らすおだA記録
11~15
<その11>
看守が見当たらないので、モークは壁越しにくる声に応えてみた。
「だれか居るんですか」
「ぐすっ……ぁあ、また誰か、捕まっちまったのね……」
男の声らしかった。
「ええ、壊れた宇宙船につられてしまって。参りましたよ」
「へへ……そりゃあまたお人好しな。おれらと一緒だぁな」
「おれら? 他にも、誰か?」
「妹と居たんだよ。優しい子でさ……助けてくれって通信、信じちまって……それが奴らの罠だった、ってわけ」
「ふぅむ」
「で……女だからって別なとこに連れてかれちまった。多分、『お楽しみ』に使う気なンだろ……ちっきしょぉ!!」
ガーン! 男は壁を叩いた。
「あぁ、ちょと! 抑えて抑えて!」
「知るかァ! せっかく、二人で頑張って、生きてきたのに……もう何もかもおしまいだ!!」
そう言ったきり、男は大声で泣きだす。
しばらくして、顔を赤らめた海賊の連中が五人ほどやってきて、男に暴言とゲンコツと蹴りとを浴びせて帰っていった。
モークはなにもされなかった。ただ、黙って見ていた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「おら飯だ! 起きろィ」
看守担当らしい荒くれ者が残飯を運んできた時には、既にモークの意識は鮮明であった。
檻の隙間から出てきた腕を、モークはすかさず、頭から引っこ抜いた羽根でひと撫でする。
「ブヒョッ!?」
彼が運んでいたプレートが強かに床に落ち、薄いスープが飛び散る。そんなのはどうでもいい話だ。ひっこんでいく腕を、素早い手さばきで、くすぐる!
「グヒャ! バッ、バロー、フザケてんのかァ!!」
「いやあ、こうしてますと退屈でしてね。このくらい―――」
言い終わる前に牢の戸は開け放たれ、握り拳がモークの眼の前に迫った。ドッ!
モークの身は、右に三十度近くも傾いていた……その腕は、荒くれのみぞおちをきれいに突いていた。荒くれは、放り出した拳を伸ばしたまま倒れ、うずくまる。
「短気は損気ってものです。そっちの人も……」
と、モークは壁の向こうでまだ生きているであろう相手に声をかけてみたが、
「んぉ……ふゎ、何だァ?」
丁度、今の騒ぎで起きたところらしかった。
とりあえず荒くれから鍵を奪い、隣の男の牢を開けてやる……モークがそうする前に、彼は目を見開いた。
「あ、あんた……モーク・トレックかい!?」
男もモークと同じ、オーゲリアンだった。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「向こうは概ね、四、五十人……ってところでしょうかな」
あの牢屋の先にずっと長く延びていた通路を見て、モークは言った。
「わ、わかるのか?」
「まぁね」
宇宙船の大きさが、勘でわかる。そうなるくらいの人付き合いを、モークはこれまでしてきていた。
「隠れる場所もありませんし、不審がられる前に抜けちゃいましょ」
そう言ってモークは、静かに、かつ素早く―――半ばすり足のような動きで通路を直進し始めた。
<その12>
やせっぽちの、つややかなキチンの皮で身を包み、これまた光沢のある目をした―――惑星エトマにおける知的種族、エトミアンのさえない男が、何やら機械部品を乗せた台車を押していた。レーザー発振器、である。デブリ処理用、と書かれたラベルが中途半端に塗り潰されている。いずれにせよ決して軽いものではない。まして華奢な彼が一人で運ぶとなると、かなり骨が折れるものだ。
遅れればまた怒鳴られるし、どこかぶつけて壊しでもしたらもう何をされるか。自分はなんだって、こんなことをしているんだろう。なんでここにしか居場所がないんだろう―――
が、ドゥッ!
