日本サルトル学会会報 第26 2010年 3

Bulletin de l'Association Japonaise d’Etudes Sartriennes N°26 mars 2010

日本サルトル学会会報              第26号 2010年 3月



研究例会の報告


 第24回研究例会が以下の通り開催されましたのでご報告申し上げます。



ワークショップ「Cahiers pour une morale を読む」 第二回

── 多様な読みの可能性を探る ──


日時:2009年12月5日(土曜日)14:00 ~ 17:30

場所:関西学院大学 梅田キャンパス 1005室

司会:生方淳子(国士舘大学)

パネリスト:

合田正人(明治大学)、谷口佳津宏(南山大学)、翠川博之(東北大学)、 森功次(東京大学大学院)


発表要旨および討論 (敬称略):

遺稿 Cahiers を読むワークショップは2007年7月の例会において第1回が開かれたが、今回は第2回としてそれを継ぐ形をとり、「多様な読みの可能性を探る」というテーマのもとに4人のパネリストを招いて実施された。

まず、司会の生方から日本およびフランス語圏、英語圏での先行研究について言及があり、その中で特に目立つ読み方について簡単な報告がなされた。また、Cahiers が2008年にフランスでバカロレアのテーマとして出題されたことや2009年夏に朝日カルチャーセンターにて取り上げられたことなど、若干の話題も紹介された。さらに、邦題が定まっておらず、複数の呼び方がなされている事実について、「道徳」という日本語のコノテーションの問題やカント、ヘーゲルにおける「道徳」と「倫理」の区別の問題、さらには清水幾太郎の著書名なども考慮すると統一は難しい、との見方が示された。


最初に発言した翠川は、10月9日に東北大学にて『サルトルのモラル論 ― 人間・他者・歴史をめぐって』と題するシンポジウムを主催しており、今回のワークショップとテーマが重なることから、このシンポジウムの登壇者4人の発表内容についてまず報告した。『自由への道』における「男/女」の二項対立を越えて真に自由な「人間」の哲学をいかに読みとりうるかを論じた澤田直、Cahiersから「祈り」に関する断片を抽出し、存在の救済の可能性という点で積極的な解釈を見出そうとした竹本研史、Cahiers に登場する「具体的倫理」が『弁証法的理性批判』へといかに発展していくかを描き出し、サルトルにおける「具体的なもの」の哲学と英米の経験論とをつなぐものを提示した水野浩二、そして、戯曲『墓場なき死者』と『アルトナの幽閉者』を取り上げ、自由の実現を目指す行為主体間の相克がモラルの構築を阻むゆえに自由が「遊戯的関係」ないし「遊戯的対話」という演劇モデルにおいてのみ可能であることを示した翠川博之、この4人の発表である。

これを受けて翠川は、「歴史の行動主体としての能動的主体」と「祈りにおける受動的主体」という一見相反する主体概念をどのように受容すればよいかという問題を提起した。戯曲『墓場なき死者』における受動的主体リュシーと能動的主体カノリスの行動決定の論理は Cahiers における「有効な行動の論理」logique de l’action effective と照らし合わせるならば、主体概念がはらむ受動性と能動性という地と図のゲシュタルトとして解読できる。これに加えて、『存在と無』や1949年の講演『フランス文化の擁護』をも視野に入れつつ、Cahiers をサルトル思想の流れの中の一断層としてではなく、一見矛盾する主体概念が図と地のように配置されたひとつの「プラン」して読むことが提唱された。


続いて、森功次は、『サルトルの創造論について』と題し、専門の美学芸術学の視点から、 サルトル思想において美学と倫理学をつなぐひとつの結節点としてCahiers の「創造」 création の概念に注目した。「作品」œuvreがいかに自分と他者をつなぐか、他者関係を構築する作品とはどのように生み出されるか、という問いが提出され、そのもとにテクストに沿って仔細な分析が加えられた。これによれば、人間による創造は、必要性に駆られてなされる「技師による創造」と「望ましさとしての世界」を提示する「芸術家による創作」に分けられる。Cahiers では、これらの人間による創造が投企 projet として、『存在と無』における投企概念を越えて提示され、創造の投企への回心が目指される。すなわち、投企が対自存在の欠如補完にとどまらず、他者を巻き込み、自由なコミュニケーションという他者関係の構築へと結びつく。この点に、サルトルのモラル論の重要な変化が見てとれる。さらに、この他者関係においては自己の自由を主体的に失うことまでが générosité として肯定的に捉えられる点で、自由から自由への呼びかけを説く『文学とは何か』の先を行く芸術論をここに見出すことができる。以上の読解の上に立って、『聖ジュネ』とのつながり及び「個別的普遍」概念への発展へと新たな問いが投げかけられた。


