Seven Seas潜航日誌

21~25

<その21>

【むぎわらぼうし】


「うゃーーーっ!!」

一日の探索を終え、海の中から港に勢いよく飛び出してくるネリー。

それを、クリエ・リューアが出迎える。紙袋を一つ持って。

「おかえり、ネリー。今日……ちょっと、用意、したの、ある」

「うゃっ? なあに、クリエさん?」

「……コレ……開けて、み……」

そう言って、紙袋をネリーに差し出すクリエ。

「お……? なんだあ?」

紙袋を開けると、そこには。

「……! うゃあ! おぼうしだーっ!」

「……似合って、る。かわいい……」

「うゃっ、ホント、ホント!? わああい! ありがと、クリエさーーーんっ!!」

手を取り合って、二人で歩き出す。

ネリーは探索のことを、クリエは仕事のことを、それぞれ教え合いながら。二人の家である、入り江のほら穴へと向かうのだった。

<その22>

【いつおきる?】


「くゅ……う。ぴぅ…… ……。」

探索がおやすみになったある日のこと。入り江のほら穴の中、ネリーはすやすやと眠っていた。

そこに帰ってくるクリエ。荷物をだいぶ抱えている。買い物に行っていたらしい。

「……全て世はこともなし、と」

ネリーの寝顔を遠目にのぞいてから、戦利品のつまった袋をそっと開ける。

中から取り出したのは、まず砥石。包丁はオルタナリアから持ちこんで来れたが、切れ味が少し疑わしくなってきていたので、どうにかしたかった。

次はお皿。ネリーは毎日大きな葉っぱをどっからか摘んできて、皿の代わりにしてくれるのだが、さすがにちゃんとしたのが欲しかった。

あとはお玉、ヤカン、瓶、時計、ほか生活用品……どうしてもガチャガチャ音がする。クリエはふと、ネリーの方を向いた。

「んぅ……くぅう……」

まだよく寝ている。

買ってきたのは道具ばかりではない。食品もだ。クリエは野菜を取り出すと、まな板の上に置き、テキパキと切り始めた。トトト、とリズミカルに。

「ンン……ゅ……。」

いつ起きるか、クリエにはもう検討がついていた。

クリエは白身魚を捌き、身に下味をつけてから、愛用のフライパン―――これだけはよっぽどのことがない限り買い替えないつもりだ―――に油を引いて、焼き始めた。

今日は塩と胡椒だけでなく、チーズも乗せる。ジュウ、という音と共に、濃厚な香りが発せられる。

眠るネリーの耳ヒレが、ぴこんと動いた。

「う、ゃ……!!」

起きた。

「……もうすぐ、ごはん、できる、から」

「うゃーーーっ!!」

平和な一日だった。

<その23>

アトランド奥地でネリーが見たのは、ドラゴンの群れだった。

海に適したカラダでもないようなのに、どうやってここまで来たのだろう。ネリーは不思議に思いながらも、いつも通りに探索をして、帰還する。

特に驚いたりするわけでもない。自分のいたオルタナリアにだって竜はいた。それも、人に使役されているものから、人には及びもつかないような力をもつものまで、幅広く。

夕暮れに染まる海を、ネリーは行く。一つのむかし話を思い出しながら。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

オルタナリア創世の女神、ミーミア。彼女が世界の形を作り、命の種を撒いてから、永い時が過ぎた。

命ははじめ、ひたすらに大きく強くなろうとした。そうすることで、生きながらえることができると思っていたから。

その代表とでもいうべきものが、竜だった。彼らは長い時の中で、山と見まごうばかりに大きくなり、強大な魔力を手に入れて、生物界の頂点に立った。

今となっては、彼らの心を知ることは叶わない。それでもきっとこう思っていただろう―――自分たちこそが永遠だ。自分たちこそが、女神の恵みを最も多く受けたのだ、と。

そんな竜の先祖たちは、いまオルタナリアにはいない。一匹残らず滅びてしまって、残っているのは骨だけだ。

彼らに何が起こったのかは、今ではわからないが、一つ確かなのは、今日のドラゴン達はかつてほど強くも大きくもないということだった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

それはかつて、両親が仕事で出かけている時に面倒を見ていてくれた、元狩人の男が聞かせてくれた話だった。

後に世界をめぐる旅をしたネリーは、この話が元々どこで語られていたのかも知った。学術の街フォーシアズ―――そのアカデミーで、オルタナリアの神話を研究している学者に会う機会があったのだ。

大昔のオルタナリアは、いったいどんなところだったのだろうーーー?