衝撃が、男の苦悩を停止させた。
「も、モークさん……?」
レーザー発振器の運び手に蹴りをぶち込んだモークに、同行していたオーゲリアンは震えた。モークはすぐには応えず、倒した男とその荷物を軽く検分していた。
「……ま、銃座かどっかに行く人だったんでしょうな」
エトミアンの男をかつぎ、彼が来た方へと歩く。途中ちょっとしたゴミ溜めを見つけたので、その中に放り捨てた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
そうして辿りついた倉庫には、丁度大小のコンテナ類が運び込まれている所だった。二人は音を立てぬようにキャットウォークを降り、既にできあがった貨物の山に身を隠し、そこから様子を伺う。ふと、大型のフォークリフトが円筒状のものを運んでくるのが見えた。
「なぁ、あのエンジン……こないだの白鈴工学展で展示されてたやつ……」
オーゲリアンの同行者が隣のモークに耳打ちする。
「PE-87r。まだ売りに出されてませんし、盗んだんでしょうな」
「……は、白鈴(ハクレイ)の船からか?」
「実力でやったってンなら厄介ですね」
そのPE-87rが壁まで運ばれて、固定された。そこに、ガタイの良い犬頭の海賊が右手をついて、
「へっへっへェ、どうよォ! コイツが一体何億になることかッてンだ!! オレッてばきっと、幹部になッちまうなァ……! かぁー、ボスもあやく見にこいよなーァ!」
かっかか、と大笑いする犬男。その脇から、
「さらった女のほうに夢中なんじゃないっスかね。オーゲリアンなんでしょ?」
と、所々サイボーグ化された別な輩が言う。
さらった女……しかも、オーゲリアン。今、コンテナの山のふもとで大人しく盗み聞きをしていた二人は、そうもいかなくなりつつあった。
「待ちなさい!」
思わず飛びだしそうになる同行者を、モークは抑える。
「まっ、マーサだよ! 俺の妹なんだよ! やっぱお楽しみに使われてンだァ!! 駄目なんだよォ、そういうのはァッ!!」
「わかりますが、ここで出てけばなおさら駄目でしょ!」
「ちきしょう! わーった―――」
と、同行者は引っ込んでくれたのだが、
「ちょっと! 誰か隠れてるっぽいよ!」
女の声が、倉庫に高く響いた。
同行者を身体で抑えたモークの目には、コウモリの特徴を持った女―――惑星カゥヴの住民だろう―――が、つかつかと自分たちの方に迫ってきているのが見えた。
そうとわかったときにはもう、お互いが目に入ってしまっているわけである。モークは同行者を横に放り出し、女に先制の蹴りを放った。
「なッ!」
コウモリ女は、ブリッジの姿勢で回避をする。その向こうで海賊たちの構えた銃がきらめいた。
「悪漢どもめ―――」
ドッ! モークは自慢の脚力で、天井近くまで飛びあがる。
気の早いものは引き金を引いたらしい。生物を傷つけても、船体にはダメージを与えぬように調整されたレーザー・ガンの赤い光芒が宙を裂いた。
「モーク・トレックが―――」
ジャンプの頂点を敵が狙うのがわかるから、モークはその翼で羽ばたいて、軌道に変化を、自分の身体にはスピンをつけた。
「―――相手だッ!」
回りながら、ドウッ! 着地と同時に一人の頭を蹴り飛ばした。
そのまま姿勢を低くして迎撃をかわし、半ば体当たりのようなアッパーをぶちかましてもう一人。振り向きざまに銃口の中の煌めきに気づいたモークはかがみ込み……小さく悲鳴があがるのを聞いた。たまたま背後にいた仲間に当たったらしい。そいつのレーザー・ガンを奪い取り、今度は横っ飛びしながら目に入った相手を撃っていく。
見えている限りの敵の位置と、奇襲をされうる場所と、何よりも自分の身体の形をモークは把握していた―――大きな体がレーザーを縫うようにかわし、その後には太い腕と鋭い足の爪とが、海賊たちを的確に打ちのめしていくのだった。
一分と少しで、二十人以上はいた海賊どもはみんな揃って冷たい床に寝転がり、最後の一人がモークに胸ぐらをつかまれた。
「あなたたちの親分はどこにいますか。答えなさい」
「ヒィィ……! ぶぶ、ブリッジですゥ! 眺めのいい場所で楽しみたいとか言ってましたァァァ……」
「そうですか」
