らすおだA記録

6~10

<その6>

歳を重ねると、無意識に過去を振り返ってしまうことがある。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

惑星サージァの都市には、人の背丈の数十倍から百倍もあるような巨大ビルが惜しげなく並べられていた。

そのうちの一つに取り付けられた巨大スクリーンが『無敵英雄アイデデクーデ』―――数十年も前からずっと続いている特撮番組のシリーズだ―――の新しい映画のコマーシャルを流していたり、他のビルでは壁全体を使って新商品の宣伝をしていたりする。

空中に橋を渡していたり、広場すらこさえてみせたものも少なくない。そんなビル群の周りには小さな建物がくっついていて、目的地への道順を少々ややこしくしている。

だがここですら、この星で最も大きな街ではないという―――星の中枢たるサージァ・カピタルの成長はすさまじく、遠からず脳を強化するインプラントをやらなければ暮らしていけなくなるだろうと、今回会いに行く人がやや冗談交じりに言っていた。


若かりし日のモーク・トレックは、経済ジャングルが少しまばらになる辺りを目指して歩いていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

エレベーターが上昇していき、あのビル街を俯瞰できるほどの高さになったかと思うと、もう鈴が鳴ってドアが開いてしまう。

降りて向かった先のドアをノックし、名を告げる。招き入れられて中に入れば、会うことになっていた人がいた。スーツを着たサージァリアン―――二足歩行で体毛は薄く、黄色とピンクの中間の肌をもつ―――の中年の男性である。生え際は多少後退しているものの、無駄に肥えたりはしておらず、十二分な活力をもっている様子だった。

「こんにちはモークさん。来て頂けて光栄です。こちらに」

促され、モークは来客用のソファに腰かける。男性も反対側に座った。

「改めて自己紹介を……私はワスデイ・ムーヴと申します。白鈴公社の第五惑星開発部長をやらせて頂いております」

「よろしくお願いします」

互いに名刺を交換する。大きな手を持つオーゲリアンにとっては少々難しく、慣れない内は手こずらされたものだ。

「今日はわざわざご足労頂きありがとうございます」

「いえいえ」

言いつつ、モークは聴覚空間の片隅で静かな駆動音が鳴り出したのに気づき、眼球を動かした。それをワスデイは見逃さなかったのか、

「今、ドローンにお茶を淹れさせるんですよ」

「ドローン……? ハハ、オーゲルだとなかなか、そういうものは見られませんでしたな……」

実際、それもモークが子供の頃の話である。

このサージァをも上回る力を持った巨大国家エオデムが、ジャンプ技術を搭載した船団でプラゾア太陽系を訪問したのが、モークが産まれる十数年ほど前のことだった。いくらかのいざこざを乗り越え、彼らは技術と文化をオーゲルに伝えた。オーゲリアンたちは与えられたものを吸収し、飛躍の時代を迎えたのだった。

その興奮の中で育ったモークが宇宙探検家になろうとしたのも、別に不思議なことではなかった。


「さて……」

そろそろ仕事の話になるようだ。ワスデイが持っていたリモコンを操作すると、部屋の灯りが少し弱まり、テーブル中央に置かれた円形の土台が三次元映像を映し出した。丸い、緑に覆われた星の姿がそこにあった。『パルゴ』と文字が添えられ、次いで細々とした惑星のパラメータ類が飛び出してきた。

「これが、今回僕に調査をして頂きたいという……?」

「はい。このパルゴはもともと資源惑星として注目されていた星なのですが、空撮で遺跡が確認されたのですよ」

ワスデイはまたリモコンのボタンを押す。映像に変化が生じ、深い森のど真ん中で六角形の柱が六つ突き出している写真が出てきた。見た所、道らしきものはない。

「我々もドローンを送り込んで、開口部を見つけたのですが……入ろうとしたら押し返されてしまいまして。搭載したセンサーも原因を特定できませんでした」

「ふむ……?」

写真を見る。六本の柱は、特に何かを思わせるような配置はしていないが、わずかながら木の生え具合が違うところがある。これは完全な姿ではないのだろうか。

「私の勘、なんですが」

考え込もうとしていたモークにワスデイが告げる。

「精神世界の面からのアプローチが、必要かと」

彼はよっぽどドロイドのセンサーに自信があるらしいと、この時のモークは思ったものだった。

<その7>

精神と物質の二元論で世界を捉える試みについて、先史文明プラエクサがかなり本腰を入れて取り組んでいたということを、モークはよく知っている。

彼らは科学技術を発展させていく過程で、意識に関する難問にぶち当たったのだ―――今の自分たちがそうであるように。神経系が物質の組み合わせでしかないのなら、主観はどこからやってくるのか? その答えを、彼らはどうにかして得たらしいことが今ではわかっている。そればかりか、その遥か先にまで突き進んでいってしまったらしいことも。おかげで彼らの遺物は、現代の文明ではおよそ理解しがたいものとなってしまっていた。

