Seven Seas潜航日誌

11~15

<その11>

「ねーね、クリエさんっ。きょうもこうしゅう、なんだよね?」

朝日の下、棲み処の入り江で食事をとっていたネリー・イクタは、向かい側に座る同居人、クリエ・リューアに尋ねた。

「……ああ。今日は、試験。受かん、なきゃ……」

今日の試験に合格すれば、とりあえずの免許が与えられ、協会が斡旋する仕事を受けられるようにもなる。

「そっかぁ! じゃあ、がんばってねっ! クリエさんならきっとだいじょうぶ、ごーかく、できるよっ!」

「……ン……あり、がと。がんばる」

ネリーは海へ、クリエは協会へ、それぞれ出発する。二人の一日が始まった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

クリエ・リューアはスキルストーンを手に、海中にいた。

試験の一つに実地試験があったのだ。ここはセルリアン、協会本部近くの遺跡。弱いながらも魔物が出る海域だ。

周囲を見回す。耳を澄ませる。気配を感じ取ろうとする……クリエはフィールドワークに慣れていないわけではなかった。オルタナリアのアカデミーでも何度か『お出かけ』をしたことはあるし、出先で魔物が出てきてもおおむね自力で、ダメでも同行の教官の力を借りて追い払ったりした。

ただ、水中戦闘の経験は乏しかった。なにより、愛用の武器であるフライパンを置いてきてしまっている。海水で錆びるといけないからだ。

手の中のスキルストーンを握りしめる。こいつを使いこなせなかったら、今の自分はどんな弱い敵にも抵抗できないことになる。

その時、水が蹴られ、あぶくが上がる音がした。何か、いる。

敵は棒人間、マイケルか。あるいはナマコ女、ヒトデ女か。ドクターフィッシュが出たならば、メガネに蹴りを入れて破壊してやる。同じメガネ使いとして負けるわけには―――

クリエはそんなことを考えながら身構え、やがて光の瞬きをその眼に捉える。その直後、ゴゥッ! トゲの付いた球が勢いよく飛んできた。

「―――ッ!!」

こういうものを避けられるほどには泳げない。回避を試みるかわりに、クリエは握ったスキルストーンを鉄球目がけて掲げ、強く念じた……

すると、シュルルッ! 彼女の手から、触手が放たれた。それも一本や二本ではない。触手が何本も出てきて絡み合い、ついには網のようになる。

オクトパス男爵の力、『テンタクルウェブ』だ。触手の網は鉄球を捉え、その勢いを殺した。

「ええ、いッ!」

なかば無意識のうちに、クリエは次の一手を打っていた。力を入れて、腕を後ろへ引く。

触手に絡めとられた鉄球と共に、その主が引っ張られてきた……怪物化したボトルシップだ。頭に被ったビンの欠片が、海上からの光できらりと輝く。先ほどの瞬きはこれか。

鉄球に絡めた網を解く。ボトルシップは勢いのまま、クリエの頭上を通過する……このまま行かせはしない。クリエが再び腕に力を込めると、触手の網はビヨリと伸びた。

続いてクリエは近くの柱をひっつかみ、それを軸に使って旋回する。勢いを得た網は、離れていくボトルシップを再びとらえた。

「……くた、ばれ……ッ!」

絡みついた触手の網がボトルシップを締め付ける。

相手は呼吸がいらない魔物だから、窒息死をさせることはできない。だが、この触手は毒も持っていた。

染み出した毒に身体を蝕まれ、生命力の尽きたボトルシップは雲散霧消した。もはや誰にも届かない、手紙の切れ端を残して。

クリエ・リューアは与えられたスキルストーンを見事に使いこなした。文句なしの合格だった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