「……お!」

そんなことをしている間に、町が見えてきた。船着き場にはクリエもいる。タイミングを見計らっていたのだろう。

「うゃー! たっだいまーーーっ!!」

「……おかえり、ネリー」

ネリーは今日も元気に、クリエに挨拶をする。

「あのねっ、あのねっ。今日は、アトランドの奥っぽいとこまでいったんだよっ。ドラゴンさんがいたんだよっ!」

「……へえ。それは、それは……」

「敵だったから、がんばって、たたかったよっ!」

「ン、えらい、えらい。お腹、すいてる……よね。帰ったら……すぐ、ご飯、作る……」

「うゃーーーっ!!」

二人は仲良く手を繋いで帰っていきましたとさ。

<その24>

クリエ・リューアは、目の前にある物体をじっと見つめていた。

ガラクタの山の中に、一本の銛があったのだ。特に変わったものではないけれど、クリエにとっては違った……ネリー・イクタにとってもだ。

彼女がこの場にいたなら、十中八九、自分とは比べ物にならぬほどの反応を示しただろうと、クリエは思った。

そう思わせたのは、銛の持ち手近くに刻まれていた文字である―――"NAOKI SETA"。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

銛が見つかったのはセルリアンの外れの方だと、クリエは聞いた。

彼女らとは別の、協会から仕事を受けたグループがサルベージしたのだという。海底に散らかっていたガラクタの一つとして。

瀬田直樹―――かつて地球からオルタナリアにやってきた、三人組の少年のひとり。世界の救い手『ヴァスア』となった者。彼は、ネリーの大切な人でもある。

クリエも直樹のことは知っている。旅をしている彼とネリー、そして仲間たちに出会い、少しばかりの手伝いをしてやったことがあったのだ。

最後まで冒険に付き合うことこそしなかったが、事の顛末はテリメインに来てからネリーが教えてくれた。悪いやつらに勇敢に立ち向かい、どんな逆境でも決して諦めず、ヴァスアとしての使命を果たして、他の少年たちとともに地球に帰っていったのだという。

そんな彼の得物が、この地にまで流れてきたということは……

考え込むクリエだが、すぐにやめにした。腹ペコ娘を迎えにいく時間だ。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

その夜。入り江の洞穴、二人のすみかにて。

「……ひとつ、聞いて、いい? ネリー……」

「うゃ、なーに?」

「……直樹、さ。前に……話、してくれた、ケド……帰るとき……持ち物は……どうしたのかな、て……」

「あぁ……地球にはもってかえれないっていうから、わたしがもらっていいヤツはもらっといたよ。でも、盗まれたりしたらヤだから、コルムの倉庫であずかってもらったの」

「……そう……。」

ネリーが眠った頃になって、クリエは考え込んでいた。

ここしばらく、あちこちで発生していた謎の渦。それがオルタナリアのものをこのテリメインに運んできている。自分とネリーをここに連れてきたのも、恐らくはその渦だ。

―――ひょっとして、倉庫ごと持っていかれたのではないか。

「……すぅ……ンゥ……なお、き……ぃ」

ネリーの声が聞こえる。

クリエは、今は全部を黙っておくことにした。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

翌日もクリエは仕事に出かける。今日はアトランドの近くまで行くことになっていた。

街の近くとは違い、魔物もより強力なものがあらわれる。どんな状況にでも対応できるよう、護身用のスキルストーンを多めに持って行くことになっていた。無論、数があっても使いこなせなければ意味はない。クリエは作業現場へ向かう道のりで、手持ちの武器を確認することを怠らなかった。

