2007年6月のメッセージ

お休み

自分のホームページに今月のメッセージを書き始めて、もう5年と2か月になります。2つの研究室と会社に加えて当初は大学の機構長までしていたので、メンバーのそれぞれとゆっくり話す時間が取れなくなってしまい、研究室の学生や仲間に私が何を考えているかを伝えたいと思って書き始めました。雑誌に原稿を書くと私の過激・正直発言に校正や修正が入るので、本音トークをするならホームページがいいとも考えました。

それがいつのまにか、ひと月も休むことなく5年2か月、毎月書き続けてしまいました。継続は力なり。どんどん書きたい言葉が出てきて、1ヶ月が待ちきれないこともよくあります。逆に、締切に追われているような気分になることもあります。締切に追われて書くというのは、自由が大切な私には馴染みません。無理に書くと私自身も楽しくないし、内容も楽しくなくなりそうです。

というわけで、今月は「メッセージ」をお休みしようと思います。実は原稿は書き上げたのですが、締切が来たから書いてしまったって言う思いが心の中にあるのです。無理して書いた原稿は見せたくない、と思い始めました。言いたいことがあって、聞いて欲しいことがあって、でも時間がなくて皆と話せない苛々があって、だから、一方通行のメッセージだけど聞いてください、っていう思いでないとダメなんです。

今月もメッセージのネタは、豊富にありました。松岡大臣は死んで真実を闇に葬るし、社保庁の失態は誰ひとり責任を取らないで、総理の目くらまし攻撃に唖然とさせられるし、ANAがシステムダウンして飛ばなかった日に東京を飛行機で往復した時の話など、話したいことは山ほどあります。だけども、どのネタを書いても、締切があったから書いたように思えてきたのです。だから、今月のメッセージはお休みにします。来月にでもどうしても皆に話したくなったら、また載せることにします。

私は、時間に縛られるのが嫌いです。自分のペースで仕事をするのが好きで、締切は大の苦手です。最近、大学の事務や文科省から「何日の何時までに書類を電子提出するように」とのメールが、毎日何通も届きます。ことしは教室の主任教授(専攻長、コース長)を担当しているので、その量は倍増です。一つのメールに返事をしている間に、3通の新しい書類提出を求めるメールが届く感じです。他の人たちは、こんなにたくさんの締切をこなしていつ研究をしていつ学生指導をしているのだろうか、と不思議に思います[1]。私の場合は、これに加えて国内外の研究予算の審査やあれやこれやの審査などの締切が重なります。先月は特に酷い状況でした。

研究活動にも当然締切があります。研究とはストーリー作りから始まって、昔の人たちの研究や少し分野を離れた人たちの研究を調べて、さらに世界のライバルの状況を調査し、その中で自分のペースを作り上げます。研究とは発見と失敗の連続ですから、計画は小刻み・大刻みに軌道修正をしながら、自らの流れを作っていきます。論文投稿や講演は、その流れの中でタイミングを選んで行います。自分で立てた計画の締切は、自分で仕組んだ締切です。それはまるでクリスマスイブのプレゼント選びようなものです。締切に何が得られるかは、楽しみなのです。

でも、人から押しつけられる締切は、苦痛です。人生には、様々な締切があります。卒業の日が来たから学校を卒業する、卒業するから会社に就職する、どこでもいいからどっかに就職する、適齢期になったから結婚する、定年退職の歳が来たから引退する。まるで自由が見えません。自分の人生ぐらいは人に締切られるのではなく、自分で自由に決めたいですね。自分で決められない唯一の締切は、神が与える「死」です。この締切だけは、いつ来るのか分かりません。

「科学者」はいつも締切から自由でありたい、と思います。締切に追われてはいい科学を産み出すことはできません。「教育者」はいつも締切から自由でありたい、と思います。締切に追われていい教育ができる、とは思えません。大学教授とは、自由を許される職業でした。締切とか研究費獲得とか論文数とか学内委員とかそれらの報告、などといった世俗的なことを気にすることなく、大きな科学を探して未来を開拓する自由を許されてきました。私は、大学や国が求める自己評価の書類の提出には非協力的です。私達は、自慢をするためにとか叱られないために研究をするのではないのです。もっと自由に科学がしたいのです。追い詰められての仕事は、できるだけしたくありません。

5年2ヶ月、「今月のメッセージ」を書き続けることは、私にとっては楽しみでした。楽しみである限り、締切に追われて「今月のメッセージ」を書くことは止めようと思います。というわけで、今月のメッセージは「お休み」にします。

え?もう十分長い「メッセージ」になっている?SK

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