2016年4月のメッセージ

筍を抜かないで!

竹は木ではなく、草だそうです。人は木は食べませんが、草は食べます。だから竹も食べられます。タケノコです。「旬」は春です。土の中から顔を出すか出さないかの時です。竹冠に「旬」と書いて、「筍」。分かるかな?厚切りジェイソン君。

オフィスからの竹林

私のオフィスは、窓から竹林が見えます。大学のある千里丘陵はかつて人の住まない広大な竹林の丘でした。竹は根を張るので農地にも住宅地にも適しません。だから大阪市内から北にわずか10-15kmの距離に奇跡的に広大な未開の土地、のどかな竹林の自然が残されてたのです。1960年半ばからそこに日本最大の住宅地、千里ニュータウンが開発されました。そして日本最大の大学キャンパスとして阪大が移転し、日本史上最大のイベントとして万国博が開かれました。竹は、文字通り根こそぎ掘り起こされました。その最後の竹林の一部が私のオフィスから見えます。そこに毎年新しい竹が生えてきて、少しずつ竹林が戻りつつあります。

この竹林の復活を見るのが私の春の楽しみです。ところが、朝早くや週末にキャンパスに入ってきてタケノコを掘り起こして持って帰る輩がいます。悲しいことです。それでも昨年は、20本近くが生き残って力強く育ちました。今年は集中的に狙われたのか、今のところ1本しか生き残っていません。写真の左の真ん中少し下あたりに短い黒い棒が見えるでしょう。それです。外皮が剥けるまでは、竹はこんな顔をしています。タケノコ時代も黒の三角帽です。成長はとても早くて、早いときは毎日1m近くも伸びます。だからこそ、まだ地中にいる間に掘り起こそうとするのです。

このタケノコ狩りを見て、私はバイオ研究を想起します。バイオの研究では、多くの場合ネズミを使います。ネズミを妊娠させて、子供が生まれる前にお母さんネズミを殺して、そのお腹から胎児を取り出して細胞を単離して培養します。動物実験は、人の病気を治したり生命の不思議を解明するために必要だといわれます。しかし、研究者が研究論文を書くためにどれだけ多くのお母さんネズミが殺され、赤ちゃんネズミが外の空気を吸って太陽の光を浴びる前に胎児のままで殺されるかを考えたとき、殺伐とした気分になります。バイオの研究者はそれほど大切な研究をしているのかしら、と思ってしまいます。「バイオ」という言葉の響きに動物の命、生きるということのリアリティーがあまり感じられないのです。「バイオ」とか「ライフ」とかいった軽薄な言葉を使わずに、「いのち」とか「生きる」とか「殺す」といった重い言葉を使ってみたらどうでしょうか。地上に頭を出して太陽の光を浴びるその直前にタケノコを切り取って掘り起こすとことは、「竹」の一生のうちの「旬」を奪うことです。自然の生態系においては互いに食べて食べられてですから、仕方がないことなのかもしれません。しかし自然の竹林が育つまで、生えてくる筍を根こそぎ 奪わないでほしいと思います。

大きく育った竹も、台風などで傾くと業者によって根っこから切られてしまいます。竹林の下は切り取られた竹の死骸が散乱して捨てられています。これもまた悲哀を感じさせます。竹を蒸すと、竹炭ができます。竹にはたくさんの細かな隙間があるので、竹炭はいろんなものを隙間に含むことができて、たとえば脱臭効果が得られます。竹の繊維は強いので、枯れた竹を使って土壁の中の構造や塀などにも使われています。私はカーボンナノチューブの研究を始めた頃、備長炭や竹炭を電子顕微鏡で観察し、新しいナノ材料としての可能性を模索したことがあります。命を全うした後の竹についてもまた、敬意を持って接したいものです。

先日、神戸で有識者の会議を開きました。タイトルは「日本の凋落と若者がつくる未来」。刺激的なタイトルです。そこに「科新塾」の仲間を3人お呼びしました。お一人は私より十年近く年長で私がとても尊敬する方、後の二人は私よりも30歳ぐらい若いけれども同じく私がとても敬愛する人たちです。会議の最初の挨拶で私は、森嶋通夫先生の「なぜ日本は行き詰まったか」(原著タイトルは「Japan at Deadlock」)を引用しました。戦前と戦後で互いに全く異なる教育を受けた3つの世代が混ざり合って協力し合った時代の日本は強かった、しかしこの世代混在が終わるとともに、日本は行き詰まったのだという話です。今回の有識者会議はまさに異なる世代の集まりでした。集まった方々は若者批判をすることなく、その場は「旬」の若竹を支援しようという空気で充満していました。むしろこれまで若竹を育てる努力を怠ってきた組織への批判が大きかったように思います。年長者を煙たがって若者だけで集まりたい、若者を尊敬できずに中高年だけで集まりたい、そんな人たちが多いような気がする今の日本の社会の中で、むしろ多様な世代が集まれる機会を増やしていくことも大切だと学びました。

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