DNA二重らせん構造の証明

(DNA,二重らせん,繊維X線回折,単結晶X線解析,周波数変調原子間力顕微鏡,ワトソン・クリック・ウィルキンス,フランクリン,Photo 51)

昨年末,DNA の二重らせん螺旋)構造の発見で1962年のノーベル生理学・医学賞を受章したジェームズ・ワトソン博士(1928ー)のメダルが競売に掛けられ,475万7000ドル(約5億4700万円)で落札された.経済的困窮がその理由と報じられている.
 知人と話をしている時,この話題に関連して DNA 二重らせんの構造決定について訊かれた.コンピュータのない時代にどのようにして構造を決めたのかずっと気になっていたらしい.一応説明したが,分かってくれたか疑問に思うので,ウエブページで取り上げることにした.
ワトソンとクリックが,DNA の二重らせん構造と遺伝情報複製についての仮説を提案する過程で,ロザリンド・フランクリンの DNA繊維X線回折データを利用したことは広く知られており,DNA の二重らせんは“ワトソン・クリック・ フランクリン構造”とよぶべきと主張する人もいる.

・繊維DNAのX線回折(1950年頃)
 当時,ワトソンとクリックは,種々の DNA に関する研究データを矛盾なく説明できる DNA 構造を模索していた.DNA は生物の遺伝情報を担っている以上,自己複製能力を発揮し得る構造を持っており,何らかの 対称構造であるはずだと考え,手づくりのアルミ板や針金を使った分子模型を用いて試行錯誤を繰り返していた.
一方,フランクリンは,正確なX線回折データが得られれば,正解は自ずから導かれるという観点に立って回折パターンを逆フーリエ解析する数学的アプローチを行っていた.注)当時,反射データの収集は写真乾板を用いていた.
   X線回折データと言っても,現在分子生物学の教科書等に掲載されているような原子座標に基づく立体的な分子図(
例 文末)を与える回折データではない.生体高分子の単結晶回折強度を数千〜数万個用いて,原子位置を直接決定する方法,いわゆるコンピュータ支援による構造解析結果が発表されたのはずっと後の1981年になってからである.
DNA二重らせん構造の決定的証拠になったフランクリンによる X 線回折写真(
"Photo 51")が残されている(図1).

 図1フランクリンの "Photo 51"

 実際には,露出時間を変えた多くの写真が撮影される.
 模式化した図



 連続らせんの逆格子内強度分布.
 X型斜線は各層線の最大強度位置を結んだ直線


X 線回折の専門家であれば,この写真から「繰り返しらせん構造」の基本的なパラメーターが算出できるという代物である.  ところが,ワトソンは,モーリス・ウィルキンスからフランクリンによるX線回折写真を見せられた時,写真を見た瞬間にらせん状の構造を持つと理解した」と言っている.ワトソンは X 線回折の専門家ではないが,図1,2に示すような ”X”の回折像は,らせん構造からしか生じ得ないことをそれまでの経験から知っていたため,分子模型等による彼等の推論が正しいと確信したものと思われる.

 図2
     らせんの傾き(θ),塩基間距離 (h),らせんが一回転する距離 (p)の算出



 p, h, θ 以外の情報については「実際の解析手法」を参照.
 図3
 Nature誌の図
 (1953)


・図1はBIOL 202 Geneticsの講義資料(New Mexico大学)の図を利用した.
・図2の sinθ=nλ/2d は,Braggの法則と呼ばれる式,結晶の規則的な繰り返し構造によって生じるX線の干渉が起こる条件を表す式,
 θは入射角,λは波長,dは層間距離,nは整数.光路差と波長の長さの関係により,散乱したX線が同位相,逆位相になり,干渉が起きる.
・William Henry Bragg(1862年7月2日 - 1942年3月12日)は,イギリスの物理学者であり,1915年に「X線による結晶構造解析に関する研究」により
 息子の
ウィリアム・ローレンス・ブラッグと共にノーベル物理学賞を受賞した.


