2009年12月のメッセージ

もしスパコンがなかったら、、、。

私は原稿を書くときも講演をするときも、読者・聴衆の予想を裏切って想定外の話題を書く・話すように努めています。予想通りなら、書く・話す必要がないと思うからです。演歌歌手と科学者とでは、期待されているものが違うのです。ところが、昨日の「科新塾」最終回の後の打ち上げで塾生諸君から、「来月の今月のメッセージは刷新会議の話ですよね、楽しみにしています!」といわれました。「そうはいかない、ボクは皆の期待通りには書かないんだよ。」「ええ、そうなんですか」

そこで、今月は裏の裏を掻いて刷新会議・事業仕分けの話をします。

いま私には、事業仕分けに反対する署名活動や文科省や民主党への抗議メールの投稿依頼が大量に科学者から届きます。ノーベル賞受賞者たちが一同に集まられて、記者会見をして科学技術予算の見直しについて抗議をされたようです。私は、郵政民営化の時の郵便局長達の抗議活動を思い出しました。科学技術が大切である思いは私も同じですが、科学者達がマスコミや一般の人に対して上から見下した感じで話す姿に、正直言って戸惑いを感じます。

国の予算でつくるスパコンが特に、科学者の議論の中心にあるようです。私はこれまで、スパコンを使ってきました。計算時間を節約できますし、実験する前にシミュレーションしておけば実験パラメーターを最適化できて、とても便利です。その結果、研究はうまく進み、インパクトのある論文が書けてありがたく思っています。

でも、もしかしたら私達はすこしスパコンに頼りすぎていたかもしれません。スパコンが無くっても、日本の科学はダメにはならないと思います。十年遅れることもないでしょう。スパコンがなかったら、代わりに私達は自分の頭を使います。紙に絵を描いたり鉛筆舐め舐め数式を立てて、あれこれ考えることでしょう。スパコンのない時代にも、科学は進歩しました。スパコンを持たない国の科学者も科学に貢献しています。ニュートンはスパコンを使わずに万有引力を説明し、アインシュタインはスパコン無しに相対性理論を発表しました。

科学者なら「国策のスパコンがなければ日本は大変だ」と騒ぐのではなく、「スパコンなんて無くたって、ボク達は頭を使って他の方法で科学を発展させます」って言えば格好いいのになあと思います。「東京のお台場に豪華な科学未来館が無くたって、ボク達は日本の津々浦々を回って子供達に科学の魅力を伝えることができます」って言えば格好いいのになあと思います。社会に尊敬される科学者達がまるで既得権益を守ろうとして抗議活動をしているかのように見えるのは、どう見ても格好良くありません。バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクのように、科学者はぼろぼろの白衣を着て実験室に籠もって実験に熱中している姿が格好いい、と思います。

科学は大切です。そして日本のマスコミと一般の人たちは、科学技術に対して好意的でかつ寛容です。だけど、科学者自身がお金の話で大騒ぎして記者会見するのはどうしても美しく見えません。科学の大切さを伝える方法は、別にあるように思います。

もう少し日本の借金が減るまで、もう少し失業者の数が減るまで、もう少し零細企業がいまの経営危機から脱却できるまで、科学者は辛抱してはいけないのでしょうか。

戦後の焼け野原から、日本には素晴らしい科学がたくさん生まれました。私は「お金がなければ、日本の科学技術が後れをとる」というような脅迫的なメッセージを子供達や一般の人たちに与えたくありません。

世界最高速のスーパーコンピュータは、確かにアメリカのような国では戦争に役に立ちます。ロケットの軌道を計算し補正し、敵のミサイルに迎撃するためには、並のスパコンで計算していては間に合いません。戦争におけるシミュレーションに、国策スパコンは必須です。でも基礎科学への応用はこの新しいスパコンに頼らず共、これまでのスパコンを使って、あるいはもっともっと頭を使って研究する手もあります。

そもそもスパコンという発想は1970年代のものであって、今ではすこし時代遅れかもしれません。世の中はすでにクラウドコンピュータなどの新しい概念に移ってしまっています。遅れて出てきた「戦艦大和」が、米軍の戦闘機にあっという間に沈められた映画のシーンを想起します。今回のスパコンの寿命も、おそらく非常に短いことでしょう。だから早く作らないといけないという理屈になるのです。

若い方々ならスパコンから戦艦大和を想起されることはなく、ターミネーターのスカイネットやイーグルアイやマトリックスなどの映画を思い出されるかもしれません。セキュリティーに詳しい方は、コンピュータ機能を一カ所の一台に集中させることは危険であると主張されるかもしれません。アメリカ国防省が開発支援したアルパネット(いまのインターネット)以来、情報管理は集中から分散へ転換しています。スパコン以上の検索速度のグーグルのコンピュータだって、その存在場所がどこなのか分かりません。

コンピュータは民間レベルで著しい進歩をしています。ミニコンからマイコン、そしてパソコンからネットコンピュータ、MS-DOSからUNIX、Linux、そしてgoogleやiPhoneなど、その進化は留まるところを知りません。日本の科学者はどの程度、このコンピュータの進化に貢献してきたのでしょうか。求めるべきお金は、スパコンの建設費よりも日本発の新しいコンピュータ・サイエンスを創造させる人材を生む文化・教育環境の整備費かもしれません。

需要のない関空が事業仕分けされて予算が付かなかったのも、当然なのかもしれません。乗客に見限られた関空が本当に必要なのかどうか、意地にならずに素直に審議していただきたいと思います。日本中にいま、飛行機の飛ばない空港が溢れかえっています。いっそこれらのがらがらの空港には沖縄の米軍基地を引き受けてみることを考えてみてもいいかもしれません。

これは、危険すぎるメッセージ!?

でも、このようなことを色々考えさせられる今回の刷新会議・事業仕分けのお祭りは、なかなか良くできた「脳を鍛えるトレーニング」です。他の仕分けについても、まずは、もし今の予算が無くなったらどうするかを考えてみましょう。そうしたら、色んな新しいアイデアが生まれるかもしれません。そしてどうしても答えが見つからなければ、その時はもっとうまく相手を説得できることでしょう。SK

追記:今月のページをアップロードしたのが11月30日の早朝。気を使ったのは「関空に沖縄駐留米軍を」というくだりでした。ところが翌12月1日の朝刊に大きく、大阪府知事が同じ話をされてました。1日違いでしたが、その後で調べてみるとそれ以前からこの主張をしておられる人がおられたようです。科学者は人の後追いをしてはいけないといつも言っていますが、自分で思いついたアイデアも他の誰かが先に言っていることが多いものです。特に同じ日に気づく可能性はとても高いのです「河田 聡。論文・プレゼンの科学、p.48」

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