セルリアンの海に陽が沈むころ。協会近くの街、その船着き場にて。

「たっだまーっ!!」

ネリー・イクタは海面から高く飛び上がり、波止場に降り立った。いつものように、ではある。だが今日は、一つ違っていた。

「や、おかえり」

クリエ・リューアが、出迎えに現れていたのだ。

「お、クリエさん? まだ、コーシューのじかんのハズじゃ……?」

「今日は、試験、だから。いつも、よりは、早い……」

「あっ、そーだった! それで、どーだったの、シケン!?」

「……あぁ。合格―――」

「……!!! や、やったぁ! わぁーいっ! おめでとー、クリエさーんっ!!」

「ちょ…… ネリー…… ……」

話し終わらないうちに、クリエはネリーに両腕をひっつかまれ、上下にぶんぶん振り回されていた。

自分のことのように喜び、はしゃぐネリーを見ると、怒る気にもなれなかったが、彼女の力で引き回されたら脱臼しかねない。

「……食事……。」

「うゃ?」

ネリーはクリエの腕をぶん回すのをやめた。

「……晩ご飯、どっかで、食べる」

「おぉっ! ごーかくおいわい、だねっ!」

「……ン……」

クリエは、その危機を脱した。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

目の前には、ウン十人前はありそうな、シーフードカレーの山。その後ろに、お預けをされた犬のようになっているネリー・イクタがいる。

「あの。失礼ですが……本当にいいんですか。こんな子が食べきるなんて……」

傍らの店員が心配そうにクリエに尋ねてきた。

注文したのはこの店自慢のチャレンジメニュー。制限時間内に食べきれば無料だが、そうでなければ罰金を払わなくてはならない、というやつだった。

「……ご心配、なく」

メガネを光らせ、店員に答えるクリエ。

ネリーの大食いぶりはクリエもよく承知していたし、外食に連れて行くにも、店をよく選ばなくてはならなかった。加減して食べるから別にどこでも構わない、とネリーは言う。

でも、自分から食事に行こうと言いだしておいて加減をさせるというのも、それはそれで気まずいとも思った。ごーかくおいわい、とまで言ってくれたのだから、尚更だ。

それで今、ここでこうしている。

「30分ですよ? よ、よーい……始めっ」

「……!! いっただっきまーすっ!!」

店員が時間を切り始めるや否や、猛然とがっつき始めるネリー。

特別に用意してもらった巨大なスプーンいっぱいにカレーをかっさらい、大口を開けて中へ放り込む。それを繰り返して、頬がはち切れんばかりに膨れれば、今度はそれを一息に呑み込んでしまいすらする。

ここに連れてきて正解だった。何もかもうまくいっている。出入り禁止の店を増やしてしまうことになったらかわいそうだし、今回限りの一手だが。

結局、制限時間の半分以上を残してネリーはカレーを完食した。

「はふー…… ごちそーさまー……っ……」

ネリーはとても幸せそうだ。良かった。

どっちのお祝いなんだかわかったものじゃないが、そんなことはどうでもよかった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

「…… うゅ…… んぅ……。」

入り江の洞まで帰ってくると、ネリーはすぐ眠ってしまった。

一方のクリエはランタンで明かりを確保し、講習でこれまでに取ったノートを読み返している。

ふと、ネリーの寝顔を見つめてみる。憂いのない顔で、クリエは少しうらやましくもなった。

迷惑をかけないように離れて暮らすつもりだ、とは言ったが、それもしばらく先のことだろう……スキルストーンの免許を取ったとはいえ、結局はとりあえずのものだから、まだ報酬の少ない仕事しか請けられない。だが、ここにいれば、少なくとも家賃はタダだ。安い賃金でも貯金をしていけるだろう。

それに、見知らぬ世界で一人生きていくのは、やはり寂しいとも思ったのだ。

別に、ここにいても良いのかもしれない。せっかくネリーが好意を示してくれているのだし、自分にできるやり方で恩返しをしていけばいい。

とりあえず、もう少し金が貯まったら、食事以外の楽しみを教えてやるとするか。

クリエはランタンを消すと、自身も身を横たえた。

今日も静かに夜は更け、波の音に包まれて二人は眠りにつく。

<その12>

「オシャレ、て……興味、ある?」

ある朝、クリエはネリーに尋ねた。

「オシャレー?」

「うん。服、とか、飾り……ほしい……?」

「ンーゥ……」

ちょっと考え込むネリー。

「オシャレはたしかに、やってみたいよっ。だけど、きれる服があんまりないよ……」

海に生きる水棲人は、服飾とは縁遠かった。

まず、巨大な尻尾をどうにかしなくてはならないし、手足に生えているヒレも邪魔になる。皮膚は水の流れをうまくあやつれるよう、細かくとがっているから、激しく動くと布地がもたない。

「この、セカイ……人魚、とか、多い。君に合う、服も……オルタナリア、よりは……」

うつむきがちなクリエ。

「そっか、なるほどーっ! よっし! じゃあ、オシャレをさがしにいってみよーよっ!」

「ン。じゃあ、きょうの、夕方、ね。なるべく、早く、帰るから……」

ネリーは探索へ、クリエは協会の講習へ。いつものように出かけていった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

陽が落ちるテリメインの街。今日もしぶきを上げて飛び出して、埠頭に降り立つものがいた。

「たっだまーっ!」

きょろきょろ、とあたりを見まわすが、期待していた相手がいない。

「うゃ。クリエさんはまだ、こーしゅー、かなあ。ようし。おむかえにいくぞーっ!」

ネリーは元気よく、協会の建物の方へ向かっていった。

だが、そのクリエはというと……

探索協会の建物の中、医務室。そこでぐったりと倒れていたのだった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