次の谷口佳津宏の発表では、存在と所有と行為というテーマをめぐって、『存在と無』と Cahiers の間の異同が綿密に論じられた。それによれば、『存在と無』の第4部「もつ、ある、なす」Avoir, faire et êtreでは、ハイデガー存在論の不備を補う形で「行為すること」agir という主題が登場したが、「なす」が「ある」に還元されるのか、その逆か、また「もつ」が「ある」へと還元されうるのか、という点で記述の内部に齟齬がある。さらに「もつ、なす、ある」の主題系に不用意に欲望の主題系が重ねられたために、「ある」への根本的欲望が「もつ」、「なす」への経験的欲望と同一レベルで論じられるという混乱が生じている。こうした錯綜にもかかわらず、サルトルの意図は「なす」と「もつ」を「ある」に還元可能とみなす事であり、それは共犯的反省によってなされる非本来的人間のあり方であるがゆえに、『存在と無』は「欺瞞の形相学」となる。それに対し、Cahiers では、「なす」が「ある」に還元されず、「ある」への投企ではなく「なす」への投企こそが有効とみなされる。さらに、行為は単なる「なす」ではなく、具体的状況の中での行動である。その意味で谷口は、Cahiers において創造の投企への回心という積極的な立言がなされていると評価し、この著作を「 authenticité の形相学」と呼ぶ。


最後に発表した合田正人は、『離散または群島の明日』というタイトルの下に、サルトルをスピノザと対峙させ、道徳と暴力について論じた。まず、青年時代のサルトルがスピノザになりたいと願い、ニザンとともにスピノザ的救済を求めた、という伝記的証言を「真に受けてみる」ことから始め、スピノザのいう自己保存の conatus (努力)がなぜ、サルトルが「不可能だが不可欠」なものと規定した「倫理学」とつながるのかが問われた。『エゴの超越』では、「非人称的意識」が逆説的にもスピノザ的「実体」に比され、『存在と無』では、「実存的精神分析」の何たるかが、スピノザにおける「実体」substanceと「様態」modesとの関係、すなわち「表出」expressionとして捉えられているのだが、Cahiersになると、スピノザの理論は「流出」émanationとして捉え直され、また、「実体」が「様態」を吸収してしまうという「表出」とはいわば逆向きの動きが強調されることになる。発表では、スピノザとの連関という点でこうしたサルトル思想の展開が辿られるとともに、「離散」(ディアスポラ)ならびに「群島」(アルシペル)というサルトルのキーワードを手がかりに、Cahiersをひとつのシステム論の試みとして読解することが提唱された。その際、同著の「歴史」解釈が、すべての集合の集合はあるのか、そしてそれはいかなるものかというスピノザ的でもあればカントール的でもある問いを前提としていることが指摘された。続いて、同著における「暴力」の諸相が列挙され、最後に、サルトルはスピノザから離反したように見えるが、『聖ジュネ』、『批判』、晩年の発言等を見ると、コナトゥス、個体、多数性、共通観念などが再考されており、そこから再びスピノザ的倫理とサルトル的道徳の親和性を見出しうることが示唆された。


以上、4つの発表は、それぞれ演劇、美学、存在論そしてスピノザという異なった軸を中心に論じられたものであり、そこから Cahiers の内包する変幻自在な主題系が浮かび上がった。見出されたのは、能動と受動のゲシュタルトであり、他者関係構築の芸術論であり、本来性の形相学であり、そしてディアスポラとアルシペルを統合するシステム論である。それらは、「行為」と「他者」という地点でかろうじて交差しつつ、この著作を織りなす試行的思考の重層性を改めて突き付ける形となった。