「……作業員の皆……聞こえ……ッ!」

クリエが手にしているスキルストーンから声が聞こえてきた。音質がよろしくない。なんとか聞き取ろうと、クリエは集中をする。

「現場に…… ……がッ! ……り返すッ! 現場に……渦…… ……一旦中止だ……!」

勘。胸騒ぎ。そういったものに駆られ、クリエはそのまま海中を進んだ。

やがて、遠目に見てもはっきりとわかるほど、大きな渦が起こっているのが見えた。

近づくことなど論外だし、今いる場所すらもあの中から出てきたもの次第では危なくなる。

それでも、離れるわけにはいかなかった。

クリエだって故郷のことが心配でないわけではなかったし、昨日の出来事をいつまでネリーに隠していられるか、考える必要もあった。

幸いにして、渦は危険な残骸も、凶暴な魔物も吐き出すことはなかった。海の底はまた、静かな世界に戻っていく。

クリエは渦の根元を目指して泳いでいった。大きなものはないけれど、小さな物ならいくらか積もっている。

その中に、紙が一枚挟まっていた。むろん濡れて破けていたが、なんとか読み取れた一文に、クリエは目を見開いた。

『《セントラス・キャピタル新聞》 オルタナリア各海域に謎の渦 政府は調査を検討』

<その25>

「ただーいまっ」

いつものように、入り江のほら穴にネリーは帰ってきて、辺りを見回す。

そこに、同居人の姿はなかった。

「……クリエさん、今日もかえってないの?」

クリエは数日前から、頻繁に家を空けるようになった。

ネリーが文句を言うことはなかった。生活費を稼いでくれているのは基本的にクリエなのだ。自分も、探索に出たら何かしら金になりそうなものを持ち帰ってはいるとはいえ。

それにしたって流石にこうも顔を見せないと、不安になる。

「……ンゥ……。」

ネリーは座り込み、洞窟の外をいつまでも見つめていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

そのクリエは、海のなかにいた。

あの謎の渦の調査をする仕事についていたのだ。あのオルタナリアの新聞の切れ端を見つけて以来、クリエは自ら調査に志願するようになった。

だが、渦との出会いは運任せだ。見つけられたとしても、ガラクタだけ残して消えて行ったり、向こうの魔物を吐き出してきたりもする。

海中を進む中、クリエはふと思う。自分はどうしてこんなことをしているのかと。ネリーが余計な心配をしなくていいようにしてやりたかったのか。

あるいは、元いた世界の状況が心配だから、なのか……オルタナリアに残してきたものなど、そう多くはないはずなのに。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

オルタナリア中央大陸、ティミタ山のふもと。森に囲まれた村で、クリエ・リューアは生まれた。父と母、それから弟と妹がいた。僻地の貧しい暮らしではあったけれど、それなりの幸せと暖かさがあった。

人も時々訪ねてきた。旅の僧侶や、森の薬草を採りにくる薬師が、クリエに外の世界のことを教えてくれた。そのせいで、外に出てみたいとか、色々なことを学びたいとか、そんな思いが、クリエの中で日に日に強くなっていった。

やがて、クリエの願いが叶う日が来た。彼女自身、けして望まなかった形で。

その年の冬は異常に寒かった。作物はろくに育たず、人々は餓えた。魔物たちも腹を空かせ、村を襲うようになった。

父も、母も、弟も、妹も、みんな死んだ。けれど、クリエだけは生き延びた。まるで、何かがとりついて、死を遠ざけていたかのように……

春の兆しが見え始めたころ、僅かに生き残った人々は誰ともなく村を去り始めた。

蓄えは既に底をつき、ここではもう生きていけない。森を抜けて旅をすれば、街につける。食いつなぐチャンスが見つかるかもしれない。

クリエも、出ていかなくてはならなかった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

今は思い出を振り返っている場合じゃない。

クリエは、先を急ぐのだった。