 ワトソンとクリックをノーベ ル賞に導いた1953年4月25日発行の Nature 誌には,DNA 構造の予想図(図3)と隣接塩基間距離(3.4Å),回転角度(36度),らせんは10塩基対で一回転すること,一巻きで進む距離は34Å,リン原子の繊維軸からの位置,塩基間水素結合の可能性とその位置(ピリミジンとプリン間),G-C, A-T塩基対の存在等が1頁程度記載されている.予想図には,鎖にそって2個の逆向きの矢印が示されている.螺旋階段のステップは塩基対を表している.現在,DNA は異なる形状の二重らせん構造として,A-,B-,C-,D-,E-,Z-の6つが見つかっているが,Nature 誌の図は B-DNA 型である.60年前に間接的なデータのみで,コンピュータ支援によるX線解析座標から得られている二重らせんの特徴をほぼ予想できていることは注目に値する.
 DNA 二重らせん構造の論文が掲載された Nature 誌(参考資料 2a)には,さらに二編の DNA の構造に関する論文が掲載されていて,ワトソンークリックの論文と抱き合わせで三編共同発表の体裁をとっている.他の二編はロ ンドン,キングスカレッジ研究グループの論文であり,そのうちのひとつがフランクリンの論文で ある.
 ワトソンークリックの論文が他の二編と異なるのは,「向い合う DNA が互いに特定塩基間でペアを組むという構造が,遺伝情報のコピーという機能に関与しているにちがいない」という考えを提案していることである.
ワトソンは,フランクリンの研究成果を不正に入手したという疑惑を意識するためか,舌禍が多く,研究以外でも人間性を疑われるような不適切発言をするなど話題の多い研究者ではあるが,彼等の考えが分子生物学の飛躍的発展のきっかけを作ったことは否定することはできない.
 Nature 誌のホームページには,"50 years of DNA" のページがあり,1953年の共同発表論文を含む6編ががフリーダウンロードできるようになっている.
もし,「遡ってノーベル賞」を与えることができれば,フランクリンは候補のひとりである.


実際のDNA構造決定概要
BIOL 202 Geneticsの資料を使用させてもらった.筆者は低分子X線解析において,ポラロイド写真で回折像を撮影した経験はあるが,生体高分子は専門ではないので,意訳に一部適切でない可能性がある.

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1)画像の上部および下部の広い黒い帯状部(太い矢印)は,塩基が3.4オングストロームの間隔で積層していることを示す.
  最小の塩基間隔は,(逆格子の関係にあるため)そのビームは大きく回折し,写真乾板上では中心から最大距離の点に記録される.
2)斑点がXの形状を示すのは,螺旋(らせん)構造であることを示す.

       フランクリンによる
別の形態の
DNA の初期の写真群もはっきりとX形状を示しており,DNAの二次構造を解くための初期の仕事の
すべてにおいて
       この知見を用いている.
3)ダイヤモンド形状は螺旋が繰り返していること,および(繊維の不規則性のため)精確には整列していない多くのDNA分子が撮像されていること
       を示している.
  上部及び底部の明確なダイヤモンド形状及び左右ダイヤモンドの暗い縁は,糖 ーリン酸骨格が外側に位置していることを示している.
4)ダイヤモンドは、螺旋の繰り返しと精確に整列しているわけではない数多くの DNA 分子が撮像されていることを示している.
5)層線に沿った斑点群は繰り返し螺旋構造があることを示している.
  注)写真の濃淡は飽和するので,実際は露出時間の異なる複数の写真を比較した結果の結論である.
6)4番目の層線における斑点の欠如は,螺旋において二本の鎖の交叉する位置を示している.


・DNAの単結晶X線解析(1981年)
単結晶が単離され,自動回折計によって反射強度が測定,5691個の有効反射を用いて解析され,解像度1.9Åの原子座標が報告された.(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 1981, 78: 2179-2183)これにより,らせん構造,水素結合等の全体構造の詳細が原子レベルで明らかになった.
下図(左)に示すように,原子
座標には多数の水分子が含まれている.下図(右)のステレオ図では水分子は除いて描画した.

PDBコード 1BNA
空間群 P212121, a = 24.87, b = 40.39, c = 66.20. α = 90.00,β = 90.00, γ = 90.00
解像度1.9Å,反射数 5691, R=0.178.

 1BNA(周囲の赤点は水の酸素)
 ステレオ図 (水分子は除去)


