2008年8月のメッセージ

iPhoneは品切れがいい!

7月11日土曜日の早朝、私は研究室の助教授と待ち合わせて、表参道に行きました。前日にシドニーから成田に帰り、その日は9時から都内で打ち合わせが入っていました。その前の表参道での用事?

もちろん、世界同時発売の初日にiPhone-3Gを手に入れるためです。結局1500人の列の中、次の打合せのために諦めました。次の週には無事手に入れて、いまは毎日人に自慢して嫌がられたりうらやましがられたりの日々です。

十数年前、大学キャンパスの近くにモノレールが開通しました。当時の助手が、私に始発に乗ろうと誘いに来てくれましたが、私が見つからなかったので諦めたそうです。その後に私が見つかり、「今日はモノレール開通の日だったんですよ。一番電車に乗ろうとお誘いしようと思ったのに、残念でした」と言われました。私の返事は「一番電車に乗ってきたよ、、、」でした。

私が買う本は、いつも初版本です。私が買った本が、後に売れ始めるのが実に気分がいい。流行る本を見抜く目があるというか、私が流行らした気分になります。映画も、ロードショーに行って誰よりも先に見たい。車はまだ実車がないときに、先行予約して買ってしまいます。

新しいモデルの車や新しいiPhone、最初のモノレール、そういや iPod nanoも初日に、Nike+も先行予約して買いました。最初は初期不良があるから、しばらく様子を見てから買った方がいいよと、皆が注意をしてくれます。ミニクーパーも、初期不良で何度か火を噴きました。それでも私は、日本最初がいい、世界最初がいいのです。誰もが持っていない新型ミニで街を走ると、皆が振り返ってくれます。創業者利益というか、十分に元を取れるぐらいの優越感と幸せを感じます。

これは職業病かもしれません。サイエンティストは、人の後追いをしては意味がないのです。人の後追い研究はみっともない・恥ずかしいことと言うより、楽しくないのです。初期不良を楽しむぐらいでなければ、科学の冒険者にはなれません。誰も手にしたことのない装置を自ら作って、 誰も見たことのない世界を誰よりも先に見たいのです。それがサイエンティストのサイエンティストたる存在理由だと言ってもいい。既に流行っているテーマに参加する人は、研究者であっても科学者とは少し違うように思います。

iPhoneの売り出し前、スティーブ・ジョブスは大失敗するだろうとの評論やブログが、多くありました。既に一人に一台の普及率の成熟した携帯電話市場に参入してもみんな新機能携帯には食傷気味、普通の携帯で十分、パソコンを持っていなければ使えないなんて面倒、ブラックベリーなどのスマートフォンやeモーバイルの百円PCの方が使いやすいし機能は変わらない、お財布携帯が使えないなんて不便、ワンセグがないなんて遅れてるなどなど、です。ビジネス的にも、マックとiPodとiTuneとピクサーで折角大成功しているのに、なんで今更リスクを負って携帯事業になど関わるのか、といったニュアンスのコメントもありました。サイエンティストも何度成功を収めても、また新しい冒険をして失敗を繰り返すのです。彼はまさにサイエンティストなのかもしれません。

スティーブ・ジョブズについての人の見方は両極端に二つに分かれます。今年6月に新書として出版された竹内一正さんの「スティーブ・ジョブズ:神の交渉力」(経済界刊[1])では、ここまで他人の人格を批判することが許されるのかと驚くほど、ジョブズを汚く狡く冷たく我が儘で裏切りと騙しの人であることを訴えます。Young & Simonの「iCon, Steve Jobs」[2]などのこれまで彼について書かれたベストセラー書や雑誌記事が、感情的にまとめられています。

こんなにジョブズの人格を攻撃する本でも、ジョブズ・ファンには、むしろ小気味良く読めるから不思議です。普通の人には、多分気分が悪くなるだろうと思います。経営者や経営を目指す人たちには(大学の研究室を主宰することも含む)、自分とは違うとか言いながらも、平和ボケで閉塞感の漂うこの国においてリーダーシップと目的実現、社会への貢献の在り方として考えこんでしまうかもしれません。

私は1979年に初めてApple IIをアメリカで見て、86年にMacintoshを入手して以来、MS-DOSにもウインドウズにも一度も冒されることもなく、マックだけを使い続けてきました。最初からMacWrite、MacDraw、MacPaintから入り、今もなおこの原稿はpagesで書き、講演はkeynoteです。新製品が出る度に買い直し、プライベートにあるいは仕事用に買い換えてきました。何度も期待を裏切られてきましたが、この頃は安心できるようになり、逆にちょっと不安になっています。ちょっとうまく行きすぎている気がします。 この間の1月のMacWorld2008での彼のマックブックエアとiPhoneのプレゼンは、まさに完璧。全ての人を魅了してしまいました。 ジョブズのプレゼンは、ここのところますます磨きがかかり、昨年のスタンフォード大学の卒業式でのスピーチは、ケネディーかリンカーンに匹敵するぐらい印象の強い、歴史に残るスピーチでした。私自身も、学生達が自分の将来を考える上で参考になると思い、大学での授業にも何度か使いました。また、いま「初めてのプレゼン」という本を執筆中なんですが、このスピーチはプレゼンの仕方の講義にもとっても役に立ちます。スタンフォードのWEBからダウンロードできますので、ぜひご覧下さい。もちろん、私はiTuneでシンクロしてiPhoneで見ています。

携帯電話と電子辞書とパームコンピュータと東京の地図小型版とメモ帳とiPodが要らなくなって、ただひとつiPhoneを握り私はいま快適です。なくしたら困るでしょう?いいえ、全てマックとシンクロしていますから、問題ありません。今、ひたすら願うことは、ずっと品切れ状態であって欲しいことです。できるだけ普及させないでください。ひたすら皆に見せびらかしたいのです。 SK

[1]「スティーブ・ジョブズ:神の交渉術」2007年、経済界刊の新書版:神ではなく悪魔の交渉術と呼ぶべき内容の力作

[2] Young & Simonの 「iCON, Steve Jobs」日本語訳: 2008年3月の Fortune誌の記事にも詳しい。

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