時は少し前にさかのぼる。

クリエ・リューアはセルリアン海中にて、スキルストーンを片手に佇んでいた。

先日の試験の時にやったような、実地演習である。この前と違うのは、クリエの他にも受講者がいて、共に行動しているということだった。

実際に仕事をするときは、他者とのチームワークも重要である。スキルストーンを扱うとなっても、それは変わらない……より幅広い仕事を請けられる免許を取るためには、協調性も試されるのだ。

さっそく、魔物が現れた。数を把握し、続けてシルエットを、記憶の中のテキストと照合する……敵は見える限り、二体。カクレヌクマノミが先陣を切り、少し遅れてシーサイドスクィッドが続いている。探索者になるつもりのない人間の相手としては、少々強すぎる部類の魔物だった。

ここで果たす、自分の役割はなんだ。クリエはスキルストーンを握りしめる……すると、急に背中がずっしりと重くなるのを感じた。何か背負ったらしい。後ろを見る。

クリエはドーム状の何かが自分の背中に出現し、ぴったりくっついているのを見た。彼女は直感的に自らの使命を理解し、敵に背を向けた。

肉体を硬化させたカクレヌクマノミが吸い寄せられるようにクリエの背へ突っ込み、それごと巻き込む形でシーサイドスクィッドが攻撃をする。

「ッ……!」

身体に傷はつかない。けれど攻撃が命中するたびに、その勢いが彼女を苛む。このままやられていると、どこかがもたなくなって、崩れていくだろう。

そうなる前に解決するのが後続の役目だ。熱と冷気とが、同時にクリエの両脇をかすめ、魔物たちを傷つけた。

「だ、大丈夫ですかッ!!」

体格のいい、魚めいた身体の男―――ネリーと違って吻は突き出ている―――が、スキルストーンを構えてその力を引き出したのを見た。

「あいつら、まだ来るぞ! こいつが亀さんやってる間に、どうにかするんだ!」

獣の耳を生やした女性が、スキルストーンを再度行使しようとしている。

亀ときたか。では、背中のコレは甲羅である。

千日亀のスキルストーン、その『タウント』の力が敵を引き寄せる。まだまだ体力の残っている魔物たちが、クリエに襲い掛かり、荒々しくどついてくる。

「アウッ……!」

痛い。一発やられたというのに、えらく元気が残っているではないか。後ろの二人もあまり戦い慣れているとは言いがたいし、少なくとも次の一撃で、とは行くまい。

できるならば、この甲羅を脱ぎ捨てて、勢いよく投げつけてやったら、それで決着がつきやしまいか。いや、脱げないが。だがやり方は無くはない。

今日は、早く帰ってやらないといけない理由もある。

クリエは攻撃を繰り出そうとする獣耳の女の前に躍り出て、彼女に背を向け、うずくまった。

「―――えっ!?」

女は驚いているが、もう引っ込みがつかない。スキルストーンから放たれた熱流はクリエを押し流す。

勢いづいたクリエは、水中でくるくると回転しながら、魔物たちに向かっていく。傷ついた甲羅はなおも強く光と匂いを発して、狙いを集める。

「……い、今ならッ!!」

魚人の男は、クリエの意図がわかったらしい。素早く泳いで、急速接近する彼女を受け止めようとする魔物たちの、まったく無防備な後方をとった。

男のスキルストーンが光り、鋭い氷塊が放たれる。それらの直撃でもって魔物たちは無力化された。

一方のクリエはスキルストーンの力を使い切り、酸欠で意識をなくしていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

探索協会医務室。

「ンゥ。そんなこと、あったの……」

クリエを迎えに来たネリーは、職員から事の顛末を聞かされ、ここにいた。

「ごめん。今日……はやく……帰んなきゃ……って。……あせった……でも、これじゃ……オシャレ……行けない……」

「ほ、ホントだよっ! クリエさんになんかあったら、わたし、わたし……っ!」

ベッドの上でうつむくクリエ。

「オシャレなら、みつけたよっ。ほら、コレ……」

ネリーは、頭の横につけるのにちょうどいいくらいの、大きな貝を見つけた。うっすら虹色に光っているようにも見える。

「クリエさんのぶんも、あるから。ふたりで、つけよ?」

もう一つ貝を取り出してみせるネリー。

「……ン。そう、しよ」

夜は更けていった。

<その13>

テリメインに探索者たちが入り込んできて、それなりの月日が経過した。

新たな海域も見つかる中、最初の海セルリアンは、既にその大部分が拓かれた場所となりつつあるようだった。探索者の旅路の後には道ができ、そこに人々は営みを築く。陸は確かに少ないけれど、海の上や、あるいは底にでも、居場所を作る者たちがいる。

