偏差値は無視できない存在?

「偏差値で人間の能力を決めるべきではない」と言われて久しい.

私もそう思っていたが,旧制大学,新制大学,私立大学に勤務した現在,それが意味のないものとは言えないのではないかと思うようになった.特に,私立大学 で入試関連業務に携わった経験から,偏差値が重要な進路選択に利用され続けている現実を知った.指導教員にとって偏差値依存は楽であり,その以外の尺度は アナログ的でエネルギーの要るものであるためであろう.

薬学部の場合,国公立大学と私立大学では受験科目が異なるため偏差値の直接比較はできないが,かなりの数の国公立大学受験生が滑り止めに私立大学を受験 してくれるので,成績の直接比較が可能である.偏差値に換算して解析すると,入学者の偏差値は予備校のそれと見事に一致する.偏差値の高い受験生は殆ど入 学辞退し他大学を選択する.

受験科目の少ない私立大学に焦点を絞って勉強した学生は,化学一科目で受験し入学してくるため,進学後にかなり苦労することになる.受験段階では勉強し なかった理科科目が基礎となっている数多くの専門科目が必修となるため,化学ー生物を履修した学生は高校物理を,化学ー物理の学生は生物を初めから勉強す ることになる.

最低量の勉強のため,生物あるいは物理の1科目の記憶はリセットされていると言っても過言ではない.そのため,大学は高校補完教育を余儀なくされ,多く の大学で退職高校教師などを非常勤として実施している.入学させた以上は大学が責任をとるというのが当たり前になってしまった.大学に入ったら自分で勉強 するのは当然と言いたいが,思っても言わない状況になってしまっている.

どの程度の偏差値の学生が入学したか分かっているので,その学年の平均学力や留年生の数が容易に予想できるのだが,実際は1年前期試験の結果が判って初めてびっくりすることになる.

表向きは「偏差値依存社会はけしからん」と言いながら,高校,大学が予備校の情報に依存している現実はどうしようもない事実である.

大学入試とは異なるが,薬剤師の国家試験対策においても予備校に依存している現実は一般の人にはあまり知られていない.数多の学部の中で,予備校情報に もっとも依存しているのは薬学部かもしれない.6年制薬学教育が,本来の大学教育を取り戻す方策として機能するか注目したい.

(平成22年7月31日)