下記の通り、第54回研究例会が開催されましたのでご報告いたします。
第54回研究例会
日時:2024年12月22日(日)14: 30 - 18 :40
場所: ハイフレックス開催
立教大学池袋キャンパス 14号館 D402教室およびZoom
【 プログラム 】
14 : 30:開会挨拶 澤田直(代表理事)
新入会員挨拶(ここ1年間の新規加入者6名より)
第1部 研究発表
14 : 44 - 15 : 47 関 大聡(日本学術振興会/立教大学)
ソルボンヌ大学提出博士論文「「Idées de la littérature chez Jean-Paul Sartre : des tensions sans système ?」
(ジャン=ポール・サルトルにおける文学の理念――体系なき緊張?)」の概要と論点
鈴木道彦氏の著書『サルトルの文学』(初版1963年)が、日本におけるサルトル文学の導入に果たした(今後も果たす)役割はあまりに大きい。三四歳の著者によって書かれた同書を再読するとき、それよりわずかに年長になった私が提出した博士論文は、そこから何か一歩でも先に進めたのだろうか、と自問せざるを得ない。むしろ、『嘔吐』をサルトルの文学的出発点と見定める鈴木氏に対して、私の研究はそれ以前の初期著作に遡ることから始まるものであるから、退歩しているとさえ言えるかもしれない。
ただ、幼少期以来のサルトルの文学理念の形成を扱おうとした本研究では、同時代(両大戦に挟まれた戦間期と呼ばれる時代)における数多の文学論争にサルトルを位置づけるだけでなく、18世紀末以降の〈文学〉理念の絶対化という展望を背景に、戦後のサルトルのアンガジュマン文学の理念に至る歩みを辿ることで、(鈴木氏が希求された)サルトルの「理解」を試みようとしたことは確かだ。
若きサルトルの著作は豊かである。そこには迷いや躊躇い、複数の理念のあいだでの往きと復りがあって、彼の著作に一種の「緊張」を与えている。その「あいだ」に脆い均衡を保とうとするサルトルの綱渡りは、しかも、戦間期(l’entre-deux-guerres)という「あいだ」の時代の緊張感を反映するものだったのではないか。そのような考えの下でサルトルの諸著作を読解していった。
質疑では、自伝である『言葉』を冒頭第一章に置くことで読解に偏りが与えられてしまっていないかという指摘や、小説『自由への道』や演劇作品を重点的に扱わない理由について疑問が寄せられた。ある程度は自覚的に引き受けた選択であるが、完全に正当化できるものでないのは確かで、重く受け止めたい。また、ここで提示されたサルトル像が、鈴木氏が鮮やかに示したサルトル像や、現代においてサルトルを主体的に読むという歴史意識と乖離しているのではないかという指摘もいただいた。これもやはり正面から受け止めるべき問いかけであるが、これについては、戦後のアンガジュマンを、本研究のように戦前からの連続性において考えるよりも、戦後を出発点とすることで再検討されるべきことと思う。今後の研究では戦後の著作も扱いたいと願っているので、今回うまく応えられなかった問いに対しても応答していければと思う。最後に、応答時間が超過したにもかかわらず見守ってくださった司会の竹本研史氏に感謝したい。(関 大聡)
15 : 47 - 16 : 22 司会者によるコメントと他の参加者も含めた質疑応答
司会・コメント:竹本研史(法政大学)
本報告は、2024年3月下旬にソルボンヌ大学で口頭試問が行われた関大聡氏の博士論文について、ご本人がその概要と論点を説明したものである。関氏の博士論文の意義は、サルトルの初期文学作品を20世紀前半のフランス文学史上にマッピングしたこと、サルトルの文学的方法論を二項の「緊張」と二項の往還による「均衡」に求めたことなどに求められるだろう。
本例会で関氏はまず、亡き鈴木 道彦氏へのオマージュとして、鈴木氏による「日本の現実と歴史を考えるためにサルトルを読むという姿勢」がいかに自身に影響を与えたかを語り、次に本人によって、基盤となった研究の理論的な背景、研究の内容や、研究の成果と難点などが述べられた。その後、質疑応答に移ったが、そこで出た論点については関氏本人のご報告に譲ることにする。
関氏は、世界のサルトル研究者たちとの交流も深く、現在の日本のサルトル研究を牽引する1人でもある。今後ますますの活躍を期待したい。(竹本研史)
第2部 ワークショップ「サルトルとイスラエル・パレスチナ紛争」
16 : 32 - 17 :57 発表
澤田直(立教大学)「植民地的思考とイスラエル・パレスチナ」
本発表では、サルトルとイスラエル・パレスチナ問題の関わりを扱った。(1)伝記的・書誌的情報から時系列に沿って概観したのち、(2)Les Temps Modernes誌(以下、TM)の1967年の特集号、および前後のサルトルの発言を確認、(3)それらの発言が、サルトル自身の植民地主義に関する思考と矛盾していることを指摘した。
