マーサ・メリアとその兄コリンズの人生は、決して恵まれたものではなかった。
オーゲルには、毎年一度は大竜巻が吹き荒れる。そこに住むオーゲリアンたちが、被害を抑える術を編み出してこなかったわけではない。
けれど、ある年に来た嵐は、異常だった。
その日家の補強を行っていた人々は、空と大地がうねる柱で繋がっているのを目の当たりにした。幾筋もの雷を周囲にまとい、輝く血管が駆け巡っているように見えた。
マーサとコリンズは他の子供達とともに、集落で一番大きく頑丈な長の家に移された。その奥で彼らはただ震えていた。大人たちが守ってくれる、そう信じて。
だが、果たして訪れた巨大竜巻の前には、全てが無意味であった。
荒れ果てた集落の中、軽い傷を負っただけのマーサとコリンズは、しかし誰もが死んでしまったのだと思い込むしかなかった。
残された食料で食いつなぐ二人の前に、ある日一隻の宇宙船が現れ、ガラクタごと彼らを引き取っていった。
それからはずっと安い賃金で働かされた。十代も半ばを過ぎたくらいになった頃、仕事場に警察が慌ただしく乗り込んできた時、二人は雇い主と一緒になって抵抗した。
それからまた十数年かけて、世界がどうしようもなく広いことを、二人はじっくりと学ばされた。
自由に生きることを、幸せになることを、諦めてはいけないのだということも。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「モーク! モークッ!!」
声の伝わらない宇宙空間で、なおもマーサは叫び続ける。それがモークを引き寄せる助けになる気がした。
眼前を流れるモークの青い巨体が、なぜだか急に輝度を増す。彼自身が光り輝いているわけではない。加速をつけてきた海賊船が、とうとうジャンプの態勢に入ってしまったのだ。
サンシロウ・ヒダカのカメラがマーサとモークを捉えている。
宇宙のあちこちのスクリーンに映る、光る船、遠ざかってゆくモーク。
そして、オーゲリアンの女を包んだ青白い泡。
推進装置の最後のパワーで、マーサはモークにその身を押し付ける。
生命を守る膜は、シャボンのようにゆるやかに変形し、モークを呑み込んだ。
直後、海賊船のシルエットが視界を埋めるほどの光を発し、ゴム人形をちぎるように引き伸ばされた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
眩しさを感じて、モーク・トレックは目を開く。
けれどそこに映るものは白一色で、特徴が捉えられない。
何もない世界に来てしまったというのだろうか。
「モークさんっ……!」
脇から聞こえてくる声が、そうではないとわからせる。
横を向く。白衣の人と、マーサとコリンズがいる。
ここは、病院のベッドの上、らしい。
マーサがポロポロと涙を流すけれど、モークはなんとか自意識を元通りにするので精一杯だった。
さすがのモーク・トレックも今度ばかりは相当に消耗してしまっており、目覚めた後もしばらくは、半ば前後不覚の状態で過ごした。
外はうるさい。病院の者や、あのマーサとコリンズまでもが押し寄せるマスコミ陣を何とか抑え込んでくれているとモークは聞いた。
今回彼が成し遂げたのは、そうなるほどのことだった。相応に名の知れた悪党であるベロー・タンタを倒したのもそうだし、あのPE-87rとかいう天下の白鈴公司がもうすぐ売りに出す予定だった最新型エンジンを結果的に奪還したのもそうだった。
が、ある意味最も重要だったのは、大変なスペクタクルを世間に流してしまったことである。
ベッドの隣の小さなテーブルに置かれた新聞の一面トップには、血に塗れながらベローを打ちのめすモークの写真。そのとなりには特大の見出しでこう書かれていた。
『モーク・スペシャルさく裂!! 極悪宇宙海賊あえなく御用』
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すばやく傷を癒やして退院を迎え、病院から出てきたモークを出迎えたのもカメラのフラッシュとマイクの数々であった。
「モークさん! 退院おめでとうございます!」
「銀河中が心配してましたよ! なんか一言、安心させたげてっ!」
適当にあしらいながら進んでいく。軽症だったマーサとコリンズはとっくにここを出ていっており、今はいない。落ち着いたらまた会いに行く約束になっている。
前方に一台、黒いリムジンがやってきていた。さっさとあの中に入ってしまえば好奇の目からも逃れられるのだが、モークはあくまでも悠々と歩いていった。