外の世界からの人々も、どんどんと増えていく。賑やかになっていくテリメインの海。それが良いことなのか……悪いことなのか。答えられる者は、まだどこにもいない。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

「いやあ、この辺りもだいぶ、通りやすくなりましたねえ」

「まったくだ。すこし前までは、よく魔物にジャマされていたモンだったんだがな。探索者さまさま、てトコかな……ハハ……」

セルリアン海域を行く漁船の甲板で、船乗りの男たちが談笑していた。獲った魚を、島の街へと持ち帰る途中であった。

「最近は何もかもうまく回ってて、気分がいいな。そうだ、港に帰ったら、一杯おごってやろうか」

「おっ、いいんスか―――」

その時であった。

ゴゥッ! 初めに船が揺れ、傾いた。何事かと思ったら、今度は舵が利かなくなる。

「まずいッス! 何かなっちまってる!」

「何かって何か、わかんないんじゃ、何かしようも!」

姿勢を崩しながらも、なんとか海に目をやる船乗りたち。そこに彼らは、大きなすり鉢を見た。

船が、渦に巻き込まれている。

「わぁぁああぁあぁああぁあッ」

船はそのまま、なすすべもなく傾いていき、とうとう転覆してしまった。

万事休すか―――そう思った二人の耳に、何か聞こえてきた。

「―――ぶ……っ!」

甲高い声だ。

「―――しっかり……!!」

幼いが、力強い。

「―――あきらめちゃダメだーっ……!!!」

この渦にすら、抗える少女……ネリー・イクタが駆けつけたのである。

呑み込まれていく船から、彼女は船乗りたちをもれなく助け出してみせた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

翌日、クリエ・リューアは仕事に出ていた。セルリアンの海中に、一般市民向けの標識を設置して回る仕事だった。

矢印の描かれた看板が入った泡を抱えて、泳いでゆく。これをしかるべき場所まで運んでいき、専用のスキルストーンから魔力を注ぐと、流されることなくその場に固定されるという……探索協会の拠点にも使われている泡の技術を応用したものらしい。

テリメインに来てしばらく経ち、水中での動きにも慣れてきている。このままてきぱきと仕事を終え、陸に戻る……少なくとも、その予定だった。

だが、なぜだか、泡を思い通りに置けない。手を離すと、どこかに吸い寄せられてしまう。

その直後、ゴーッ! 大きな力がクリエを襲った。

「ッ……!?」

引き寄せられる。巻き込まれる。さっき、泡が動かされていった方へ……

クリエはすぐに、別なスキルストーンを懐から取り出し、強く念じる。すると、脚の方に強い力が起こって、水を蹴って、逃げることができた。退避の術「ラビットダッシュ」である。非常時のために、渡されていたのだった。

高速で離脱しつつ、クリエは先ほどいた場所のほうに目をやる。彼女は、海中に大きな渦が起こっているのを見た。

「あれはーーー!」

見覚えがある。今、こんなにもとっさに動けたのも、おそらくはーーー

「何やってンだ、逃げるぞ!」

近くの作業員に引っ張られ、クリエは海から離れていった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

「にしても、お手柄だったねェ、お嬢ちゃん。助けたばかりか、自力でここまでかついでくるなんて……」

陸の病院で、初老の医者がネリーと話していた。奥には、先ほど助けた船乗りたちが寝かされていた。

「うゃ……い、イノチにベツジョーは、ないんだよね?」

心配そうに医者に尋ねるネリー。

「気を失ってるだけだって言ったろ。何も気を揉むことはないよ。後は私らに任せて、安心してお帰り……」

「うん……」

ネリーは、病院を後にして……

「あ、そうだ。クリエさんをおむかえに行かなきゃだよっ……」

探索協会の建物へと向かうのだった。

その協会の会議室では、クリエとその同僚たちが事情聴取を受けていた。

「なるほど、わかりました。ありがとうございます」

協会の職員がうなずく。もう、あの場であったことについて、一通り同僚たちが話し終えてくれていた。クリエは語るのが得意でないので、メモを取るのに集中した。

「実は今回あなた方が目撃した以外にも、複数の箇所で渦潮が確認されているのですよ。怪我人が出たりもしていますから……安全が確認されるまでは、一定の免許を持っておられない方につきましては、しばらく海での仕事を制限せざるを得ない、ということになりそうですね。残念なことですが……」

