか,カゴ型化合物が得られることは,我々の学会発表と同時期にWooi等も発見していることが判った.

関連反応

Harano K., Okamoto Y., Yasuda M., Ueyama K., Kanematsu K., J. Org. Chem., 48, 2728–2733 (1983).

Okamoto Y., Harano K., Yasuda M., Osawa E., Kanematsu K., Chem. Pharm. Bull., 31, 2526–2529 (1983) and references cited therein.

(2014.2.25)