サルトルが『ユダヤ人問題に関する考察』を発表した1946年から、亡くなる1980年までのおよそ35年間でピークとなるのは、サルトルとボーヴォワールがエジプトとイスラエルを訪問し、TMが『アラブ・イスラエル特集号』を刊行した1967年。だが、1950年代から60年代半ばまで、パレスチナ問題に関してほとんど発言していない。1972年のミュンヘンオリンピック事件の際には弱者の権利としてのテロを擁護。1978年2月、アルレット、ベニー・レヴィとエルサレムに赴き、イスラエル、パレスチナ双方の知識人と面談。1979年3月14日、『現代』誌の主催でイスラエル=パレスチナ問題シンポジウムを開催、その内容は同年9月発行のTM N° 398に公開されたが、内容は精彩を欠く。
それに対して、1967年6月5日、第三次中東戦争勃発の日に刊行された特集号は全991ページ。サルトルの「真理のために」、ランズマンの「序」に続くのが、マキシム・ロダンソンの「イスラエル、植民地的事実」である点は注目に値する。だが、サルトル本人は、一貫してイスラエルの植民地的性格を否認。アラブとイスラエルの両者に共感を示しながらも、その間で引き裂かれている態度はサルトルらしからぬものである。その理由についは、多角的に分析される必要があり、今後の課題としたい。(澤田直)
堀田新五郎(奈良県立大学)「存在の一元化への抵抗 ―― 負の連鎖を断つために」
2024年12月22日開催のサルトル学会研究例会「ワークショップ:サルトルとイスラエル・パレスチナ紛争」において、筆者は「存在の一元化への抵抗 ―― 負の連鎖を断つために」というタイトルで報告を行った。この紛争の専門家ではなく、またサルトルからも遠ざかっていた筆者としては、シンプルに紛争終結の条件をサルトル思想の基本テーゼから考察するという立場をとった。以下、その要約を記す。
まず、この紛争の特性を3つ示した。①終わらないこと、②懸念通りに悲劇が進行すること、③敵対者が相似することである。「怪物と戦う者は、自らも怪物とならないよう用心せよ」とニーチェは警告したが、その言葉通り、イスラエルがたとえハマスの撲滅に成功したとしても、それが国家テロ(怪物)による勝利である限り、いずれまたイスラム原理主義過激派(怪物)のテロは回帰するだろう。戦いは続き、人間の勝利は終に来ない。では、この紛争を終結させる条件とは何か? 戦いの外に出ること=撤退は、いかにして可能なのか? あるいは、「怪物」を落とす作法とは? こうした問いをサルトルとともに思考するとき、浮上してくるのは「存在の一元化への批判」である。たとえば「自己欺瞞」とは、自己の地位や役割への埋没であり、己を本質規定することで安心立命を得るあり方を示している。これを批判しつつサルトルは、人間の存在論的条件が、何らかの意味へと回収不可能であること、「余計者」であることを看破した。ならば我々は、ともすればネガティヴに捉えられるこの「余計者」に、積極的な意義を見いだすべきではなかろうか。というのも、それこそが「怪物」を落とすカギだからである。「ユダヤの大義」「アラブの大義」、いずれテロリストは「大義」へと己の存在理由を一元化して行動しよう。ならば、「存在の実相=余計者=マヌケ(意味秩序にキッチリ嵌らず間が抜けること)」は、「大義」の謹厳実直を落とす力とはならないだろうか。既存の意味秩序を脱落させること、怪物を落とすこと、サルトルの思想と紛争を結びつけるとき、本報告が提起したい可能性はそこにある。(堀田新五郎)
南コニー(金沢大学)「サルトルと市民的抵抗」
ハーバード大学のエリカ・チェノウェス教授はその著『市民的抵抗:非暴力が世界を変える』で、1900年から2019年の間、非暴力革命が50%以上成功した一方で、暴力革命は26%の成功にとどまったことを統計学的に示しつつ、「ある国の人口の3.5%が非暴力で立ち上がれば社会は変わる」と説いた。ところが、この10年に限って言うなら、非暴力抵抗の成功率は下落傾向にあり、社会変革運動はデモや抗議が中心となっている。
2023年10月7日のハマスによる急襲後、イスラエルによるガザ地区への侵攻が始まったが、一般市民を巻き込んだ包囲に対する反発は大きく、パリのレピュブリック広場では、パレスチナへの連帯を訴える集会が開かれた。当時、仏政府は親イスラエルのデモを認める一方で、親パレスチナのデモについては、「公共の秩序を乱す恐れがある」として全面的に禁止したばかりでなく、違反者には罰金も科した。だが、それでもなおパレスチナと連帯する市民的抵抗は決行された。
フランスには「抵抗権」が存在する。人権宣言の第2条には、「人間は自由かつ権利をもって生まれ、生まれてからもそれを保有する。また、人間の権利は平等である。これらの権利は、自由、所有権、安全、そして余暇および圧政への抵抗である」と明確に記されている。サルトルは、世界を記述することに満足することなく、事の渦中に身を投じ、世界を変革しようとする人々の仲間になることの重要性を訴えた。サルトルはイスラエル・アラブ問題に関してはアンビバレントな位置にいたとされているが、これは双方の対話の可能性を模索し、解決困難な問題の仲介役を引き受けるという不可能な試みに由来すると考えられる。本発表では、現在の世界の状況を念頭に、市民的抵抗及びイスラエル・アラブ問題についてサルトルがどのような見解を抱いていたのか、『反逆は正しい』に収録されたインタビューを中心に考察した。(南コニー)
