2015年4月のメッセージ

米朝さん

3月19日、米朝師匠が亡くなられました。私にとって中高校生以来憧れの人は3人、米朝さん、小松左京さん、そしてジョン・レノンです。3人には実に多くの影響を受けました。この中で最年少のジョンは私が在米中に亡くなり、3年前には小松左京さんが亡くなられて、そして最年長だった米朝さんがついに亡くなられました。私の父の2歳年下で、私が高校生の頃に「題名のない番組」や「ゴールデンリクエスト」(これらについては2003年11月のメッセージをご覧ください)で「55歳で死ぬ」と自らの未来を予見されていました。結局は89歳の大往生でしたが、それでも私にとっては、後のお二人同じかそれ以上に大ショックです。とにかく話されることや生き方がかっこよくて、洒脱と言う言葉がとても似合う方でした。権力に媚びることなく地位や名誉を求めず、芸事を楽しみ、そして組織のないところから上方落語を立て直してたくさんのお弟子さんを育てて、自身はいつも現役でした。その生き方と立ち振る舞いに私は大きな影響を受けています。松鶴さん、春団治さん、小文枝さん達がいかに粋な落語を披露しても、米朝さんがいなければ戦後に上方落語が復活することは無かったと言って過言ではないと思います。上方落語の多くの名跡を復活させながら、自らは桂米團治を継ぐことなく、生涯「桂米朝」を通されました。弟子が吉本興業や松竹芸能に入ることも認めつつも、自らは米朝事務所という個人事務所に属されました。まさに独立自尊の心です。それだからか、それなのにというべきか、落語界演芸界で初めての文化勲章や上方落語ではじめての人間国宝は米朝さんに授けられるのです。かっこいいでしょう。人はこうありたいものですよね。小松左京もジョンレノンも権力や地位と無縁でありながら、自分のやるべき仕事に集中して、自分の世界を社会に広げていかれたのがかっこいい。大学の総長選挙とか学部長選挙とかいった世俗な出来事があると、私は米朝さんや小松左京さん、ジョンレノンを思い出すのです。

これまで何度も米朝さんの高座を拝見しましたが、直接お話ししたことはありません。大学に入って、米朝一門会には何度も何度も足を運びました。京都は安井の金比羅さんで、米朝一門会が開かれていました。そんなに広くないお座敷を舞台と客席にして、座布団を並べて一門の落語を聞きました。未だ、今のように上方落語がテレビや寄席で認知されていない(というか衰退していた)時期でした。小米さん(のちの枝雀さん)や朝丸さん(今のざこばさん)さんなどが若手で高座を勤めておられましたが、米朝さんもそこによくおられました。お座敷で演じるのですから客席と一体感があり、まさにライブです。当時は上方落語の定席はなく、安井神社以外に梅田の太融寺や千日前のお寺などで、細々と噺家さんの稽古場として落語会が開かれていました。梅田と難波の花月や道頓堀の角座は漫才と新喜劇の定席で、定例の落語会といえば月末に角座で一日だけ開かれるぐらいでした。

今ではほとんど忘れてしまいましたが、米朝さんに関する本はほとんど全部読んだと思います。正岡容氏に弟子入りをされて古典芸能や落語を研究されました。もともとは噺を演じる側になられるつもりでなかったのではないでしょうか。私はといえば1970年に阪大に入り落研に入りました。先に述べたとおり米朝さんに傾倒していて、物理よりもはるかに一生懸命に上方芸能の歴史に興味を持ち勉強していました。当時の阪大の落研は「橘ノ円都」というこれまた孤高の噺家に薫陶を受けていました。円都師匠は、実に孤高の人でした。派閥に入らず弟子もほとんど預からず、本拠を神戸にしておられました。当時の誰よりも多くのネタを持ち、芝居や浄瑠璃がお好きで、まさに上方落語の生き字引のような人でした。当時から90歳近い最高齢で、たまに高座に出られたりマスコミにであられることはあるものの、もう引退状態でした。我々は毎月のように円都さんのご自宅に伺い、たくさんのネタを聴かせていただき、それをテープにして持ち帰って皆で勉強をして出版していました。何の準備もなく無限にネタがつらつらと出てくるのを70歳近く年の違う若造がたった二、三人でライブで聴かせていただきました。私自身は数回伺っただけなのですが、とにかく彼もかっこよかったのです。

上岡龍太郎さんの58歳の引退劇も、もしかしたら米朝さんの55歳死亡説(それ以上生きたら引退)の影響を受けられたのではないかと思います。私自身も60歳まで生きることを目標に、それを過ぎたら引退するとあちこちで言い廻っていましたが、これも米朝さんの影響です。そして今、目標(?)年齢を超えてしまいましたが、これもまた米朝師匠の55歳以上の人生をまねているのかもしれません。決して権力や地位、名誉を求めることなく、求められた時や頼られたときは力となり支えとなり、なにより自然体で生きていくのがかっこいいと思うのです。

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