2010年4月のメッセージ

東方見聞録

外国からお客さんが来ると、日本人はまずは彼等を居酒屋さんに連れて行きます。レストランではなくて居酒屋に連れて行くのは、海外のお客さんに対して家族や同僚のような親しさを感じていることを示すためです。居酒屋ではお互いをさらけ出して、旧友のような関係を一晩で作れます。

外国人にとっても、居酒屋は日本人と日本の文化を最も手っ取り早く知ることができる場所です。お座敷のある居酒屋に入ると、まずは靴を脱がされます。靴下は西洋人にとってはシャツやパンツと同じ下着なので、下着だけでレストランに座ることは西洋人にとって結構なカルチャーショックです。居酒屋の掘りごたつに座るとメニューが出てきて、皆がそれぞれに注文をします。食事は、順に食べなくってもいいんです。順序よく食べようと思っても、料理は順不同にバラバラに出て来るのです。食事を始める前に、ビールで乾杯します。ワインとか日本酒ではなくて必ずビール、「なまちゅー」です。それ

からたくさんのお皿が出てきます。一人ずつ一皿ずつではなくて、皆でたくさんの皿を一緒に突っつきます。一匹のシカを捕まえたトラの群が、我先にシカを食いちぎる様にすこし似ています。アフリカのサファリパークの体験ツアーのような、感激と興奮が得られます。ここはファー・イースト、「ジパング」なんだ!!

こんな風に書くと、日本人は野蛮人のように聞こえますが、西洋人は日本や日本文化を軽蔑してはいるのではありません。怖いもの見たさのサファリパーク、興味津々です。仮にマルコポーロが「東方見聞録」で言うように我々が人食い人種だったとしても [1]、彼等の異境への憧れと興味は変わらないでしょう。人々は異国の文化に憧れ、そして異国の文化に畏れます。西洋人にはその憧れと興味がより強く、日本人に畏れと不安がより強いかもしれませんが、日本にも古くは福澤諭吉の「西洋事情」、少し前なら桐島洋子の「寂しいアメリカ人」、比較的最近なら藤原正彦の「遙かなる

ケンブリッジ」や林望の「イギリスは美味しい」などの紀行記(奇行記?)があります。

写真は、アメリカの私の知人Liz Roganが先日、日本に初めて来たときに撮った写真です。私は一緒にいたのですが、これらの写真を撮ったのに気づきませんでした。一枚目は新幹線の中。乗客が全員ひたすら眠っているのに、ビックリしたようです。彼女にとって新幹線はジェットコースターのようなもの。あるいは修学旅行のバスかな。そこでひたすら眠るなんて、考えられません。日本人って疲れてるんだなあ?

2枚目の写真は、車内販売の写真。通路ぎりぎりの大きさのカートにあらゆる飲み物やお弁当を載せて、どんな注文にも素早く対応する売り子に興味を持ったようです。乗客達は熟睡しているのかと思えば、彼女が通るとタイミングを逃さずに注文をするのです。

3枚目は、彼女が阪大総長を表明訪問したときの写真。正確には、表敬訪問するときに大学本部の玄関で撮った写真です。いろいろなお店の入り口やトイレに、この消毒液が置いてあるのが外国人には非常に面白かったようです。インフルエンザの流行が終わりかけの頃でした。すこし時季がはずれていたので、空港でマスクをする空港職員を見損ねたのですが、もし全員が白い大きなマスクをしているのを見れば、もっと感激をして写真を撮りまくったことでしょう。大学本部や空港が、戦場の野戦病院のように見えたことでしょう。街の中がマスクだらけで、まるで非常事態・厳戒体制の様相です。日本人のあまりの大袈裟さとその集団行動には、私自身は気恥ずかしさを感じます。一人の死亡者も出ていないインフルエンザにこんなに大騒ぎしているようでは、もしテポドンでも飛んできたら日本の町はどうなるのでしょう。パニックになって、家から一歩も出ないのでしょうか。

4枚目は、ちょっとほほえましい写真です。百貨店の入り口です。この男性はふざけているのか、真面目にお辞儀をしているのか、彼女には判断ができなかったと思います。彼女はウインドウショッピングだけで買い物はしていないのに、こんなに深々お辞儀をされては、こちらもしっかりと深々とお辞儀を返さなくては、、、。

同じ国、同じ組織内、同じ仲間では当たり前のことが、外から見るとびっくりするような例は、万とあります。そして、外から見ると、それはしばしば滑稽にすら見えます。

先日、中国の会議に招待されて夕食に招待されました。何度も夕食には招待されているのですが、いつもは国際会議なので世界標準の中国式でしたが、今回は私一人が外国人でしたので中国標準の中国式でした。私には初めての経験です。世界標準の中国の国際会議のディナーではこれまでアルコールが出てこず、コカコーラやジュースだったので、外国人だけでいつも後でバーに行っていましたが、今回は

はじめからビールと白酒、それと中国産赤ワイン(王朝と長城の二銘柄しかない)でした。そして、一人がアルコールを飲むたびに、立ち上がってラウンドテーブルの周りの全員と乾杯。これが繰り返されるたびに全員が毎回立ち上がるので面倒ですが、親近感が増します。さらに、他のラウンドテーブルからも知らない人が私

に乾杯に来てくれます。そして、悪酔いして絡んでくる人もいます。さらに煙草を普段飲まない人までが、1本ずつ分け合って吸います。日本の居酒屋に似ています。

8年前に私が理研に勤め始めた頃、会議が昼から夜まで永遠と続くのにビックリしたことがあります。昼の1時半から始まって夜の7時を過ぎても会議が終わらないの

です。大学ではそれぞれの教授が授業をしているので、そんなに長く会議をすることはできません。夜7時過ぎになっても会議が一向に終わりそうになかったので、「これはおかしいと思います。皆さん研究に戻りましょうよ」と発言しましたが、「理研の将来にとって非常に大事な会議です」と一蹴されました。食い下がると、「これは理研の文化です」だとも言われました。今から考えても、あの会議のどこが理研の将来にとって大事だったのかさっぱり分かりませんでしたが、外国に来た気分を感じました。それから、私自身は他の組織から来た新人の意見をよく聞くように、気をつけるようになりました。

2010年4月、私の属する大学、研究所、会社、センター、そして研究室に新しいメンバーが大勢参加しました。新しい環境での新しい文化に、いろいろ戸惑ったり悩んだりしていることだろうと思います。まずは、観光旅行の気分になって楽しんで下さい。最初の頃なら、何でも質問したり意見を言いやすいだろうと思います。遠慮は無用です。顔を覚えるだけでも大変。日本を訪問した私の知人のように、どこでも写真を撮って下さい。皆さんが来た国は黄金の国「ジパング」です

。クジラも食べるし、マグロも食べます。死刑制度も残っています。インフルエンザになると国民揃って大きなマスクをします。赤信号を守りますが、駐車違反はします。テレビは売れない芸人の井戸端会議の番組ばかりです。まるで動物園かサファリパーク。是非楽しんで下さい。

なお、居酒屋の東方見聞録と今月のメッセージとは何の関係もありません。SK

[1] 実は、マルコポーロは日本を訪れていません。当時の読者が地の果ての黄金の国「ジパング」に関心が高かったので、人から聞いた話を書いたのでしょう。日本は、スタートレックのバルカン星のような存在だったのかもしれません。先月にも触れたガリバー旅行記でも、スイフトはガリバーを日本に訪問させていますが、スイフトは日本には来ていません。

写真1.新幹線の中

写真2.車内販売

写真3.大学本部玄関

写真4.百貨店にて

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