日本サルトル学会会報 第8 2005年 5

Bulletin de l'Association Japonaise d'Etudes Sartriennes no.8 mai 2005


日 本 サ ル ト ル 学 会 会 報 第8号 05年 5月


第16回研究例会が下記のように開催されましたので、ご報告いたします。

日時:2004年11月27日(土曜日)14:45-17:50 

会場:青山学院大学 11号館 1144教室


「道の物語としての『自由への道』--サルトル『分別ざかり』の分析--」

発表者 竹内康史氏(筑波大学大学院博士課程)司会 鈴木正道氏(法政大学)


「二人のアントワーヌ…ニザンとサルトルの文学的アンガージュマン」

発表者 坂井由加里氏(電気通信大学非常勤講師)司会 鈴木道彦氏(獨協大学名誉教授)


懇親会 18:30


道の物語としての『自由への道』--サルトル『分別ざかり』の分析--

竹内康史

 サルトルの長編小説『自由への道』(1945-9)の先行研究の多くは、サルトルの哲学的命題である「自由」と、登場人物たちの生き方の「自由」とを比較する視点から、根源的選択としての「道」を検討してきた。本発表はこうした動向を踏まえたうえで、「他者」たちが闊歩する空間でもある「道」の側から、あらためて「自由」を検討し直すことを出発点とした。設定した手続きは2つあった。第一の手続きは、『嘔吐』(1938)以来のサルトルの文学作品における「道」の変遷をたどることであり、第二の手続きは、『自由への道』における「道」とサルトルの他の文学作品における「道」との相違点を明らかにすることである。

 第一の手続きにおいては3点を考察した。第一点は空間的、具体的な道であり、まさにこの道そのものを見ることに関心を注ぐサルトルの視点を確認した。第二点は時間的、抽象的な道であり、人生の進路としての道に対するサルトルの言及を指摘した。そして第三点は、空間的な道と時間的な道との中間段階にあるような道であり、この特異な道が『自由への道』において立ち現われていたことを取り上げた。つまり『自由への道』の登場人物たちは、ナチスによる占領によって一変してしまったパリの大通りを目にすることで、「戦争」に踏み出してしまった祖国がこれから歩む針路を思うのである。

 第二の手続きにおいては、まず、主として『分別ざかり』の冒頭部分に着目することで、そこにおいてアルコール、お金、法、年齢、戦争に関わる同時代の諸問題が浮き彫りになっていることを明らかにした。そのうえで、サルトルがこうした具体的な諸問題を通じて「自由」について考え、そこから「意識の自由」に関わる哲学的な思考を展開していったのではないかと論じた。

 第一、第二いずれの手続きにおいても、他者たちの棲まう具体的な次元から抽象的な次元へ向かおうとする、言わば「具体的普遍」を実践するかのようなサルトルの身振りを見ることができた。今後は、単に「道」と一括りにするだけでなく、「道」(chemin)や「通り」(rue)などの語を個々に分析することを通じて、議論を深めていきたい。


二人のアントワーヌ…ニザンとサルトルの文学的アンガージュマン

坂井由加里

サルトルとニザンの関係の重要性は夙に知られているが、この認知は一般に、サルトルのテクスト「アデン・アラビア序文」(1960)発表当時における二人の認証度の落差を反映して、旧友の名誉回復に努める庇護者サルトルという力関係の確認にとどまる傾向が著しい。しかし、ニザン生前時の1930年代、政治的文学的にサルトルよりはるかに早熟であったコミュニスト作家は、戦後のサルトルを思わせるような多忙多産な公的活動を展開し、「参加の文学」や「不可能なモラルの要請」等、戦後のサルトルのアンガジュマンに酷似した膨大な量のテクスト群を発表していた。

 したがって、二人の立場を逆転させ、ニザンがサルトルに及ぼした影響を解明すれば、サルトルのテクストに新たな読解の可能性を導くことができるかもしれない。例えばニザンは、有名なアデン滞在(1926-27)に先立つ十代の後半、リセの寄宿生仲間との政治集団「左翼連合」結成からアクシオン・フランセーズへの参与にいたるまで、政治的に極端な左右の動揺を繰り返したが、サルトルは友人のこうした変身ぶりを、『種と潜水服』(1923)や『一指導者の幼年時代』(1939)で明示している。そしてその描き方は、明らかに彼らだと判別できる二人の作中人物から、自分とニザンを重ね合わせた一人の主人公へと変容していく。

 共産党に落ち着いたニザンは、なおしばらくフランス第三共和制の教育制度に執着し、哲学のアグレガシオンを経て教師になった。しかし父の死(1930)を機に、アカデミズムを抑圧と疎外の装置として見限り、1932年に教職から退いて、小説『アントワーヌ・ブロワイエ』(1933)で教育制度に乗じて出身階級を脱し「指導者」として昔の仲間のストを弾圧した後に疑獄事件に連座して孤独に死ぬ父親像を描いた。

 一方サルトルには、『病的な天使』(1923)以来「作家になり損なった教師」のテーマがあり、授業中に自作を朗読して生徒たちからやじり倒される教師が繰り返し出現させられる。「日曜作家」(『自由への道』)の読者獲得失敗のエピソードである。『嘔吐』のロカンタンも歴史の博士論文準備中に子供たちから嘲笑されるが、論文すなわちアカデミズムのキャリアを放棄した後、読者と作者の関係を想像して在野で小説を書く決意をする。そしてそれはニザンの退職と同じ1932年に設定されている。

 ロカンタンの決意にはニザン自身の選択が反映されてはいないか。ロカンタンにサルトルのみならずニザンの分身をも認めてよければ、作品『嘔吐』自体、文学の国営化を拒む読者への自由の呼びかけとしてのアンガジュマン文学をすでに先取りしていたと言えないだろうか。

 


事務局からのお知らせ:

総会において提案された以下の2点につきまして、本学会諸氏の意見を広く伺いたいと思います。

1.学会員相互の交流を深めるため、会員名簿を各自に配布したほうが良いかどうか?

2.今まで研究例会を発表形式に限っていたが、そのほか、例えば、会員諸氏の出版した著書や論文の合評会なども含めたほうが良いのではないか?

皆様のご意見を北見秀司(〒187-8577東京都小平市津田町2-1-1津田塾大学国際関係学科E-mail : kitami@tsuda.ac.jp)までお寄せいただければ幸いです。


サルトル関連出版物:

海老坂武『サルトル-「人間」の思想の可能性』岩波新書

柴田芳幸『マラルメとフローベールの継承者としてのサルトル―エクリチュールと〈反創造〉の欲望』近代文芸社

サルトルの生誕100年の今年、開催されるシンポジウムなどに関する情報はhttp://www.jpsartre.orgで知ることができます。