例えば、プラエクサに関する調査の初期に発見されたある偶像は紆余曲折を経てエオデムの名門アカデミーのものとなり、担当者は正式な置き場所が決まるまでの間、不透明なケースの中で保管しておくことにした。ところがその後、彼は警備員からこの偶像がキャンパスの高い窓辺に放置されていたとの報告を受けた。次いで現れた老教官は、大講堂の教壇の下にこいつがあり、危うく蹴飛ばすところだったと語った。またある者は食堂に設置された巨大モニターの上に偶像の姿を見たし、トイレの蓋をあけたらこいつが中から顔を出しており一旦閉めてもう一度開くと消えていた、などと話す輩もいた。不思議な報せがくる度に担当者はケースを開けてみたし、後に内部に小型カメラも取りつけたのだが、いつでも偶像はきちんとケースの中にあった。結局この偶像は史料館に居場所を用意してもらうまでの間多くの学生と教員たちの視界を渡り歩き、人々はそこに何の法則も見いだせなかったのだった。

こういったものをいくつも触ってきたモークは、自然科学とオカルトの板挟みに苦しめられた。それは両方の信奉者が味方になり、敵にもなるということだけではない―――モークは、学会に出す論文を書いているうちに幾度となく疑心にかられた。プラエクサの正体を追う内、少しずつモノの見方が変わってきてしまっている自分に気づきもした。

自分はいずれ、もはやまともな世界に戻ってくることはできなくなってしまうのではないか。いやいやまともかどうかというのは思考停止に過ぎない、プラエクサの遺した物は間違いなく現実に存在していて、ということは世界の理の中にあるはずだ。でも、それでも……

葛藤しつつも、モークは冒険家をやめることはできなかった。不思議なものを見つける楽しみを手放すわけにはいかない。それが世の中にいかなる影響をもたらそうとも。そう思うくらいには、若かりし日の彼は利己的だったのだ。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

惑星パルゴの台地に、簡素な宇宙港が造られていた。そこに、青い鳥のような姿の船が降りていく―――モークのブルー・バード号であった。

周りには輸送船もいくつか停泊しており、作業員たちが忙しく動き回っていた。中にはパワード・スーツを着込み、大型スタンガンで武装した者もいる。好戦的な生物がいるのかもしれない―――それが、意思疎通がまったく期待できないような相手かどうかはまだわからないが。モークもボディーガードをつけるよう勧められたが、断った。荒事ができないわけではないし、未知の世界へと踏み込むに際して余計な気を使うのも好きではなかった。

崖の上から、下界を見下ろす。どこまでも広がる森と、それをいくらかに区分けする川。モークは翼を広げ、宙に滑り出した。


数日に渡る密林の旅の末、果たしてモークはワスデイから聞かされた六本柱の遺跡を見つけた。柱の表面はつるつるとした淡い緑色で、何も描かれていない。

ドローンが見つけた開口部の位置については、既に教わっている。柱の上の方に、人が一人潜り込めるくらいの穴があるのだ。しかし登っていこうにも手がかりがない。どこか高台でもあればそこから飛んでいくこともできたろうが、周りの木はいずれも柱よりかは低い。だがともかく、頑丈な枝の上にモークは登った。

柱の開口部を目がけ、不導体で覆ったかぎ縄を放り投げる。ぐるぐると回して勢いをつけ……ヒュッ! 飛翔したかぎは、きれいに開口部の中へと飛び込む。ワスデイのドローンが原因不明の抵抗にあった穴へ。彼が早計だったかそうでないか、すぐわかる―――果たしてかぎは、グッと穴の内側に少しだけ踏み込んでから、跳ね返された。ロープにかかった力は、モークの手を通じて拒絶の意志を伝えた。ロープそれ自体が示すのに比べ、明らかに饒舌に。電磁力がもたらすものでない斥力で、それは排除されたのだ。

モークは次に、ワスデイの所で見た映像で、木の生え具合が異なる部分がいくらかあったことに着目した。その一つに向かうと、木々に混じって何かの土台をへし折ったような跡が見られた。他にもそんなものがあったので、順々に地図に記録していく。最後に元々あった柱のマークと合わせて線を結んでいくと、ある図形が現れた。

