アブラナ科野菜のイソチオシアネート

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6月8日の公共放送の朝の番組で,ブロッコリー・スプラウトが肝機能改善に役に立つことを取り上げていた.番組の性格上,番組を取り仕切っている酒好き女性アナウンサーに焦点を合わせた話題提供と思いながら聞き流していたが,ふと理化学研究所の研究報告(2007)を思い出した.

アブラナ科野菜の抗癌作用については,1992年のジョンズ・ホプキンス大学 Posner 等の論文発表の後,米国では家庭でのブロッコリー・スプラウト作りがブームになった.2007年,独立行政法人理化学研究所と財団法人かずさDNA研究所は,「がん予防成分をアブラナ科野菜に作らせる新規遺伝子を発見」したと報道発表した.

60秒でわかるプレスリリース」には.次のような記載がある.

ブロッコリー、キャベツ、大根、わさび、カラシナなどのアブラナ科野菜は、すりおろしたりかんだりすると辛味成分が生まれます。この辛味成分は、「カラシ油配糖体(グルコシノレート)」が変化した物質で、発がん物質を解毒する酵素の働きを高める“がん予防成分”です。このがん予防成分を、必要な量だけ作らせることが出来れば、食べながらがん予防ができる野菜で食卓が賑わうことになります。

理研植物科学研究センター代謝システム解析ユニットは、かずさDNA研究所と共同で、この“健康機能性の高い野菜”の開発に新たな道を見つけました。アブラナ科の仲間であるシロイヌナズナから、グルコシノレートの生合成を調節するキーとなる遺伝子を発見したのです。

今後、キー遺伝子の発現量と栽培条件との関係を明らかにすることで、グルコシノレートの生産をコントロールできるようになり、健康機能の高い野菜を作ったり、植物細胞を培養タンクで育ててがん予防成分を大量に作らせたりすることも可能になるでしょう。

グルコシノレートは,アブラナ科植物に含まれる成分で,すりおろしたり噛んだりすることで,野菜の細胞内に含まれる分解酵素(ミロシナーゼ)と混じりあい,イソチオシアネートと呼ぶ辛味成分に変化する.下図に示すように,イソチオシアネートが生成する際に,置換基 R は隣接窒素原子上へ転位する.

アブラナ科の植物において,これまでに見出されている主なイソチオシアネート類 (R-NCS) を以下に示した.-N=C=S基と不飽和基あるいは MeS基(および酸化体)をアルキル鎖で繋いだ簡単な構造の化合物である.

R-NCS 類は対応するハロゲン化合物とチオシアン酸カリウム (KSCN) から容易に合成できるため,研究用試剤として販売されている(サプリメント用ではない).それぞれのイソチオシアネートについて対応する前駆体(グリコシレート)が確認され,シニグリン(Allyl),シナルビン(4-hydroxybenzyl)等の化合物名が付けられているものもある.

MeSO-基を有する化合物は光学異性体が存在し,ブロッコリー由来のスルフォラファンは,R-体の光学活性を有している.合成品のラセミ体でも生物活性が認められている..

イソチオシアネートの中で,最も注目されているスルフォラファンには,発がん物質を解毒する酵素の活性を高める作用があるが,スルフォラファンのもととなるグルコシノレートの合成が,植物細胞内でどのように制御されているかということはほとんど知られていなかった.理研の研究は,アブラナ科野菜の仲間であるシロイヌナズナという植物をモデル材料に 用いて,DNAマイクロアレイ技術による全遺伝子の発現解析を行い,目標の遺伝子の探索を行った結果,シロイヌナズナの持つ約27,000遺伝子の中か ら,グルコシノレート合成酵素を作る遺伝子と同じ発現パターンを持つPMG1という転写因子を作り出す遺伝子を発見したという内容であった.

その後の研究成果を調べたところ,2011年に「シロイヌナズナの成果を白菜に」という記事が存在する.スルフォラファンはメチオニンから生合成されるので,念のため「メチオニン」を中心に特許を検索すると「メチオニン由来グルコシノレート及びメチオニンの蓄積量が制御された植物及びその作出方法」(理化学研究所)等がヒットする.

アブラナ科の健康成分に含まれる硫黄原子がアミノ酸のメチオニンに由来することを考えると,安易にサプリメントに頼るよりもバランスのよい食事が大切なことが分かる.

参考資料

◯ A major inducer of anticarcinogenic protective enzymes from broccoli: Isolation and elucidation of structure, Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol. 89, pp. 2399-2403, March 1992 (YUESHENGZHANG*,PAULTALALAY*t,CHEON-GYUCHOt,AND GARYH.POSNER). (-)-1- isothiocyanato-(4R)-(methylsulfinyl)butane [CH3-SO- (CH2)4-NCS,sulforaphane]の単離と構造決定

植物の“硫黄代謝”を調節する転写因子を発見 - 理化学研究所

◯ アブラナ科の野菜「ハクサイ」のゲノム塩基配列を初解析 -アブラナ科のモデル植物シロイヌナズナから作物への応用研究にブレイクスルー-

◯ 理化学研究所 植物科学研究センター - 野菜の情報ページへ(がん予防成分を多く含む 健康機能野菜の開発に向けて)

◯ Isothiocyanates | Linus Pauling Institute | Oregon State ... Micronutrient Information Center

Antioxidant-Functions of Sulforaphane (Food and Chemical Toxixology 37 (1999) 973-979. 第二相解毒酵素や抗酸化酵素の誘導による間接的抗酸化作用

◯ 日本では大手食品メーカーがブロッコリースプラウトエキスを粉末にし,カプセルに詰めたものを肝必要健康成分と称して「スルフォラファン」サプリメントとして販売している.

(2015.6.14)