素早くチョップを叩き込み、意識を飛ばす。何事もなかったかのように後ろを振り返ってみると、
「……す、すっげえな? さすが、だな?」
静かになったのに気づいた同行者が、陰から出てきて言った。
「ハァ……あなた、もうちょっと落ち着いてくださいよ。同じことがもう一回できるとは思いませんから」
モークは、さすがに少し息を切らしていた。
「……ごめんよ。でもホントに……妹は……大事なんだ! 誰にも汚されたくないんだ……あいつと一緒だから、俺、生きてこれたんだ……」
うつむく男の肩に、モークは手をかける。
「では、早く行きましょう。必ず助け出して、僕ら三人で逃げ切るんです……何、こんなおじさんになりかけの僕一人にだって、こうもやられちゃうような連中ですよ。十分スキはあるはずです」
「だけど……いいのかよ、俺たちのために……モークさんほどの人が……」
「人助けもしないで偉ぶる人には、なりたくないんですよ」
「……ありがとう、モークさん」
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
そこからは、最短の距離を通ってブリッジを目指すことができた。ここまでの内部構造から、モークはこの船が既知のものを改造したものであるのに気づいたのだ。
迷うことなく大きなスライドドアをすり抜け、飛び込んだ二人を出迎えたのは赤い毛皮のオーゲリアンであった。
「モーク・トレックか……」
椅子ごと回転し、彼はモークたちと対峙した。
「マーサさんを解放なさい。でなければ……!」
「まーァ、そう焦りなさんな? ほれ、あそこ」
赤いオーゲリアンの男は後ろの窓の向こうを指さす。
―――船体と接続されているらしい金属のロープが一筋。その先端には透明なカプセル。中にはピンクの身体のオーゲリアンが拘束され、漆黒の宇宙のなかで、頼りなく揺さぶられていた。
「……まっ、マァサァァァーッ!!」
たまらず、モークの同行者は駆けだす。窓の下のコンソール群へ。彼女を救い出せるボタンを探して。
そこへ、ビシィッ! 赤いビームが素早く伸び、彼の身体を強かに打った。転倒し、ごろごろと転がって、力なく仰向けになる。
「ブワァァァ……カ。どうやンのかもわかんねェくせに」
海賊のリーダーは銃を構えたまま、なじってみせる。
「見てな」
モークたちにはわからない形で何かの信号が送られたらしい。コンソールの画面がひとりでに変化し、ロープがにわかに発光した……パチッ、バチッ!
「キャァアアアアアアッッ!!」
悲痛な叫びが、ブリッジの中を駆けめぐった。カプセルの中の女が激しく身をよじらせている!
「カァッカカカカカァーッハハハハハァー!!」
無遠慮な笑いを上げる赤いオーゲリアン。
モークは、声を発するまでもなく動き出そうとした。しかし、
「動くなよォ! あの女はな、俺が思った通りになるようにしてあンだァ?」
「なんですと……!?」
踏み出した足が、止まってしまう。
「マジだよ。ロープ切れろって思えば切れちまうぜ……ま、つまんねェからもうちょっと遊ぶがな……」
「ッ……!!」
モークは、動けない。
ただ目の前の悪漢の、その目を、にらみつけるばかりであった。
<その13>
赤いオーゲリアン―――この海賊船のリーダーが、宇宙空間に浮かべられた女の命を握っているから、モーク・トレックは動くことができない。
「次はどうすっかなァ……電気ばっかじゃつまんねェし、クスリでも打つかナ? 最近イーイのが、入ったからナァー……」
そう言って、悪意もたっぷりに海賊船長は笑ってみせる。女の方を見ないまま。
こんな外道にあれだけの人がついてきているのが、モークには理解しがたかった。
「はじめっかァ……」
遠く浮かぶカプセルの中に、触手のようなものが延びるのが見える。
「クゥ……!」
モークは、悔しそうに、怒りが顔の下から今にも噴火してきそうな風に、歯噛みをした。
何かで、何かによって、この男はあのカプセルの中の拷問器具を遠隔制御しているのだ。それを見出さなくてはならない。
薬を仕込まれた触手は、まるで毒ヘビのようだった……機械にしては、いささか動きが生々しすぎる。
「フ、フ、フフッ……!」
悪漢は悪漢で、モークに愉悦を見せつけている……なぜ、あの女の方ではない?