低めの声で、もう一人の職員が告げた。

結局、ネリーのヒモ―――自分も女だが―――になるしかないのか。そういう選択肢があるだけ幸運だとも思うが、さすがに子供に面倒を見られるのは気が引ける。

どこに行こうが、自分の力で生きていくしかない。そう思っているから、なおさら情けなかった。無論、陸での仕事やデスクワークも、一応探してみるつもりではあったが。

「他に何か、お話ししたいことなどはございますか? なければこれで終わりとしますが……」

待った。仕事のことより、ずっと大事かもしれないことが、一つあった。

「……あの」

口を開くクリエ。

「何でしょう?」

「これは……推測、ですが。推測、として……聞いて、ください」

それでも、一応伝えるだけでもしておいた方がいい。もしかしたら後々……

と、その時、部屋のドアが開く。

「失礼します、報告です! 渦の発生地点から、未知の魔物が現れたとのことです!」

「なんだと……!」

「現在、戦える者が対処にあたっております。今の戦力で鎮圧できる見込みですが、渦の中心がどうなっているかわからないので、念のため、増援を願いたいと……」

「わかった。すみませんが皆さん、お話は後日またお伺いしたいと思います。本日は、ありがとうございました!」

簡単にクリエたちに礼をして、去っていく職員たち。

慌ただしくなる職員たちを、クリエは黙って見つめていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

その日の夜は、結局、静かなものになった。

ネリーはクリエと何事もなく合流し、自らの巣たる入り江の洞穴に帰っていった。

「クリエさんも、渦、みたんだって?」

傍らに魚の骨を積み上げてから、ネリーはクリエに声をかけた。

「ン。私が……オルタナリア、から……ここ……来たとき、渦が、あった。それと……同じ、ような……」

「ンゥー……オルタナリアで渦がおこって、テリメインにものがくる、ってコトなのかなあ」

うつむくクリエ。

「協会で……言ってた。違う、世界から、人が、ここへ、くる……それは、よくある、こと」

この時点で、探索者の数は確か四ケタに達していたはずである。

「でも、同じ、世界と、つながりが、繰り返し、ある、のは、珍しい。それに、今回、は……オルタナリア、の、魔物……来た、かも、しれない……」

メガネの光が、そう言うクリエの目元を隠す。

「っ……! それ、ただことじゃ……ないよっ!」

ネリーは、木のテーブル―――クリエが仕事のない日に作ってくれたものだ―――から、身を乗り出した。

「ようし、じゃあ、明日から、わたしが渦のことをしらべるよっ。オルタナリアのコトなんだったら、わたしがカイケツしなきゃだよっ!」

「冒険、は?」

「……それどこじゃない、て、いいたいとこだケド……いっしょに進んでるみんなのコトもほっとけないしなあ……」

考えないといけなくなったネリー。頭を少し傾ける。

「じゃ……手分け、しよう。私は、渦……君は、先へ……」

どのみち、クリエはこの一帯に留まるしかないのだから、それが一番よかった。

「そっか、わかったよっ! よろしくおねがいだよっ!」

夜は更けていく。

<その14>

ネリー・イクタは真剣な面持ちで、海中を突き進んでいた。

探索をしている訳ではない。いつもの仲間はおらず、一人で泳いでいる。

テリメインの海で散発的に発生し、時に人に被害を及ぼしてもいるという、原因不明の渦……この日、探索の予定は入っていなかった。それで彼女は代わりに渦の調査をしようとしていたのだった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

時にはイルカのように跳ねて高いところから海上を見つめ、時には妙な流れがないかじっと感じ取り、ネリーは渦を探して回った。

やがてネリーはアトランドの外れ、ストームレインとの境の辺りにまで到達する。

要領のいい探索者と海賊たちがしのぎを削る地域に近づいていた。ネリーは海の底のほうへ潜り、岩から岩へ、身を隠しながら進む。

確かに、ストームレインは渦潮の海である……だがそれだと、ただの渦なのか、自分が探し求めている問題の渦なのかがわからない。

「もどったほうがいいかなあ……」

大きな岩の陰で考え込んでいると、ネリーは見えない縄のようなものが体に触れるのを感じた。

「―――!」

迷うことなく、形なき縄をたどり始める。確信があった。これは、海賊の罠とかじゃない。たどってもいいものだ。

ネリー・イクタは斜め上へと急速に上がっていく。その先にあったのは、雷の筋をまとい、光る粒子を撒き散らして踊る渦だった。

「アレだ……っ!」

ネリーは接近を試みる。

「ン……ンンンゥ……ッ……!」

押し流されるが、そうそう負けてやるつもりもない。突き進む。

「ゥゥゥゥゥゥ……!!」

渦はネリーを拒んでいるようだった。大きな力は彼女の身体を受け止め、続けて細い雷がムチのように打ち付けてくる。

「ウゥウウゥ……ま……ける、もんかぁ……っ! ガァ―――ッ!」

叫び、尾を振るう。これ以上ないくらいに、力を込める。

気がつけば、ネリーの目の前は真っ白になっていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

細く、しっとりとした何かが、ネリーの心を撫でた気がした。

目を開くとそこは、海中の街だった。目に映る全ては影のようにぼやけていたが、ネリーにはすべてわかった。

岩を削って組み立てた家。それらにとりついて、飾りのふりをしているサンゴや海草。扉のない入口から平然と入り込んできては、窓から出てゆく魚たち。綱で結びつけられ、あたりをぷかぷかと浮いて回る、お店の広告の看板。海の底から海面へ向かって立つ、一本の塔……