大きな体を器用に車内へ押し込み、追いすがる放送機材を巻き込まぬようにドアを閉めた。
「ああ、こんにちはモークさん。なんとも大変そうですね」
スーツを着たサージァリアンの男性が隣にいる。
「他の患者さんのことも考えるくらいはしてほしいものですよ」
「ハハ……全くです。私はデューイ・マーカス、こういった者です。よろしく……
名刺を差し出す隣の男。彼は白鈴公司の人間であり、エンジン開発部門の若きリーダーであった。
ここは、先進文明惑星エオデム。いくつもの生命を宇宙に旅立たせてきた星であり、白鈴公司の本拠地もここにある。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
白鈴公司の本社ビルは、巨大な樹を思わせる有様だった。
まず、地上からは六つの柱がねじれて絡み合い、幹を構成する。そのまま何百メートルも上に向かっていくと細かく枝分かれし、先端にはまるで葉っぱのように太陽光を集めて発電するパネルがいくつもついている。一見太陽に面していない部分にもパネルはあるが、デューイが言うには枝は日の当たり方に応じて動くので、あれらも役立つ時があるのだという。それに、外壁に反射してくる光も余さず使えるようだ。
そんな大樹の根本に林立するビル群は言うなれば雑草かキノコといったところで、なめらかな岩のような工場も建っている。住宅はもちろんのこと、デパートも、学校も病院も、全部がここに揃っていて、白鈴が憎いのでなければ一生ここで暮らすこともできるはずだとデューイは語る。ここまでくると、企業城下町どころか小さな国のようなものなんじゃないかとすらモークには思えた。
その本社ビルの根本に、ちっぽけな生命を四つばかり乗せたリムジンが潜り込んでいく。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
車を降り、しばし維管束のエレベータに身を任せ、モークとデューイは地上数百階の応接室にやってきた。
「どうぞ、お座りください」
二人の席は初めから窓のそばにある。こんな二人が今更、高所恐怖症などであろうはずもない。
がっしりとした作りのソファはモークの重い身体を余さず受け止め、奥ゆかしく支えた。そばのコーヒー・サーバー―――勿論白鈴の製品であり、それも最新のものだ―――から出てきたカップが目の前の机に置かれる。
「エオデムの空は良いでしょう」
コーヒーに軽く砂糖を入れてからデューイは口をつける。
「ええ、美しいですね。これほど地上を、まるで電子回路のようにしながらというのは……」
「電子回路には、綺麗な空気がいるものです。最近開発されたフィルターのおかげでますます大気汚染は減りました。惑星パルゴ……あそこで見つかった繊維を使っているんです」
「ほう」
あそこでプラエクサの遺跡を調べた後も、モークは森へ谷へと冒険をした。そんな彼の歩いた後に道ができたようで、太古の神秘以外のものを求めている人々が集まってきたのだった。今ではちょっとした街などもある。
モークも、コーヒーを飲んだ。機械の精密さがそうさせるのか、繊細な味に思える。
「……さて、モークさん。ここに来てくださったのは、PE-87rの奪還をしてくださったお礼をしたいというのもあるんですが」
視界に浮かぶ湯気の向こうでデューイが口を開いた。
「我々はあなたに、一つ新しい冒険をお願いできないかと思うのです……」
冒険と言われると、身体が前に出てしまうのがモーク・トレックである。たとえ病み上がりであっても。
宇宙船の大きなモニターに、光る環が一つ現れた。
「ワア、ブラックホールだ! すげぇや!」
隣りの席に座る虫人、エトミアンの若者がはしゃぐ。
「うちのスコープなかなか映りがいいっしょ。オーバーホールのついでに是非ともどうですか、モークさん?」
もうひとりのお供は、クースキアン―――鳥を人型にしたような種族だ―――のふくよかな女性だった。
「ウーン……ま、帰ったら考えときますよ」
モークは手元のコーヒーを口に運びつつ答えた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
デューイがお願いした『冒険』というのは、惑星バハータへのちょっとした旅であった。
バハータは既知の星ではあるが、人の手が入っていない。というのも、その表面は強烈な嵐に覆われていて、これまでろくに手出しができなかったのである。それをこの度白鈴のテクノロジーがどうにかしてしまったというので、PRも兼ねて是非探検に出てもらいたい……そんな話であった。