その時モークは、視界の隅で、先ほどビームに打ちのめされた同行者が、ぴくりと動きだすのを見た。あのビームが非致死性のものだったのは、その色でわかっている。
「おらッ!」
爪が床を打つ音を耳ざとく聞きつけ、赤いオーゲリアンはぐるりと回って引き金を引いた。ジュゥーッ! 今度は、高エネルギーの殺人光線である。だが当たったのは、男のすぐ脇の床だった。彼は小さな悲鳴を上げ、カエルか何かのように飛びのく。目を覚ますには十分な刺激だったろう。
「起きてな。今からてめーの妹さんがおもしれえことに―――」
赤いオーゲリアンはすぐにまたモークの方を向こうとする……それで、モークはとりあえずの確信を得た。
右手で、背中の翼を掴む。迷いなく羽根を引き抜き、鋭い痛みは忘れる。
海賊船長の頭の上、自分のと同じように生えそろっている羽根に狙いをつければ、すぐに腕が動き出して、
「バカめ―――」
カプセルの中の女性に、急速に触手が迫る。悟られた! もはや運動を止めるには遅すぎる。モークが羽根の矢を投げ放つより先に、あの女性は被害を受ける……
「―――バカはおまえだアーッ!!」
あまりにもけたたましく、甲高い叫びがあった。情けなく、しかし痛切極まる怒号であった。
ほんの一瞬、時が止まったようにできる、それだけの力があった。
「ウァッ……!?」
だから、モークの攻撃は成功した。投げ放たれた矢は、海賊船長の頭の羽根の右から二番目の根っこを貫き、切り飛ばした。
ふわりと、羽根が、舞った……
モークは左肩から突っ込んだ。鍛えられた重量級の体当たりは反応できぬほど速く、かつ致命的である。
が、赤いオーゲリアンは、来るはずの衝撃が来ないことに気づいた。モークは彼の一歩手前で勢いを殺し、胴のかわりに頭を狙っていた。
左手と右手が、同時に動き―――ゴッ! 海賊船長は頭の側面を殴られ、同時に頭頂部の羽根を丸ごと全部引っ掴まれ……かけられたスピンによって、まとめてねじ切られた。羽根の一つが、根元から火花を散らした。
「イ゛ギ―――!?」
海賊船長は床に倒れ伏すと、白目を剥き、ぴくぴくと痙攣し始めた。
「……ど、どうなってん、の?」
叫んだきりだった同行者の男が、ようやく起き上がってきた。
「インプラントです」
モークは引き抜いた羽根の一本―――スパークが出たものを見つめ、呟く。
「羽根に精神読み取り装置が仕込んでありました。これを機械と連動させて、あなたの妹さんに遠隔で拷問をしていたのでしょう。信号発信機の作りが悪くて、角度によってはうまく届かなかったようですが」
解説をしつつも、モークは海賊船長の手足を拘束している。
「じゃ、じゃあ、マーサはもう大丈夫なのか?」
同行者の男の顔が、やっと明るくなった。
「あそこから出してあげなくちゃ。宇宙遊泳はお得意で?」
「あー……ちょいと酔いが酷くて、薬がないと……」
「んじゃ僕が行ってきます。こいつを見ててください」
と、ブリッジを離れようとするモークに、
「へっ、え、み、見てなきゃ駄目!?」
同行者の男は甲高い声をぶつける。
「神経のダメージで当分起きれやしませんよ。すぐ戻ってきますから、頼みましたよ」
モークは出入り口のスライドドアを開け、薄暗い通路の中に消えた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
腰に巻きつけたベルトが青白い泡を発生させ、宇宙空間に浮かぶモークを包んでいた。ベルトの中央には直径十五センチほどの円盤がついており、そこから同じく青白い光のひもが、胎児のへその緒のようにして泡に繋がり、その表面に細かな枝分かれを描いている。
このベルトこそはどんな種族でも身に着けられる万能の宇宙服であり、光の泡の中に生存できる空間を作り出してくれるものだった。ジャンプ技術と共に、宇宙開拓の時代を象徴する発明の一つである。