それらの中に、巨大な貝殻が見えた。

「ぁ……」

貝の巨獣の亡骸。ネプテス・イクタの偉業のあかし。

「ぁあ…… ……」

間違いない。ここは自分の生まれ育った場所。

「あ……ぁ、あ……あぁ……」

ここはオルタナリア、海中都市マールレーナ。一日たりとも忘れたことのない、故郷。

だけど、それがどうして、こんなにもぼんやりとしか見えないのか……

「―――!!」

再び、なにかの力がネリーを襲った。背後からだ。

くるりと宙返りをするような動きで体勢を立て直し、ネリーは後方を見る。

「グルル……」

赤い体の、人型の生き物がいる。ネリーと同じように、体のあちこちにヒレを持ち、手や足には水かきもついている。

だが、あれは魔物だ……水棲人と同じように、魚にはない腕と脚とを持ちながら、理性を欠いた存在だ。

「シャッッッ!!」

敵は声を上げると、ネリーの腹を目がけて飛びかかる。

「くぁっ!」

突っ込んでくる魔物を、ネリーは蹴りで迎撃する。

だが、相手の反応も速かった。魔物は少し浮かび上がり、蹴りをかわし、ネリーの頭上すれすれを抜ける―――そこへ、また何か来る。

「っぅ!」

その場でくるりと回転するネリー。すぐ横を何かの塊が抜けていった。何かはわからない。しかし、もっと重要なことを確認できた。

いま対峙しているのと同じ姿をした魔物たちが、四、五体はいるのを、ネリーは見た。岩を持ち上げたり、引きちぎったサンゴを得物にしたりしている。

「ギィギィッ!!」

「グゥゥッ」

「クォオオオッ」

四、五体どころじゃない。そこかしこから新手が現れる。

なんでこんなやつらが、マールレーナに? みんなはどこへ行ったのか?

わたしの街は、いったいどうなって―――

「キシャアアァアッ!!」

赤い魔物の群れは、めいめいに声を上げながら、しかし一斉にネリーに襲い掛かる。あるものは鋭い手を振るい、あるものは得物を放ってぶつけ、あるものはギザギザの歯で噛みつきにかかる。

「あぅっ、あ、がぁっ、ぐああっ、ぁ…… ……」

動揺していたネリーは、先ほどのような鋭さを見せることができなかった。

ドウッ! ガスッ! なすすべもなく、打たれ続ける。

白くもやがかかった視界が、赤く染まっていく。魔物の体色によるものでもなく。自分の身体から流れた血でもなく……

身体の内側が、熱を持つ。赤くなる。なにもかも。

「―――ぁあ、あ、ぁああ、あ、あ、ぁア、アア、アァっ、あ、あ」

何があったのかなんてわからない。だけど、こいつらは許せない―――

みんな、喰い殺してやる。

「ガァーッ!!」

直後、魔物の一体の首元に、ネリーの牙が深々と突きたてられていた。

理性などなくとも、ただならぬものを感じれば、興奮を行きわたらせて、無理やりにでも体を動かそうとするのが、生き物の神経というものだった。

魔物たちは素早く散開し、四方八方からネリーに迫る。

「ギィッ!!」

即死した魔物を放り捨て、ネリーは再び動き出す。

何を狙うでもなく、動くものを捉えては、引き裂き、噛みつく。

「シャァアッ!!」

ネリーは気付かなかった。どこからともなく新手が来ていたのも。

そして、何かもっと大きなものが、この場にあるすべてを、どこかへ引きずっていこうとしていたのも。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

地上では、雨が降り続けていた。

クリエ・リューアは探索協会本部の屋根の下、もはやいるのだかいないのだかわからなくなりそうなほど静かに、窓辺に佇んでいた。

ふと、視界の隅で、人が慌てて走っているのに気づいた。職員らしい。

クリエは席を立った。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

例の渦が、ストームレイン近辺でまた発生した……そう報告を受けた探索協会の職員らは、その現場へと向かっていた。入植などなされておらず、恐らくは今後も当分行われないであろう地域ゆえ、確認程度に留めるつもりのようではあるが。

