日本サルトル学会会報 第32 2011年 11

Bulletin de l'Association Japonaise d’Etudes Sartriennes N°32  novembre 2011

日本サルトル学会会報              第32   2011年 11


研究例会のお知らせ


 第28回研究例会が下記のように開催されることになりましたので、ご案内申し上げます。多数の皆様のご参加をお待ちしております。


日本サルトル学会 第28回研究例会

27ème congrès

de l’Association Japonaise d’Etudes Sartriennes


12月3日(土) 

La date: samedi 3 décembre

会場 : 立教大学 池袋キャンパス 5号館 5409教室

Lieu: Université Rikkyo (Campus Ikebukuro), Bâtiment 5, salle 5409

13:45 受付 Accueil

14:00~15:00 講演Conférence

池英來 지영래 (高麗大学): 言語、文体、翻訳に関するサルトルの考察について

JI Young-Rae (Université Korea) : A propos de la réflexion sartrienne sur le langage, le style et la traduction

司会:鈴木正道(法政大学)

Modérateur : Masamichi Suzuki (Université Hosei)

15:00~15:15 休憩 Pause

15:15~17:15 ワークショップ: サルトルとセクシュアリティをめぐって

Table ronde : Sartre et la sexualité

丸山真幸(東京外国語大学): サルトルと(性的)マイノリティ 2000年代の状況

Masayuki Maruyama (TFSU): Sartre et les minorités (sexuelles) : situations des années 2000

澤田直(立教大学): サルトルにおける同性愛の表象と役割

Nao Sawada (Université Rikkyo): La représentation et le rôle des homosexuels chez Sartre

司会:永野潤 (東京都立大学)

Modérateur : Jun Nagano (Université municipale de Tokyo)

17:15~17:30 休憩 Pause

17:30 懇親会 Soirée amicale


講演はフランス語で行われます(通訳はありません)。ワークショップは日本語で行われます。

非会員の方の聴講を歓迎致します。事前の申し込み等は一切不要です。当日、直接会場へおこし下さい。聴講は無料です。



研究例会の報告


 第27回研究例会が以下の通り開催されましたのでご報告申し上げます。


日時 : 7月16日(土) 13:30~17:30

会場 : 立教大学(池袋キャンパス)5号館5303教室


研究発表

「サルトルとアラン―「魔術的なもの」と情動との関係について―」     

発表者: 新田昌英

司会者: 生方淳子


この発表は、今年、東京大学に提出された博士論文の一部を紹介したものである。

サルトルと一、二世代前のフランスの哲学者たちとの間にどのような接点や相違点があるかについては、未だ大いに研究の余地があるが、新田氏はその未開拓の領域に立って、「情動の魔術的な性質」という考え方におけるサルトルとアランとの接点に目を向ける。

それによれば、サルトルは『情動理論素描』の中でウィリアム・ジェームズらの実験心理学の学説を批判する形で情動を非反省的意識として捉え直しているが、その考察の過程でアランの情念論に依拠し、さらにそれを現象学的他者論へと発展させている、という。

新田氏は、「魔術的なものとは、アランが言うように『事物の間を這い回る精神』、すなわち自発性と受動性の非合理な綜合である」という『情動理論素描』の一文を取り上げ、これを巡って「魔術」と「情念」についての二人の考え方を比較検討する。まず、引用された表現がアランの著作の中に見出されない事が示された上で、それでも、要約としては間違っていない事が確認された。次に、アランにおける「魔術的なもの」がその宗教論の中で、子どもの世界観を特徴づけるものとして記述されていること、他方で情念 passionが情動émotionに対する反省的な意識として捉えられていたことが原文に沿って綿密に論証された。これに対して、サルトルでは、非定立的な情動が定立的・反省的に捉えられた場合は、変容をこうむり、もはや情念ではなくなる、ということが喚起された。一見、対立するようだが、氏は、アランの「情念」とはまさに変容をこうむった情動ではなかったかと考える。だからこそ、情念は世界認識をくもらせ、誤りを招くものとして論じられている、というのである。

二人の哲学者の以上のような接点を、氏は単なる影響関係や誤読に基づく援用としてではなく、「出会い」として捉える。そして、その時代的な意味を今後の考察の課題として提示する。他者論への発展については、氏はサルトルがアランに対し自身の現象学的他者論に軍配をあげていると見るが、この点は十全に展開する時間的余裕がなかったようである。今後に期待したい。