推進装置を頼りにモークはマーサの入れられたカプセルの根元を目指した。あのカプセルは今となってはもう使われていない船外活動のもので、船のハッチの一つに繋がっているはずだった。それを見つけ、取りついたモークはロープを引き戻していく。
やがて、透明なカプセルの壁越しに、涙を浮かべているマーサの姿が見えた。その顔にはほのかな安堵も見える。
「お兄さんは無事です。今、連れてってあげますから」
マーサの顔を正面から見て、モークは口をはっきり開けて言ってあげた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
カプセルが繋がっていたハッチから船の底の方の通路に出たモークは、右手にマーサの手を、左手に海賊船長から引き抜いた羽根を掴み、静かに走った。途中何人かの海賊の下っ端たちを見かけたが、彼らも自分たちのリーダーが敗れたのがわかったらしく、ある者はすくみ上がり、ある者はそれ見たことかと冷笑し、またある者は憑き物が落ちたかのように安らかな顔をしていた。
この分なら、後はマーサの兄と合流して、ブルーバード号をどこにやったかだけ聞き出してから堂々と出ていけばよさそうだった。すぐ戻ってくると言ったのだし、すぐ戻ってやらねばなるまい。マーサはなかなか芯が強いようで、恐ろしい拷問を食らったあとだというのにモークの健脚に負けることなくついてきている。
ともかく二人はブリッジまで戻ってきた。スライドドアを開ければ、向こうにマーサの兄が見える。
「兄、さん……!?」
マーサはモークの手を離れ、まっすぐ走り出す。モークは、好きなようにさせてやるつもりだった。
が、その時、マーサの背中越しに一瞬のきらめきを見てしまったことで、とぎすまされたボトム・アップ的注意がモークの身体を動かした。
「マーサッ」
脚力の限りを尽くしたジャンプで、マーサを追い越す。
目に入るのは一人分のシルエット。腕が、三本ある、オーゲリアン―――
ビャァーッ!! 赤黒い光芒が槍となって、モークの脇腹を貫通した!
「ウーッ!」
床に倒れ、勢い余ってごろごろと転がる。赤い血がとぎれとぎれの軌跡を描く。が、モークはすぐに、今度は意識的に転がりだした。転がりつつ自分の翼から羽根を引っこ抜き、レーザーの源目がけて的確に投げつける。
実体の矢と非実体の矢が交錯する。神経に熱い硫酸をかけられたかのような刺激がモークを襲ったが、金属の物体が床を打つ音が響いたのがわかれば、強引にでも前を向く。
「くそったれがっ」
聞き覚えのある、人を食ったような声。
マーサの兄の身体がどさりと床に落ち、その向こうにもう一人のオーゲリアンが見えた。
「……あんた、何をした……!」
手足が自由になっていた海賊船長を見据え、モークは低くうなるような声を発した。
<その14>
「油断しすぎたな、モーク・トレックよォ―――」
海賊船長は不敵に笑う。
まったく彼の言う通りであるとは思いつつも悔やむそぶりは見せず、モーク・トレックは二本目の羽根を抜こうとする。が、相手の手を見て、その動きは止まった。
「二度目はねぇぞ、馬鹿が」
海賊船長の右手の中には、ペンにも似た細い棒らしきものがあって、それをマーサの兄の頭に向けていた―――ビーム・ブローガン。光線を発射する使い捨ての暗器だ。
「馬鹿はお前だ、ベロー・タンタ」
撃ち抜かれたわき腹と、左腕からも血を滴らせているのに、モークの発するプレッシャーは全く衰えてはいない。
「仕掛けを壊され、味方の一人も来ないというのに、そうも尊大で居られるのは、馬鹿だ」
言葉が重々しくブリッジの中を奔り、海賊船長―――ベローの鼓膜を震わせる。
「馬鹿だと思うか。けどな、俺だって今までこうやって生きてきたんだよ。これからもそうだ」
一本のビーム・ブローガンに、この場にいる四人全員の意識が集中している―――マーサの兄だって生きている。そうでなければ、わざわざこんなことをするはずがない。