「ありました、渦です。ギラギラ光っています」

「よし。座標を記録。あとは本部に届けて、警告を出してもらおう」

連絡を取るためか、職員二人はスキルストーンを取り出そうとした―――その時だった。

「……! ちょっと! 渦の中で、何か動いていません!?」

確かに、見える。小さなものが、いくつも渦の中心で、うごめいている……しかもだんだん大きくなり、すぐにシルエットが判別できるまでになっていた。

人型の影が、慌ただしく絡み合っている。

「まさか! ……逃げるんだ! 渦からは、魔物が出てくることもある! 墨撒いて、逃げるぞ!」

「は、はいっ!」

だが、二人が離れる時間も与えず、それらは来た。

「ガァアー!!」

血煙を引きながら一体の魔物が吹っ飛ばされてきた。後に続いて、ほかの個体も渦を抜け、この場から逃げ出そうと泳ぐ。

それを許さない者がいた。

「ウガアアーッッ!!」

ネリー・イクタが渦から現れる。彼女は荒れ狂い、泳ぎ去ろうとする魔物たちに噛みつき、引き裂いていった。

職員二人は、それを見ていることしかできなかった。

あれはまるで、サメか何かだ……それも獲物の血にまみれて、何がなんだかわからなくなっている状態の。

見ている間にも、魔物たちは次々と八つ裂きにされ、とうとう最後の一体となる。あいつがしとめられたら、あと今ここで動いているのは―――

「に……逃げなきゃ……」

「言われんでもッ!!」

『ラピッドダッシュ』の力が込められたスキルストーンを取り出し、逃げ出そうとする二人。

「クヴォァア……ッ……」

ちょうどその時、ネリーは最後の魔物のはらわたを食いちぎっていた。

「ゥ……ウゥ……」

赤く染まった水のなか、ネリーはまだ動いている二つの影を見た。

ネリーは身体を大きく曲げ、全身を使って水を蹴ろうとする―――

「―――やめて、ネリー!!」

「アッ……!!」

白くて細いものが飛んできて、狙いすましたかのように、ネリーの腰に突き刺さった。

水のなかに浮く、葡萄鼠色の影。クリエ・リューアであった……彼女はスキルストーンを構え、『ジェリーフィッシング』の力を行使し、クラゲの触手を飛ばしていた。

「ァ……。」

鎮静の毒がネリーの身体にまわって、暴走した神経を静めていく。

自分に向けられる怯えきった瞳を、ネリーは見た……彼女は理解した。自分が何をしたのかを。そして、自分をよく知らない人間が、それを見てしまったことも。

「ご……ごめ……ごめん……っ、ごめん、なさい、っ……ごめん……っ……。」

ネリーはただ、周りの三人に謝り続けていた。クラゲの毒のせいか、あるいは疲労のためか、気を失って頭を垂れるまで。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

夜が来ても、まだ雨は降り続けていた。

クリエはまた、屋根の下で雨音を聞いていた。今度は病院の中でだ。意識をなくしたネリーを診てもらっているのだった。

ネリーは別に、こちらの世界の誰かを傷つけてしまった訳ではなかったし、特に罪に問われたりするようなこともなかった。今回の件について、クリエは自分が知る限りのネリーに関する事柄を、しっかりと周りに説明し、一応理解してもらえた。だが、そんなに簡単に解決がつくものでもない……

ネリーは強い子だとは、クリエにもよくわかっている。けれど、それでもやはり一人で生きていくには無理がある。今度のことでそう思った。

一人暮らしは、やめにすることにした。彼女を見ていなくては。

夜は更けていく。

<その15>

そこは、夜の海だった。

蛍のような何かが、水面下で群れをなして動き回り、暗闇を照らしている。

「おとーさんっ。わたしに、おけーこ、つけてくれる、って……ホント?」

今よりも幼いネリー・イクタが、座り込んだ父ネプテスを見上げて言う。

「ああ。おまえも、狩人になりたいんだろう。明日から、さっそく始めようじゃないか」

「うゃあ!がんばるぞーっ! つよーく、なるぞーっ!!」

はしゃいで、あたりの海を泳ぎまわるネリー。愛娘の姿を、ネプテスは微笑ましく、しかしどこか真剣な様子で、見つめていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