モークにとって、親しみのある形だった。

「ふぅむ。プラエクサの文字ですよ……やはり、これは……」

モークがつぶやいたその時、柱の開口部の中から赤い光が覗いた。

横並びに、ふたつ。

<その8>

モーク・トレックは灰色のコードのようなもので締め上げられ、暗く細長い部屋に吊り下げられていた。床は、暗くて見えない。落ちたら死ぬくらいには高いのか、そうでもないのかはわからない。


「参りましたな……」

思わずつぶやき、すぐに口を閉じる。何しろここにいるのは自分だけではない―――上から、緊張と警戒をはらんだ視線がくるのを、今も感じる。

銅の色をして細い四肢をもった、猿か何かに似た者が、赤い視線を投げかけてきている。ここに来たときと、同じように。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

プラエクサの文字が意味するところを考えようとしていたモークをつかまえた彼らは、あまりにも無機質だった。生物を模してはいるようだが、そのものではないのだ。ワスデイの考えるところが正しいなら、あの柱の穴は、適切な精神を持つ生命体でなくては抜けられないわけなのだが。

あるいは、そんな大げさな話じゃなくて、そもそも彼らとその荷物だけを通すようにできていたのだろうか。


いずれにせよ、ここで吊られている限りは謎は解けないし、それ以前に命も危うい。

言葉が通じないか一応試してはみたのだが無駄だったし、ボディランゲージに頼ろうにも縛られていては不可能だ。向こうはこれからどうしようというのだろう。このまま意思疎通できず、干からびるまで放置されるか。あるいは、食糧/実験/はたまた嗜好目的で、身体をバラバラにでもするつもりなのだろうか。

相手はプラエクサの遺跡に住んでいる連中なのだから、せめてプラエクサの、何か―――


一つ思いついたモークは、上の彼らが一旦その場を離れるのを待ち、身体を大きく振り子のように揺らし始めた。それで壁に近づいたら、足を延ばし、ブーツからはみ出る爪を突き立て、首との境がはっきりしない頭をひねってコードに噛みつきかかる。オーゲリアンの長い牙が、ここで役に立った。何とかコードをちぎり、馬鹿力で左腕を抜く。それで背中にかけたバックパックを開き、中から青いノートを一冊取り出した。

「ええと、ンとッ」

連中が戻ってくるのは見越しているが、今しばらく待ってほしかった。慌て気味に、一度取り落としそうになりながらもノートの表紙をめくる。書かれていたのはプラエクサの文字である。知り合いの言語学者と協力して、意味が推測できる言葉を少しずつ見つけ出していく、その苦闘の記録がそこにあった。けれどこれだけで文章が書けるものでもない―――文法だってまだろくにわかっちゃいないのだから。

「……そうだ、これで!」

呟いて、壁に爪を立てる。目立つ引っかき跡をつけられるくらいには硬い。だがその音で、先ほどのやせっぽちを呼び寄せてしまう。タ、タ、タタッ。細い脚が鋭い音を立て、近づいてくる―――紅の双眸が再びモークを見据えた時、既に作業は終わっていた。バックパックから今度は懐中電灯を取り出し、モークは自らの意思を示した。

壁に刻まれた文字が、照らされた―――いつかモークは、高貴なプラエクサの人間二人が手を取り合う姿が描かれた板を見つけたことがある。その下に大きく刻まれていた文字列が、これだ。多分、『平和』だの『友好』だのといった意味であるはずだ。知人たちもそう言ってくれた。

が、文字列を見た猿モドキは、和解をしようとするでもなく、ぶるりと震え、走り去っていってしまった。

「……ハレ?」

仲間でも呼ばれたのか、と思ったが、いつまで経っても彼は戻ってこなかった。モークは仕方なく、己の右腕を縛るコードをも切り落とし、自力でこの筒状の部屋を脱出した。


モークが、あの板は一族総出での徹底抗戦の取り決めを表していたのだと知ったのは、冒険家をやめる少し前のことだった。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

一つの冒険を思い出していたモークの下に、連絡が入った。

かつての開拓より先のエリアに行ってほしいという。


言われなくとも、元よりそのつもりである。


静かな田園地帯の中で、彼は静かに好奇心を燃やしていた。

<その9>

出発地点から、上に三十。そこに目的の場所はあった。

既に全行程の三分の一に達しつつあるとはいえ、まだまだ遠い。これからも長い旅となるだろうが、モークにしてみればむしろ楽しみが増えるというものだ。

それに、着くまでにやることもある。

いくらか他の探索者の依頼を受けたモークは、この星の第九のラインをさ迷い歩くこととなったのだ。

依頼のリストを見てみたが、皆色々と考えているものだった。何かを探し求めていたり、あるいは単に会って話をするようなものだったりもする。

どれも、きっと、大切な願いである。自分自身も誰かに願った。その代わりというわけでもないが、叶えられるものは叶えてやりたいものだ。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