「モーク・トレックともあればわかるだろうが。誰だって、何かしら奪い合って生きてることくらい……間違った奴が死んで、正しい奴が生きるってことくらいよ……」
「それは傲慢だ。人の生き死にを、好き勝手決められると思うのは」
視線を互いに固定しあえているのは好ましいが、失血で動けなくなる前に次の手を考えなくてはならない。
「……お前は、法の下で裁かれるべきだ」
最終的にはそれが一番いい。そのために、彼の右腕を、どうにかしてよそに向けさせて―――
「アッ……あれ!?」
後ろで何も言えずにいたマーサが唐突に叫んだ。
一瞬、ブリッジの窓に目をやると、点滅する赤い光がそこにあった……星間連邦の警察組織である。
モークが行きがけにSOSを送っていたのだが、ややタイミングが悪かった。
「チィッ!」
余計なことは考えなかった。海賊船長の右手に、引き抜いた羽根を投げ放つ。何をしようとしていたかなど、どうでもいい。飛びかかるのも命中する前にやる。経験と予測、そしていくらかの願望が一体となった運動だった。
はたして、モークの思った通りに事は進んだ。ビーム・ブローガンは甲高い音と共に宙を舞い、床に落ちた―――はずみでスイッチが入ったらしく、飛び出た赤い閃光がブリッジのコンソールを直撃した。
「ジャンプ準備を開始します。乗員は加速に備えてください」
モークが海賊船長を押し倒した時、そうアナウンスが流れた。同時に船がゆっくりと加速をはじめる。
「マーサさん、脱出してください! お兄さんと!」
マウントポジションを取ったモークは、一瞬だけ振り向いて叫び、すぐに海賊船長の首に腕をかけようとする。が、
「プゥッ!」
海賊船長が口から何か液体を吐きだし、モークの右目にかけると、彼は苦悶の声をあげて力を緩めてしまう。海賊船長はモークの巨体をはねのけると、兄を背負って逃げようとするマーサを追いかけんとした。
「させんッ……!」
そこへモークの右腕がのび、海賊船長の脚をとらえる。彼は勢いのままに転倒し、マーサを取り逃した。
船はなおも加速していく。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
周辺地域はちょっとしたパニックに陥りつつあった。海賊船に駆け付けたのは警察たちだけでなく、マスメディアもいたためだ。あのベロー・タンタの悪名は、それなりに知れわたっているわけだ。
その中に、カメラマンの一人である、読者の皆様とほぼ変わらぬ姿の種族―――テラルシアンの男がいた。
「い、今誰か動いた! パイロットさん、もっと寄せれない!?」
「馬鹿言ってっとね、サンシロウ・ヒダカさん!? あんたが死ぬぞォ!」
このサンシロウという男はベルト型万能宇宙服の助けを借り、小型宇宙船の外に身体を括り付けてカメラを回していた。
「見たんだよ! モーク・トレックがいる! 取っ組み合いだ!」
「なんだと!?」
パイロットはもうサンシロウに応えてやらざるを得なかった。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「……うぅ……」
マーサは、壁にもたれかかった兄が呻くのを確かに聞いた。その隣には虫人―――エトミアンの男がいる。少し前にモークにのされた者だ。
「兄さん、私がわかる、マーサよ」
「マー……サ? 隣の、やつは……」
彼は身体を起こそうとするが、痛みが走ってうまくいかない。
「無理はしないで。この人は私たちが逃げられるように案内してくれたのよ」
「そうか……」
マーサの兄は、妹の肩を借りて立ち上がる。
「早く行くんだ。この辺り、混雑するぞ」
エトミアンの男が、すぐ近くにある脱出用のカプセルを指さして言った。
「あなたはどうするの?」
「僕は……ここに残るよ」
「この船のワープを止めるつもりで?」
「そうしようとしてる連中もいるみたいだけど、多分だめだろう。あの辺は船長……ベローの野郎が一人で管理してたからね」
