2012年10月のメッセージ

眞紀子さん

過疎化が進む地方都市に公立の美術大学を創るという計画があるそうです。地方に若者を呼びたいという熱意の表れなのでしょう。だけど、残念ながら地方で美術で食っていけるほど今の世の中は豊かではありません。美術大学と言えばイギリスならロンドン、アメリカならニューヨーク、フランスならパリ、そして日本でも東京や京都・大阪などの大都会にあります。大都会の刺激が芸術家には求められるのでしょうか。計画中の大学の定員は一学年100人だそうです。高校ならば統合か廃校の議論が始まるサイズです。とてもコストが掛かりそうで、これで経営が成り立つのか不思議です。この学校は、私学ではありません。公立大学、すなわち地方自治体が経営する大学です。だから赤字になってもその地域に住む人たちの税金を使えば、倒産はしないのでしょう。100人の学生からの授業料だけでは、とてもとても足りないはずです。この町にはすでに他に県立大学があります。そして国立大学もあります。どうして別に創ったのでしょう。それぞれに学長がいて、それぞれに事務局長がいて、それぞれに入学試験をして、それぞれがパンフレットを作って、そしてそれぞれ建物を建てます。世界中で企業が生き残りをかけて合併を続け、国立大学や地方自治体でも平成大合併が進んでいます。私が勤める国立大学も歴史ある国立の外国語大学と最近に合併しました。外大は一学年に800人の学生がいましたが、それでも経営効率という国が掲げる錦の御旗に抗しきれませんでした。

別の地方都市では4年制の女子大学が準備されています。今の時代に、女子大学に受験生の人気が集まるのだろうかと心配します。女子大学の数は減り続けています。男女機会均等が進みつつあるこの時代に、地方に女子大学を創るのは大変な決意だっただろうと推察します。

この二つの大学申請はどちらも短大からの昇格を目指されたものです。短大への学生の集まりが悪いので4年制なら集まるだろうと考えられたのか、あるいは短大卒業生たちがみなさん4年制大学を望まれたのか、どちらかは分かりません。いま4年制大学は数が多すぎて、学生獲得の競争は熾烈です。4年制なら他の大学に行くと言うことにならなければいいのですが[後に註あり]。

大学の経営難の中、最近専門学校の存在は非常に大きくなってきています。大学がリベラルアーツを教えるのに対して、専門学校は具体的な技術や知識を教えてくれます。デザイン専門学校、コンピューター専門学院、経理専門学校、看護専門学校、アナウンサー養成学院、、、、ありとあらゆる職業に対して専門学校が存在します。国家試験を受けるための具体的なノウハウを教えてくれる専門学校も数多くあります。これらのいわゆる各種学校は仕事を探す若者のニーズに合致しているため、大学に替わって今の日本で重要な教育機関の役割を果たしつつあります。北海道で保健看護専門学校を経営する学校法人が、4年制の看護大学を設置する予定だそうです。4年制専門学校よりも世のニーズに合っているのかどうか、私には分かりません。

といったことに、文部科学大臣が気づかれたようです。そして、「ちょっと待て、私は分からん」と言ったら、世の中蜂の巣をつついた騒ぎ。「もう建物を建ててしまった」「入試説明会が明日始まる」「受験したい学生がいて、設置が認められなければ私はどうしたらいいのと言って、泣きじゃくっている」。

何か怪しいなあ?

若者の数が半減したのに、大学の数が増え続けているのはなぜなのでしょうか。需要と供給の関係がひどくアンバランスです。4年制大学設置の申請が増え続ける一方、大学の経営破綻や学生数の激減による大学の閉鎖が続いています。

「怪しい」と感じるのは文部科学大臣だけではないように思いますが、なぜかマスコミとコメンテーターだけは気がつかないようです。これら3つの4年制大学の設置を認めようとした人たちにたずねてみたい。

この3つの大学を創って、誰のためになるのでしょうか、得をする人は誰なのでしょうか。SK

註:アメリカにはコミュニティー・カレッジというのがあります。それぞれの地域に根ざした短大です。そこでは若者のみならず社会人や高齢者も学びます。夜や週末にも授業が開講されており、地方自治体が経営したり補助をしているケースも多くあります。戦後の日本の4年制大学教育とは普通、最初の1,2年に教養課程で一般教養を勉強して、それから専門課程に進みます。短大はこの教養課程を抜いているので、専門知識を得ることが主目的の人にとっては、短大も悪くない選択です。イギリスやオーストラリアなどでは大学は3年制です。日本の短大と4年制の間でしょうか。

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