アランと魔術、という新鮮な切り口から論じられた刺激的な発表であったため、会場からも、活発に質問や意見が寄せられた。魔術という原初的な思考をめぐる人類学的研究との関連性やフェティシズムとの関わりについての質問、魔術的なものと想像的なものとの比較、情動論はあくまでも現象学に至る過程での習作であり、その視座のもとで捉えるべき、との意見、「魔術的なもの」は情動論のみならず、『自我の超越』や初期小説、『存在と無』、『文学とは何か』、ユダヤ人論、ジュネ論等々にも登場する概念であり、さらなる検討が求められる、という要望も出された。                                      (生方淳子)


合評会

「北見秀司『サルトルとマルクス』をめぐって」

コメンテーター: 永野潤

司会: 清眞人


 まず北見さんからの挨拶から始まった。フーコー、ドゥルーズらのいわゆるポスト構造主義とサルトルを単純に対立させる偏見に対して、一方ではサルトルをポスト構造主義的な問題意識の祖形あるいは先駆けとして示すとともに、他方では『弁証法的理性批判』での「溶融集団」論を「複数の自律」という社会ヴィジョンとモラルとの発想源泉として捉え返すことで、ポスト構造主義の弱点――抑圧権力とそれに抗する「複数の自律」を追求する真の民主主義運動との対決線をむしろ曖昧化することに流れてしまう――をのりこえること、これが自分の執筆意図である、と。

この挨拶のなかで、彼は重要な反省点を述べた。「溶融集団」を誰をも手段化しないカントの言うような「目的の都市」としての「複数の自律」社会のヴィジョン源泉として解釈する自分の方法は、サルトル自身にあっては「溶融集団」概念が人間の手段化を否応なく生きねばならない厳しい闘争のコンテクストのなかに埋め込まれていることを軽視することに繋がるのではないか? そういう疑念と批判を回避できないであろう。この点で、さらに一段の深さをもつ思考をいま自分は要求されていることを自覚している、と。

コメンテイターの役を負った永野潤氏は、左翼文化との同伴性を外してはサルトルを語ることはできないことに注意を促しつつ、あらためて21世紀のなかで、ことに日本における左翼文化の凋落という問題と北見さんの仕事を関連付けようとした。この点では、北見さんからは廣松渉の物象化論に対して次の重要な批判が出された。自分の「複数の自律」という観点からすれば、廣松理論はおよそ個人の自律の回復――他者性の支配からの――というモラル的モチーフをもたない客観主義的偏向をもったもので、日本における新左翼文化が「複数の自律」というヴィジョンの形成にほとんど寄与しなかったことと重要な関連がある、と。なお会場からは、現在のフランスでは移民問題を軸とするマイノリティーとの連帯問題をめぐってサルトルの思想的功績の再評価が起きているとの重要な現地報告があった。また札幌大学の水野さんからは、「複数の自律」思想と後期サルトルの倫理思想との関連にかかわって、サルトルになかには自律を強調する側面とならんで、倫理の規範性にはどうしようもなく他律性の承認が孕まれると認識している側面もあるのではないか、という指摘も出された。討論がこれから、というときに時間切れとなるのはいつものことだが、いかにも残念。(清眞人記)




サルトル関連出版物


・永野潤『図説 あらすじでわかる! サルトルの知恵』青春新書インテリジェンス、2011年7月


・Jean-Pierre Boulé & Benedict O’Donohoe編, Jean-Paul Sartre: Mind and Body, Word and Deed, Cambridge Scholars Publishing, 2011年7月

本論集には、2009年7月に立教大学で行われた本会の第23回例会において発表したベネディクト・オードナヒュー(サセックス大学)、フランソワ・ヌーデルマン(パリ第8大学)、ジャン=ピエール・ブレ(ノッティンガム・トレント大学)の論考および、同年2009年9月に英国サルトル学会年次大会で発表した、鈴木正道、澤田直両会員の論文のほか、鈴木道彦会長へのインタビューが収録されています。


サルトル関連イベント


イラン・デユラン=コーエン監督の映画『サルトルとボーヴォワール 哲学と愛』(2006)が渋谷のユーロスペース(11月26日から)、梅田ガーデンシネマ(12月3日)などで公開されます。内容は学術的なものからは遠いものですが、ボーヴォワール目線で作られているところに新味があります。学生などに宣伝したい方は、配給をしているスターサンズがポスターやビラを送ってくれます。ご関心のある方は、学会事務局にご連絡ください。また、例会当日には、前売り券(1400円)を1300円で購入することができます。