・DNA二重らせんの直接撮影(2013年)
特殊な顕微鏡を使って,
二重らせん構造を直接目で見る試みが続けられてきたが,2013年についに実現した.京都大学工学研究科と京都大学産官学連携本部のグループは,独自に開発した「周波数変調(FM) 原子間力顕微鏡 (AFM)」によって,水溶液中にある DNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造を撮影した.周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)は,液体中で探針と試料との間に働く微弱な力(原子間力)を測定しながら,試料の上を探針でなぞることによって画像化する.従来の探針を試料に接触させて測定する方法と異なり,FM-AFM は非接触で測定するため,DNA やタンパク質分子などの柔らかい生体分子試料を破壊することなく,液体中で“生きたまま”の状態をナノ(1メートルの10億分の1)スケールで観察できる.
 これまでエックス線や電子顕微鏡による解析ではDNAの結晶化が必要だったが,FM-AFMで大腸菌のプラスミドDNAを直接観察し,二重らせん構造によって交互に現れる,幅の広い溝(主溝)と幅の狭い溝(副溝)の様子も分かった.ACS掲載誌と画像 京大ニュース
   研究論文 “Beyond the Helix Pitch: Direct Visualization of Native DNA in Aqueous Solution” は米国化学会誌「ACS Nano」(2013年2月号) に掲載された.
   著者 Shinichiro Ido, Kenjiro Kimura, Noriaki Oyabu, Kei Kobayashi, Masaru Tsukada, Kazumi Matsushige, and Hirofumi Yamada*
   雑誌名 ACS Nano, 2013, 7 (2), pp 1817–1822


追記

1)ジェームズ・ワトソン博士がオークションハウス 大手のクリスティーズ(Christie's)を通じて競売にかけたノーベル賞メダルについて、落札者のロシア富豪のアリシェル・ウスマノフ氏がメダルの 本人への返還を希望していることが 9日,ウスマノフ氏による声明により明らかとなった.(2014.12.09)
2)ワトソン博士が共同受賞したフランシス・クリック,モーリス・ウィルキンス両博士はともに 2004 年に死去.クリック博士のメダルは昨年(2013)の競売で,中国系米国人のバイオ企業経営者が227万ドルで落札した.[ワトソンメダル落札記事(産経ニュース 2014.12.09)の一部]
3)ノーベル賞メダルがオークションに掛けられたことは他にも例があるが,存命中のオークションは例がないと報じられている.ワトソンの人となり (X線回折データの不正入手疑惑,人種差別発言)や経済的困窮に至った経緯についてはあちこちに書かれているので,そちらを参考にしてほしい.

参考資料
1) ジェームズ・ワトソン - Wikipedia
2)
ロザリンド・フランクリン - Wikipedia

 Rosalind Elsie Franklin
  (25 July 1920 – 16 April 1958)

 
National Library of Medicine's Profiles in Science® site. The Rosalind Franklin Papers, Biographical Information
(http://profiles.nlm.nih.gov/ps/retrieve/Narrative/KR/p-nid/183)


3) Nature誌の三編共同発表論文は以下の通りである.ワトソンとクリックの論文 2a) ではウィルキンスとフランクリンは謝辞に書かれている.
        a) A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid, Watson J.D. and Crick F.H.C. Nature 171, 737-738 (1953)
        b) Molecular Structure of Deoxypentose Nucleic Acids, Wilkins M.H.F., A.R. Stokes A.R. & Wilson, H.R. Nature 171, 738-740 (1953)
        c) Molecular Configuration in Sodium Thymonucleate, Franklin R. and Gosling R.G. Nature 171, 740-741 (1953)
4) ワトソン,クリック,ウィルキンスがノーベル賞を受章した時(1962),フランクリンは4年前に37歳で亡くなっていた.
5) X線解析座標データは,Protein Data Bank 一覧表から得られる略号(4英数字)を入力し,ダウンロードすることができる.
6) DNA の単結晶X線解析 (1BNA),PDBダウンロードサイト
  Drew, H.R.,  Wing, R.M.,  Takano, T.,  Broka, C.,  Tanaka, S.,  Itakura, K.,  Dickerson, R.E.  Proc.Natl.Acad.Sci.USA 78: 2179-2183
(1981).
7) 逆格子について
ブラッグの法則の式 sinθ=nλ/2d sinθ=nλ/2・1/dと書き直すことができる.これより,結晶格子の面間隔 d に対し sinθ は逆比例の関係にあることがわかる.
sinθ は回折ビームが入射ビームからどのくらい偏向しているかを示す尺度であるから,d の大きな構造では圧縮された回折像を与え,逆に小さな d では拡大された像を与える.sinθ に比例する量として 1/d をとり,これをもとにして逆格子を組み立てるとX線解析像の解釈が楽になる.
8)X型の回折像が得られる理由について判りやすく解説した資料:「名古屋大学シンクロトロン光研究センター 生体分子構造解析学特論」

9)複数の資料をもとに,らせん回折パターンの概念図を描いてみた.傾いた平行な配列(赤細線)を通り抜けた波は赤細線と垂直な回折点列(赤点列)を作る.これと逆方向に傾いた配列(青細線)から生じる青の点列が重なると十字(X形)ができると理解することができる.赤点と青点を通るx軸に平行な線上の他の反射(図1右のような)は省いた.

 


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