2010年2月のメッセージ

エレベーター・スピーチ

年末から年初にかけて、ひたすら競争的資金の採択の審査に明け暮れています。NEDOとJSTとJSPSとふたつの財団の審査が重なり、大変です。正月休みや連休に読んで下さいと、応募書類や報告書の束が宅急便で自宅に届きます。海外の研究者の昇進や受賞のための推薦もこの時期に重なります。12月から2月にかけての年中行事です。加えて、今年は私自身もプログラムやプロジェクトの審査を受けます。その中でも理研の研究室の中間審査と阪大のフォトニクスセンター(先端融合領域イノベーション創出拠点)の延長審査は、審査結果が悪ければ研究室とセンターの閉鎖・終了を強いられるので責任重大です。私のプレゼンの出来不出来で研究室とセンターで一生懸命働いてくれている仲間達の職が失われかねないのです。

審査会では、与えられた時間内でプロジェクトの目的とこれまでの成果と今後のビジョンを話し、さらに自分たちの熱意をしっかりと審査員達に伝えなければなりません。多くの場合、専門分野の離れた審査員と非常に近い審査員が一緒にプレゼンを聞きます。与えられるプレゼン時間はわずか8分とか12分。審査員にとっても、そんな短い時間で分野の異なる応募から採択課題を選択することはとても難しいことです。だからといって1時間のプレゼンの方がより正しい審査が出来るかというと、そうでもありません。プレゼン時間が長くなると細かい話になりすぎて、全く同じ分野でない限り内容を理解することが困難になります。同じ分野なら逆に知ってることばかりなので、退屈してします。

プレゼンテーターには、審査員が退屈しているか不愉快そうにしているか、表情をよく見て話して欲しいと思います。誰でも知っている当たり前の内容がだらだらと続いたり、いきなり非専門家に分からない細かい話が出てきたりすると、私はついiPhoneに手を伸ばしてしまいます。

「エレベーター・スピーチ」とか「エレベーター・ピッチ」(あるいはエレベーター・トーク)と呼ばれるプレゼン練習法があります。ベンチャー起業家がエレベーターで投資家と乗り合わせて、投資家が降りるまでの間に自分の製品やサービス、企画の話をして、相手を口説き落とすという仮想ゲーム(プレゼンの練習)です。要領よく話さなければ、投資家が興味を持つ前にエレベーターは投資家は降りるフロアに着いてしまいます。その時間は30秒とか3分です。みなさんも是非練習をしてみて下さい。プロジェクターも資料も無しで、話をしなければなりません。

科学者は概してプレゼンが下手な人種です。これは職業病です。周りのことなど何も見えないほど自分の研究に集中しなければ、素晴らしい発明やすごい発見は得られません。他人のことなど考えている余裕などないのです。審査会では、審査員の気持ちをつかめず自分の言いたいことだけを話してしまい、失敗をします。私に話をしに来て、言いたいことを言えずに時間切れで帰る学生さんと同様です。

エレベーターでは30秒から3分、審査会では短くて7分長くて40分の与えられた時間に、相手の注意を惹き続けて結論まで話しをし、相手の興味と評価を得なければなりません。エレベーターを降りる間際に、「分かった、今度私のオフィスにいらっしゃい」と言ってもらえなければ、負けです。同じエレベータに再び乗り合わす確率はほとんどありません。

これは、応募書類や申請書類を書くときも同じです。何十ページもある審査書類の一頁目を読んで見て何を言いたいのかさっぱり分からない、そんな応募書類を読了することは、審査員にとって大変苦痛です。他にも何十通も、応募があるのです。その申請書を読み出したら最後がどうなるのか気になって、読むのをやめられない、他の書類を読む時間がなくなる、と焦るぐらいの提案書を読みたいものです。

タイトルも重要です。タイトルを読んだだけで「別にたいしたことないや」と思われては負け、本文を読みたくなるタイトルが必要です。毎朝届く新聞の一面の見出しを見て、読んでみたいと思う記事はほとんどありません。各紙ほとんど同じタイトルで、読まなくても本文が分かってしまうのです。コラム記事には思わず本文を読み始めてしまう魅力あるタイトルを時々見かけます。最近では、日経新聞のコラム「領空侵犯」の蓮実重彦さん(元東大総長)の「退職金を無くせ」はドキッとして本文を読み始めました。確かに退職金制度は終身雇用と定年制という日本独特の閉鎖的な雇用制度を守るのに役立っています。タイトルから読者の発想が広がります。同じく日経新聞の「核心」では、論説委員長の平田育夫さんの「日航は明日の日本か」も、本文を読まずにはおれないタイトルでした。日本では、60歳以上の人が生涯を通じ税金や社会保険料を政府に払う額がより受け取る分よりも4875万円少なく、逆に 20代は1600万円多いのだそうです。その差は実に6500万円です。格差は世代間にあり、今の日本は不公正な社会であるというわけです。小泉さんの数々のワンフレーズもインパクトがありましたし、鳩山さんの「コンクリートからひとへ」というメッセージも良いタイトルだったと思います。

てなことをあれやこれやといろいろと考えてるうちに、「論文・プレゼンの科学」と言う本をまとめてしました。

1月20日発刊です。お陰様で早くも増刷にかかっています。この本は、卒論・学位論文の書き方と卒論・学位論文発表会でのプレゼンに悩む学生・大学院生向けに書きました(ただし、雑誌などの書評では一般の社会人や技術者に役立つだろうと評していただいています)。今年も私は、何人かの大学院生の学位論文を審査しました。そして論文の書き方やプレゼンの仕方を日常から指導されている学生と指導されていない学生に、大きな差を感じました。指導教授のプレゼン力の差が学生間のプレゼン力の差を生んでいます。ぜひみんなで、プレゼンと論文の科学を学びましょう!すでに読んでいただいた方には、ありがとうございます!SK

[1] 「論文・プレゼンの科学」発行:(株)アドスリー、発売:丸善(株) Amazon.com 全国の書店で発売中!

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