17 : 58 - 18 : 30 質疑応答と討論
司会:森功次(大妻女子大学)
本ワークショップは、激化しているイスラエル・パレスチナ間の紛争を受けての企画である。
まず澤田氏が「現在の状況について何らかの教訓を引き出すことを狙いとはしない」「サルトルがユダヤ人とパレスチナとの微妙な問題にどのように対峙したかを可能な限り客観的に記述する」という方針で、サルトルの動向を詳しく紹介された。
次に堀田氏は、紛争が泥沼化している現状を哲学的に考察し、サルトルの「余計者de trop」という観点から、両陣営が掲げている「大義」を脱落させていくことができないか、と提案された。
最後となる南氏は、『反逆は正しい』のほか近年の文献も多数用いながら、市民的抵抗についてのサルトルの立場と、それがアラブ諸国にどう受け止められたかを紹介された(個人的には、アラブ諸国で一時実存主義ブームが起き、その後、サルトルへの失望とともにそのブームが終焉していった、という流れの話は、非常に興味深いものであった)。
その後の質疑も盛り上がったが、その中で見えてきたのは、この問題を巡ってはまだ紹介されていない記事・文献が多数ある、ということである(とりわけアラブ系のメディアに掲載されたインタビューなど)。その意味で本ワークショップは、このテーマに関して研究の余地が大いにあることを示す、実り豊かなものであった。(森功次)
18 :30-18 :40 近況報告・情報交換会 19:00 - 20:30 懇親会
本学会後援のもとで、以下のワークショップが開催されます。奮ってご参加ください。
「フランス思想におけるイスラエル/パレスチナ」
2025年2月23日(日)17:00-20:30 Zoomにてオンライン開催
要登録:https://zoom.us/meeting/register/0HBd7C17Th2bxOWndRNrkA
企画運営:渡名喜庸哲・長坂真澄・西山雄二
後援:日仏哲学会、脱構築研究会、レヴィナス協会、日本サルトル学会
・サルトル 関大聡
・カミュ 渡辺惟央
・ドゥルーズ:廣瀬純
・レヴィナス:馬場智一
・リクール:長坂真澄
・デリダ:西山雄二
・アブデルケビール・ハティビ:鵜飼哲
・シャマユー:渡名喜庸哲
総括コメント:早尾貴紀
当学会ウェブサイト日本サルトル学会AJES - お知らせでもご案内しています。
論文
長門 裕介「自己実現をめぐるいくらかの補足:カヴェル、サルトル、カント」 豊田工業大学ディスカッション・ペーパー 34 (0), 39-47, 2024-10-01
上村聡史「サルトルの文学性、現代演劇はどう向き合うべきか。 : 『アルトナの幽閉者』を通して」 悲劇喜劇 77 (6), 35-37, 2024-11
・日本サルトル学会では、研究発表・ワークショップ企画を随時募集しています。発表をご希望の方は、下記のメールアドレスにご連絡下さい。なお例会は例年7月と12月に開催しています。
・学会誌『サルトル研究 エレウテリア』第3号の掲載論文を募集いたします。原稿の締切は2025年5月末、刊行は11月の予定です。「論文」「研究ノート」「書評」「翻訳」のカテゴリーがあります。執筆要領・審査規程・原稿用フォーマットは、サルトル学会ホームページに掲載されておりますのでそちらをご参照ください。
・サルトル関連文献には漏れもあるかと思います。ご自身で新たに発表された論文や著書などがあればお知らせいただけるとありがたいです。
・会報が住所違いで返送されてくるケースが見受けられます。会員の方で住所、メールアドレスが変更になった方は、学会事務局までご連絡ください。なお、会報はメールでもお送りしています。会報の郵送停止を希望される方は、事務局までご連絡ください。
日本サルトル学会 AJES Association Japonaise d’Etudes Sartriennes
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1 澤田研究室 Tel : 03-3985-4790
c/o Sawada, Rikkyo University, 3-34-1 Nishiikebukuro Toshima-ku, Tokyo, 171-8501
E-Mail : ajes.office@gmail.com
Website : https://sites.google.com/view/ajes1905/
*2025年4月より、事務局が以下のように変更になります。
メールアドレスとウェブサイトの変更はありません。
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1 法政大学人間環境学部 竹本研史研究室
c/o Kenji TAKEMOTO, Hosei University, 2-17-1, Fujimi, Chiyoda-ku, Tokyo, 102-8160, JAPAN