「ぴゃっ! りゃ! ぷぃやっ! うゃぁ!!」

翌朝、約束通りに訓練は始まった。ネリーは銛を模した棒を与えられ、獲物を突く練習をしている。

「いいぞ。何度でも、くり返せ。武器が自分の腕や脚みたいに、動くようになるまで……得物って言えるようになるまでな」

「ンゥ? おとーさん、エモノって、つかまえるほう……だよっ?」

「……ああ。一番得意な武器のことも、エモノって言うんだよ」

「そーなのっ!」

再び棒を振るい始めるネリー。見守る父。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

それからまたしばらく経ち、ネリーが初めての狩りに出る日がやってきた。

「ほんばん、だぞーっ! おけーこの、せいかを、みせるぞーっ! がんばるぞーっ!!」

出発を前に、ネリーは威勢良く叫んだ。大人が使うものに比べれば短めながらも、きちんと生き物の命を奪える銛を手にして。

「ネリーちゃん、いっちょまえにやってンなあ」

「あぁ。さすがは、英雄の娘さんってもんだ」

若い狩人が二人、ほほえましげにネリーを見て言う。

「ネリー、今日は狩がどういうものか、見ておくだけでもいいんだ。父さんの側、離れるんじゃないぞ」

ネプテスはひときわ長く、立派な銛を持っている。

「んゃっ。おとーさん、みんな、いっしょに、がんばろーねーっ!」

水棲人の狩人たちは、それぞれ尾と身を曲げると、力いっぱい飛び出して、マールレーナの街から離れていった。

ネリーは父にしがみつき、勢いをつけるのを助けてもらった。

「どこまでいくの、おとーさんっ!」

最初は力を借りても、その後は自ら泳いでいく。ネリーは海のなか、必死に小さな体を動かして、父を追いかけていた。

「もうすぐだ。声は抑えろよ」

たくましい肉体をくねらせ、ネプテスは進む。

程なくして、相手を見つけた。海の底のほう。平たくて大きな魚が泳いでいる。

「見ていろ。一発でやるんだ」

ネリーの父が、銛を構えてみたかと思うと、その次にはもう魚のエラをきれいに刺し貫いていた。目にもとまらぬ早業だった。

ネリーは、銛を突き立てられ、命が抜けつつある魚を見つめている。命が抜けている、ということには、臭いが伴うのだと、この時ネリーは知った。

命の臭い。血の臭い……

―――喰らえるものの、におい。

その時、ネプテスの手から泡が膨らみ、海中に広がる血液ごと獲物を覆った。泡はそのまま縮んで、魚にぴったりとはりつく。

ぼうっと、父の行動を見つめているネリー。

「……ネリー」

「ッ!」

慌てて顔を上げるネリー。

「ねっ、ねえ、なんで、あわあわでくるんじゃうの?」

とりあえず、という様子で尋ねてくる愛娘。

「血が広がると、獰猛な魚や、魔物が寄ってくるんだ。この泡くるみの術、お前も覚えなくちゃあならないぞ。また訓練をしよう」

「マモノ……」

泡にくるまれた獲物を拾い上げる父を、ネリーは何もせず見つめていた。

「さあ、きょうはこれで終わりだ。みんなのところへ帰ろう」

「うゃ……もう……?」

「また来れる。少しずつ慣れていけばいいさ」

「……うん」

獲物をかついで、水棲人の親子はマールレーナの街へと戻っていった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

それから月日は流れ、ネリーは色々なことを父から学んだ。

武器の使い方や、泡くるみの術もそうだし、獲物がいそうな場所を探す方法も、水の流れを読む力を活かすやり方も教わった。力もどんどん強くなった。男の子と相撲をとったって負けないくらいだ。

そうもなったなら、自分で狩りにいきたくもなるのだった。

父に内緒で、毎日研いでいた銛を取り出し、マールレーナ周辺の海に出る。

やがて、ネリーは見つけた。自分よりも幾分大きな魚が、海面と底の真ん中あたりで、小魚の群れを追い回しているのを。

「やるんだっ……!!」

銛を構え、ネリーは勢いをつけるが、獲物にかわされた。

突然の襲撃に魚たちは驚き、海は一気に慌ただしくなる。

「わたしだって……っ!」

再び、突きを繰り出す。また、避けられる。

「……わたしはっ……!」

ズオッ! 何度目かの攻撃が、獲物の身体をえぐった。血煙が、ネリーの顔を覆う。

「――― ―――。」

わたしは―――。

「……ガァーーーッ!!」

ネリー・イクタは豹変した。銛を放り捨て、出血する獲物に、素手でしがみつく。

そして、幼い牙を突き立て、肉を貪った。餓えた猛獣か何かのようだった。

誰もネリーを見ていなかったのは、幸いであった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

ここいらで問題になっている、謎の渦潮。そこから出てきた、自分の世界で見覚えのある魔物たち。そして、今そこにいる彼女が見せた、苛烈な一面……

クリエ・リューアは今日あったことを思い出しながら、ネリーの病室で過ごしていたが、もうすぐ病院は閉まるので、帰らないといけない。

「ネリーちゃんは、私たちにお任せください。目を覚ましたら、お知らせしますよ」

女の看護師がクリエに声をかけてきた。

「ン。よろしく、お願い、します」

彼女らは、ネリーを怖がらないでくれている……そのことがどうしようもなく有難く感じられた。

クリエは病院を出た。雨は止み、雲間から月明かりが照らしていた。