ブルーバード号はあのベロー・タンタの一件の後でなんとか取り戻すことができ、今は当初の予定通りにオーバーホールをしているところで、今回は代わりの船を用意してもらった。
が、お供につけられた二人が隙を見ては白鈴のパーツを推してくるのを見ると、むしろそっちをメインにしようとしていたんじゃないかとも思えてくる。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
渦を巻くバハータの表面が近づいてくると、さすがに船内は緊張に包まれてくる。
「ま、まあ、大丈夫ですよ。白鈴お抱えのエンジニアが、その、何日も残業して造ったモンなんだからねェ……」
「バッカね、あなたどうせ、どうやって動いてるのかもわかってないンでしょうに。あぁ、モークさん? ご安心を……」
同行者二人がいささかうるさい。もっとも、モーク自身は割と落ち着いていた。既に何度か無人機での突入実験をした上で、自分たちは送り込まれていることをきちんと伝えられている。
実際安全に済ませられる自信がないなら、このモーク・トレックを天下の白鈴公司が動かしはすまい―――うぬぼれでは決してない。互いの名声に対する、必要不可欠な認識である。
船は光の膜をまとい、風と電磁の嵐の中に飛び込んでいった。
電磁嵐に突入すると、船の揺れが急に大きくなってくる。椅子の質が充分に良くないせいもあるのだろうが、尻に痛みを覚えるほどだ。
「え、ええっと、そ、そのッ、大丈夫なんだよネ!?」
「大丈夫っつったのアンタでしょ! あんま喚いてっと舌噛むよ!」
「無くてもォ!?」
同乗者二人が騒ぐのをよそに、モークは計器に注意を向けていた。船体外殻への負荷は危険域に近づきつつあり、そのペースは高度が下がるよりも速い。モークとて白鈴を信用していないわけではないが、最悪の事態には備えておく必要がある。
外では稲妻が荒れ狂っていて、船の窓からは奇妙な色の閃光が矢継ぎ早に飛び込んでくる。まるで記者会見でも受けているような有様だった。
それがふと止んで、コックピットは暗くなる。
なんとか目を慣らし、未だ続く揺れをこらえて窓から外を見ると、分厚い雲の天井と、その下の空が見えた。地面と捉えられる領域は黒く塗りつぶされていて、ディテールはまったくわからないが、その中でいくつも光が輝いていた。小さなものもあれば大きなものもあり、それどころか一定の流れを作っているもの、渦を巻いているものすらもある。
まるで、陸が宇宙になっているかのようだ。
「バハータって……こ、これが……そーなの……?」
エトミアンの同乗者はいまだ余談を許さぬ状況にあることを忘れ、地上の星空に酔っていた。
「まあ素敵! これ、どこかに降りられるものなのかしら……?」
クースキアンの女もはしゃいでいるが、モークはどこにも降りるつもりはなかった。
なにしろ、今回はあくまで観測が目的なのだ。送り込んだという無人機は、あの空中の層のせいなのかデータを送りかえしてくることはなかった。そこで有人飛行を行うことになったのだった。
モークは船の姿勢が安定してきたのを確かめ、コックピットのパネルを操作すると、その中のモニターに写っている船の全体像から丸いパーツが離脱していき、現実世界のものとして窓の外を通り過ぎていった。カメラを搭載したドローンだった。
これでいかにも夢のある感じの映像を撮影し、学術的に価値のあるデータの収集は船本体のセンサーに任せる。『ファンサービス』も忘れないのが、冒険家を長く続ける秘訣だった。
同乗者二人もすっかり緊張がほぐれ、持ち込んだお茶を淹れてモークによこしてくる。
「すっごいですねェ、モークさん! 感動しましたよ!」
「ふふ……探検してけないのが惜しいですよ。ま、もうしばらく遊覧飛行して帰りましょうか」
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
その遊覧飛行は三時間ほどで終わり、モークはエンジンのスイッチを切り替えて帰り支度をはじめる。
「どうでしたかね、うちらのエンジンは? この調子なら、すぐここにも冒険に出られるようになりますよねッ」
「もう、アンタさっきから大人気ないわよ。モークさんだって病み上がりなんだからあんまがっつかないの」
同乗者二人は種族の違いを越えて、親子のように思わせる人たちだった。
おかげで短くも楽しい旅になったけれど、冒険は帰るまでが冒険だ。モークは少し忙しくなると断って、計器に気を配り始めた。
エンジンの出力を示すインジケーターの動きが、どうも重い。
「……ウン?」
