日本サルトル学会会報 第3 2003年 10

Bulletin de l'Association Japonaise d'Etudes Sartriennes no.3 octobre. 2003


日本サルトル学会会報 第3号 2003年 10月

第13回研究大会が下記のように開催されましたので、ご報告いたします。


日時:7月19日(土曜日)14:00?17:00

会場:青山学院大学 第11会議室(総研ビル3F)

「サルトルのジャコメッティ論について」

発表者:武田昭彦氏(法政大学) 司会 黒川学(青山学院大学)

「反フロイト的フロイト主義者サルトル--『シナリオ・フロイト』第一部を中心に」

発表者 柴田芳幸(高崎経済大学) 司会 鈴木正道(法政大学)

総会  17:00 懇親会 17:30


武田昭彦氏 「サルトルのジャコメッティ論について」

 まずジャコメッティ研究史上で、メルクマールとなる主要文献の批評的紹介がなされ、サルトルの批評の先駆性とその影響力が指摘された。また同時にその研究史における矢内原伊作の重要性も喚起された。ついで日本的文脈で、一時期美術作家に圧倒的な影響力をもった宮川淳のサルトル批判が扱われた。宮川はサルトルがイマージュを表象・再現として扱っており、その議論は芸術とは無関係と論難するが、武田氏はサルトルが芸術作品を「物でもありイマージュでもある中間的性格をもったもの」として考えていたと解釈する。

 ついで武田氏の側からのサルトルのジャコメッティ論の問題点が示された。論点のひとつは、サルトルが自分の心的イマージュ論を応用することからくる強引さ、曖昧さがあること。これはやはり芸術作品のステイタスにかかわる。もうひとつには制作プロセスの軽視、発言の恣意的引用、技法的問題への無関心といったジャコメッティの人と作品に十分に即していないということにかかわる。だが最後に、武田氏はサルトルが取り上げていない後期ジャコメッティの作品(矢内原、妻アネット、弟ディエゴの胸像)を仔細に見ていき、そこに明確な形態を失った表現主義的傾向を認め、ジャコメッティは対面するモデルの視覚的イマージュではなく、モデルとの感情面での関係を描こうしたと捉える。そこに「魔術的なもの」をキーワードとすることで、サルトルの『情動論素描』の議論を生かした解釈の可能性を指摘する。

 討議では、サルトルの心的イマージュ論と芸術論の関係が再び焦点となった。『イマジネール』の芸術論は想像力と知覚の峻別の成否が賭けられている場面であり、サルトルの出発点の最重要な問題ながら未だ論究されつくされていない感を新たにした。(黒川 学)



柴田芳幸氏 「反フロイト的フロイト主義者サルトル--『シナリオ・フロイト』第一部を中心に」

 柴田氏は、この作品の読解のテーマをいくつか提案した上で、「伝記と真実とプライバシー」という問題を取り上げる。氏は、フロイトが日記を燃やす冒頭の場面に注目し、彼が私生活やそれまでの研究過程を隠すことで「将来の彼の伝記作家を困らせようとした」のに対して、サルトルはあえて自分の全てを読者にさらけ出すよう努めたことを述べる。また、サルトルは『存在と無』の時代に無意識の概念を否認していたが、シナリオを書くための研究を通して無意識を理解するに至ったこと、さらにはこうした研究が、フロベール論を書く上での方法論の練成に寄与したことを指摘する。これに対して会場から、哲学者として認めることができなかった無意識と、経験的に認められる無意識とは次元が異なるのではないかとの疑問が出された。氏は、サルトルは無意識の概念を避けるために「自己欺瞞」という概念に訴えたものの、フロイト研究を通じてその不十分さを感ずるに至ったことが資料から分かると答えた。元々無意識に関して反フロイト的であっても、精神分析を人間理解の方法として重視する点でサルトルは常にフロイト主義者であった、という点で参加者(の大半)は同意した。他方フィクションとしてのシナリオにも真実があると柴田氏は考えるかとの問いに対して、実証的なレベルとは異なる人間的な真実をサルトルは理解しようと努めたという答えが出されたが、真実とは何かという根本的な問題をめぐって様々な議論が行き交い、時間切れとなった。サルトルのテクストという枠内では比較的議論されることの少なかったフロイトという人文科学の大きなテーマが、柴田氏の緩急自在の、気取らないヒューモアをまじえた語り口で展開され、新たなサルトル研究の課題が多々示唆された。活発な議論の行なわれる盛況な発表であった。(鈴木正道)


サルトル関連出版物

永野潤『図解雑学 サルトル』ナツメ社

合田正人『ジャンケレヴィッチ--境界のラプソディー』みすず書房

ドナルド・D・パルマー『サルトル』(澤田直訳)ちくま学芸文庫


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(敬称略):永井敦子