やつは人を信じない、最低のリーダーだったと、エトミアンの男は付け加える。
「僕は、多分もう、生きてても仕方ないと思うから……」
そのまま放っておいてくれれば、彼としてはそれでよかった。けれど、
「馬鹿野郎!」
マーサに担がれた彼女の兄が、弱った身体で、しかし強く怒鳴りつけた。
「モーク・トレックを見ただろ、あいつなら、あんただって生きるべきだって言っただろうさ」
「……生まれてこの方、やることなすこと全部が裏目に出てきた。今度だってそうだ。だからもう……」
「モークさんは、見ず知らずの私たち二人の為に命をかけてくれたわ。あなたのためにも戦ってくれたんだって思わない?」
マーサがそう、やさしく言う間にも、船の揺れがどんどん強くなっていた。他にも海賊の下っ端たちが駆けてきて、慌てて別なカプセルに飛び込んでいく。
結局、エトミアンの男もマーサたちと共に、カプセルの一つに身を収めた。
船からこぼれ落ちるようにして脱出したカプセル群を、近くにいた警察船が機械仕掛けの網で絡めとっていく。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
いよいよモークはめまいが酷くなりつつあった。
もう、マーサたちも十分に逃げ切れただろう。だが、自分はベローを振り切るのは難しそうだ―――さっきまでは反撃の隙も与えぬ勢いで殴り、蹴りつけていたが、今となっては逆だった。
「……おしまい、だなッ!」
勢いづいた鉄拳が、モークの顔面を直撃した。重い身体が、嘘のように大きく吹っ飛んだ。
そのままベローはマウント・ポジションになり、モークの首に手をかける。
「死んじまえ、死んじまえッ」
そう言われると死にたくなくなるものだと思ってはいた。だけど今は、もはや抵抗できない。力が抜けていく。
「……じま、死ン……ッ……」
確かに、このまま、自分の命は消えていくのだろうと、確信しかける。
「…… …… ……」
モーク・トレックの思考が、ゆっくりと、薄れて、
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「モークさんが、モークさんがまだあの中にいるんです!」
マーサは保護してくれた連邦警察官たちに、悲鳴にも似た声をぶつける。
「わかっています、ですが……」
「お願いです、エンジンを壊してワープを止めて下さい、あの人を……」
「エンジンをやっちゃあ、それこそ死なせてしまう! 船ごと吹っ飛んでしまいますよ!」
若い警察官がそんな風にわめいて、横にいた先輩に止められる。
「一つ、方法がある……」
最年長の警察官が、静かに言った。
「皆に伝えてくれ。協力してやらねばならんことだ」
<その15>
その日、エオデム都市のビルの巨大スクリーンにも、惑星サージァの大きな電器屋に並べられたモニター群にも、オーゲルの一般家庭の古臭いテレビにも、同じ映像が流れていた。
血みどろで横たわる、オーゲリアンの雄、モーク・トレックの姿。彼を打ちのめす、凶悪犯罪者ベロー・タンタ。
彼らのいるブリッジの前に迫る、星間連邦警察の小型船が四隻。先頭の船が、前方のハッチを開く。
ベローにはまだまだ余裕があって、それゆえに近づいてくるものに気づくことができた。それゆえに、落としたレーザー銃を手を伸ばして拾い上げれば、モークにとどめを刺してしまって、逃げることができると考えた。
誤った勝利の確信が、それゆえに生まれたのだった。
ベローは、その脳が出す予測をはるかに上回るペースで、かけている体重が弱まっていくのを感じた。かと思えば軽く吹っ飛び、ドッと背中から床に打たれる。
「死にぞこないかァ!?」
悪態をひとつつき、身体全体をバネにして起き上がる。
だがその時にはもう、あまりに巨大な影が、まるで怒り狂った猛牛のごとく押し寄せてきている。
「カッ!」
ドゥッ! ベローの顔面がひしゃげ、血しぶきが舞う!