見れば、燃料が尽きかけていることを示すランプも点灯していた。モークは、すわ燃料漏れかと、事故が許されぬ宇宙船にはたいてい備わっているだろうセルフチェックシステムに問いつつ、本当にそうならもう少し早く気づいているはずだとも思う。
いずれにせよ、このままでは帰ろうにも帰れない。とりあえず着陸できそうな場所を探してあのカメラ・ドローンを飛ばし、ライトで地表を照らしてみるが、投げかけた光が途中で闇に呑まれてしまう。
「も、モークさん? どうなってんです?」
まだ事態を把握できていなかったと見えるエトミアンの男が、カチカチ口を鳴らしながら問うてきた。
モークはなにも言わず、ポンと電子音が鳴るとモニターを見た。それから返事をした。
「不時着をします。落ち着いて、積んできた荷物をまとめてください」
天下の白鈴公司が自信をもって送り出した有人船は、今や未知の惑星に囚われてしまった。
モーク・トレックはあれから船を制御し、なんとか陸のあるところに不時着することができた。まだバッテリーも残っており、あの観測用ドローンを使うこともできるが、それもいずれもたなくなるだろう。水や食料も、もとより日帰りの予定だったので余計には持ってきていない。
あたりを見回してみると、薄暗いようで、けれどあちこちで小さな雷や光の粒が躍っており意外と騒がしい。
「エネルギーを抽出できるようなものがどこかにあるはずです。なんせ、こんだけやかましいんだからね……探してみましょ」
もはや声も出ないらしい同乗者二人を励ますように言って、モークは歩き出した。彼らの体は、あのベルト型の『万能宇宙服』によって護られている。これのエネルギーも気になるところだった。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
三人はとりあえず光が群れているところを目指して、足場のある所を飛び移っていった。
先導するのはもちろんモークで、クースキアンの女がどうにか、エトミアンの男がやっとのことでついてくる。
「根性出しなさいよアンタ、モークさんの半分でいいから」
「は、半分でもキツいカモ……」
女の方は翼こそあれど、いささか体重が重すぎて誰かを抱えて飛んでやるというわけにいかなかった。
「喋るだけの元気が戻ったのなら大丈夫ですよ。ほら、あそこ……」
ふと立ち止まり、追いかけていた光の方を指差すモーク。
ぼんやりとしか見えなかったそれはいつの間にか近づいていて、中になにかのシルエットが見えている。
「え、エネルギー資源かしら……!? あっらぁ素敵、こんないっぱいあるなんて……」
「上にいた時、星みたいに見えたのはこれだったんだよなぁ」
勇気づけられて、三人は光の源へ跳んでいく。
近くまで来て、それは水晶のようなものであるとわかった。モークの背丈の倍近い大きさで、目がくらみそうになるほどに白く輝いている。小さな太陽をガラスの中に閉じ込めたかのようだ。
「少しお待ちを」
モークはカバンから長方形の機械を取り出し、ケーブルを伸ばして水晶に当ててみる。グィィー……ンッ。伸びていく音とともに、長方形の中に備え付けられたモニターの中でメーターの針が振れた。
「おぉ、エネルギーだ! 手頃な大きさのを一個見つけて持って帰りましょう、それで帰るまでの燃料になりますよ」
「えっマジ!? やったぁ!」
エトミアンの男が小さく飛び上がって喜び、さっさと運べそうなものを探しに出かけてしまう。
「あぁもう、無邪気なんだから……」
クースキアンの女はのんびり後を追って歩き出し、モークも続いた。
なんだかこの人は母親じみている。そんなモークの思いを汲み取ってか、女は嘴を開いた。
「ちょっと前に入社したばっかりの子なんですよ。最初は、ってか今も自信なさそうな感じですからほっとけなくって……」
「まあ、駆け出しの頃はどうしてもね。経験を積めば落ち着いてきますよ」
「だといいんですけど―――」
ふと、二人は話を止める。
風の音が消えている。前方からの音、だけが。
それでもクースキアンの女は動かず、モークだけが走り出していった。
走って、走って……モークの肩幅くらいの高さの水晶を掴んだ、エトミアンの男を見つけた。彼は立ったまま動かず、なにかに釘付けにされている。
「どーしましたッ」
全力で声を出したつもりだった……だが、まるでささやくようになっている。
男が見ていたものがモークの目にも入った。
固体のようでも、液体のようでも、気体のようでもあるどす黒い何かが、男の目の前にこんもりと在った。モークはそれに、引き寄せられる、と感じた。体毛を抜かれそうなわけではない。もっと、何か、自分の中に流れているものを直接引きずり出そうとするような。