モークは自分が昨日までいた場所に、誰かが宿屋を開いたという話を耳にした。まったく、たくましいものである。しかもそこはどこか現実離れした花園だった……決して悪い所ではないのだが、おかしな場所だった。モークはそこで一輪の花に触れ、彼の触覚は花びらのもたらす儚い刺激を、確かに受けたようだった。だが、目に映る世界はまるで変化していないのだ。また花に触れると、今度は指がすり抜けてしまい―――代わりに、後頭部にかすかなくすぐったさを覚えた。後ろを振り向くが、何もいない。

知的生命体は、無意識のうちに環境に対し、自らの物差しで予測をするという。それが裏切られた時になって初めて、物差しを修正してみる……あるいは、頑なに変わろうとしない者も少なくはないのだが。しかしこんな場所では、物差しなど役に立たない。気まぐれにひん曲がったり跳ねまわったりする線の長さを、どうにか測ってみせろと言われているようなものだ―――それはストレスでもありうるし、面白さでもありうる。が、冒険でエネルギーを出し切った体にとっては、どちらもありがたいものではない。

そんな場所に宿を建てた意図はなんなのだろう。ここからでは、想像することしかできない。


想像しているうちに、夜が来た。

<その10>

人に妻のことを話す機会があったからか、モークは彼女のことを夢に見た。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

四十代に差し掛かろうとしていた頃のモークは、既にプラゾア太陽系の外でも広く知られる存在になりつつあった。

プラエクサに関する調査は相変わらず続けていたのだが、それ以外にも色々な探検の依頼を受けるようになった。最近では、砂の惑星ドウで王族から頼みを受け、彼らの先祖から伝えられたという遺跡の謎を解き明かし、勲章をいただいたりもした。どちらかといえば、現地の子供たちが口々に探検家になると言ってくれたことの方が、モークにとってはうれしかったのだけれど。

満ち足りた日々ではあったのだが、それでもこの頃になると、たまに老後のことを考えたりもした。金ならばあるし、これから稼いでゆける見込みもある―――探検家を辞めた後は、数々の大冒険を印税に変えていく日々が続くだろう。けれど精神面はどうか。いつか『冒険家モーク・トレック』でなくなる時が来たとしても、身を持ち崩してしまいたくはない。だけど、そうならないとは言い切れない。年を取って飛ぶことをやめた鳥は、鳥のままでいられるか。

そんなある日、モークは愛機ブルー・バード号を整備してもらうべく、スペースコロニー・アオイ300を目指して航行していた。さきのドウでの探索の後、砂のせいかエンジンの調子が悪くなってしまっていたのだ。

自転車の車輪と、そのど真ん中にひどくくびれた双曲面のチューブを通したような姿をしたアオイ300の姿はまだとても遠い。このままエンジンに負荷をかけないように行くのなら、一眠りしてしまってもよさそうだった。

それでオートパイロットを起動しようとしたところで、モークは遠くの方で弾ける閃光を捉えた。金属が光を反射しているわけではない。スパークのようだ。カメラをズームして見てみると、それは卵のような形の塊から起きているらしかった。

もしかしたら誰かの宇宙船なのかもしれないと、モークは思った。装備に不備がある船だと、デブリや隕石がぶつかって傷ついてしまうことがあるのだ。モーリスと相談した上で、少しだけエンジンに頑張ってもらって塊に接近をする。


それがいけなかったんだなと思ったのは、この一分後のモーク・トレックである。


塊の割れ目から蛇のようなものが何筋か飛び出したのに気づいた時には遅かった。距離を取ろうと操縦桿を握るが、エンジンが働いてくれない。たちまち穴という穴から中に入りこまれ、セキュリティが次々と無力化されていき、ブルー・バード号の搭乗ドアもこじ開けられた。

金属の仮面をつけたいかつい男たちがどたどたと駆け込み、モークの頭に銃を突き付け、かと思えばもう両手と両足とを縛られていた。

☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆

手軽に宇宙を旅することができるようになれば、そこで悪さをする連中も現れる。

彼らはいわゆる宇宙海賊で、以前からモークに目をつけていたらしい。ドウの探索で船がダメージを負ったのも、アオイ300に行きつけの整備店があるのもわかっていたようだ。

暗い牢屋の中で、モークは遠くからくる馬鹿笑いのアンサンブルを聞かされていた……望みがかなって、酒盛りでもしているのだろうか。こうも下卑た連中にあっさりと捕まってしまったわけであるが、悔しがっていても仕方がない。

どうしたものか。考え込んでいるうちに、モークは誰かのすすり泣く声を耳にした。

壁の向こうからのようだ。