右のストレートを叩き込んだモークは間髪入れずに左手をも振るい……ゴッ! 頭の脇を鋭い爪がかすめ、またも鮮血が噴き出す。
「オゥオオォーッ!!」
咆哮と共に、傾いだ相手の身体を、中心軸で真っ二つに裂くかのように右脚で蹴り上げる。
ベローはもはや何をすることもできない。痛みと加速度とが、彼の全てを支配してしまっている。
「ハァッ……!」
浮き上がり終え、落下するベローの身体を太い両腕が掴み、運動のベクトルを急激に変える。再び上へ、そして……
「ダァーッ!!」
モークの背後の床に、ベローの頭が叩きつけられる。バックドロップ、とどめの一撃であった。
だが、彼は尚も止まらない。身体を大きくねじり、ベローを掴み続け、ぐるぐると振り回す。
宇宙探検家モーク・トレック。戦いを専門とするわけではない者が、これほどまでに、荒々しいものか。これほどまでに、悪を憎むか―――ベローはひどく恐怖していたけれど、それで何を変えられるでもない。
そう思われていたモークが、この状況のどこまでを意識に留めていられたかは、後の本人にもわからぬことだ。
果たして何周かの高速回転の末に、ベローはブリッジの窓を目がけて放り出された。
直後、その窓の一部がバラバラにひび割れ、崩壊した。ベローがぶつかったからではなく、外からの力によるものだ。
部屋の中のものが、宇宙空間に吸い出されていくその前に、青白い膜が展開されて窓にあいた穴を覆う。
ところがその中に丁度ベローが飛び込むと、役目を果たしたことになったのか、膜は彼だけを包んで分離してしまったのである。
瀕死のモーク・トレックはブリッジの外に吸い出され、真空の宇宙空間に晒された。
「嗚呼……駄目か……!?」
あの最年長の警察官は青ざめていた。
他の者たちも、同じだった……先ほどカプセルの回収に役立ったあの網は、生身のものをそのまま捕まえられるようなつくりではないのだ。
海賊船はさらにスピードを上げ、光を帯び始めている。すぐにでも退避しなければ、ジャンプの巻き添えをくって、ただではすまない。
「ァ……!?」
サンシロウ・ヒダカはほとんど声も出せず、ただカメラでモークを追う。それは、彼の目、そのものだった。
見ているだけでは彼は救えない。だが、見続ける以外のことなどできようもない。
オーゲルの英雄が……いくつもの神秘を解き明かし、この先も多くの発見をしていったはずの男が、闇の中に消えてゆく。
人々は彼の死に泣くのだろう。追いかけていた夢を見失うのだろう。
そしてそれでも、世界は粛々と続いていくのだろう。
「モォォォクッ!!」
ふと、女の声が、どこかで響いた。
彼女―――マーサは、周辺の人間をなかば突き飛ばすようにして、警察船のエアロック目がけて駆けていた。
あの、サンシロウ・ヒダカの生中継映像は、この船の中にも流れていた。そこにモークの姿が映った時、マーサは感情に……あるいは、ある種霊感とでも言うべきものに……突き動かされた。
モークがいなければ、自分はきっと滅茶苦茶に辱められた挙句に殺されていたはずだった。
そのモークを、自分のために死なせるわけにはいかない。
マーサはあのベルト型宇宙服を腰に巻き、制止の手が延びる前にエアロックを飛びだしたのだった。