一体何なのか。何だとしても……恐らくこれは危険である! モークはエトミアンの男をひっつかみ、大きく回って来た道を逆戻りした。
「なんです、あれは!?」
「こ、こここ、これをひ、引っこ抜いたら、出て、ッ」
あの場所から離れるにつれて声ははっきりしてくる。
モークの頭の中では自然とここまでの事実が結びつきつつあった。ドローンの照明を飲み込む闇、宇宙線のエネルギー漏れ……
「も、モークさん!?」
「戻りますよ! この星は危険だッ!」
「え、あ、はい!?」
言われるがまま、今度はクースキアンの女が先頭に立ち、またいくつもの足場をウサギのように飛び移っていく。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
宇宙船に戻った三人はエネルギー・チェンバーにあの水晶を突っ込んだ。後は、人工知能がツール群を制御し、適切な方法でエネルギーを抜き取れるようにしてくれるのだ……白鈴が開発したこのシステムは、探検家向けの船には必ず備え付けておくべきものとされている。
もどかしい数分間を経て、宇宙船は再び飛び立てる状態になった。
「詳しい話は後でします。発進を! さっさとここから出るンです!」
「は、ハイッ」
操縦席に座るエトミアンの男はレバーを引いた。
グウォ、オ、オ、ゥオーン! 白鈴自慢のエンジンが唸りをあげ、船が浮かび上がる。
姿勢を調整し、あの嵐の中へ突入する……が、モークはまたも計器に異常をみた。
「エネルギーが奪われはじめている! 急いで!」
「やってますよォ!!」
「う、奪われてるって……モークさん!?」
宇宙船の機能自体は正常であり続けた。天井のような雲が急速に迫ってくる。
「ここまで来たら黙って行きましょ……舌を噛みますよ!」
グバァーン!
太い光の帯を残し、船は電磁嵐に飛び込んだ。
猛烈な揺れがはじまった。エンジンの出力でバリヤーを展開するが、力を多少なりとも奪われてしまった以上、どこまでもつかはわからない。
「ウ、ワ、ワァァァ」
「駄目です! パニックはよして! 制御するんです!!」
操縦桿を握ったまま叫ぶエトミアンの男を、モークは励ますことしかできない。代わってやろうにもこの揺れでは席は移れない。
追い打ちをかけるように、ブゥーッ、ブゥーッ! アラームが鳴りだした。バリヤー分の出力をこのままでは維持できないということだ。
だが諦めてはいけない―――その言葉で一旦頭を埋め尽くそうとしたときに、後ろから怒鳴り声が飛んできた。
「踏ん張りなさいよ! ここで死んだら、アンタずうっと未熟もんのまんまよ!」
甲高い声が、不思議と、運転手の緊張をほぐしていった。やはり女房役の声のほうが効くのかもしれない。
嵐の切れ目も見えてくる。その向こうは本物の星空だ。
「お、オレだって……オレだってェ……!」
エトミアンの男は最後の最後まで姿勢の維持を努めきった。
雲の壁を抜け、大気圏外へと飛び出したほんの一瞬後に、バリヤーは消えた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
「惑星バハータの中には、エネルギーを吸いとる何かが潜んでいたのですよ。それに僕らは捕まりかけたわけだ」
平穏を取り戻した宇宙船の中、三人は電子ランタンを囲んで話をしていた。なにしろ残り少ないエネルギーをどうにかもたせなくてはならないので、照明は全て切ってある。
「あの嵐の壁も、エネルギーの水晶も、そいつを封じ込めるためのものだったのかしらね? ……っていうと、なんか、自然にそうなったもんじゃないみたいだけど」
「ま、まさか、オレたちの後にくっついて出てきてたりしない……よね?」
「大丈夫ですよ。もしそうだったら今頃生命維持装置も止まって、僕らみんなくたばってンでしょうからねえ」
三人は、少し笑いあった。ぞっとしない冗談だが、笑い飛ばしでもしないとやっていられない。
「しっかし……また給料減らされちゃわないかな。助けてもらうハメになって……」
もはやジャンプをするエネルギーもないので、通信で白鈴に救援の要請を入れていたのだ。
「仕方ないわよ。命が助かったってだけでも儲けものじゃない」
「僕からもちゃんと説明しますから、大丈夫ですよ。それに、そちらの技術のすばらしさも見せていただいたのだし、ね」
その一言に、白鈴社員二名の顔が明るくなる。
「ブルー・バード号の新しいエンジン、今日使ったやつにさせて頂こうかと思います。よろしく」