その後、会場も交えて活発な質疑応答と討論が行われ、祈りprièreと呼びかけ appel、道徳性と演劇性、暴力と非暴力、悪、疎外、過剰と稀少、鷹揚générosité と贈与 don、創造性における物質性、等々、多岐にわたる問題が縦横に論じられた。この著作については、今後また引き続き研究会にて取り上げられ、さらに読解が進展することを期待したい。


参加者は20人弱と決して多くなかったが、ワークショップらしく比較的ラフな雰囲気の中で、多方向に発言が交わされた点で成功であった。また、今後のサルトル研究を担っていく大学院生らが数名出席し、熱心に聞き入っていたことも特筆しておきたい。

                                                        (生方淳子)


シンポジウムのお知らせ


3月末に、実存思想協会の春の研究会において、今年没後三十年を迎えるジャン=ポール・サルトルをテーマにしたシンポジウム「サルトルと文学」が、本学会との共催でおこなわれます。また、それに先立ち、新進気鋭の3人の研究者による研究発表があります。ぜひみなさまご参加ください。


実存思想協会 2010年春の研究会


日時: 3月26日(金)午後1時から午後6時まで

会場: 青山学院大学 総研ビル11階 第19会議室


A. 個人研究発表(13:00~15:30)

1.赤塚 弘之 (東北大学大学院)   司会:鷲原 知弘(関西大学)

「初期ハイデガーにおける<歴史>と哲学の<歴史的な考察>の連関について」

2.福嶋 揚 (青山学院大学)     司会:茂 牧人(青山学院大学)

「カール・バルトの死生観―その神学的哲学的な射程」

3.島田 喜行 (同志社大学大学院)  司会:武内 大(東洋大学)

「フッサールの『倫理学入門 1920/24年夏学期講義』における快楽主義批判」


B.シンポジウム (15:45~17:45) 〔日本サルトル学会共催〕

テーマ「サルトルと文学」

提題1:石崎 晴己(青山学院大学教授)

   「スピノザにしてスタンダール──アマチュア哲学者となった作家志望青年」

提題2:澤田 直(立教大学教授)

「『独自=普遍』としての人間──哲学と文学をつなぐ概念」

   司会 :片山 洋之介

*控え室は、10階の第18会議室です。ご利用ください。ただし貴重品の管理はご自身でお願いいたします。




サルトル関連出版物



サルトル著 海老坂武・澤田直訳『自由への道 3』岩波文庫、2009年12月



発表公募のお知らせ



英国サルトル学会からの、発表の公募のお知らせを転載します。


CALL FOR PAPERS

UK SARTRE CONFERENCE 2010


This is a call for papers for the annual one-day conference of the UK Sartre Society (UKSS), which will be held at the Institut français (17 Queensberry Place, London: nearest tube: South Kensington) on Friday 24 September 2010.


We welcome papers (lasting about 30 minutes) on any aspect of Sartre's life or work: literature, theatre, cinema, philosophy, psychoanalysis, biography and autobiography, journalism and the media, politics, etc, as well as on comparative themes: Sartre in relation to his influences, contemporaries or successors.


Please send proposals for papers (one side of A4 maximum) by 31 May 2010 to the conference organisers:


Dr Benedict O'Donohoe, President of UKSS,

Deputy Director, Sussex Language Institute, University of Sussex, BN1 9SH

Email: b.o-donohoe@sussex.ac.uk


Dr Angela Kershaw, Secretary of UKSS,

Senior Lecturer, Department of French Studies, University of Birmingham, Edgbaston, Birmingham B15 2TT

Email: a.kershaw@bham.ac.uk


Sartre Studies International: an interdisciplinary journal of existentialism and contemporary culture is published twice yearly by Berghahn. Subscription to the journal - currently £35 per annum (£28 unwaged) - includes free membership of UKSS. To subscribe, email: journals@berghahnbooks.com.


For further details about Sartre Studies International or the UKSS, please contact Ben O'Donohoe or Angela Kershaw.


BPO'D, AMK, February 2010